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第6話
(6)
しおりを挟む改装工事前のホールは、ドアに囲まれているという特殊な造りのせいか、多少の窮屈さを感じさせていた。
そこで、壁の一部を取り壊し、残ったドアをすべてシャレたものに替えた。今は透明なシートで覆われているが、塗り替えた白い壁と天井に囲まれてずいぶん明るくなり、開放感を演出している。
すでに電気工事は終えているので、いい照明を見つけて取り付けてもらえば、さらに雰囲気はよくなるだろう。まだ工事途中のため合板で覆われている床も、タイルを敷き詰めることになっていた。
クリニックらしい内装に関しては、和彦はほとんど意見を出していない。誰の中にもクリニックとはこんなイメージ、というものが出来上がっており、それを再現してもらえばいいのだ。
だが、インテリアとなると、これが難しい。人任せにしてしまえば楽なのだが、一応、ここは和彦のクリニックなのだ。医療機器や備品以外のものに関しても、自分で選ぶべきだろう。
ただし、やはりアドバイザーは必要だ。
「――もうかなり進んでますね、リフォームは」
そう声をかけられると同時に、柔らかな香りが和彦の鼻先を掠めた。振り返ると、秦が感じのいい笑みを浮かべて立っていた。
やはり自分の外見をよく把握している男だなと、秦と向き合って改めて和彦はそう感じる。
軽やかな印象のグレーのストライプのジャケットを羽織り、その下は生成りのシャツにノーネクタイで、ボタンを二つほど外してラフな感じにしている。脆弱という言葉とは無縁そうな体を細身のスーツで包んでいるためか、恵まれた体躯が際立って見える。
「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」
頭を下げて礼を言った和彦だが、すぐに視線を廊下のほうに向ける。どうやらここに来たのは、秦だけのようだ。
和彦が何を考えたのかわかったらしく、秦はわざわざ携帯電話を取り出し、メールを見せてくれた。
「中嶋なら、急に総和会の仕事が入ったといって、約束はキャンセルになりました。あとで本人から連絡がくると思いますけど、先生に謝っておいてほしいと言付かりましたよ」
メールは、中嶋から秦に宛てたもので、親しい仲らしく砕けた言葉で謝罪の言葉が綴られていた。
「気にしなくてよかったのに……。中嶋くんには、忙しいなら無理しなくていいと言っておいたんです。ぼくと違って、彼は仕事の拘束時間が長いですから」
「まあ、今日の用件は、正直奴がいなくても問題なしでしょう。わたしがしっかり務めを果たしますから」
そう言って秦が艶やかな笑みを向けてくる。中嶋には悪いが、確かにその通りだ。
今日、こうして秦に来てもらったのは、クリニックのインテリアについてアドバイスをもらうためだった。スポーツジムでいつものように中嶋と世間話をしていて、クリニックのインテリアで悩んでいることをポロリと洩らすと、秦に相談してみてはどうかと薦められたのだ。
秦がホストクラブなどの店を経営しているのは知っているが、インテリアも自分で決めているのだと聞かされ、なるほど、と和彦は思った。
中嶋は妙に張り切って、秦を含めて三人で飲む場をセッティングしてくれ、そこで本人から詳しい話を聞くことができた。秦は店の写真を見せてくれたが、和彦が想像していたような派手できらびやかな店ではなく、落ち着いた内装とインテリアで統一されていた。
家具を扱うショップにも精通しているということで、これで和彦の気持ちは決まり、秦にクリニックのインテリアを相談することにしたのだ。
口に出しては言えないが、和彦と長嶺組の繋がりを理解してくれているというのも、ありがたい。中嶋の口からある程度の事情が伝わっているにしても、秦は、長嶺組組長のオンナである和彦に対して、あくまで自然に接してくれる。
「――先生の護衛は、今日はいないんですか?」
馴染みのショップからもらってきたというカタログを開いていた秦に、ふいに問いかけられる。目を丸くする和彦に、秦はちらりと笑いかけてきた。
「先日飲んだときは、店の外で待っていましたよね」
「ああ……。さすがにここだと、いかにも物騒な人間が出入りすると目立つので、駐車場で待ってもらっています。開業前から、変な噂が立っても困りますから。……組と繋がっているのが事実だとしても」
この辺りの事情は、テナントを契約したときから変わっていないが、実はここ何日かで、新たな事情が加わった。
長嶺組が――というより賢吾が神経質になっているのだ。
千尋と買い物をしている最中に絡んできた男が、長嶺組の組事務所近くにも姿を見せたことを、和彦が報告してからだ。
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