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第5話
(13)
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自分の美貌の価値をよくわかっている種類の男だと、一目で和彦は見抜く。美容外科医として、人間の美貌に対する渇望や切望、外見が生まれ変わったときに一変する人間性を見続けてきただけに、感じるものがあった。
実際秦は、端麗と表現としても惜しくない顔立ちをしていた。こういう人間を華があると言うのだろう。柔らかく艶っぽい雰囲気は、水商売に関わっている人間特有のものだ。親しみやすく優しげな笑みを浮かべているが、それは、したたかで掴み所がない表情ともいえる。
金髪に近い薄茶色の髪は、さすがに千尋とは違い、色を入れているのだろう。三十歳を少し出ているように見えるが、磨かれた外見のせいか、今も現役のホストで十分通用しそうだ。
「外見にぴったりのお名前ですね」
世辞でもなんでもなく、思ったままを和彦が告げると、秦は首をすくめるようにして笑った。
「嬉しいですね。そう言っていただけると。気に入ってるんですよ、この名前」
しかし秦は、この名が本名か源氏名なのかは明言しなかった。どちらなのかと思い、和彦は中嶋を見る。すると中嶋は、苦笑しながら首を横に振った。
「俺も、実はわからないんですよ。知り合ってからずっと、秦さんは教えてくれない」
「なんだったら、お前が使ってたホスト時代の名前を教えてあげたらどうだ。きっと、ウケるぞ」
「勘弁してくださいよ、秦さん」
ホスト時代もこんな感じだったのか、和彦を挟んで、中嶋と秦がふざけ合うような会話を交わす。もちろんこれは、和彦を自然な流れで会話に加えるためのテクニックだろう。
中嶋は会話の中で、和彦を秦に紹介したが、このとき、和彦の立場などについては一切説明せず、ただ、自分の友人だと言った。こちらの入り組んだ事情を慮ってくれたのかもしれない。
そのせいか、話していると、中嶋が今は立派なヤクザだということを忘れそうだ。すぐにでもホストに復帰できるのではないかとすら思ったが、それは、野心をたっぷり内に溜め込んでいる中嶋に対して失礼だろう。
ここで立て続けに花火が上がり、三人は一度会話を止めて見入る。
「……こんなにじっくりと花火を観たのは、子供のとき以来だ……」
和彦がぽつりと洩らすと、秦が応じた。
「来年も、中嶋に招待してもらえばいいですよ。もし、こいつが忘れるような薄情なことをしたら、わたしが招待します。――忘れずに」
秦がにっこりと笑いかけてきた瞬間、打ち上がった花火の光が秦の顔に濃い陰影を作る。そのせいか、秦の笑みが彫像めいて冷たく見えた。
その後、中嶋は他のテーブルに挨拶をしに行き、和彦と秦の二人が残される。
和彦の相手をしてくれとでも言われているのか、和彦が使った皿を片付けた秦は、デザートとカクテルを運んできてくれた。さすがに申し訳なくなり、和彦が控えめに視線を向けると、艶やかと表現できる笑みを秦は返してきた。
「遠慮しないで楽しんでください。わたしがあれこれと世話を焼くのは、半ば職業病みたいなものですから。じっと座っているのが落ち着かない」
「でも……、秦さんも、楽しまれていたのに……」
和彦は、さきほどまで秦がついたテーブルをちらりと見やる。なかなか派手に盛り上がっていた。
「あっちは、わたしがいないほうが、気楽だと思ってますよ。なんといっても、後輩や、部下にあたる奴らですから」
それをきっかけに、秦が手がけている店の話になる。ホストクラブを二店舗、キャバクラとレストランを一店舗ずつ経営していると聞かされ、和彦は目を丸くした。
「すごいですね」
「まあ、たまたま運がよかったんですよ。……それに、純粋に自分の力だけとも言い切れない。元手は、組から融通してもらったんです。――と、佐伯さんに、あまり物騒な話をしたら、中嶋に怒られますね」
秦の言葉に、和彦はちらりと苦笑を洩らす。中嶋は本当に、和彦がどんな立場にいる人間なのか、一切説明していないようだ。だからといって自分のことを隠しておくのはあまりフェアでないように思え、部分的に事実を話した。
「大丈夫です。中嶋くんとは、その組の仕事で知り合いましたから。ぼくも組の力で、これからクリニック経営者になるんです」
「クリニック……」
「ぼくは医者です。美容外科医」
「ああ、だから、『先生』」
様になる動作で足を組んだ秦が、片腕をソファの背もたれにかけ、和彦のほうにわずかに身を乗り出してくる。そこに甘さを含んだ眼差しも加わると、本当にホストに接客されている女性客の気分が味わえる。
