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第4話
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「それで、さっきの、気に入られてるっていうのは?」
「ああ……、難波さんの愛人のことですよ。先生のことをひどく気に入ってる。あの様子だと、先生のクリニックが開業したら、本当に押しかけてきますよ」
「顧客第一号だな」
和彦がぼそりと洩らすと、中嶋はニヤリと笑った。
なんとなくだが、外見から受ける印象より、中身はずっと砕けた男なのだと思った。そうはいっても、中嶋も立派なヤクザであることに変わりはない。
中嶋のほうも和彦に対して、職務を超えた好奇心めいたものを抱いてくれたらしく、帰りの車中でこんな誘いをくれた。
「先生、近いうちに一杯奢らせてください」
「さっき言っていた、難波組長の件なら――」
「いえ、個人的に、先生ともっと親しくなりたいんです。車の送り迎えだけじゃ、話す時間も限られるし、それに彼女の治療、週一回になったんでしょう? そうなったら、顔を合わせる機会が減りますよね」
どういうつもりかと、訝しむ眼差しを向ける和彦に対して、中嶋はバックミラーを通して澄ました表情で答えた。
「よからぬことは考えていませんよ。ただ、長嶺組お抱えの医者である先生と、個人的なツテを持っておくと、何かと役立つかもしれないという計算はしてますけど」
「……正直だな」
そう言って和彦は苦笑を洩らす。だが、こうもはっきり言われると、嫌な気持ちはしなかった。腹に何を抱えているのかと身構えるぐらいなら、相手の目的の一端でもわかっているほうが、つき合ううえで楽だ。
「奢られるのはいいが、ぼくも、君を利用させてもらう」
「言い出したのは俺ですけど、怖いな」
言葉とは裏腹に、中嶋は短く声を洩らして笑う。和彦もちらりと笑みをこぼした。
「大したことじゃない。ただ、総和会の仕組みとか、どんな仕事をするのかといったことを、教えてもらいたいだけだ。こっちはいつも呼び出されるだけで、そちらの組織について、ロクな知識を持ってないんだ」
「あまり突っ込んだ内情までは明かせませんけど、それでいいなら、俺が知っている範囲で話しますよ」
「決まりだ。礼として、君の知り合いに怪我人がいたら、タダで診てやる。もっとも、ぼくの専門は美容外科だけどな」
信号待ちで車が停まると、すかさず中嶋が振り返る。顔は澄ましているが、目だけは強い好奇心に満ちていた。
「先生、おもしろい人ですね」
「男のくせして、組長のオンナなんてやってる奴は、病んでいるか、倦んでいるとでも思っていたか?」
「少しだけ」
笑おうとした和彦だが、失敗した。ふっと息を吐き出して前髪を掻き上げる。
「……いい加減、この世界で自分の足場を作らないといけないと思ったんだ。ヤクザなんかに、医者の腕より、男を咥え込むほうが上手いなんて言われたら、やっぱり悔しい。それを、長嶺組の組長に正直に話す自分の弱さも」
「立場は違うけど、俺も似たようなもんですよ。総和会では、俺はまだまだ、使い捨てにされる程度の存在だ。だからこそ、あの中でのし上がる手段を探さないといけない。いつか、自分がいた組に戻るかもしれないけど、そのときのためにも箔ってやつは大事なんですよ」
ヤクザの言葉は疑って聞くようにしている和彦は、中嶋の言うことすべてが真実だとは思っていない。ただ、一杯飲む相手としては、申し分がないことは確かだ。中嶋にしても、和彦を同じように思っているだろう。若くして総和会に身を置いているということは、中嶋は有能なヤクザなのだ。
二人は顔を見合わせて、同じように人悪い笑みを交わし合う。
「先生、これ」
中嶋から、ひょいっと携帯電話を投げて寄越された。和彦が目を丸くしたときには、すでに中嶋は前を向き、車を発進していた。
「飲みに行くなら、番号の交換をしておきましょう。長嶺組長にチェックされるというなら、俺の携帯にメルアドだけ登録してもらったのでかまいませんよ」
「いや……、交換しておこう。こっちの世界に足を踏み入れてから、ぼくの携帯のメモリーは減る一方だったんだ」
「なら、これからは増えますよ。俺が知っている人間……、バカなチンピラも多いですけどね、そいつらを紹介します。楽しく飲むなら、そういう連中も必要だ」
期待していると応じて、和彦はさっそく携帯電話を操作する。
待ち合わせ場所であるファミリーレストランの駐車場に車が入ると、すでにそこには三田村の姿があった。
和彦は礼を言って車を降りると、三田村の元に行く。すると、背後から呼びかけられた。
「――先生、楽しみにしてますよ」
振り返ると、下ろしたウィンドーから中嶋が顔を出していた。和彦は軽く手を上げて応じ、車が走り去るのを見送る。
「なんだ?」
隣に立った三田村に問われたので、和彦は自分の携帯電話を見せながら答える。
「友達になった」
すると三田村から、胡散臭そうな視線を向けられた。あまりにはっきりした反応に、思わず和彦は苦笑する。
「そんな反応するなよ。ただ、ちょっと飲みに行く約束をしただけだ」
「……頼むから、少しは警戒という言葉を覚えてくれ、先生」
「いかがわしい店には行かない」
「そういう意味で言ったんじゃなく――」
ここで駐車場に車が入ってきて、なんとなく会話を続けるタイミングを失った二人は、車に乗り込む。
「今日は予定が入ってないから、このままクリニックの備品を見に行きたい」
エンジンをかける三田村にそう言うと、あっさり拒否された。
「ダメだ」
「……どうして」
「今日はもう、先生の予定は決まっている。組長から連絡があって、これから事務所に行くことになった。そこで、組長と合流だ」
