血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
72 / 1,267
第5話

(5)

しおりを挟む




 足を組み、籐椅子にしっかりと体を預けた和彦は、ふうっと息を吐き出して窓の外を眺める。あまり曜日を意識しない生活を送っているせいで、今日が何曜日なのかすっかり忘れていたが、平日にしては人出が多い。
「……今日は、日曜日なのか……」
 思わず独り言を洩らすと、チョコレートラテを堪能していた千尋が応じた。
「そうなの?」
 和彦も他人のことは言えないが、千尋の曜日感覚もかなりズレている。
「さあ。客が多いから、そう思った」
「ここ、オープンしてからずっと、こんな感じだよ――って、あっ、本当だ、日曜だ」
 携帯電話を取り出して確認したらしく、千尋が声を上げる。だからどうした、という話題なのだが、これで会話は終わらなかった。
 千尋はスプーンの先をペロリと舐めてから、見た目は文句なしの好青年ぶりを際立たせる笑みを浮かべる。
「いいよね、俺、日曜日に街を出歩くの好きなんだ」
「ぼくは……少し苦手だな。人が多すぎる」
「だから、いいんだよ。普通の空気を味わってる感じがして。俺、高校まで、実家の仕事のせいで友達いなくてさ。なんか、独特の閉鎖的な空間だろ、学校って。俺なんて、毛色違いすぎて、浮きまくり。だけど、日曜日に街をぶらぶらすると、いろんな人間が行き来して、あっという間に溶け込める。俺は、どこにでもいるガキになれるわけ」
 和彦はテーブルに頬杖をつき、ガキのような顔でチョコレートラテの生クリームを味わっている千尋を眺める。千尋はきっと、二十歳だった頃の和彦よりも、いろんなことを考えて、経験している。それでいて、強烈なガキっぽさを留めているのは、それが自分の武器になると、千尋自身、わかっているのかもしれない。
「知れば知るほど、お前の普段の犬っころのような落ち着きのなさが信じられない。そういう重い経験をしていたら、二十歳にしたって、もう少し大人っぽくなるもんじゃないのか……。ガキみたいだと思って油断していると、お前のオヤジと一緒に、とんでもなくぶっ飛んだことをしでかすがな」
 ふいに千尋が真顔となり、強い輝きを放つを目で、じっと和彦を見つめてくる。
「――俺が犬みたいにじゃれつくのは、先生だけだ。できることなら、本当に先生の足にまとわりついて歩きたい。それで、こらっ、と先生に言われながら、でも甘やかすように頭を撫で回されるんだ」
「お前は……、まじめな顔で何を言い出すかと思えば……」
 はあっ、と呆れてため息をついた和彦は、自分が頼んだカプチーノを一口飲む。
 買い物につき合ってほしいという千尋の誘いに応じたのは、気分転換がしたかったからだ。そのため、容赦ない陽射しの下を連れ回されることも覚悟したのだが、少し前にオープンした複合施設内のショップ巡りが目的らしい。
 大きな施設の中を歩き回るのは、なかなかの運動量だ。それに、さまざまなショップを覗くのは、買い物好きの和彦としては純粋に楽しい。
 そうしているときだけは、ヤクザがいる日常から距離を置いているような錯覚を覚える。本当は、和彦の隣をはしゃぎながら歩いている千尋自身が禍々しい存在だとも言えるが、何も知らなかった頃の感覚に戻るのは容易い。今のような会話さえ交わさなければ。
「今日誘ったのは、なんか先生がピリピリしていると思ったからなんだ」
 突然の千尋の言葉に、ぎこちなくカップを置いた和彦は首を傾げる。
「えっ?」
「この何日か、また余裕ない顔してるんだよ、先生。そうなると、気分転換に誘えそうなのって、身近にいる人間じゃ、俺ぐらいだろ。まあ、特権ともいえるけど。オヤジや三田村には、こういうところで気楽にお茶するなんて無理だし」
 目を丸くした和彦は、まじまじと千尋の顔を見つめてから、口元をてのひらで覆う。今度はそっとため息を洩らした。
 すぐに忘れてしまいそうになるが、千尋は本当は大人なのだ。だからこんな気遣いもできる。
「……そこまで考えて、今日は護衛なしなのか」
「護衛はいるよ」
「車に待機させてるだろ」
「だってさー、組の人間がついてきてると、先生とデートって感じしないじゃん。今日は三田村も他の仕事でいないし。それとも先生は、ゴツイの張りつかせて歩きたい?」
 和彦は顔をしかめてから、首を横に振る。普段から自分には護衛は必要ないと思っているのだが、それを賢吾に訴えて聞き入れてもらう自信はない。今回は千尋が気をつかってくれたからこそ、可能な状況なのだ。
「ぼくはともかく、お前に何かあったらどうする気だ……」
「俺に何かあるなら、とっくにそういう目に遭ってるよ。だけど、少し前までの俺は、普通のフリーターとして一人で生活してて、何もなかった。気をつけるのは、オヤジやじいちゃんと一緒にいるときだけでいいんだ、本当は」

しおりを挟む
感想 79

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

処理中です...