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第3話
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「信じられるか……。ヤクザが口にする言葉なんて」
「ヤクザだって、形式は重んじる。特に、総和会が絡むときはな。あそこは、十一の組の守り神みたいな顔をしているが、裏を返せば、過干渉の疫病神みたいな面もある。だからこそ、先生には先に、長嶺組の加入書に名前を書いてもらう必要があった」
賢吾の話を聞いて、数日前、千尋が言っていたことを思い出した。あのとき千尋は、和彦が総和会に『召し上げられる』という言葉を使った。今の賢吾の話は、そのことに関わりがあるのかもしれない。
「先生が、実は長嶺組と縁を切りたがっていると知って、さっき事務所で会った藤倉が、食えない顔をしていたぞ。今頃、ほくそ笑みながら総和会に連絡を取っているかもしれない」
「……総和会の加入書に先に名前を書いたら、どうなってたんだ」
「総和会の幹部の誰かのオンナにされたかもな」
和彦が眉をひそめると、賢吾はニヤリと笑う。
「消耗品扱いだろうな。それなりの報酬はくれるだろうが、少なくとも自由はない。部屋に閉じ込められたうえで、ただ仕事をさせられる。痛いのは嫌いだと言っても、暴力も振るわれることもあるだろうし」
「その言葉のどこまでが、本当だろうな……」
「ああ、用心深いのはいいことだ。長生きできる確率が少しだけ高くなる」
指に唇を割り開かれ、すでに気力を使い果たした和彦は、賢吾を見上げたまま素直に口腔に含む。これは賢吾なりの、〈オンナ〉の服従心を試す儀式のようなものなのだと思い始めていた。
舌を刺激されてから、上あごの裏を指の腹で擦られると、ゾクゾクするほど敏感に感じてしまう。和彦の反応から察したのか、賢吾は低い声をさらに低くして言った。
「ただ、お前ならわかるだろう。――今、感じるセックスを与えてくれているのは誰か、ってことは」
和彦が目を見開くと、満足したように賢吾は口腔から指を引き抜く。しかも、和彦の唾液で濡れた指をこれみよがしに舐めた。和彦の体の奥で、淫らな衝動が蠢く。
賢吾はさらに何か言いかけたが、携帯電話の呼び出し音が響いた。ドアを開けたまま部屋の外で待っている組員のもののようだ。すぐに、賢吾が呼ばれた。
「……組長、そろそろお時間が……」
「ああ、今行く」
そう応じた賢吾に、もう一度あごの下をくすぐられた。
「明日の昼、出かけるから準備をして待っていろ。いいところに連れて行ってやる」
和彦の返事を聞くまでもない。これは命令だといわんばかりに、賢吾はさっさと背を向けて行ってしまう。
あとに一人残った三田村が車のキーを見せたので、和彦はぐったりとする暇もなく、のろのろと立ち上がる。
二人で狭い廊下を歩きながら、近くに他の人間がいないことを確認した和彦は、三田村にだけ聞こえる声で問いかけた。
「組長に、言ってないのか?」
「何をだ」
その一言で十分だった。
三田村は、ここで和彦との間にあったことを、賢吾に報告していない。
エントランスに下りて待っていると、約束の時間通りに車はやってきた。しかも二台。なんだか大事だなと思っていると、一台の車のウィンドーがわずかに下ろされ、そこから覗いた指が和彦を呼ぶ。すぐに表に出て、素早く後部座席に乗り込んだ。
「――少しはマシな顔になったようだな」
開口一番の賢吾の言葉に、和彦は軽く眉をひそめる。
「マシ?」
「鬱屈が晴れたような顔ってことだ」
「……昨日、思っていることをぶちまけて、多少はすっきりしたのかもしれない」
答えながら和彦は、自然な素振りを装いつつ、ハンドルを握る三田村へとちらりと視線を向けた。三田村の後ろ姿は何も語らないし、バックミラーにわずかに映る目も、前を見据えたまま動かない。
「いいことだ。俺のオンナに、不景気なツラはしてもらいたくないからな」
