血と束縛と

北川とも

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第2話

(11)

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 シャワーの湯を浴びながら和彦は真剣に、賢吾に助けを求めるべきかもしれないと考えていた。
「どういう育て方をしたら、あんなに底抜けの甘ったれになるんだ……」
 強い水音に紛れ込ませるように呟くと、背後からぴったりと〈何か〉がくっついてきた。
「何か言った、先生?」
 そう問いかけてきながら、千尋が両腕でしっかりと和彦を抱き締めてくる。片時も和彦と離れたがらない千尋は、シャワーを浴びるときも当然のように一緒だ。
 和彦は濡れた髪を掻き上げてから、タトゥーの彫られた千尋の左腕に手をかける。
「きちんと体は洗ったのか?」
「洗った」
「頭は?」
「もちろん」
 子供と保護者の会話だなと思いながら和彦は、つい苦笑を洩らす。もう二日、部屋に閉じこもって体を貪り合い、甘えてくる千尋をまといつかせる生活を送っていると、必然的にこういう会話を交わす空気になるようだ。
 あまり知りたくない新発見だと思っていると、千尋に体の向きを変えさせられる。正面から改めて抱き締められ、濡れた体は違和感なくぴったりと重なる。背を撫でてやっていると、成人した青年というより、甘えてくる愛玩動物のように感じられる。
 性的興奮を覚えないのはきっと、限界まで千尋に体を求められ、それに応えさせられたせいだ。
 若くて精力的な千尋は、猛々しい獣そのものだ。本能のままに和彦を組み敷き、熱い欲望を何度も打ち込んでくる。一方の和彦は、そんな千尋に振り回されて体力的に限界が近づいている。そもそも、受け入れる側のほうが負担は大きいのだ。
 じゃれついてのしかかられて、その流れで――というパターンがほとんどで、決して乱暴というわけでもないので、和彦は千尋を叱るタイミングを逸し続けていた。
 千尋の家の事情を何も知らずにつき合っている頃は、二人の逢瀬は長くてもほんの数時間のもので、半日も一緒に過ごすことはまずなかった。それが、千尋の父親公認となったうえで、二日も怠惰に二人きりの時間を過ごせるようになったというのは、皮肉としかいいようがない。
「先生……」
 千尋に壁に押し付けられ、腰がすり寄せられる。シャワーを浴びていただけだというのに、すでに千尋のものは熱くなっていた。
 唇を吸われてから、和彦は軽く千尋を睨みつける。
「朝しただろう」
「もう昼過ぎだよ」
「……お前はよくても、ぼくは無理だ」
 途端に千尋が悲しげな顔をしたので、和彦は頬をつねり上げてやった。
「お前の手だ。ぼくが、お前のその顔に弱いと知ってるんだろ」
「へえ、弱いの?」
 頬をつねられたまま千尋が目を輝かせたので、和彦はこれ以上話すのをやめる。シャワーの湯を止めると、千尋の手を取ってバスルームを出る。適当に体を拭いて裸のまま部屋に行くと、いつもとは逆に、和彦が千尋をラグの上に押し倒し、のしかかる。
「――……先生?」
「黙ってろ。ぼくは怒った。いつもいつも、お前は元気があり余り過ぎる」
 驚いた顔のまま硬直している千尋を見下ろし、いい気味だと思いながら和彦は顔を伏せた。
 千尋の、まだ水滴を残している胸元をゆっくりと舐め上げる。きれいな筋肉のついた体を優しくてのひらで撫でながら、滑らかな肌に丹念に舌を這わせ、ときおり吸い上げては、小さな赤い跡を残す。
 シャワーを浴びてそれでなくても上気していた千尋の肌は、興奮のためか、さらに熱く赤みを帯びていく。
「気持ちいいか?」
 みぞおちを辿って喉元まで舐め上げてから、千尋の唇に軽いキスを落とす。
「う、ん……。ゾクゾクして、たまんない気持ちに――」
 千尋が両手を動かそうとしたので、すかさず釘を刺した。
「お前は勝手なことをするな。ぼくの好きにさせないと、やめるぞ」
 和彦は、千尋の尽きることのない欲情を表しているものをてのひらに包み込む。柔らかく上下に扱きながら、千尋に言い諭した。
「今日はもうぼくに手を出さないと約束するなら、もっと気持ちいいことをしてやる」
 和彦がなんの行為を指しているのか十分にわかったらしく、千尋は大きく頷く。いい子だ、と囁いて、和彦はもう一度千尋の唇にキスを落とした。
 ヤクザなんかとつき合っているせいで、自分も人が悪くなったと苦々しく思いながら、和彦は千尋の若々しい体を愛撫し始める。
 水滴を舐め取るように丹念に唇と舌を這わせ、タトゥーも舌先でなぞってやる。胸の突起を口腔に含んで吸い上げてやると、千尋が深い吐息を洩らした。てのひらの中では、擦り上げているものがますます力を漲らせている。
 神妙な顔で寝転がっている千尋がおかしくて、顔を伏せたまま和彦はそっと笑い、それから腹筋のラインを舌先でなぞる。
 千尋の息遣いが荒くなってくるまで焦らしてから、逞しくなったものの先端にやっと舌を這わせて舐めてやる。
「うっ……、先生……」
 和彦が初めて施してやる行為だけあって、千尋の反応は素直だった。ラグの上で体をしならせ、足を突っ張らせる。硬く張り詰める腹筋をてのひらで撫でて宥めてやる一方で、口腔に含んだ欲望の興奮は煽る。
 深く呑み込んで粘膜で包むように吸引すると、千尋はひどく頼りない声を上げた。ただ、悦んでいるのは確かで、力強く脈打って欲望を溜め込んでいる。本人の性格通り、実に素直だ。
 舌を絡ませ唇で扱き上げながら、ときおり先端をたっぷり舐め回す。その最中に、千尋がおずおずと和彦に問いかけてきた。
「――……先生、オヤジにも、こんなことした……?」
 和彦は千尋のものを口腔から出すと、根元から先端に向けて舐め上げてやりながら答える。
「いや……。前戯に時間をかけない主義らしいから、こっちも従っている。ぼくだけこんなことさせられるのは腹が立つ」
 千尋が噴き出し、つられて和彦も笑ってから、再び熱い欲望を口腔に含む。時間をかけて愛撫し、千尋の放った精もすべて受け止め、飲み干す。
 ここまでしてやったからではないが、無防備に体を委ねながら声を上げる千尋は、可愛かった。




 ある意味、精力的ともいえるが、淫靡で怠惰な生活は、三日目に入ってあっさり終わりを迎えた。
 明け方、千尋に腰にしがみつかれたまま眠っていた和彦は、奇妙な金属音で目が覚める。半ば反射的に千尋の頭に手をかけ身構えていると、足音を押し殺して誰かが部屋に侵入してくる気配があった。
 いきなり電気をつけられて、まぶしさに目を細める。
「――起きろ、先生。仕事だ」
 室内に響いたのは、魅力的なバリトンだった。不躾な侵入者の正体がわかった和彦は、自分が急速にハードな現実に引き戻されるのを感じながら、顔をしかめる。一方の千尋はまだ夢の中らしく、小さく呻き声を洩らして和彦の胸元に顔をすり寄せてきた。

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