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第4話
(6)
しおりを挟む体を揺さぶられたとき、和彦の体を支配していたのは、心地いいけだるさだった。誰かにしっかりと包み込まれているようで、ひどく安心もできる。
持て余し気味の広いベッドの上で、こんな感覚を味わえるなんて、と吐息を洩らしたとき、一際激しく体を揺さぶられた。
「――……んせ……、先生」
和彦がやっと目を開けると、三田村が顔を覗き込んでいた。ぼんやりと見上げていたが、すぐに自分の痴態を思い出し、包まったブランケットの下で格好を確かめる。しっかりとバスローブを着込んでいた。まるで、たった今着せられたように。
それどころか、千尋に煽られたせいで体に留まっていた厄介な情欲の熱も、今はもう、溶けてしまったかのようになくなっている。
紐の結び目を指先でまさぐりながら、和彦はあくびを洩らす。
「なんだ……。まだ夜は明けてないだろ。というか、今何時だ」
「午前二時」
正気かと、三田村を軽く睨みつけた和彦だが、少し混乱していた。前髪に指を差し込み、ベッドに入ってから自分の身に起きたことを整理して考える。一方で三田村は、深夜だというのに、昼間と変わらない様子で淡々と言った。
「総和会から、至急の仕事が入った。どうしても先生に頼みたいそうだ」
「……お宅の組長は、総和会からの仕事はセーブすると言っていたぞ。それが、夜中から呼び出されるハメになるのか」
「総和会を構成する十一の組の一つに、昭政組がある。俺たちの認識としては、武闘派で有名なところだ。そこの組長が、総和会に泣きついたらしい。すぐに、美容外科医を連れてきてくれと」
和彦は息を吐き出すと、ブランケットを口元まで引き上げる。
「武闘派って、あれだろ。頭で考えるより先に、とりあえず暴れる人種……」
「本当のことだが、俺の前以外でそれは言わないでくれ。揉め事の火種になる。とにかく、そこの組長が騒いで大変らしい。総和会から、うちの組に連絡がいって、俺に回ってきた」
夜中に美容外科医が必要な事態とはなんだろうかと、頭の半分で考えながら、残りの半分では、さきほどのベッドの上での淫らな行為は、やけにリアルな夢だったのだろうかと考えていた。
そして、夢の中で和彦をよがり狂わせていたのは――。
「――先生、寝るな」
三田村に肩を揺さぶられ、ハッと我に返る。三田村の声を聞きながら、いつの間にか寝入ろうとしていたらしい。
「眠くてたまらないだろうが、起きてくれ。先生を、総和会の迎えがいる場所まで連れて行かないといけない」
「……ついてきてくれないのか」
「先生のことは、総和会の人間が面倒を見てくれる。組同士のトラブルに発展させないためには、これが一番いい」
そんなことはわかっている。ただ、言ってみただけだ。
仕方なく体を起こした和彦はベッドから出ようとして、もう一つ三田村に尋ねた。
「三田村さん、あんたずっと、ここにいたのか?」
先に寝室を出ようとした三田村が足を止め、肩越しに振り返る。その顔には、当然のように表情はない。
「いや……。さすがに俺も帰って寝ようとしていた。連絡があったから、ここに引き返してきたんだ」
「……仕事とはいえ、ご苦労なことだな」
そう答えた和彦は、やっと床に下り立った。
途中で三田村と別れ、総和会の迎えの車に乗り換えた和彦が連れて行かれたのは、繁華街近くにある高級マンションだった。
さすがにこの時間ともなると、車の通りは乏しく、人の往来となると皆無に近い。車を降りた男たちの会話も、必然的に小声で交わされる。
「ここに、先生に診てもらいたい患者がいます。昭政組の組長である難波さんの、大事な知人です」
総和会に絡む仕事のとき、和彦が乗る車の運転を毎回担当している中嶋の言葉に頷く。
「必要な道具は至急用意させます。大掛かりな手術じゃない限り、ここから動きたくないという要望があったものですから、多少の不便はご勘弁ください」
「ぼくが我慢して済むならいいが、特別な器具が必要なら、そうも言ってられないと思うが……」
「それは、先生が見立ててから判断しましょう」
車中で会話を交わすことはほとんどないが、和彦を案内する総和会のこの男は、単なる運転手ではないようだった。和彦より少しだけ若く見え、物腰は丁寧ではあるが卑屈さはない。そして、若さに見合わない静かな迫力がありながら、粗野さはない。雰囲気としては、若いビジネスマンそのものだ。
総和会には、二種類の人間がいると聞いた。厄介者として放り込まれた人間と、使える人間として送り込まれた人間。おそらく、中嶋は後者だ。
昭政組の組員らしき男が玄関の前に出迎えとして立っており、スムーズにエントランスへと入ることができる。そこから部屋に上がるまで、会話はなかった。
この空気は苦手だと思いながら、和彦は首筋を撫でる。緊張感というより殺気立っており、ピリピリと神経を刺激してくる。
案内された部屋のリビングには、数人の男たちが待機していた。座っている男は一人だけで、全体に丸みを帯びた体を、寛いだ服で包んでいる。剣呑とした眼差しと、威嚇するような鋭い殺気を隠そうともしておらず、典型的な、和彦の嫌いなヤクザだ。
総和会の仕事を請け負うとき、出向いた先にいる人間の態度は、大抵は落ち着いた物腰で、表面的なものであったとしても和彦に対して紳士的に振る舞う。和彦の身柄を預かっている長嶺組の力のおかげだと思っていたが、どうやらこの場所は、事情が少々違うらしい。
座っている男は胡乱げに和彦を眺めてから、中嶋に尋ねた。
「こいつが、例の医者か?」
「長嶺組がお世話をしている佐伯先生です。総和会でも、すでに何度か仕事をお願いしています」
「……若いな。大丈夫なのか」
「美容外科医を呼べ、という依頼を受けてお連れしたのですが、何かご不満がおありですか」
中嶋の口調は丁寧だが冷ややかで、そこにわずかな皮肉が込められている。物腰がどこか三田村に似ていると感じていたが、この瞬間、ちらりと中嶋の地金が出たようだった。覇気と強気、少しばかりの傲慢さ。それを持つことが許されるのは、総和会に身を置いているが故なのかもしれない。
苦虫を噛み潰したような男の反応を気にもせず、中嶋は和彦に向き直った。
「佐伯先生、こちらが昭政組組長の難波さんです」
和彦が軽く会釈すると、難波は隣の部屋を指さした。
「診てもらいたい人間は、隣で横になっている」
頷いた和彦は、洗面所で手を洗ってから、持参した消毒液で消毒してラテックス手袋をする。
隣の部屋に入ると、両目を覆うようにして濡れタオルを顔にのせた女が、ベッドに横たわっていた。顔はよくわからないが、それでもまだ若い女だというのはわかる。難波が、一変したように猫なで声で女に話しかけるのを見て、和彦はなんとなく察するものがあった。
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