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第5話
(5)
しおりを挟む足を組み、籐椅子にしっかりと体を預けた和彦は、ふうっと息を吐き出して窓の外を眺める。あまり曜日を意識しない生活を送っているせいで、今日が何曜日なのかすっかり忘れていたが、平日にしては人出が多い。
「……今日は、日曜日なのか……」
思わず独り言を洩らすと、チョコレートラテを堪能していた千尋が応じた。
「そうなの?」
和彦も他人のことは言えないが、千尋の曜日感覚もかなりズレている。
「さあ。客が多いから、そう思った」
「ここ、オープンしてからずっと、こんな感じだよ――って、あっ、本当だ、日曜だ」
携帯電話を取り出して確認したらしく、千尋が声を上げる。だからどうした、という話題なのだが、これで会話は終わらなかった。
千尋はスプーンの先をペロリと舐めてから、見た目は文句なしの好青年ぶりを際立たせる笑みを浮かべる。
「いいよね、俺、日曜日に街を出歩くの好きなんだ」
「ぼくは……少し苦手だな。人が多すぎる」
「だから、いいんだよ。普通の空気を味わってる感じがして。俺、高校まで、実家の仕事のせいで友達いなくてさ。なんか、独特の閉鎖的な空間だろ、学校って。俺なんて、毛色違いすぎて、浮きまくり。だけど、日曜日に街をぶらぶらすると、いろんな人間が行き来して、あっという間に溶け込める。俺は、どこにでもいるガキになれるわけ」
和彦はテーブルに頬杖をつき、ガキのような顔でチョコレートラテの生クリームを味わっている千尋を眺める。千尋はきっと、二十歳だった頃の和彦よりも、いろんなことを考えて、経験している。それでいて、強烈なガキっぽさを留めているのは、それが自分の武器になると、千尋自身、わかっているのかもしれない。
「知れば知るほど、お前の普段の犬っころのような落ち着きのなさが信じられない。そういう重い経験をしていたら、二十歳にしたって、もう少し大人っぽくなるもんじゃないのか……。ガキみたいだと思って油断していると、お前のオヤジと一緒に、とんでもなくぶっ飛んだことをしでかすがな」
ふいに千尋が真顔となり、強い輝きを放つを目で、じっと和彦を見つめてくる。
「――俺が犬みたいにじゃれつくのは、先生だけだ。できることなら、本当に先生の足にまとわりついて歩きたい。それで、こらっ、と先生に言われながら、でも甘やかすように頭を撫で回されるんだ」
「お前は……、まじめな顔で何を言い出すかと思えば……」
はあっ、と呆れてため息をついた和彦は、自分が頼んだカプチーノを一口飲む。
買い物につき合ってほしいという千尋の誘いに応じたのは、気分転換がしたかったからだ。そのため、容赦ない陽射しの下を連れ回されることも覚悟したのだが、少し前にオープンした複合施設内のショップ巡りが目的らしい。
大きな施設の中を歩き回るのは、なかなかの運動量だ。それに、さまざまなショップを覗くのは、買い物好きの和彦としては純粋に楽しい。
そうしているときだけは、ヤクザがいる日常から距離を置いているような錯覚を覚える。本当は、和彦の隣をはしゃぎながら歩いている千尋自身が禍々しい存在だとも言えるが、何も知らなかった頃の感覚に戻るのは容易い。今のような会話さえ交わさなければ。
「今日誘ったのは、なんか先生がピリピリしていると思ったからなんだ」
突然の千尋の言葉に、ぎこちなくカップを置いた和彦は首を傾げる。
「えっ?」
「この何日か、また余裕ない顔してるんだよ、先生。そうなると、気分転換に誘えそうなのって、身近にいる人間じゃ、俺ぐらいだろ。まあ、特権ともいえるけど。オヤジや三田村には、こういうところで気楽にお茶するなんて無理だし」
目を丸くした和彦は、まじまじと千尋の顔を見つめてから、口元をてのひらで覆う。今度はそっとため息を洩らした。
すぐに忘れてしまいそうになるが、千尋は本当は大人なのだ。だからこんな気遣いもできる。
「……そこまで考えて、今日は護衛なしなのか」
「護衛はいるよ」
「車に待機させてるだろ」
「だってさー、組の人間がついてきてると、先生とデートって感じしないじゃん。今日は三田村も他の仕事でいないし。それとも先生は、ゴツイの張りつかせて歩きたい?」
和彦は顔をしかめてから、首を横に振る。普段から自分には護衛は必要ないと思っているのだが、それを賢吾に訴えて聞き入れてもらう自信はない。今回は千尋が気をつかってくれたからこそ、可能な状況なのだ。
「ぼくはともかく、お前に何かあったらどうする気だ……」
「俺に何かあるなら、とっくにそういう目に遭ってるよ。だけど、少し前までの俺は、普通のフリーターとして一人で生活してて、何もなかった。気をつけるのは、オヤジやじいちゃんと一緒にいるときだけでいいんだ、本当は」
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