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第3話
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「――……いらない」
和彦が身構えながら答えると、さきほどの仕返しとばかりに千尋が爆笑する。一方の賢吾も、怒った様子もなく苦笑を洩らした。
「まあ、そう言うな」
賢吾の大きな手が後頭部にかかり、引き寄せられる。間近からじっと目を覗き込まれ、さすがに和彦も息を呑んだ。
賢吾の目には、大蛇が潜んでいる。普段はじっと身を潜め、大抵のことには身じろぎもしないが、それが何かの拍子にぞろりと蠢き、巨体をしならせる。たったそれだけで、小さな生き物は簡単に吹っ飛び、もしくは押し潰される。和彦もそれは例外ではない。
「――今回は、よく耐えた」
ふいに言われた言葉に、眉をひそめる。
「何?」
「総和会のことだ。あと、うちの組とのことも。いざとなれば、お前の片手を掴んで、無理やりにでも加入書は書かせるつもりだったが、それは最後の手段だ。できることなら、暴力込みでのお前に対する無理強いは、拉致したときのあの一度きりにしたかったからな」
うなじを指で撫でられながら、賢吾に優しく唇を吸われる。すると千尋には片手を取られ、指に唇が押し当てられた。和彦が思わず千尋のほうを見ると、犬っころのように目を輝かせて無邪気に笑いかけてくるので、つい千尋の頬を撫でてやる。すると今度は、千尋が顔を寄せてきて、柔らかく二度、三度と唇を触れ合わせていた。
「……先生は本当に、うちのバカ息子には甘いな」
からかうようにそう言って、賢吾の顔が首筋に寄せられる。熱い舌で首筋を舐められて、背筋にゾクリとするような疼きが駆け抜けた。
和彦は、千尋と額を合わせながら言った。
「あんたみたいなヤクザに目をつけられたのは、千尋が原因だと思っている。当の千尋も、自分をヤクザだと言い出すし……。だけど、この状況から抜け出さないのは、自分が原因だ。いざとなれば警察に駆け込めばいいのに、ぼくはそうしていない。あんたたちに報復されるのが怖いというのもあるが――、結局、自分の問題だ」
「そういう結論を出せるんだから、見た目より、さらに男前だよね、先生」
そう言って千尋が笑い、和彦の唇に掠めるようなキスをしてくる。
「今の生活に息が詰まって、頭がどうにかなりそうなこともあるが、千尋のおかげで気が紛れる。……躾のなってない犬っころに振り回されていると、考えるのがバカらしくなってくるんだ」
「それは、千尋をバカと言っているのと同じだな」
賢吾の言葉に思わず笑ってしまうが、当の千尋は機嫌はよさそうだ。
「いいよ、なんだって。先生が、こうして俺の側にいてくれるなら」
「〈俺〉じゃない、〈俺たち〉だ」
賢吾にあごを掴み寄せられ、また唇を吸われる。和彦は賢吾の頬をてのひらで撫でると、そっと唇を吸い返していた。満足そうに賢吾が目を細めて言った。
「――ヤクザの扱いに慣れてきたな、先生」
内心で和彦はドキリとする。したたかになると決めた和彦は、自分の立ち位置を探り始めていた。決してこの父子に媚びないが、決定的な反抗はしない。今の和彦の話は、ウソではないが、すべて本当とはいえなかった。
ヤクザにさまざまなものを与えられながら、従うことを求められている和彦の感情は、そう簡単なものではない。
千尋はともかく、賢吾はそんな和彦の内心を汲み取っているようだった。だが、完全な恭順までは求めてこない。その理由は――。
「根っからのヤクザじゃない先生に、俺たちの組織や考え方に心酔しろってのは無理な話だからな。だったら、損得の話で従わせるほうがいい。こちらが与え続ける限り、裏切られることも、離れることもない」
賢吾の指に頬をくすぐられ、求められるままにしっとりと唇を重ね、吸い合う。その合間に囁かれた。
「欲しいものがあったら、なんでも言え。金や、俺の力で手に入るものなら、なんでも与えてやる」
大蛇を潜ませた目は本気で言っていた。つまり、それ相応のものを和彦にも求めるということだ。
「……オヤジばかりズルイだろ。先生は、俺のものでもあるんだ」
そう言って千尋に頭を引き寄せられ、唇を貪られる。賢吾の息遣いをうなじに感じたときには、そっと唇が押し当てられ、喉元に手をかけられて撫で上げられる。縊り殺されそうだという危惧は、一方で甘美でもある。
千尋と舌を触れ合わせながら、賢吾にはうなじを柔らかく吸われていた。
「――ヤクザなりに、先生のことは大事にしてるんだぜ。ガサツな男が揃って、色男のお前の機嫌を取ろうとしてる。そう考えたら、滑稽だろ? だが、本当だ」
あごを掬い上げられて振り向かされると、すかさず賢吾の舌に唇を割り開かれ、和彦は熱い吐息を洩らして受け入れていた。首筋に、今度は千尋の唇と舌が這わされ、和彦は賢吾とゆったりと舌を絡め合いながら、片手で千尋の頬を撫でた。
本当はこう思ってはいけないのだろうが、この男たちは、自分を大事にしてくれているのかもしれない。もちろん、こう思わせるのがヤクザの手口なのだろうし、今この瞬間の単なる錯覚だとわかってはいるのだ。さりげない優しさを見せて甘い台詞を囁いて、こちらの心に入り込もうとするのは、〈悪い男〉がよく取る手段だ。
