49 / 1,268
第3話
(19)
しおりを挟む
和彦自身がそうだから、わかっている。だが、それでも――。
粗末に扱われるぐらいなら、永遠に続くものではないとしても、やはり大事にされるほうがいい。
この考えが、いつか和彦自身を傷つけることになるとしても。
賢吾にきつく抱き締められ、千尋には甘えられるまま抱き締めてやり、長い別れの挨拶を終える。
どうせ明日には、どちらかとまた顔を合わせるのだが。
「――さっきのやり取り、どう思った?」
対向車線を走る車の流れをぼんやりと眺めていた和彦だが、ふと思い立って三田村に問いかける。運転に集中しているのか、三田村はすぐには返事をせず、それを和彦は辛抱強く待つ。
「……さっきのやり取りって、組長と千尋さんとのことか?」
ようやく応じた三田村に、バックミラーを通して目を合わせ、頷く。
「どう答えてほしいんだ」
「ぼくがそれを言ったら、わざわざあんたに聞いた意味がないだろ」
ここで一分ほど沈黙が続き、やっと三田村はまた口を開いた。
「先生が、そういうことを俺に聞くのは初めてだ」
「やっぱり気になるだろ。あんたの大事な組長や、オマケのその息子が、男のぼくをちやほやしているんだ。内心で、男のくせにと罵倒しているのか、今だけのことだとバカにしているのか、それとも……まったくの無関心なのか。この先、長いのか短いのかわからないが、あんたには、ぼくの番犬も務めてもらわないといけない。相互理解は大事だ」
もっともらしいことを言っているが、これは和彦の好奇心だ。これまで三田村は、番犬であり観察者だった。それだけだったともいえる。賢吾や千尋とのどんな行為を目にしても、三田村は目を逸らさないし、感情を表にも出さなかった。
だがこの何日か、和彦と三田村の間には、なんらかの繋がりが芽生え始めていた。それに伴い、特別な感情も。
カラオケボックスで抱き締められたとき、三田村がただ見ているだけの無感情な男ではないと知り、自分たちの行為を賢吾に報告しなかったことで、通じ合うものを感じた。決定的だったのは、三田村が生身の手で、和彦の体に触れてきたことだ。
賢吾の忠実な番犬であるはずの男は、あのとき多分、主人の要望以上の行動を、自らの考えで行った。和彦が三田村に対する意識を変えたように、三田村もまた、和彦に対する意識を変えたのだ。
そのことを和彦は確かめたかった。
「――組長や千尋さんから大事にされる先生を見ているのは、好きだ」
思いがけない三田村の言葉に、さすがに和彦も何も言えなかった。目を丸くしてバックミラーを見つめるが、三田村は前を見据えている。
「先生は、自分の無力さや勇気のなさを知っている。受け入れることでしか、自分は何も保証されないということも。……先生を拉致したとき、ずっと押さえつけていたのは俺だ。先生は震えていたが、それでも辺りをうかがっていたのはわかっていた。あんたはずっと、取り乱さなかった。受け入れることで耐えていた」
「……なんだか、男としてはものの役に立たないと言われているようだ」
「そうじゃない。先生は、しなやかだ。精神的にも、……肉体的にも。――ああ、そうだ。今、気がついた。俺は先生のしなやかさが好きなんだ。突き進むか、折れるかしかない生き方をしてきた俺には、羨ましくもある」
三田村のハスキーな声には、いつもはないわずかな熱がこもっていた。その熱に誘われるように、和彦はわずかに身を乗り出す。
「だから、ぼくに触れてくれたのか?」
この瞬間、三田村の顔は能面のようになった。もともと無表情だったが、すべてが強張ったのだ。
和彦は深くは追及せず、こう付け加えた。
「ぼくが長嶺組に飼われている間、ずっと側にいてくれ。他の人間なら嫌だが、あんたならいい。変な話だけど、あんたになら、どんな光景を見られても受け止められる。恥ずかしさも惨めさも」
「――先生の望み通りに」
その答えに、和彦は満足した。
今度二人で飲もうと誘うと、やっと三田村はちらりと笑みを浮かべた。
