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第5話
(14)
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「そうなんですか。しかし――」
秦が身を乗り出すどころか、和彦との間の距離を縮めてきて、さらに声を潜める。
「美容外科の先生となると、非常に興味深いです。外見は、大事な商売道具ですからね、わたしたちの職業は。知っているホストの中にも、弄っている人間がいますし」
そんなことを話す秦の顔を、和彦はついまじまじと美容外科医の目で見てしまう。この場にいる誰よりも抜きん出た美貌を持つ男と、美容外科医という組み合わせは、なかなか絶妙だ。
すると、和彦の考えたことを見抜いたように、秦がニヤリと笑った。
「もしかして今、わたしの顔はどうなんだろう、と思いました?」
「……すみません。手術のサンプルにしたいほど、きれいな骨格と、バランスのいい目鼻立ちをしているので、つい……」
「光栄ですね」
突然、秦に手を握られ、ドキリとする。その手を抜き取ろうとする前に、秦の頬に触れさせられた。目を見開く和彦を、秦はイタズラっぽい表情で見つめてくる。
「触れて確かめてください。わたしは、どこも弄ってませんから」
秦はホスト時代、こんな手管で女性客を惑わせていたのだろうかと、つい感心する。さすがに和彦には、通用しないが。
同性同士だからというより、和彦は短期間で、男たちが放つ毒に触れすぎてしまった。生半可な毒では――たとえそれが甘い毒であっても、効かない。
ニヤリと笑い返すと、秦の頬を両手で挟み込む。さすがの色男も、面食らった様子だが、かまわず和彦は頬にてのひらを這わせ、鼻に触れ、あごも撫でる。
「ぼくが得意なのは、輪郭形成なんです。頬やあごや鼻の骨を削って、形を整える。……その人にとっての一生を左右する手術ですよ。だからこそ、好きなんです」
「他人の人生を、自分の指先で操れるから?」
肯定も否定もせず、和彦は薄い笑みを浮かべる。
このとき、談笑や歓声で満たされている店内で、不似合いな怒声が上がった。
「ちょっと、今日は貸切なんだっ。入らないでくれと言ってるだろっ」
店内が、波が引くように静かになっていく。和彦は、秦の顔から手を離して、振り返る。
出入り口のほうで揉めているらしく、何人かの男たちが集まっている。遅れて中嶋が歩み寄ったが、驚いた表情のあと、慌てて深々と頭を下げた。その状態で、なぜか和彦のほうを見る。
「えっ……」
何事かと思った和彦が声を洩らした瞬間、男たちを掻き分けるようにして姿を現したのは――。
反射的に立ち上がった和彦の前に、殺気を含んだ空気を漂わせた三田村が立ち止まる。
三田村の無表情は相変わらずだ。だが、それでも和彦にはわかる。三田村はひどく怒っていた。
「どうして……」
「――帰るんだ、先生。ここは、先生みたいな人が一人でいていい場所じゃない」
三田村に片手を差し出されたが、和彦はムキになってその手を払い除ける。
「どうして、あんたが来たんだっ」
「先生の様子を見に行ったうちの若い衆が、インターホンに応答がないことを不審に思って部屋に入ったんだ。そこから大騒ぎだ。先生がいないといってな。千尋さんが変な奴に絡まれて、組全体がピリピリしているんだ。そんなときに、大事な先生がいなくなったらどうなるかわかるだろ。俺も呼び出されて、組長から直々に命令された」
「ぼくを捜せと?」
「正確には、犬らしく鼻を利かせて、先生を連れて戻れ、だ」
賢吾らしい物言いだ。
「携帯電話を部屋に置いたままだったから、正直捜すのはお手上げかと思ったが、履歴に中嶋の携帯番号が残っていた。ここ最近、親しくしているのを思い出したから、あとは、中嶋の今日の予定を総和会に問い合わせて、ここに辿り着いた」
淡々とした口調でそこまで説明され、和彦はため息をつく。もともと、長嶺組から逃げ出すつもりなどなく、単なる息抜きとしてここに来たのだ。騒ぎになったのは本意ではない。
和彦は、立ち上がった秦に挨拶をする。艶やかな存在感を放つ男は、気にしていないと首を横に振り、笑みを浮かべた。
「佐伯先生みたいな方とお会いできただけで、今日の集まりを提案した甲斐がありましたよ。今度は中嶋も含めて、三人で飲みましょう」
「……許可が出たら」
和彦の言葉を受け、秦はちらりと三田村を見る。
騒がせてしまったことを中嶋に詫びてから中座すると、三田村に促されるままエレベーターホールに向かう。
話しかけられることを拒むような三田村の背を見つめ、和彦は唇を引き結ぶ。むしょうに、腹が立った。こちらを見ろと、まるで賢吾のような傲慢な命令をしたくなる。
