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第4話
(14)
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長嶺組の組員なら、和彦の存在の意味を知っているだろうが、だからといって際どい光景を見たいとは思わないだろう。
和彦なりに気をつかった故の行動だったが、千尋は不思議そうに首を傾げる。
「先生?」
「お前たちから、ぼくに触れてくるならともかく、ぼくから、お前に触れているのを見たら、やっぱりいい気持ちはしないんじゃないかと思ったんだ。組にとっては、組長や、その跡取りとなると特別な存在だろ。だから――」
千尋が急に、ぐいっと顔を寄せてくる。驚いて目を丸くする和彦に、千尋はにんまりと笑いかけてきた。
「いっぱい撫でてよ。俺、先生が何げなく頭とか撫でてくれるのが好きなんだ。俺が好きなんだから、誰にも何も言わせない。……俺たちにとって先生が特別ってことは、組にとっても先生は特別なんだ。医者だからというだけじゃなくてさ」
「千尋……」
怖いことを平気で言うかと思えば、心を甘くくすぐるようなこともさらりと口にする。天然なのか計算ずくなのかはわからないが、将来とんでもないタラシになることは間違いないだろう。すでにもう片鱗が覗いていて、それでこの威力だ。
末恐ろしいガキだと思いながら、和彦は両手でワシワシと千尋の頭を撫で回し、髪を掻き乱してやる。
「先生っ、それやりすぎっ」
そう言いながらも千尋は、楽しそうに笑い声を上げている。和彦もついムキになっていたが、ふと、廊下を歩いてくる三田村の姿に気づき、ドキリとして手を止める。三田村はすぐに事務所に戻るかと思っていたが、そうではないらしい。
「先生?」
我に返った和彦は、視線を千尋に戻す。その千尋が振り返ったとき、すでに三田村の姿は、ある部屋へと消えていた。
「どうかした?」
「いや……。本当に、合宿所みたいだと思って。絶えず誰かが行き来してる」
「お袋は、本当にここを毛嫌いしてたよ。だからオヤジと結婚しても、他にマンションを借りて生活してた。で、オヤジがそこに通うわけ。本妻のくせして、愛人みたいな生活を送ってたんだよ。俺が生まれてもその生活は変わらなかったけど、俺はよくここに泊まってた。ヒステリー気味のお袋の側にいるより、遊び相手に不自由しないここにいたほうが楽しかったし、おもちゃも持て余すぐらい買ってもらってたし」
「それって、お前をここに居つかせるための策略だろう。将来の跡継ぎにまで、ここを毛嫌いされたらたまらない、ってところか」
正解、と軽い口調で千尋が言う。
「オヤジが、組に肩入れしていたうえに、息子までそんな感じだから、ある日、お袋がブチ切れちゃったんだよ。組と自分と、どっちが大事なのって、オヤジに詰め寄って。先生なら、オヤジがなんて答えるか想像つくだろ?」
「……悲しいことにな」
組を大事にしている俺を受け入れろと、傲慢な態度で言い放つ賢吾の姿が、容易に想像できる。
「そのまま離婚。お袋は、俺を連れて行こうとしたけど、今度はうちのじいちゃんがブチ切れちゃって。さすがのお袋も怯んで、俺を置いていった。ガキの頃は、そんなお袋が可哀想だと思っていたけど、この歳になると、オヤジが根っからのヤクザだと知っていて結婚したんだから、自業自得かなという気もちょっとだけする」
離婚してこの家から離れた女性がいる一方で、こうして連れ込まれる男がいるのだから、世の中は皮肉だ。
和彦は自嘲の笑みを洩らそうとしたが、あることが気になって千尋に尋ねた。
「ところで、お前のその『じいちゃん』は、今、この家にいるのか? いままでのお前の話しぶりだと、そうじゃないみたいだが……」
「長嶺組をオヤジに任せたときに、この家を出たよ。今は、総和会が用意した家で暮らしてる。何、もしかして、挨拶するつもりだったの? 会いたいなら、セッティングするよ。そして、俺の大事な人ですと言って、先生をじいちゃんに紹介するわけ」
