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第4話
(4)
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「もしもしっ」
荒っぽい口調で千尋が応じる間に、和彦は乱れた呼吸を整えながら、肩からずり落ちかけたバスローブを羽織り直し、しっかり紐を結ぶ。腰が疼いて、今にもその場に座り込んでしまいそうだ。
「あー、わかったよっ。すぐに降りる」
電話を切った千尋が、ふて腐れた顔で唇を尖らせる。すっかり格好を整えた和彦を見て、さらに機嫌が悪くなったようだ。和彦は何事もなかった顔をして、千尋の頭を撫でた。
「残念だったな、時間切れだ」
「……先生、なんか嬉しそう……」
「そりゃもう、お前がプリンをお土産にくれたからな」
好き勝手された仕返しとばかりに、ニヤニヤと笑いかけてやると、千尋が珍しく情けない顔となる。
「そんなにイジメないでよ……」
「人聞きの悪いこと言うな。イジメられたのは、むしろこっちだ。お呼びだろ。さっさと帰れ」
和彦は千尋の腕を取り、玄関まで引きずっていくと、ぽんっと押し出す。芝居がかったように肩を落とした千尋がやっと靴を履き、和彦はひらひらと手を振ってやる。
「気をつけて帰れよ」
「……本当に嬉しそうだよね、先生」
そんな一言を残して千尋が玄関を出ていき、ドアが閉まるのを見届けた和彦は、ほっと熱を帯びた吐息を洩らしてから、慌てて鍵をかける。そのままドアが寄りかかり、自分の体を抱き締めるようにして身震いしていた。
まだ、下肢を千尋の手にまさぐられているようで、妖しい感覚が這い上がってくる。
ふと感じるものがあって振り返ると、三田村が廊下に立ってこちらを見ていた。和彦はちらりと笑いかけると、側に歩み寄る。
「今夜はもう、帰ってもらっていい。プリンが食べたいなら、お裾分けするが」
「――大丈夫か、先生」
こちらの言葉など無視しての三田村の発言に、思わず睨みつけてしまう。やはり、脱衣所で和彦と千尋が何をしていたか、聞こえていたのだ。
相変わらずの三田村の無表情を眺めて和彦は、意地の悪い気持ちと、挑発、それに――わずかな期待を込めて、こう言っていた。
「帰る前に、〈後始末〉を手伝ってくれ」
三田村は表情を変えなかったが、即答もしなかった。和彦の真意を探るようにまっすぐな眼差しを向けてきて、知らず知らずのうちに和彦の頬は熱くなってくる。居たたまれなくなって、冗談だ、と言おうとしたが、三田村のほうが早かった。
「それが先生の望みなら」
和彦は目を丸くして、三田村を見つめる。すると三田村が、こんなときに限ってふっと笑みを浮かべた。
「なんで、言い出した本人が驚いた顔をするんだ」
試すつもりが、試された。そう感じた和彦は、三田村の横を通り過ぎて寝室に入ると、乱暴にドアを閉める。
大きく息を吐き出してドアにもたれかかると、控えめにノックされた。
「先生、大丈夫か?」
「……大丈夫、じゃない……。バカ千尋、人の熱を煽るだけ煽って、帰りやがった」
「俺が見ていた限り、追い返したのは先生だった気がしたが……」
うるさい、と口中で応じた和彦は唇を噛むと、わずかにためらってから、結局、バスローブの合わせ目に手を差し込んでいた。
熱くなったままの自分の欲望を、自らの手で慰める。
「は、あぁ――」
緩やかに手を動かしながら思い出すのは、巧みに和彦のものを扱き上げてくる賢吾の愛撫か、自分本位ながら、それがひどく和彦の感覚に合っている千尋の愛撫か、それとも、和彦の望むままに施された三田村の愛撫か――。
自分でもうろたえるほどの強烈な羞恥に襲われ、和彦は慌てて手を引き、半ば逃げるようにベッドに潜り込む。
「先生?」
ノックとともにまた三田村に呼びかけられ、和彦は動揺した声で応じた。
「もう寝るっ。帰ってくれっ」
三田村は忠実だ。すぐに、ドアの向こうからの呼びかけもノックも、ぴたりと止まる。和彦はブランケットを頭から被り、責め苛むような淫らな衝動に耐えた。