「あんたにそう言われるたびに、眉間のシワが深くなる気がする……」
「おお、いつもの調子が出てきたじゃないか、先生」
楽しげにそう言った賢吾を横目で睨みつけた和彦だが、気がつけば、口元に淡い笑みを浮かべていた。といっても、苦笑のほうだ。
賢吾のことを、嫌になるほど頑丈な男だと思っていた。肉体的なことを言っているのではなく、精神的にタフだという意味だ。成人した男一人を表の世界からさらってきて、裏の世界に沈めるどころか、自分の〈オンナ〉だと言い切る。挙げ句、息子との共同所有にまでしてしまった。
とことんまで和彦の意思など無視して、好き勝手に話を進め、決めて、呑ませてしまう。そこに、罪悪感の存在など微塵も感じさせない。和彦の当然の訴えすら、跳ね返す。
大蛇を背負った化け物みたいな男とまともにやり合っていては、こちらの精神がポキリと折れてしまう。
昨夜、広いキングサイズのベッドの上を一人で転がりながら、和彦は渋々、この事実を受け入れていた。
自分はもっと賢くならなければならない。それに、したたかにならなければ――。
「――本当に今日は、いい顔をしている」
和彦の頬をスッと撫でて、賢吾が耳元に顔を寄せてくる。突然のことに驚いた和彦は目を見開き、間近にある賢吾の顔を凝視する。何かを探るように賢吾は目を細めた。
「目に力があって、表情の一つ一つが冴えている。初めてお前を見たときも、そんな感じだった。陽射しの下がよく似合う、ハッと目を惹くイイ男だった。そのくせ妙な色気があって、うちのバカ息子がのぼせ上がったのもわかった気がした。あいつは俺と似て、面食いだ」
肩を抱き寄せられ、賢吾の指が唇に押し当てられる。
「お前が逃げ出す可能性があるのに部屋に閉じ込めないのは、そういう姿が見たいからだ。だから、ある程度の自由を許している」
思いがけない話だった。和彦の生活は、三田村という男をつけられてはいるものの、始終監視されているわけではなく、どこに出かけるのも基本的に自由だ。それが、賢吾なりの〈オンナ〉の飼い方だと思っていた。
「ヤクザだって、形式は重んじる。特に、総和会が絡むときはな。あそこは、十一の組の守り神みたいな顔をしているが、裏を返せば、過干渉の疫病神みたいな面もある。だからこそ、先生には先に、長嶺組の加入書に名前を書いてもらう必要があった」
賢吾の話を聞いて、数日前、千尋が言っていたことを思い出した。あのとき千尋は、和彦が総和会に『召し上げられる』という言葉を使った。今の賢吾の話は、そのことに関わりがあるのかもしれない。
「先生が、実は長嶺組と縁を切りたがっていると知って、さっき事務所で会った藤倉が、食えない顔をしていたぞ。今頃、ほくそ笑みながら総和会に連絡を取っているかもしれない」
「……総和会の加入書に先に名前を書いたら、どうなってたんだ」
「総和会の幹部の誰かのオンナにされたかもな」
和彦が眉をひそめると、賢吾はニヤリと笑う。
「消耗品扱いだろうな。それなりの報酬はくれるだろうが、少なくとも自由はない。部屋に閉じ込められたうえで、ただ仕事をさせられる。痛いのは嫌いだと言っても、暴力も振るわれることもあるだろうし」
「その言葉のどこまでが、本当だろうな……」
「ああ、用心深いのはいいことだ。長生きできる確率が少しだけ高くなる」
指に唇を割り開かれ、すでに気力を使い果たした和彦は、賢吾を見上げたまま素直に口腔に含む。これは賢吾なりの、〈オンナ〉の服従心を試す儀式のようなものなのだと思い始めていた。
舌を刺激されてから、上あごの裏を指の腹で擦られると、ゾクゾクするほど敏感に感じてしまう。和彦の反応から察したのか、賢吾は低い声をさらに低くして言った。
「ただ、お前ならわかるだろう。――今、感じるセックスを与えてくれているのは誰か、ってことは」
和彦が目を見開くと、満足したように賢吾は口腔から指を引き抜く。しかも、和彦の唾液で濡れた指をこれみよがしに舐めた。和彦の体の奥で、淫らな衝動が蠢く。