「――ぼくの護衛を外れたいと、組長に直訴したそうだな」
秦が身を乗り出すどころか、和彦との間の距離を縮めてきて、さらに声を潜める。
「美容外科の先生となると、非常に興味深いです。外見は、大事な商売道具ですからね、わたしたちの職業は。知っているホストの中にも、弄っている人間がいますし」
そんなことを話す秦の顔を、和彦はついまじまじと美容外科医の目で見てしまう。この場にいる誰よりも抜きん出た美貌を持つ男と、美容外科医という組み合わせは、なかなか絶妙だ。
すると、和彦の考えたことを見抜いたように、秦がニヤリと笑った。
「もしかして今、わたしの顔はどうなんだろう、と思いました?」
「……すみません。手術のサンプルにしたいほど、きれいな骨格と、バランスのいい目鼻立ちをしているので、つい……」
「光栄ですね」
突然、秦に手を握られ、ドキリとする。その手を抜き取ろうとする前に、秦の頬に触れさせられた。目を見開く和彦を、秦はイタズラっぽい表情で見つめてくる。
「触れて確かめてください。わたしは、どこも弄ってませんから」
秦はホスト時代、こんな手管で女性客を惑わせていたのだろうかと、つい感心する。さすがに和彦には、通用しないが。
同性同士だからというより、和彦は短期間で、男たちが放つ毒に触れすぎてしまった。生半可な毒では――たとえそれが甘い毒であっても、効かない。
ニヤリと笑い返すと、秦の頬を両手で挟み込む。さすがの色男も、面食らった様子だが、かまわず和彦は頬にてのひらを這わせ、鼻に触れ、あごも撫でる。
「ぼくが得意なのは、輪郭形成なんです。頬やあごや鼻の骨を削って、形を整える。……その人にとっての一生を左右する手術ですよ。だからこそ、好きなんです」
「他人の人生を、自分の指先で操れるから?」
肯定も否定もせず、和彦は薄い笑みを浮かべる。
このとき、談笑や歓声で満たされている店内で、不似合いな怒声が上がった。
「ちょっと、今日は貸切なんだっ。入らないでくれと言ってるだろっ」
店内が、波が引くように静かになっていく。和彦は、秦の顔から手を離して、振り返る。
出入り口のほうで揉めているらしく、何人かの男たちが集まっている。遅れて中嶋が歩み寄ったが、驚いた表情のあと、慌てて深々と頭を下げた。その状態で、なぜか和彦のほうを見る。
「えっ……」
何事かと思った和彦が声を洩らした瞬間、男たちを掻き分けるようにして姿を現したのは――。
反射的に立ち上がった和彦の前に、殺気を含んだ空気を漂わせた三田村が立ち止まる。
三田村の無表情は相変わらずだ。だが、それでも和彦にはわかる。三田村はひどく怒っていた。
「どうして……」
「――帰るんだ、先生。ここは、先生みたいな人が一人でいていい場所じゃない」
三田村に片手を差し出されたが、和彦はムキになってその手を払い除ける。
「どうして、あんたが来たんだっ」
「先生の様子を見に行ったうちの若い衆が、インターホンに応答がないことを不審に思って部屋に入ったんだ。そこから大騒ぎだ。先生がいないといってな。千尋さんが変な奴に絡まれて、組全体がピリピリしているんだ。そんなときに、大事な先生がいなくなったらどうなるかわかるだろ。俺も呼び出されて、組長から直々に命令された」
「ぼくを捜せと?」
「正確には、犬らしく鼻を利かせて、先生を連れて戻れ、だ」
賢吾らしい物言いだ。
「携帯電話を部屋に置いたままだったから、正直捜すのはお手上げかと思ったが、履歴に中嶋の携帯番号が残っていた。ここ最近、親しくしているのを思い出したから、あとは、中嶋の今日の予定を総和会に問い合わせて、ここに辿り着いた」
淡々とした口調でそこまで説明され、和彦はため息をつく。もともと、長嶺組から逃げ出すつもりなどなく、単なる息抜きとしてここに来たのだ。騒ぎになったのは本意ではない。
和彦は、立ち上がった秦に挨拶をする。艶やかな存在感を放つ男は、気にしていないと首を横に振り、笑みを浮かべた。
「佐伯先生みたいな方とお会いできただけで、今日の集まりを提案した甲斐がありましたよ。今度は中嶋も含めて、三人で飲みましょう」
「……許可が出たら」
和彦の言葉を受け、秦はちらりと三田村を見る。
騒がせてしまったことを中嶋に詫びてから中座すると、三田村に促されるままエレベーターホールに向かう。
話しかけられることを拒むような三田村の背を見つめ、和彦は唇を引き結ぶ。むしょうに、腹が立った。こちらを見ろと、まるで賢吾のような傲慢な命令をしたくなる。
「――ぼくの護衛を外れたいと、組長に直訴したそうだな」
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