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第5話
(12)
しおりを挟む三田村がいたなら、こんな場所に和彦が一人で出向くことを、絶対阻止していただろう。だが、その三田村は側にいない。
あんたが悪いのだと、和彦はグラスに口をつけながら、ひっそりと心の中で呟く。同時に、大きな窓の向こうで花火が打ち上がり、店内で歓声が上がる。男らしい歓声が。
「――先生、楽しんでますか?」
和彦が腰掛けているソファの背もたれに腕をかけ、中嶋がひょいっと背後から身を乗り出してくる。和彦は、手にしたグラスを軽く掲げて見せた。
当然のように中嶋が隣に座ったので、ここぞとばかりに疑問をぶつける。
「なんなんだ、集まっている面子は。そもそもこの店、クラブだろ。なのに――」
和彦は辺りを見回す。内装はシンプルだが、落ち着いて趣味のいいインテリアで統一された店内は、さほど広いというわけではない。しかし、夜景がよく見渡せる大きな窓に囲まれているせいか、窮屈さを感じさせない。照明が落とし気味なのは、花火がより明るく見えるようにという配慮なのだそうだ。
「女っ気がない?」
「……ぼくが言うのも変だと思うかもしれないが、その通りだ」
和彦の〈オンナ〉の立場を知っている中嶋は、気まずそうな顔をするどころか、楽しそうに声を上げて笑う。
「こういう場で、女は邪魔ですよ。けっこうヤバイ話もするし、いちいち気をつかっていたら、せっかくこうして集まった意味がない。なんといっても、女は口が軽い」
「そういうものなのか……」
「それに、この集まりを俺に提案してくれた人の意向でもあって。ほとんどのセッティングも、その人がやってくれたんです。だから俺は、主催者のくせして、こうしてのん気に飲んでいられる」
前回のような気楽な飲み会だと思って、こうしてのこのこと出てきた和彦だが、今回は少し様子が違う集まりのようだ。
皿に取り分けてきたパスタをフォークに巻きつけながら、周囲の男たちを不躾でない程度に観察する。
まだ二十歳そこそこの、千尋と変わらないような若者もいれば、四十歳ぐらいに見える男もいる。年齢だけでなく、服装もバラバラ。一般人のような顔をした人間もいれば、一見して筋者とわかる強面の人間もいる。そういった連中の中で、異彩を放つ数人の男たちがいた。
和彦が何を見ているのか気づいたのか、中嶋が顔を綻ばせた。
「いかにも、でしょう?」
そう声をかけられ、思わず和彦は頷く。見るからに水商売風の男たちが、一つのテーブルについて談笑していた。そこだけ見ると、ここがクラブとはいっても、ホストクラブの光景を切り取ったようだ。
「同じビルの中にあるホストクラブのホストたちですよ。と、一人は経営者ですけどね。――俺の先輩です」
パスタを食べながら首を傾げると、中嶋は照れたような表情を浮かべる。
「大きな声じゃ言えませんけど、俺、十代の頃から、ホストクラブで働いていたんですよ。そして、その店を仕切っていたのが、総和会の組の一つというわけです。どのホストも、組の人間と関わろうとはしてなかったんですけど、俺はホストより、ヤクザ稼業のほうに興味を持って、今はこの通り。そのとき、俺を組に紹介してくれたのが、先輩ホストの秦さんなんです。今は、ホストクラブやキャバクラを経営している、実業家ですよ」
紹介しますよと言って、中嶋が一度席を立ち、ホストたちがいるテーブルへと歩み寄る。そこで一人の男に耳打ちすると、中嶋とともにこちらを見て、軽い会釈のあとにすぐに立ち上がった。
二人がソファの傍らに立ったので、和彦も立ち上がろうとしたが、スマートな動作でそれを制された。
「堅苦しいのは抜きにしましょう。隣に座ってもかまいませんか?」
そう問われて頷いた和彦の両隣に、中嶋と、秦という男が腰掛ける。ふわりと鼻先を掠めたのは、秦のコロンの柔らかな香りだ。
これからホスト二人に接客されるようだと、つい和彦は背筋を伸ばす。
「――初めまして、秦です」
ソファからわずかに身を乗り出して秦が笑いかけてくる。手にはシャレたデザインの名刺があり、差し出されるまま受け取っていた。
名刺には、秦が経営している店か会社らしき名とともに、社長という肩書きが記されている。
「秦静馬……」
まるで芸名のようだなと思いながら声に出してみると、秦が声を洩らして笑った。
「源氏名みたいでしょう?」
ハッとして和彦は顔を上げる。わずかに目を細めている秦が、じっと和彦を見つめていた。
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