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第6話
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「デート……」
つい声に出して呟いた和彦は、秦の存在を思い出してうろたえる。
「お前、何言って――」
『ここんところ、先生忙しくて、俺の相手してくれないじゃん。家でそれをぼやいたら、オヤジに、自己主張しておかないと先生に存在を忘れられるぞ、って、ニヤニヤ笑いながら言われたんだよ』
余計なことを、と心の中で舌打ちする。おそらく賢吾のことなので、決して息子を励ますために言ったのではないだろう。そもそもまともな親なら、自分のオンナを息子と共有すること自体、ありえないのだ。
和彦と三田村が関係を持っていることを、千尋は知っている。和彦自身が告げたわけではないが、長嶺組での千尋の存在を思えば、知らないということはありえない。なのに千尋は、そのことで癇癪を爆発させることもなく、相変わらず犬っころのように和彦にじゃれついてくる。だからこそ、和彦としては身構えてしまうのだ。
賢吾が常に湛えている迫力は確かに怖いが、千尋の、いつ、なんの拍子に豹変するかわからない危うさも、十分怖い。
「お前のことを忘れてはないが、こっちは今、クリニックを開業するビルにいるんだ。会うなら、せめて夕方からにしてくれ」
『――嫌』
「そこは素直に、はい、と言え」
『だって俺、もうビルの下に来てるもん。少しでも早く先生に会いたくて。あと、驚かせたくて』
素っ頓狂な声を上げた和彦を、秦がおもしろそうに見つめている。さきほどから、みっともない姿を見られてばかりだと、和彦は苦笑を浮かべていた。だが、その笑みもすぐに凍りつくことになる。
『想像していたら、なんかたまんなくなったんだよね。先生が、あの無表情が顔に張り付いてるような三田村に抱かれているなんて。……オヤジが先生を抱くのとは、全然違うんだ。胸の奥がドロドロしてくるって言うか。暴れたいぐらい嫉妬するけど、でも、興奮もする。先生が相手してくれる間は平気だけど、少しでも放っておかれると、俺の中の針って、すぐに振りきれるみたいなんだよね』
熱烈な告白は、千尋が口にすることで脅迫にもなる。それを千尋自身、わかっているのだろう。
ときおり忘れそうになるが、和彦は、千尋のオンナでもあり、千尋にも飼われている存在なのだ。
『ということで、今、エレベーター待ってるとこ。もうすぐ着くから』
「待てっ。ぼくが下りるから、お前は下で待ってろっ」
『なんで? 先生一人でしょ。今日は工事がないから、様子を見に来たんじゃないの? だったら、俺一人が出入りしたって、目立たないって。一応見た目は、学生だし、俺』
千尋は、秦の存在を把握していない。和彦が今日ここで秦と会うことは、中嶋しか知らないし、下の駐車場で待機している組員にも、何も告げていない。秦に、ピリピリしているこちらの事情を知られたくないし、巻き込みたくなかったのだ。
そのため表向きは、和彦は今この場に、一人でいることになっている。
千尋がやってきて秦の存在を知ったときに、何か面倒が起こるのではないかと考え、急に和彦は嫌な予感がする。多分今、千尋は気が立っている。その状態で、艶っぽい存在感を放つ秦と出くわすとどうなるか、想像したくなかった。
電話を切った和彦は、すかさず秦の腕を取る。
「秦さん、一緒に来てくださいっ」
「えっ……」
「ちょっと面倒なことになりそうなんです。今、ある人間がここに上がってきていて、秦さんに会ったら何をしでかすか、わからないんです」
「――デート、と言ってましたね」
どこかおもしろがるような口調で秦に言われ、和彦は顔をしかめる。電話のやり取りを聞いていれば、和彦が話していた相手が、単なる知人程度ではないと察したはずだ。
秦を伴った和彦は、廊下の突き当りにある非常階段へと向かいながら、早口に説明した。
「電話の相手は……長嶺組の後継者なので、揉め事になったら、秦さんに不愉快な思いをさせるかもしれません」
「あの、長嶺組長の息子さんでしたか……」
秦の微妙な言い回しに、苦笑を洩らす余裕もなかった。和彦は本気で忠告する。
「だから、性格のぶっ飛び具合は、想像つきますよね。可愛い外見とは裏腹に、かなり激しい気性の持ち主なんです」
「組長だけでなく、その息子さんまで、先生にご執心なんですね」
あまりに自然な口調で言われたため、数秒の間を置いてから、やっと和彦は反応できた。足を止め、目を見開いて秦を見つめる。知らず知らずのうちに頬が熱くなってきた。賢吾や千尋のオンナであることで、他人にさんざんあれこれ言われてきた和彦だが、こんなふうにさらりと言われたのは初めてだ。