和彦が身構えながら答えると、さきほどの仕返しとばかりに千尋が爆笑する。一方の賢吾も、怒った様子もなく苦笑を洩らした。
「まあ、そう言うな」
賢吾の大きな手が後頭部にかかり、引き寄せられる。間近からじっと目を覗き込まれ、さすがに和彦も息を呑んだ。
賢吾の目には、大蛇が潜んでいる。普段はじっと身を潜め、大抵のことには身じろぎもしないが、それが何かの拍子にぞろりと蠢き、巨体をしならせる。たったそれだけで、小さな生き物は簡単に吹っ飛び、もしくは押し潰される。和彦もそれは例外ではない。
「――今回は、よく耐えた」
ふいに言われた言葉に、眉をひそめる。
「何?」
「総和会のことだ。あと、うちの組とのことも。いざとなれば、お前の片手を掴んで、無理やりにでも加入書は書かせるつもりだったが、それは最後の手段だ。できることなら、暴力込みでのお前に対する無理強いは、拉致したときのあの一度きりにしたかったからな」
うなじを指で撫でられながら、賢吾に優しく唇を吸われる。すると千尋には片手を取られ、指に唇が押し当てられた。和彦が思わず千尋のほうを見ると、犬っころのように目を輝かせて無邪気に笑いかけてくるので、つい千尋の頬を撫でてやる。すると今度は、千尋が顔を寄せてきて、柔らかく二度、三度と唇を触れ合わせていた。
「……先生は本当に、うちのバカ息子には甘いな」
からかうようにそう言って、賢吾の顔が首筋に寄せられる。熱い舌で首筋を舐められて、背筋にゾクリとするような疼きが駆け抜けた。
和彦は、千尋と額を合わせながら言った。
「あんたみたいなヤクザに目をつけられたのは、千尋が原因だと思っている。当の千尋も、自分をヤクザだと言い出すし……。だけど、この状況から抜け出さないのは、自分が原因だ。いざとなれば警察に駆け込めばいいのに、ぼくはそうしていない。あんたたちに報復されるのが怖いというのもあるが――、結局、自分の問題だ」
「そういう結論を出せるんだから、見た目より、さらに男前だよね、先生」
そう言って千尋が笑い、和彦の唇に掠めるようなキスをしてくる。
「今の生活に息が詰まって、頭がどうにかなりそうなこともあるが、千尋のおかげで気が紛れる。……躾のなってない犬っころに振り回されていると、考えるのがバカらしくなってくるんだ」
「それは、千尋をバカと言っているのと同じだな」
賢吾の言葉に思わず笑ってしまうが、当の千尋は機嫌はよさそうだ。
「いいよ、なんだって。先生が、こうして俺の側にいてくれるなら」
「〈俺〉じゃない、〈俺たち〉だ」
賢吾にあごを掴み寄せられ、また唇を吸われる。和彦は賢吾の頬をてのひらで撫でると、そっと唇を吸い返していた。満足そうに賢吾が目を細めて言った。
「――ヤクザの扱いに慣れてきたな、先生」
内心で和彦はドキリとする。したたかになると決めた和彦は、自分の立ち位置を探り始めていた。決してこの父子に媚びないが、決定的な反抗はしない。今の和彦の話は、ウソではないが、すべて本当とはいえなかった。
ヤクザにさまざまなものを与えられながら、従うことを求められている和彦の感情は、そう簡単なものではない。
千尋はともかく、賢吾はそんな和彦の内心を汲み取っているようだった。だが、完全な恭順までは求めてこない。その理由は――。
「根っからのヤクザじゃない先生に、俺たちの組織や考え方に心酔しろってのは無理な話だからな。だったら、損得の話で従わせるほうがいい。こちらが与え続ける限り、裏切られることも、離れることもない」
賢吾の指に頬をくすぐられ、求められるままにしっとりと唇を重ね、吸い合う。その合間に囁かれた。
「欲しいものがあったら、なんでも言え。金や、俺の力で手に入るものなら、なんでも与えてやる」
大蛇を潜ませた目は本気で言っていた。つまり、それ相応のものを和彦にも求めるということだ。
「……オヤジばかりズルイだろ。先生は、俺のものでもあるんだ」
そう言って千尋に頭を引き寄せられ、唇を貪られる。賢吾の息遣いをうなじに感じたときには、そっと唇が押し当てられ、喉元に手をかけられて撫で上げられる。縊り殺されそうだという危惧は、一方で甘美でもある。
千尋と舌を触れ合わせながら、賢吾にはうなじを柔らかく吸われていた。
「――ヤクザなりに、先生のことは大事にしてるんだぜ。ガサツな男が揃って、色男のお前の機嫌を取ろうとしてる。そう考えたら、滑稽だろ? だが、本当だ」
あごを掬い上げられて振り向かされると、すかさず賢吾の舌に唇を割り開かれ、和彦は熱い吐息を洩らして受け入れていた。首筋に、今度は千尋の唇と舌が這わされ、和彦は賢吾とゆったりと舌を絡め合いながら、片手で千尋の頬を撫でた。
本当はこう思ってはいけないのだろうが、この男たちは、自分を大事にしてくれているのかもしれない。もちろん、こう思わせるのがヤクザの手口なのだろうし、今この瞬間の単なる錯覚だとわかってはいるのだ。さりげない優しさを見せて甘い台詞を囁いて、こちらの心に入り込もうとするのは、〈悪い男〉がよく取る手段だ。
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