一人で盛り上がる千尋には申し訳ないが、和彦は一切聞こえないふりを貫かせてもらった。
和彦なりに気をつかった故の行動だったが、千尋は不思議そうに首を傾げる。
「先生?」
「お前たちから、ぼくに触れてくるならともかく、ぼくから、お前に触れているのを見たら、やっぱりいい気持ちはしないんじゃないかと思ったんだ。組にとっては、組長や、その跡取りとなると特別な存在だろ。だから――」
千尋が急に、ぐいっと顔を寄せてくる。驚いて目を丸くする和彦に、千尋はにんまりと笑いかけてきた。
「いっぱい撫でてよ。俺、先生が何げなく頭とか撫でてくれるのが好きなんだ。俺が好きなんだから、誰にも何も言わせない。……俺たちにとって先生が特別ってことは、組にとっても先生は特別なんだ。医者だからというだけじゃなくてさ」
「千尋……」
怖いことを平気で言うかと思えば、心を甘くくすぐるようなこともさらりと口にする。天然なのか計算ずくなのかはわからないが、将来とんでもないタラシになることは間違いないだろう。すでにもう片鱗が覗いていて、それでこの威力だ。
末恐ろしいガキだと思いながら、和彦は両手でワシワシと千尋の頭を撫で回し、髪を掻き乱してやる。
「先生っ、それやりすぎっ」
そう言いながらも千尋は、楽しそうに笑い声を上げている。和彦もついムキになっていたが、ふと、廊下を歩いてくる三田村の姿に気づき、ドキリとして手を止める。三田村はすぐに事務所に戻るかと思っていたが、そうではないらしい。
「先生?」
我に返った和彦は、視線を千尋に戻す。その千尋が振り返ったとき、すでに三田村の姿は、ある部屋へと消えていた。
「どうかした?」
「いや……。本当に、合宿所みたいだと思って。絶えず誰かが行き来してる」
「お袋は、本当にここを毛嫌いしてたよ。だからオヤジと結婚しても、他にマンションを借りて生活してた。で、オヤジがそこに通うわけ。本妻のくせして、愛人みたいな生活を送ってたんだよ。俺が生まれてもその生活は変わらなかったけど、俺はよくここに泊まってた。ヒステリー気味のお袋の側にいるより、遊び相手に不自由しないここにいたほうが楽しかったし、おもちゃも持て余すぐらい買ってもらってたし」
「それって、お前をここに居つかせるための策略だろう。将来の跡継ぎにまで、ここを毛嫌いされたらたまらない、ってところか」
正解、と軽い口調で千尋が言う。
「オヤジが、組に肩入れしていたうえに、息子までそんな感じだから、ある日、お袋がブチ切れちゃったんだよ。組と自分と、どっちが大事なのって、オヤジに詰め寄って。先生なら、オヤジがなんて答えるか想像つくだろ?」
「……悲しいことにな」
組を大事にしている俺を受け入れろと、傲慢な態度で言い放つ賢吾の姿が、容易に想像できる。
「そのまま離婚。お袋は、俺を連れて行こうとしたけど、今度はうちのじいちゃんがブチ切れちゃって。さすがのお袋も怯んで、俺を置いていった。ガキの頃は、そんなお袋が可哀想だと思っていたけど、この歳になると、オヤジが根っからのヤクザだと知っていて結婚したんだから、自業自得かなという気もちょっとだけする」
離婚してこの家から離れた女性がいる一方で、こうして連れ込まれる男がいるのだから、世の中は皮肉だ。
和彦は自嘲の笑みを洩らそうとしたが、あることが気になって千尋に尋ねた。
「ところで、お前のその『じいちゃん』は、今、この家にいるのか? いままでのお前の話しぶりだと、そうじゃないみたいだが……」
「長嶺組をオヤジに任せたときに、この家を出たよ。今は、総和会が用意した家で暮らしてる。何、もしかして、挨拶するつもりだったの? 会いたいなら、セッティングするよ。そして、俺の大事な人ですと言って、先生をじいちゃんに紹介するわけ」
一人で盛り上がる千尋には申し訳ないが、和彦は一切聞こえないふりを貫かせてもらった。
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