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第4話
(12)
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後部座席に乗り込んできた賢吾は、いきなり言葉もなく和彦の頭を引き寄せ、唇を塞いできた。痛いほど強く唇を吸われ、口腔に舌が捩じ込まれる。賢吾のこんな口づけに慣らされてしまった和彦は、抵抗もせずおとなしく受け入れた。
引き出された舌を吸われながら、賢吾の頬を両手で挟み込むと、それが合図のように両腕でしっかりと抱き締められる。濃厚な口づけを交わす間に、静かに車は走り出していた。
絡めていた舌を解き、和彦は大きく息を吐き出す。間近から賢吾を睨みつけた。
「なんなんだ、いきなり……」
「――この間から考えていた。お前の面子を守ってやるためには、どうするのがいいか」
本当にいきなりだ。和彦は一瞬、賢吾が何を言い出したのか、理解できなかったぐらいだ。
どうやら先日の、昭政組組長の難波が和彦に向けて言った言葉のことを言っているようだ。和彦としては、自分の中で感情と折り合いをつけることだと思っていたのだが、賢吾にとっては違うらしい。
「昭政組の組長とは、あれから顔を合わせてないから、もう気にしてない」
和彦がこう言うと、賢吾は目を眇める。凄みを帯びた表情とはまた違うが、こういう顔もまた、ひどくヤクザらしい。怖くはないが、ドキリとさせられる。
「違う。難波のほうには、とっくに釘を刺してある。俺の組の大事な医者を侮辱したら、次はないとな」
そんなことをしていたのかと、驚いて目を丸くする和彦に、賢吾はニヤリと笑いかけてくる。
「俺は、俺自身と、俺の大事なものがナメられるのが、死ぬほど嫌いなんだ」
そしてまた、唇を吸われる。小さく喘いでから、和彦も賢吾の唇を吸い返していた。戯れのようなキスの合間に賢吾が言葉を続ける。
「そっちはもうどうでもいい……。肝心なのは、俺のオンナであるという、お前の面子だ。俺はお前に、金や、俺の力で手に入るものなら、なんでも与えてやると言ったが、そんなことでお前の面子が保てるとは思ってない」
和彦の頬を撫でた賢吾の手が、喉元にかかる。わずかな圧迫感に、和彦は静かに息を呑む。そんなことをするはずがないと思いながらも、賢吾に首を絞められる光景が一瞬脳裏をちらついた。
「――俺のオンナだと言われるたびに、お前は、首に鎖をつけられて、汚い地べたに頭を押し付けられている気がするか?」
「それは……」
「そう感じるのは、正常だ。俺はお前に、異常なことを強いている。俺だけじゃないな。千尋も同じだ。先生が大事だからこそ、そうせざるをえない」
喉元からスッと手が退けられ、賢吾に頭を引き寄せられる。
「だから考える必要がある。俺たちの大事な先生の面子を守る方法を。俺たちは、オンナになったからと卑屈になる先生を見たくはないしな」
「……ぼくを拉致してあんなことしておいて、勝手な言い分だな……」
本気か演技か、いつにない賢吾の真摯さに半ば圧倒されながら、和彦は応じる。すると賢吾は、楽しそうに目を細めた。
「ヤクザだからな。自分勝手なのは、得意だ」
「便利な言葉だな、ヤクザってのは。なんでもかんでも、それで無理が通ると思ってるだろ」
「少なくとも先生相手には」
賢吾を睨みつけると、なぜかキスで返された。
賢吾の調教の成果が表れているのか、言葉の代わりのように与えられるキスが気持ちいい。唇を触れ合わせ、舌先を触れ合わせ、吐息を触れ合わせ――。
「――お前を、俺たちにとって本当に特別なオンナにする」
キスの合間に熱っぽい口調で賢吾に囁かれる。
「どういう意味だ」
「今、向かっているのは、俺の家だ」
和彦は軽く眉をひそめてから、首を傾げる。
「家って、千尋がいる本宅のこと……」
「そう。たまに寝泊まりで使っているマンションのほうがありがたく感じるぐらい、にぎやかだ。常駐する若い衆がいるから、合宿所みたいな有り様になっている。だがそこが、俺や千尋の帰る家だ。そこにこれから、お前を連れて行く」
和彦はまだ一度も、長嶺父子の本宅というものに行ったことがない。また、行きたいと思ったこともない。
極端な言い方をするなら、体を繋ぐだけの場所はどこでもいいのだ。今なら、和彦に与えられたマンションの部屋があるため不便もない。だからこそ、本宅というものを特別視したことはなかった。少なくとも、和彦は。
戸惑う和彦に、賢吾は決定的な言葉をくれた。
「本宅には、俺のオンナを連れて行ったことはない。別れた嫁――千尋の母親も、数えるほどしか、寝泊りしたことがなかった。ヤクザの匂いがこびりついて嫌なんだそうだ」
「……そこまでヤクザを嫌ってるなら、なんで結婚したんだ。あんたの元奥さん」
「妬けるか?」
意地の悪い表情で賢吾に問われ、咄嗟に睨みつけた和彦だが、なぜか頬が熱くなってくる。和彦のそんな反応に気づいているのかいないのか、賢吾は機嫌よさそうに声を洩らして笑う。