賢吾はさらに何か言いかけたが、携帯電話の呼び出し音が響いた。ドアを開けたまま部屋の外で待っている組員のもののようだ。すぐに、賢吾が呼ばれた。
「……組長、そろそろお時間が……」
「ああ、今行く」
そう応じた賢吾に、もう一度あごの下をくすぐられた。
「明日の昼、出かけるから準備をして待っていろ。いいところに連れて行ってやる」
和彦の返事を聞くまでもない。これは命令だといわんばかりに、賢吾はさっさと背を向けて行ってしまう。
あとに一人残った三田村が車のキーを見せたので、和彦はぐったりとする暇もなく、のろのろと立ち上がる。
二人で狭い廊下を歩きながら、近くに他の人間がいないことを確認した和彦は、三田村にだけ聞こえる声で問いかけた。
「組長に、言ってないのか?」
「何をだ」
その一言で十分だった。
三田村は、ここで和彦との間にあったことを、賢吾に報告していない。
エントランスに下りて待っていると、約束の時間通りに車はやってきた。しかも二台。なんだか大事だなと思っていると、一台の車のウィンドーがわずかに下ろされ、そこから覗いた指が和彦を呼ぶ。すぐに表に出て、素早く後部座席に乗り込んだ。
「――少しはマシな顔になったようだな」
開口一番の賢吾の言葉に、和彦は軽く眉をひそめる。
「マシ?」
「鬱屈が晴れたような顔ってことだ」
「……昨日、思っていることをぶちまけて、多少はすっきりしたのかもしれない」
答えながら和彦は、自然な素振りを装いつつ、ハンドルを握る三田村へとちらりと視線を向けた。三田村の後ろ姿は何も語らないし、バックミラーにわずかに映る目も、前を見据えたまま動かない。
「いいことだ。俺のオンナに、不景気なツラはしてもらいたくないからな」
「あんたにそう言われるたびに、眉間のシワが深くなる気がする……」
「おお、いつもの調子が出てきたじゃないか、先生」
楽しげにそう言った賢吾を横目で睨みつけた和彦だが、気がつけば、口元に淡い笑みを浮かべていた。といっても、苦笑のほうだ。
賢吾のことを、嫌になるほど頑丈な男だと思っていた。肉体的なことを言っているのではなく、精神的にタフだという意味だ。成人した男一人を表の世界からさらってきて、裏の世界に沈めるどころか、自分の〈オンナ〉だと言い切る。挙げ句、息子との共同所有にまでしてしまった。
とことんまで和彦の意思など無視して、好き勝手に話を進め、決めて、呑ませてしまう。そこに、罪悪感の存在など微塵も感じさせない。和彦の当然の訴えすら、跳ね返す。
大蛇を背負った化け物みたいな男とまともにやり合っていては、こちらの精神がポキリと折れてしまう。
昨夜、広いキングサイズのベッドの上を一人で転がりながら、和彦は渋々、この事実を受け入れていた。
自分はもっと賢くならなければならない。それに、したたかにならなければ――。
「――本当に今日は、いい顔をしている」
和彦の頬をスッと撫でて、賢吾が耳元に顔を寄せてくる。突然のことに驚いた和彦は目を見開き、間近にある賢吾の顔を凝視する。何かを探るように賢吾は目を細めた。
「目に力があって、表情の一つ一つが冴えている。初めてお前を見たときも、そんな感じだった。陽射しの下がよく似合う、ハッと目を惹くイイ男だった。そのくせ妙な色気があって、うちのバカ息子がのぼせ上がったのもわかった気がした。あいつは俺と似て、面食いだ」
肩を抱き寄せられ、賢吾の指が唇に押し当てられる。
「お前が逃げ出す可能性があるのに部屋に閉じ込めないのは、そういう姿が見たいからだ。だから、ある程度の自由を許している」
思いがけない話だった。和彦の生活は、三田村という男をつけられてはいるものの、始終監視されているわけではなく、どこに出かけるのも基本的に自由だ。それが、賢吾なりの〈オンナ〉の飼い方だと思っていた。
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