粗末に扱われるぐらいなら、永遠に続くものではないとしても、やはり大事にされるほうがいい。
この考えが、いつか和彦自身を傷つけることになるとしても。
賢吾にきつく抱き締められ、千尋には甘えられるまま抱き締めてやり、長い別れの挨拶を終える。
どうせ明日には、どちらかとまた顔を合わせるのだが。
「――さっきのやり取り、どう思った?」
対向車線を走る車の流れをぼんやりと眺めていた和彦だが、ふと思い立って三田村に問いかける。運転に集中しているのか、三田村はすぐには返事をせず、それを和彦は辛抱強く待つ。
「……さっきのやり取りって、組長と千尋さんとのことか?」
ようやく応じた三田村に、バックミラーを通して目を合わせ、頷く。
「どう答えてほしいんだ」
「ぼくがそれを言ったら、わざわざあんたに聞いた意味がないだろ」
ここで一分ほど沈黙が続き、やっと三田村はまた口を開いた。
「先生が、そういうことを俺に聞くのは初めてだ」
「やっぱり気になるだろ。あんたの大事な組長や、オマケのその息子が、男のぼくをちやほやしているんだ。内心で、男のくせにと罵倒しているのか、今だけのことだとバカにしているのか、それとも……まったくの無関心なのか。この先、長いのか短いのかわからないが、あんたには、ぼくの番犬も務めてもらわないといけない。相互理解は大事だ」
もっともらしいことを言っているが、これは和彦の好奇心だ。これまで三田村は、番犬であり観察者だった。それだけだったともいえる。賢吾や千尋とのどんな行為を目にしても、三田村は目を逸らさないし、感情を表にも出さなかった。
だがこの何日か、和彦と三田村の間には、なんらかの繋がりが芽生え始めていた。それに伴い、特別な感情も。
カラオケボックスで抱き締められたとき、三田村がただ見ているだけの無感情な男ではないと知り、自分たちの行為を賢吾に報告しなかったことで、通じ合うものを感じた。決定的だったのは、三田村が生身の手で、和彦の体に触れてきたことだ。
賢吾の忠実な番犬であるはずの男は、あのとき多分、主人の要望以上の行動を、自らの考えで行った。和彦が三田村に対する意識を変えたように、三田村もまた、和彦に対する意識を変えたのだ。
そのことを和彦は確かめたかった。
「――組長や千尋さんから大事にされる先生を見ているのは、好きだ」
思いがけない三田村の言葉に、さすがに和彦も何も言えなかった。目を丸くしてバックミラーを見つめるが、三田村は前を見据えている。
「先生は、自分の無力さや勇気のなさを知っている。受け入れることでしか、自分は何も保証されないということも。……先生を拉致したとき、ずっと押さえつけていたのは俺だ。先生は震えていたが、それでも辺りをうかがっていたのはわかっていた。あんたはずっと、取り乱さなかった。受け入れることで耐えていた」
「……なんだか、男としてはものの役に立たないと言われているようだ」
「そうじゃない。先生は、しなやかだ。精神的にも、……肉体的にも。――ああ、そうだ。今、気がついた。俺は先生のしなやかさが好きなんだ。突き進むか、折れるかしかない生き方をしてきた俺には、羨ましくもある」
三田村のハスキーな声には、いつもはないわずかな熱がこもっていた。その熱に誘われるように、和彦はわずかに身を乗り出す。
「だから、ぼくに触れてくれたのか?」
この瞬間、三田村の顔は能面のようになった。もともと無表情だったが、すべてが強張ったのだ。
和彦は深くは追及せず、こう付け加えた。
「ぼくが長嶺組に飼われている間、ずっと側にいてくれ。他の人間なら嫌だが、あんたならいい。変な話だけど、あんたになら、どんな光景を見られても受け止められる。恥ずかしさも惨めさも」
「――先生の望み通りに」
その答えに、和彦は満足した。
今度二人で飲もうと誘うと、やっと三田村はちらりと笑みを浮かべた。
79
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる