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第6話
(11)
しおりを挟むウェイトマシンのコーナーに中嶋の姿を見つけた和彦は、さっそく歩み寄る。約束しているというほどではないが、互いに次の予定を聞いて、スポーツジムに通う曜日や時間帯を合わせるようになっていた。
そうやって顔を合わせては、情報交換を行っている――というわけではなく、まだ和彦のほうが、中嶋から一方的にあれこれと教えてもらうことが多い。
汗だくになってバーベルを持ち上げていた中嶋が、和彦に気づくなり、危うくバーベルを落としかける。照れ笑いを浮かべて無事にバーベルを置くと、汗を拭きながら和彦の側にやってきた。
「みっともないところを見られました」
「大げさだな」
笑みをこぼした和彦は、中嶋に促されるままレッグマシンに腰掛ける。
さっそくマシンを動かし始めると、中嶋に言われた。
「先週はすみませんでした。約束していたのに、仕事が抜けられなくて」
「もういいよ。気にしてないし、君が忙しいのはわかっているから。それに、秦さんが来てくれた」
「ああ、あとで一緒にメシを食ったんですけど、さんざん言われましたよ。お前なんていなくても、なんの問題もなかったって。あの人、先生の前ではものすごい紳士でしょうけど、基本的に意地悪ですからね。俺はいつもイジメられてますよ」
そう言う中嶋の口調に陰湿なものはなく、当然、冗談として話しているのだ。和彦は慎重に両足でマシンを押し上げながら、実は内心で緊張していた。
先週、待合室のインテリアについて秦に相談したとき、千尋との甘ったるいやり取りを聞かれてしまった。中嶋の言う『紳士』だからこそ、あの場ではなんでもないよう装ってくれたのだろうが、抵抗がないはずがない。
「……秦さんと会ったとき、何か言ってなかったか?」
和彦の控えめな問いかけに、中嶋は不思議そうな顔をする。
「何か、ですか?」
「いや、ちょっと現場でバタバタしたから、秦さんに不愉快な思いをさせたかもしれないと思って……」
そんなことかといった様子で、ちらりと笑った中嶋は首を横に振った。
「不愉快どころか、やけに楽しそうでしたよ、秦さん。いい店を先生に紹介しないと、と張り切ってもいましたし」
「ならいいんだ。あの人、職業柄なのか知らないけど、よく気をつかってくれるから。ぼくみたいな人間につき合って、迷惑をかけても悪いしな」
和彦が、長嶺父子のオンナであることは、すでに知られている事実だ。いまさら千尋と甘い会話とキスを交わしていたからといって、他人に喜んで報告するような悪趣味なまねを、秦がする必要もない。
和彦が心配していたのは、そんなことではなく、純粋に今言った通りのことだった。
大きく息を吐き出しながら、中島がマシンをゆっくりと下ろしていく。このとき、さりげなく言われた。
「――秦さんは、先生よりずっと、こっちの世界に染まっている人間ですよ」
マシンを押し上げていた和彦は、思わず隣の中嶋の顔をまじまじと見てしまう。中嶋は、普通の青年の顔の下から、わずかに筋者としての顔を覗かせ、食えない笑みを浮かべた。
「ヤクザの世界を知っている商売人、といったところですか。……と、これは陰口じゃないですよ。秦さん本人が、酔ったときによく言う口癖です。若いときに、店の資金のことである組とゴタゴタがあってから、いろんな組と関わりを持って、うまく立ち回るようになったそうです」
「まあ、この間の花火観賞の集まりで、あんな面子の中に平然としているぐらいだからな」
「秦さんを紹介したのは、先生も気をつかわなくて済むと思ったからです。ヤクザではないけど、この世界を理解している絶妙の位置にいる人なので、余計な説明を必要としない」
「……ヤクザではないけど、この世界にどっぷり浸かっているぼくと、話が合うかもな」
知らず知らずのうちに和彦の口調は自嘲気味なものとなる。中嶋が返答に困ったような顔をしたので、慌てて和彦は謝った。
「いい人を紹介してもらったと思っているんだ。いくつも店を経営している人だから、クリニックの経営についても、いろいろとアドバイスをもらえそうだし」
「秦さんは秦さんで、先生に美容整形のことで、いろいろアドバイスをもらいたいと言ってましたよ。若いホストにあれこれ相談を持ちかけられて、返事に困るとぼやいていたこともあるので」
「開業前なのに、すでにもう、患者に不自由しない予感がするな」
和彦の言葉に、中嶋はニヤリと笑った。
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