荒っぽい口調で千尋が応じる間に、和彦は乱れた呼吸を整えながら、肩からずり落ちかけたバスローブを羽織り直し、しっかり紐を結ぶ。腰が疼いて、今にもその場に座り込んでしまいそうだ。
「あー、わかったよっ。すぐに降りる」
電話を切った千尋が、ふて腐れた顔で唇を尖らせる。すっかり格好を整えた和彦を見て、さらに機嫌が悪くなったようだ。和彦は何事もなかった顔をして、千尋の頭を撫でた。
「残念だったな、時間切れだ」
「……先生、なんか嬉しそう……」
「そりゃもう、お前がプリンをお土産にくれたからな」
好き勝手された仕返しとばかりに、ニヤニヤと笑いかけてやると、千尋が珍しく情けない顔となる。
「そんなにイジメないでよ……」
「人聞きの悪いこと言うな。イジメられたのは、むしろこっちだ。お呼びだろ。さっさと帰れ」
和彦は千尋の腕を取り、玄関まで引きずっていくと、ぽんっと押し出す。芝居がかったように肩を落とした千尋がやっと靴を履き、和彦はひらひらと手を振ってやる。
「気をつけて帰れよ」
「……本当に嬉しそうだよね、先生」
そんな一言を残して千尋が玄関を出ていき、ドアが閉まるのを見届けた和彦は、ほっと熱を帯びた吐息を洩らしてから、慌てて鍵をかける。そのままドアが寄りかかり、自分の体を抱き締めるようにして身震いしていた。
まだ、下肢を千尋の手にまさぐられているようで、妖しい感覚が這い上がってくる。
ふと感じるものがあって振り返ると、三田村が廊下に立ってこちらを見ていた。和彦はちらりと笑いかけると、側に歩み寄る。
「今夜はもう、帰ってもらっていい。プリンが食べたいなら、お裾分けするが」
「――大丈夫か、先生」
こちらの言葉など無視しての三田村の発言に、思わず睨みつけてしまう。やはり、脱衣所で和彦と千尋が何をしていたか、聞こえていたのだ。
相変わらずの三田村の無表情を眺めて和彦は、意地の悪い気持ちと、挑発、それに――わずかな期待を込めて、こう言っていた。
「帰る前に、〈後始末〉を手伝ってくれ」
三田村は表情を変えなかったが、即答もしなかった。和彦の真意を探るようにまっすぐな眼差しを向けてきて、知らず知らずのうちに和彦の頬は熱くなってくる。居たたまれなくなって、冗談だ、と言おうとしたが、三田村のほうが早かった。
「それが先生の望みなら」
和彦は目を丸くして、三田村を見つめる。すると三田村が、こんなときに限ってふっと笑みを浮かべた。
「なんで、言い出した本人が驚いた顔をするんだ」
試すつもりが、試された。そう感じた和彦は、三田村の横を通り過ぎて寝室に入ると、乱暴にドアを閉める。
大きく息を吐き出してドアにもたれかかると、控えめにノックされた。
「先生、大丈夫か?」
「……大丈夫、じゃない……。バカ千尋、人の熱を煽るだけ煽って、帰りやがった」
「俺が見ていた限り、追い返したのは先生だった気がしたが……」
うるさい、と口中で応じた和彦は唇を噛むと、わずかにためらってから、結局、バスローブの合わせ目に手を差し込んでいた。
熱くなったままの自分の欲望を、自らの手で慰める。
「は、あぁ――」
緩やかに手を動かしながら思い出すのは、巧みに和彦のものを扱き上げてくる賢吾の愛撫か、自分本位ながら、それがひどく和彦の感覚に合っている千尋の愛撫か、それとも、和彦の望むままに施された三田村の愛撫か――。
自分でもうろたえるほどの強烈な羞恥に襲われ、和彦は慌てて手を引き、半ば逃げるようにベッドに潜り込む。
「先生?」
ノックとともにまた三田村に呼びかけられ、和彦は動揺した声で応じた。
「もう寝るっ。帰ってくれっ」
三田村は忠実だ。すぐに、ドアの向こうからの呼びかけもノックも、ぴたりと止まる。和彦はブランケットを頭から被り、責め苛むような淫らな衝動に耐えた。
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