血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
103 / 1,268
第6話

(16)

しおりを挟む




 別に、やましいことはしていないのだ。
 誰に対してなのか、和彦は心の中で言い訳する。やましいことはしていないはずなのに、どうしてこう、悪いことをしているような妙な罪悪感を覚えるのか――。
 ガラス張りのショールームをぐるりと見回した和彦は、落ち着かない気分で髪を掻き上げる。自意識過剰のつもりはないが、この店に着いたときから、誰かに見られているような気がして仕方ない。
 原因はわかっている。和彦についている、長嶺組の護衛のせいだ。
「――佐伯先生、どうかしましたか?」
 秦に声をかけられ、和彦はハッとする。今日は、護衛だけでなく、秦も一緒なのだ。むしろ同行者としては、秦がメインだ。
「いえ……。クリニックのインテリアを見にきたのに、つい、自分の部屋に置けるものを探してしまって……」
 苦し紛れではなく、本音も入っている和彦の言葉に、秦は柔らかな微笑を浮かべる。
「だったら、ここにお連れした甲斐はあったということですね」
「十分。オシャレなのに値段も手ごろで、おかげで買うのに臆しなくて済みます」
 家具店というより、インテリアに関するものをトータルで置いてあるインテリアショップと呼ぶほうが相応しいこの店は、秦が気に入ってよく通っているのだという。和彦も、外からよく見えるショールームを覗いたときから、買い物好きの血が騒いでいた。
 お気に入りの店に案内するという約束を、忘れず実行してくれた秦に感謝すべきだろう。おかげで、クリニックの待合室だけでなく、賢吾の趣味で統一されている和彦の自宅も、多少は模様替えができそうだ。
 それを思えば、護衛つきの外出であることも、我慢できるというものだ。
 秦に促されてソファーのコーナーに移動しようとして、和彦はもう一度辺りを見回す。
 見られている感じはするのに、肝心の護衛たちの姿が見えないのだ。こんなオシャレな場所では、スーツ姿の自分たちがうろついていては目立ってしまうだろうから、車で待機していると言っていたが――。
 ああは言っていたが、やはり物陰から見守っているのだろうかと、さきほどから姿を確認しようとしているのに、一向に見つけられない。
 自分が気にしすぎなのだろうかとも思い、和彦は首を傾げる。
「先生、どうかしましたか?」
「あっ、いえ、ぼくについてきた護衛のことが気になって……」
 この店にやってきた和彦が、護衛を二人連れているのを見ても、秦は怯えた様子を見せるどころか、大変ですねと、笑いながら言葉をかけてくれた。さすがに、和彦が出歩くときはこんなものなのだと、納得したようだ。この後、護衛同伴で夕食をともにすることも決まっていた。
「駐車場で待ってもらっているんじゃないんですか?」
「そうなんですけど、なんだかさっきから、誰かに見られているような……」
「先生に何かあったら大変だと思って、こっそりついてきているのかもしれませんね。わたしみたいな男が一緒にいても、腕っ節は頼りにならないと思われているのかも」
 秦の冗談に、つい和彦は笑ってしまう。本人はこう言っているが、長身というだけでなく、きちんと鍛えているとわかる体つきは、荒事もある程度は平気そうに見えた。少なくとも、そういう印象を他人に与える。
 決して小柄ではないが、痛みが何より苦手な和彦などより、いざとなるとよほど頼りになりそうだ。
「まあ、ぼくに何かあるはずもないので、護衛の彼らも暇なんじゃないかと――」
 ふいに、ジャケットのポケットの中で携帯電話が鳴った。取り出して見てみると、長嶺組が、和彦の護衛に就く組員に渡している携帯電話からだ。
 何事かと思いながら電話に出た和彦は、すぐに緊迫した空気を感じ取った。
「何かあったのか?」
『先生、今、トラブルが起きているんで、絶対、駐車場には来ないでください』
「トラブルって……」
『警官の職質です。駐車場に停めた車で待機していたら、突然パトカーがやってきたんです。通報があったと。いえ、車にはマズイものは置いていないので、職質されても問題はないんですが……、何かおかしい』
 この瞬間、ゾワッと鳥肌が立つような感覚が背筋を駆け抜け、和彦は身震いする。こちらの異変に気づき、和彦の肩を抱くようにして秦が顔を覗き込んできた。
『我々が迎えに行くまで、店から出ないでください。もし、警察署に連行されるような事態になったときは、組に連絡をして、別の人間を迎えにやります』
「わかった。……気をつけて」
 電話を切ったとき、和彦の顔色は真っ青になっていただろう。秦はまっさきにこう声をかけてきた。
「少し座りますか?」
「えっ……」
「この店の地下が、カフェになっているんです。ここで売っている家具や雑貨を、実際に使ってみることができますよ」
 返事をする前に秦に促されるまま、歩き出す。そのくせ、動揺のせいか、まるで自分の足で歩いている気がしない。
 店内に留まるよう言われはしたが、駐車場の様子が気になった。通報されてパトカーが駆けつけ、護衛の組員たちが職質されるなど、異常事態だ。護衛という仕事がどういったものか、和彦よりよほど知り尽くしている組員が、通報されるような言動を取るはずもなく、だったら、誰が通報したのかということになる。
「何かありましたか?」
 小声で秦に問われ、和彦は顔を強張らせたまま答える。
「護衛の人間が、駐車場でトラブルに遭ったみたいです。警官に職質を受けているらしくて」
「厄介ですね」
「ええ……。駐車場でぼくを待っていただけなのに、どうして警官を呼ばれたのか……」
「――俺が呼んだ」
 突然、聞き覚えのある声が割って入る。声質そのものは悪くはないのに、和彦の鼓膜にざらつくような不快さを与えてくる、そんな声だった。
 全身の毛が逆立つような感覚に襲われながら、ぎこちなく声がしたほうを見る。すると秦が、そんな和彦を守るように腕で庇ってくれる。
「先生、わたしの後ろにいてください」
 そう言われたが、和彦は動けなかった。意外な人物が目の前に立っていたからだ。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

インテリヤクザは子守りができない

タタミ
BL
とある事件で大学を中退した初瀬岳は、極道の道へ進みわずか5年で兼城組の若頭にまで上り詰めていた。 冷酷非道なやり口で出世したものの不必要に凄惨な報復を繰り返した結果、組長から『人間味を学べ』という名目で組のシマで立ちんぼをしていた少年・皆木冬馬の教育を任されてしまう。 なんでも性接待で物事を進めようとするバカな冬馬を煙たがっていたが、小学生の頃に親に捨てられ字もろくに読めないとわかると、徐々に同情という名の情を抱くようになり……──

処理中です...