93 / 1,268
第6話
(6)
しおりを挟む改装工事前のホールは、ドアに囲まれているという特殊な造りのせいか、多少の窮屈さを感じさせていた。
そこで、壁の一部を取り壊し、残ったドアをすべてシャレたものに替えた。今は透明なシートで覆われているが、塗り替えた白い壁と天井に囲まれてずいぶん明るくなり、開放感を演出している。
すでに電気工事は終えているので、いい照明を見つけて取り付けてもらえば、さらに雰囲気はよくなるだろう。まだ工事途中のため合板で覆われている床も、タイルを敷き詰めることになっていた。
クリニックらしい内装に関しては、和彦はほとんど意見を出していない。誰の中にもクリニックとはこんなイメージ、というものが出来上がっており、それを再現してもらえばいいのだ。
だが、インテリアとなると、これが難しい。人任せにしてしまえば楽なのだが、一応、ここは和彦のクリニックなのだ。医療機器や備品以外のものに関しても、自分で選ぶべきだろう。
ただし、やはりアドバイザーは必要だ。
「――もうかなり進んでますね、リフォームは」
そう声をかけられると同時に、柔らかな香りが和彦の鼻先を掠めた。振り返ると、秦が感じのいい笑みを浮かべて立っていた。
やはり自分の外見をよく把握している男だなと、秦と向き合って改めて和彦はそう感じる。
軽やかな印象のグレーのストライプのジャケットを羽織り、その下は生成りのシャツにノーネクタイで、ボタンを二つほど外してラフな感じにしている。脆弱という言葉とは無縁そうな体を細身のスーツで包んでいるためか、恵まれた体躯が際立って見える。
「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」
頭を下げて礼を言った和彦だが、すぐに視線を廊下のほうに向ける。どうやらここに来たのは、秦だけのようだ。
和彦が何を考えたのかわかったらしく、秦はわざわざ携帯電話を取り出し、メールを見せてくれた。
「中嶋なら、急に総和会の仕事が入ったといって、約束はキャンセルになりました。あとで本人から連絡がくると思いますけど、先生に謝っておいてほしいと言付かりましたよ」
メールは、中嶋から秦に宛てたもので、親しい仲らしく砕けた言葉で謝罪の言葉が綴られていた。
「気にしなくてよかったのに……。中嶋くんには、忙しいなら無理しなくていいと言っておいたんです。ぼくと違って、彼は仕事の拘束時間が長いですから」
「まあ、今日の用件は、正直奴がいなくても問題なしでしょう。わたしがしっかり務めを果たしますから」
そう言って秦が艶やかな笑みを向けてくる。中嶋には悪いが、確かにその通りだ。
今日、こうして秦に来てもらったのは、クリニックのインテリアについてアドバイスをもらうためだった。スポーツジムでいつものように中嶋と世間話をしていて、クリニックのインテリアで悩んでいることをポロリと洩らすと、秦に相談してみてはどうかと薦められたのだ。
秦がホストクラブなどの店を経営しているのは知っているが、インテリアも自分で決めているのだと聞かされ、なるほど、と和彦は思った。
中嶋は妙に張り切って、秦を含めて三人で飲む場をセッティングしてくれ、そこで本人から詳しい話を聞くことができた。秦は店の写真を見せてくれたが、和彦が想像していたような派手できらびやかな店ではなく、落ち着いた内装とインテリアで統一されていた。
家具を扱うショップにも精通しているということで、これで和彦の気持ちは決まり、秦にクリニックのインテリアを相談することにしたのだ。
口に出しては言えないが、和彦と長嶺組の繋がりを理解してくれているというのも、ありがたい。中嶋の口からある程度の事情が伝わっているにしても、秦は、長嶺組組長のオンナである和彦に対して、あくまで自然に接してくれる。
「――先生の護衛は、今日はいないんですか?」
馴染みのショップからもらってきたというカタログを開いていた秦に、ふいに問いかけられる。目を丸くする和彦に、秦はちらりと笑いかけてきた。
「先日飲んだときは、店の外で待っていましたよね」
「ああ……。さすがにここだと、いかにも物騒な人間が出入りすると目立つので、駐車場で待ってもらっています。開業前から、変な噂が立っても困りますから。……組と繋がっているのが事実だとしても」
この辺りの事情は、テナントを契約したときから変わっていないが、実はここ何日かで、新たな事情が加わった。
長嶺組が――というより賢吾が神経質になっているのだ。
千尋と買い物をしている最中に絡んできた男が、長嶺組の組事務所近くにも姿を見せたことを、和彦が報告してからだ。
66
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる