血と束縛と

北川とも

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第5話

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 促すように賢吾に背を撫でられ、我に返った和彦は賢吾の唇を舐めてから、互いの舌を吸い合う。
 熱い吐息が溶け合う官能的な口づけを交わしながら、そんな賢吾の唇から放たれた言葉は苛烈だった。
「三田村が、お前の今の生活の支えになるというなら、関係を持つことは認めてやる。ただし――恋人なんて甘ったるい関係は、許さん。あくまで三田村は、お前の犬だ。将来有望な、若頭目前と言われる男が、組長のオンナの犬になるんだ。ヤクザとしては、屈辱的だ。その屈辱に塗れても、三田村がお前の犬になることを選ぶなら、認めてやらなきゃいけねーだろ。懐の深い組長としては」
 強張る舌を引き出され、賢吾に甘噛みされる。こんなときでも、痺れるような心地よさが背筋を駆け抜け、和彦は自ら賢吾に身をすり寄せる。賢吾の腕の力が強くなり、話しながらこの男も興奮していることを知る。
「……ヤクザに見初められて、どんどん地が出てきてるな、先生。誰彼かまわず誘惑して、骨抜きにしちまってる」
 和彦は、意地悪く笑う賢吾を睨みつけてから、強くしがみつく。後ろ髪を賢吾に撫でられながら、漠然と考えていたことを頭の中で整理していた。
 和彦が何を考えているのか見透かしたのか、それとも、そろそろ気づいていい頃だと思ったのか、賢吾がこう切り出した。
「――三田村は、先生をこの組に留めておくための鎖だ。情の深い先生のことだ。危険を冒してまで自分を求めてくれた男を捨てて、組から逃げ出すなんてできないだろ」
 和彦は、これまでの賢吾の言動を思い返す。なぜあえて、三田村に見せ付けるように和彦を抱き、まるで三田村に聞かせるように恥知らずな言葉で煽ってきたのか。賢吾の性的嗜好なのかと思っていたが、本当にそれだけなのだろうかと、疑問が湧いていた。
「ぼくと三田村さんがこうなるよう、最初から企んでいたのか……?」
「三田村さんじゃない、三田村、だ。――俺はそこまで策士じゃないぜ。どちらかというと、武闘派だ。頭で考えるより先に、とりあえず暴れてみる性質だ」
 ハッとして顔を上げた和彦に、賢吾がニヤリと笑いかけてくる。
 今、賢吾が言った言葉には覚えがあった。他でもない、和彦が部屋のベッドの上で、寝ぼけた状態で三田村に言ったものだ。
 咄嗟に何も言えない和彦の髪を、賢吾が丁寧に撫でてくる。
「俺は、先生が欲しがるものなら、手に入れてやろうと努力する優しい男だ。だから――俺から逃げるなよ。先生がいなくなったら、千尋も悲しむ」
 小さく体を震わせてから、和彦は返事の代わりに、賢吾の唇に自分の唇を押し当てた。




 さまざまな機材などが運び込まれた部屋を見回してから、和彦は手で顔を扇ぐ。締め切っているため、室内の空気はひどく蒸れて暑かった。だからといって窓を開けて回るほど、今日はここに留まる気はない。
 いよいよ明日からクリニックの改装工事が始まるため、若い組員一人を運転手として伴い、立ち寄ったのだ。今日は業者は昼前に引き上げたので、和彦も室内の様子だけ見て引き上げるつもりだ。
 もう何度もここに足を運んでいるが、いよいよ改装工事が始まるとなると、もうすぐ自分の城ができるのだという実感が湧いてくる。自分が背負わされたものについて、あえて意識から切り離す作業も必要だが。
「――新入りの運転はどうだった?」
 窓に近づき、川を眺めようとしたとき、背後からハスキーな声をかけられた。一瞬動きを止めた和彦だが、すぐに窓に手をかけながら答える。
「緊張していたのか、少し荒かった。あれなら、ぼくのほうがずっと運転が上手い」
「だからといって、自分で運転するなんて言い出さないでくれ。大事な身だ」
 ここで和彦は振り返り、部屋の出入り口に立っている三田村に笑いかける。
「なら、ぼくが一番信用している男が運転をしてくれればいい。もちろん、護衛も」
「それは、どうだろうな」
 失望感に和彦が顔を曇らせると、すぐ側までやってきた三田村はさらに言葉を続けた。
「今日、組長に言われた。――俺が今、優先すべき仕事は、先生をたっぷり愛してやることだそうだ」
「……あの男らしいな」
 苦笑を洩らした和彦は、三田村のあごの細い傷跡を指先で撫でる。
「――……本当に、いいのか?」
「呼び捨てにされるぐらい、俺はなんとも思ってない」
「そうじゃなくて――」
「あの組にいて、組長公認で先生を大事にしてやれるなら、悪くない。いや……、悪くないどころか、破格の扱いだ。俺の命は、組長と先生のものだ。好きに使ってくれ」
「そういう言い方は、好きじゃない。――三田村」
 三田村は軽く目を見開いたあと、優しい笑みを浮かべる。
「先生の命令なら、もうしない」
「命令じゃない、頼みだ」
 背にかかった手にそっと引き寄せられた和彦は、三田村の唇を柔らかく吸い上げる。すると三田村も同じ行為を返してくれ、二人はすぐに夢中になって、互いの唇と舌を貪り合う。
 和彦は、三田村の背に両腕を回して堪能した。
 自分が手に入れた〈オトコ〉の感触を。

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