三十分ほど走り続けた車が、古くからあるような建物が建ち並ぶ住宅街へと入る。ぼんやりと立派な家々を眺めていた和彦だが、長嶺の本宅と思われる建物には、すぐに気づいた。あまりに周囲の建物から、浮いていたからだ。
引き出された舌を吸われながら、賢吾の頬を両手で挟み込むと、それが合図のように両腕でしっかりと抱き締められる。濃厚な口づけを交わす間に、静かに車は走り出していた。
絡めていた舌を解き、和彦は大きく息を吐き出す。間近から賢吾を睨みつけた。
「なんなんだ、いきなり……」
「――この間から考えていた。お前の面子を守ってやるためには、どうするのがいいか」
本当にいきなりだ。和彦は一瞬、賢吾が何を言い出したのか、理解できなかったぐらいだ。
どうやら先日の、昭政組組長の難波が和彦に向けて言った言葉のことを言っているようだ。和彦としては、自分の中で感情と折り合いをつけることだと思っていたのだが、賢吾にとっては違うらしい。
「昭政組の組長とは、あれから顔を合わせてないから、もう気にしてない」
和彦がこう言うと、賢吾は目を眇める。凄みを帯びた表情とはまた違うが、こういう顔もまた、ひどくヤクザらしい。怖くはないが、ドキリとさせられる。
「違う。難波のほうには、とっくに釘を刺してある。俺の組の大事な医者を侮辱したら、次はないとな」
そんなことをしていたのかと、驚いて目を丸くする和彦に、賢吾はニヤリと笑いかけてくる。
「俺は、俺自身と、俺の大事なものがナメられるのが、死ぬほど嫌いなんだ」
そしてまた、唇を吸われる。小さく喘いでから、和彦も賢吾の唇を吸い返していた。戯れのようなキスの合間に賢吾が言葉を続ける。
「そっちはもうどうでもいい……。肝心なのは、俺のオンナであるという、お前の面子だ。俺はお前に、金や、俺の力で手に入るものなら、なんでも与えてやると言ったが、そんなことでお前の面子が保てるとは思ってない」
和彦の頬を撫でた賢吾の手が、喉元にかかる。わずかな圧迫感に、和彦は静かに息を呑む。そんなことをするはずがないと思いながらも、賢吾に首を絞められる光景が一瞬脳裏をちらついた。
「――俺のオンナだと言われるたびに、お前は、首に鎖をつけられて、汚い地べたに頭を押し付けられている気がするか?」
「それは……」
「そう感じるのは、正常だ。俺はお前に、異常なことを強いている。俺だけじゃないな。千尋も同じだ。先生が大事だからこそ、そうせざるをえない」
喉元からスッと手が退けられ、賢吾に頭を引き寄せられる。
「だから考える必要がある。俺たちの大事な先生の面子を守る方法を。俺たちは、オンナになったからと卑屈になる先生を見たくはないしな」
「……ぼくを拉致してあんなことしておいて、勝手な言い分だな……」
本気か演技か、いつにない賢吾の真摯さに半ば圧倒されながら、和彦は応じる。すると賢吾は、楽しそうに目を細めた。
「ヤクザだからな。自分勝手なのは、得意だ」
「便利な言葉だな、ヤクザってのは。なんでもかんでも、それで無理が通ると思ってるだろ」
「少なくとも先生相手には」
賢吾を睨みつけると、なぜかキスで返された。
賢吾の調教の成果が表れているのか、言葉の代わりのように与えられるキスが気持ちいい。唇を触れ合わせ、舌先を触れ合わせ、吐息を触れ合わせ――。
「――お前を、俺たちにとって本当に特別なオンナにする」
キスの合間に熱っぽい口調で賢吾に囁かれる。
「どういう意味だ」
「今、向かっているのは、俺の家だ」
和彦は軽く眉をひそめてから、首を傾げる。
「家って、千尋がいる本宅のこと……」
「そう。たまに寝泊まりで使っているマンションのほうがありがたく感じるぐらい、にぎやかだ。常駐する若い衆がいるから、合宿所みたいな有り様になっている。だがそこが、俺や千尋の帰る家だ。そこにこれから、お前を連れて行く」
和彦はまだ一度も、長嶺父子の本宅というものに行ったことがない。また、行きたいと思ったこともない。
極端な言い方をするなら、体を繋ぐだけの場所はどこでもいいのだ。今なら、和彦に与えられたマンションの部屋があるため不便もない。だからこそ、本宅というものを特別視したことはなかった。少なくとも、和彦は。
戸惑う和彦に、賢吾は決定的な言葉をくれた。
「本宅には、俺のオンナを連れて行ったことはない。別れた嫁――千尋の母親も、数えるほどしか、寝泊りしたことがなかった。ヤクザの匂いがこびりついて嫌なんだそうだ」
「……そこまでヤクザを嫌ってるなら、なんで結婚したんだ。あんたの元奥さん」
「妬けるか?」
意地の悪い表情で賢吾に問われ、咄嗟に睨みつけた和彦だが、なぜか頬が熱くなってくる。和彦のそんな反応に気づいているのかいないのか、賢吾は機嫌よさそうに声を洩らして笑う。
三十分ほど走り続けた車が、古くからあるような建物が建ち並ぶ住宅街へと入る。ぼんやりと立派な家々を眺めていた和彦だが、長嶺の本宅と思われる建物には、すぐに気づいた。あまりに周囲の建物から、浮いていたからだ。
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