血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
67 / 1,268
第4話

(18)

しおりを挟む
 結局は、和彦自身の受け止め方なのだ。ヤクザなんかのオンナにされてしまったことは、屈辱でしかない。誰かに指摘されれば、顔も伏せたくなる。蔑まれて当然の立場だ。なのに和彦をそんな立場に追い込んだ本人は、傲然と顔を上げていろと言う。
 勝手なことを言うなと思いはするが、逃げ出せないのなら、受け止め、自分の武器にするしかないのも確かだ。そうすることでしか、和彦の面子は保てない。どうでもいいと、放り出してしまうことも簡単だが――。
「本当に、ヤクザは自分勝手だ。面子なんて理屈、この世界でしか通用しないじゃないか。そんな理屈を、ぼくにまで押し付けるな」
 だが、面子すら捨ててしまったら、きっと和彦には何も残らない。だからこそ、賢吾に守らせてやる。あの男のオンナとして、これは和彦が持つ当然の権利だ。
 半ば開き直りに近いことを覚悟したとき、障子の向こうに人影が立つ。
「先生、起きているか」
 ハスキーな声をかけられ、ああ、と応じる。スッと障子が開けられて、すでにもうきちんとスーツを着込んだ三田村が姿を見せた。部屋に入った三田村が障子を閉めようとしたので、和彦は制止する。
「開けたままでいい。……中庭がよく見える」
 障子を開けたまま、三田村が布団の傍らに膝をついたので、和彦は体の向きを変えて見上げる。
「組長と千尋は?」
「組長はとっくに出かけた。千尋さんも、総和会の用事で、少し前に」
「……元気だな。さんざん人の生気を吸い取ったんだから、当然か」
 つらいというほどではないが、和彦の体はまだ、精力的に動くことを拒んでいた。
 しどけなく両手を投げ出した和彦を、三田村が無表情に見下ろしてくる。そんな三田村の顔を見上げたまま和彦が考えたのは、昨夜、長時間にわたって自分が上げていた恥知らずな嬌声を、この男は聞いていたのだろうかということだった。
 この想像はひどく淫靡で、和彦の胸の奥で妖しい衝動が蠢く。まだ、三人での行為の興奮が残っているのかもしれない。
「――先生、寝るな」
 三田村の言葉に、和彦はハッと目を開ける。自覚もないまま目を閉じかけていたらしい。それより和彦がドキリとしたのは、つい最近、同じ言葉を、同じような状況で三田村からかけられた記憶が蘇ったからだ。
 あのとき、自分は――。和彦が目を見開いて見上げると、意識したように感情を押し殺した三田村が言った。
「風呂と朝メシの準備ができている。先生の好きなほうを先に済ませてくれ」
「……ダイニングには、誰かいるのか?」
「人目が煩わしいなら、朝メシはここに運ばせる。先生が過ごしやすいようにしてやれと、組長に言われているからな」
 三田村が立ち上がろうとしたので、和彦は咄嗟にジャケットを掴んで引き止めた。驚いた様子もなく三田村は、和彦の顔と、ジャケットを掴む手を見てから、畳の上に座り込んだ。
「どうかしたか、先生」
「確かめたいことがある」
 和彦は体にかけていた布団をめくると、寝ている間にはだけた浴衣を直しもせず、三田村の手を取って自分の胸元に押し当てさせた。三田村は表情を変えなかったが、胸元に触れる手はピクリと震えた。
「……なんの、つもりだ……」
「触ってくれ。――この間、してくれたように」
 三田村の手は、今度は微動だにしなかった。だが、だからこそ和彦は確信した。いや、本当は最初からわかっていたのだ。
 先日、ベッドの上で夢うつつになっている和彦の体に触れ、絶頂に導いた挙げ句、放った精すら口腔で受け止めてくれた〈誰か〉は、三田村だった。
 夢のまま、何も気づかないふりをしていればいいのに、どうして今になって切り出したのか、和彦にも自分の気持ちはよくわからなかった。ただ、立ち去ろうとする三田村に、もう少しここにいてほしいと思っただけで――。
 和彦は、無表情を保つ三田村にちらりと笑いかける。
「律儀な男だな、あんた。あのとき、ぼくが言ったことを実行してくれただけなんだろ」
「〈後始末〉を手伝ってくれ……。寝る前に先生は、俺にこう言った」
「そう、言った……。つまり、もう二回も、あんたにあんな後始末をしてもらってるというわけか」
 一回目は、和彦のクリニックとなるビルの一室で、賢吾に淫らな交わりを強いられたあとだった。
 今も、後始末を手伝ってくれと言えば、三田村はあんな真摯な愛撫を与えてくれるのだろうかと、ふと和彦は考える。
 胸元に当てさせた三田村の手を握り締めると、黙って和彦を見つめたまま、三田村も握り返してくれた。
 このとき和彦の視界の隅で、人影が動く。
 心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けながら、ぎこちなく顔を廊下のほうに向けると、いつからそこにいたのか、ワイシャツ姿の賢吾が、薄い笑みを浮かべて立っていた。
 障子を開けたままにしてもらったことを今になって後悔したが、もう遅い。三田村と手を握り合っているところを、賢吾に見られてしまった。
 三田村も和彦の異変に気づいたらしく、素早く振り返ってから、わずかに体を震わせた。
「――忘れ物を取りに戻ったついでに、俺のオンナの機嫌をうかがっておこうと思ったんだが……、悪くはなさそうだな」
 柔らかくすら聞こえる賢吾の声だったが、まるで冷たい鞭のように、和彦の柔な神経を打ち据えてきた。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...