オンナ呼ばわりされることに慣れているからこそ、こういう表現には、羞恥心を刺激される。
つい声に出して呟いた和彦は、秦の存在を思い出してうろたえる。
「お前、何言って――」
『ここんところ、先生忙しくて、俺の相手してくれないじゃん。家でそれをぼやいたら、オヤジに、自己主張しておかないと先生に存在を忘れられるぞ、って、ニヤニヤ笑いながら言われたんだよ』
余計なことを、と心の中で舌打ちする。おそらく賢吾のことなので、決して息子を励ますために言ったのではないだろう。そもそもまともな親なら、自分のオンナを息子と共有すること自体、ありえないのだ。
和彦と三田村が関係を持っていることを、千尋は知っている。和彦自身が告げたわけではないが、長嶺組での千尋の存在を思えば、知らないということはありえない。なのに千尋は、そのことで癇癪を爆発させることもなく、相変わらず犬っころのように和彦にじゃれついてくる。だからこそ、和彦としては身構えてしまうのだ。
賢吾が常に湛えている迫力は確かに怖いが、千尋の、いつ、なんの拍子に豹変するかわからない危うさも、十分怖い。
「お前のことを忘れてはないが、こっちは今、クリニックを開業するビルにいるんだ。会うなら、せめて夕方からにしてくれ」
『――嫌』
「そこは素直に、はい、と言え」
『だって俺、もうビルの下に来てるもん。少しでも早く先生に会いたくて。あと、驚かせたくて』
素っ頓狂な声を上げた和彦を、秦がおもしろそうに見つめている。さきほどから、みっともない姿を見られてばかりだと、和彦は苦笑を浮かべていた。だが、その笑みもすぐに凍りつくことになる。
『想像していたら、なんかたまんなくなったんだよね。先生が、あの無表情が顔に張り付いてるような三田村に抱かれているなんて。……オヤジが先生を抱くのとは、全然違うんだ。胸の奥がドロドロしてくるって言うか。暴れたいぐらい嫉妬するけど、でも、興奮もする。先生が相手してくれる間は平気だけど、少しでも放っておかれると、俺の中の針って、すぐに振りきれるみたいなんだよね』
熱烈な告白は、千尋が口にすることで脅迫にもなる。それを千尋自身、わかっているのだろう。
ときおり忘れそうになるが、和彦は、千尋のオンナでもあり、千尋にも飼われている存在なのだ。
『ということで、今、エレベーター待ってるとこ。もうすぐ着くから』
「待てっ。ぼくが下りるから、お前は下で待ってろっ」
『なんで? 先生一人でしょ。今日は工事がないから、様子を見に来たんじゃないの? だったら、俺一人が出入りしたって、目立たないって。一応見た目は、学生だし、俺』
千尋は、秦の存在を把握していない。和彦が今日ここで秦と会うことは、中嶋しか知らないし、下の駐車場で待機している組員にも、何も告げていない。秦に、ピリピリしているこちらの事情を知られたくないし、巻き込みたくなかったのだ。
そのため表向きは、和彦は今この場に、一人でいることになっている。
千尋がやってきて秦の存在を知ったときに、何か面倒が起こるのではないかと考え、急に和彦は嫌な予感がする。多分今、千尋は気が立っている。その状態で、艶っぽい存在感を放つ秦と出くわすとどうなるか、想像したくなかった。
電話を切った和彦は、すかさず秦の腕を取る。
「秦さん、一緒に来てくださいっ」
「えっ……」
「ちょっと面倒なことになりそうなんです。今、ある人間がここに上がってきていて、秦さんに会ったら何をしでかすか、わからないんです」
「――デート、と言ってましたね」
どこかおもしろがるような口調で秦に言われ、和彦は顔をしかめる。電話のやり取りを聞いていれば、和彦が話していた相手が、単なる知人程度ではないと察したはずだ。
秦を伴った和彦は、廊下の突き当りにある非常階段へと向かいながら、早口に説明した。
「電話の相手は……長嶺組の後継者なので、揉め事になったら、秦さんに不愉快な思いをさせるかもしれません」
「あの、長嶺組長の息子さんでしたか……」
秦の微妙な言い回しに、苦笑を洩らす余裕もなかった。和彦は本気で忠告する。
「だから、性格のぶっ飛び具合は、想像つきますよね。可愛い外見とは裏腹に、かなり激しい気性の持ち主なんです」
「組長だけでなく、その息子さんまで、先生にご執心なんですね」
あまりに自然な口調で言われたため、数秒の間を置いてから、やっと和彦は反応できた。足を止め、目を見開いて秦を見つめる。知らず知らずのうちに頬が熱くなってきた。賢吾や千尋のオンナであることで、他人にさんざんあれこれ言われてきた和彦だが、こんなふうにさらりと言われたのは初めてだ。
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