なんだろう、と和彦は呟く。その声は三田村に届いたはずだが、答えはなかった。
「ああ……、難波さんの愛人のことですよ。先生のことをひどく気に入ってる。あの様子だと、先生のクリニックが開業したら、本当に押しかけてきますよ」
「顧客第一号だな」
和彦がぼそりと洩らすと、中嶋はニヤリと笑った。
なんとなくだが、外見から受ける印象より、中身はずっと砕けた男なのだと思った。そうはいっても、中嶋も立派なヤクザであることに変わりはない。
中嶋のほうも和彦に対して、職務を超えた好奇心めいたものを抱いてくれたらしく、帰りの車中でこんな誘いをくれた。
「先生、近いうちに一杯奢らせてください」
「さっき言っていた、難波組長の件なら――」
「いえ、個人的に、先生ともっと親しくなりたいんです。車の送り迎えだけじゃ、話す時間も限られるし、それに彼女の治療、週一回になったんでしょう? そうなったら、顔を合わせる機会が減りますよね」
どういうつもりかと、訝しむ眼差しを向ける和彦に対して、中嶋はバックミラーを通して澄ました表情で答えた。
「よからぬことは考えていませんよ。ただ、長嶺組お抱えの医者である先生と、個人的なツテを持っておくと、何かと役立つかもしれないという計算はしてますけど」
「……正直だな」
そう言って和彦は苦笑を洩らす。だが、こうもはっきり言われると、嫌な気持ちはしなかった。腹に何を抱えているのかと身構えるぐらいなら、相手の目的の一端でもわかっているほうが、つき合ううえで楽だ。
「奢られるのはいいが、ぼくも、君を利用させてもらう」
「言い出したのは俺ですけど、怖いな」
言葉とは裏腹に、中嶋は短く声を洩らして笑う。和彦もちらりと笑みをこぼした。
「大したことじゃない。ただ、総和会の仕組みとか、どんな仕事をするのかといったことを、教えてもらいたいだけだ。こっちはいつも呼び出されるだけで、そちらの組織について、ロクな知識を持ってないんだ」
「あまり突っ込んだ内情までは明かせませんけど、それでいいなら、俺が知っている範囲で話しますよ」
「決まりだ。礼として、君の知り合いに怪我人がいたら、タダで診てやる。もっとも、ぼくの専門は美容外科だけどな」
信号待ちで車が停まると、すかさず中嶋が振り返る。顔は澄ましているが、目だけは強い好奇心に満ちていた。
「先生、おもしろい人ですね」
「男のくせして、組長のオンナなんてやってる奴は、病んでいるか、倦んでいるとでも思っていたか?」
「少しだけ」
笑おうとした和彦だが、失敗した。ふっと息を吐き出して前髪を掻き上げる。
「……いい加減、この世界で自分の足場を作らないといけないと思ったんだ。ヤクザなんかに、医者の腕より、男を咥え込むほうが上手いなんて言われたら、やっぱり悔しい。それを、長嶺組の組長に正直に話す自分の弱さも」
「立場は違うけど、俺も似たようなもんですよ。総和会では、俺はまだまだ、使い捨てにされる程度の存在だ。だからこそ、あの中でのし上がる手段を探さないといけない。いつか、自分がいた組に戻るかもしれないけど、そのときのためにも箔ってやつは大事なんですよ」
ヤクザの言葉は疑って聞くようにしている和彦は、中嶋の言うことすべてが真実だとは思っていない。ただ、一杯飲む相手としては、申し分がないことは確かだ。中嶋にしても、和彦を同じように思っているだろう。若くして総和会に身を置いているということは、中嶋は有能なヤクザなのだ。
二人は顔を見合わせて、同じように人悪い笑みを交わし合う。
「先生、これ」
中嶋から、ひょいっと携帯電話を投げて寄越された。和彦が目を丸くしたときには、すでに中嶋は前を向き、車を発進していた。
「飲みに行くなら、番号の交換をしておきましょう。長嶺組長にチェックされるというなら、俺の携帯にメルアドだけ登録してもらったのでかまいませんよ」
「いや……、交換しておこう。こっちの世界に足を踏み入れてから、ぼくの携帯のメモリーは減る一方だったんだ」
「なら、これからは増えますよ。俺が知っている人間……、バカなチンピラも多いですけどね、そいつらを紹介します。楽しく飲むなら、そういう連中も必要だ」
期待していると応じて、和彦はさっそく携帯電話を操作する。
待ち合わせ場所であるファミリーレストランの駐車場に車が入ると、すでにそこには三田村の姿があった。
和彦は礼を言って車を降りると、三田村の元に行く。すると、背後から呼びかけられた。
「――先生、楽しみにしてますよ」
振り返ると、下ろしたウィンドーから中嶋が顔を出していた。和彦は軽く手を上げて応じ、車が走り去るのを見送る。
「なんだ?」
隣に立った三田村に問われたので、和彦は自分の携帯電話を見せながら答える。
「友達になった」
すると三田村から、胡散臭そうな視線を向けられた。あまりにはっきりした反応に、思わず和彦は苦笑する。
「そんな反応するなよ。ただ、ちょっと飲みに行く約束をしただけだ」
「……頼むから、少しは警戒という言葉を覚えてくれ、先生」
「いかがわしい店には行かない」
「そういう意味で言ったんじゃなく――」
ここで駐車場に車が入ってきて、なんとなく会話を続けるタイミングを失った二人は、車に乗り込む。
「今日は予定が入ってないから、このままクリニックの備品を見に行きたい」
エンジンをかける三田村にそう言うと、あっさり拒否された。
「ダメだ」
「……どうして」
「今日はもう、先生の予定は決まっている。組長から連絡があって、これから事務所に行くことになった。そこで、組長と合流だ」
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