「さっき中嶋が、何度か言い直していたから、気になってたんですよ。『佐伯さん』と呼んでいたかと思ったら、『先生』と呼んだり」
「彼にはいつも、先生と呼ばれているんですよ」
実際秦は、端麗と表現としても惜しくない顔立ちをしていた。こういう人間を華があると言うのだろう。柔らかく艶っぽい雰囲気は、水商売に関わっている人間特有のものだ。親しみやすく優しげな笑みを浮かべているが、それは、したたかで掴み所がない表情ともいえる。
金髪に近い薄茶色の髪は、さすがに千尋とは違い、色を入れているのだろう。三十歳を少し出ているように見えるが、磨かれた外見のせいか、今も現役のホストで十分通用しそうだ。
「外見にぴったりのお名前ですね」
世辞でもなんでもなく、思ったままを和彦が告げると、秦は首をすくめるようにして笑った。
「嬉しいですね。そう言っていただけると。気に入ってるんですよ、この名前」
しかし秦は、この名が本名か源氏名なのかは明言しなかった。どちらなのかと思い、和彦は中嶋を見る。すると中嶋は、苦笑しながら首を横に振った。
「俺も、実はわからないんですよ。知り合ってからずっと、秦さんは教えてくれない」
「なんだったら、お前が使ってたホスト時代の名前を教えてあげたらどうだ。きっと、ウケるぞ」
「勘弁してくださいよ、秦さん」
ホスト時代もこんな感じだったのか、和彦を挟んで、中嶋と秦がふざけ合うような会話を交わす。もちろんこれは、和彦を自然な流れで会話に加えるためのテクニックだろう。
中嶋は会話の中で、和彦を秦に紹介したが、このとき、和彦の立場などについては一切説明せず、ただ、自分の友人だと言った。こちらの入り組んだ事情を慮ってくれたのかもしれない。
そのせいか、話していると、中嶋が今は立派なヤクザだということを忘れそうだ。すぐにでもホストに復帰できるのではないかとすら思ったが、それは、野心をたっぷり内に溜め込んでいる中嶋に対して失礼だろう。
ここで立て続けに花火が上がり、三人は一度会話を止めて見入る。
「……こんなにじっくりと花火を観たのは、子供のとき以来だ……」
和彦がぽつりと洩らすと、秦が応じた。
「来年も、中嶋に招待してもらえばいいですよ。もし、こいつが忘れるような薄情なことをしたら、わたしが招待します。――忘れずに」
秦がにっこりと笑いかけてきた瞬間、打ち上がった花火の光が秦の顔に濃い陰影を作る。そのせいか、秦の笑みが彫像めいて冷たく見えた。
その後、中嶋は他のテーブルに挨拶をしに行き、和彦と秦の二人が残される。
和彦の相手をしてくれとでも言われているのか、和彦が使った皿を片付けた秦は、デザートとカクテルを運んできてくれた。さすがに申し訳なくなり、和彦が控えめに視線を向けると、艶やかと表現できる笑みを秦は返してきた。
「遠慮しないで楽しんでください。わたしがあれこれと世話を焼くのは、半ば職業病みたいなものですから。じっと座っているのが落ち着かない」
「でも……、秦さんも、楽しまれていたのに……」
和彦は、さきほどまで秦がついたテーブルをちらりと見やる。なかなか派手に盛り上がっていた。
「あっちは、わたしがいないほうが、気楽だと思ってますよ。なんといっても、後輩や、部下にあたる奴らですから」
それをきっかけに、秦が手がけている店の話になる。ホストクラブを二店舗、キャバクラとレストランを一店舗ずつ経営していると聞かされ、和彦は目を丸くした。
「すごいですね」
「まあ、たまたま運がよかったんですよ。……それに、純粋に自分の力だけとも言い切れない。元手は、組から融通してもらったんです。――と、佐伯さんに、あまり物騒な話をしたら、中嶋に怒られますね」
秦の言葉に、和彦はちらりと苦笑を洩らす。中嶋は本当に、和彦がどんな立場にいる人間なのか、一切説明していないようだ。だからといって自分のことを隠しておくのはあまりフェアでないように思え、部分的に事実を話した。
「大丈夫です。中嶋くんとは、その組の仕事で知り合いましたから。ぼくも組の力で、これからクリニック経営者になるんです」
「クリニック……」
「ぼくは医者です。美容外科医」
「ああ、だから、『先生』」
様になる動作で足を組んだ秦が、片腕をソファの背もたれにかけ、和彦のほうにわずかに身を乗り出してくる。そこに甘さを含んだ眼差しも加わると、本当にホストに接客されている女性客の気分が味わえる。
「さっき中嶋が、何度か言い直していたから、気になってたんですよ。『佐伯さん』と呼んでいたかと思ったら、『先生』と呼んだり」
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