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第2話
(7)
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「選んだのは俺じゃない。あらかじめカタログを見て、組長が選んだ」
サングラスを外した和彦は、皮肉っぽい笑みを浮かべて言い放つ。
「あの組長、ベッドの上でもことに及ぶ気があるのか? 一人暮らしの男の部屋には、普通はキングサイズのベッドなんて必要ない」
「――だとしたら、先生の部屋には必要だと思ったということだろう。組長が」
三田村に冷静に切り返され、自分で言い出したことだが和彦の頬は知らず知らずのうちに熱くなってくる。
「ベッドの他に、サイドテーブルと、寝室に合うライトも買うように言われている。ソファセットやカーテンとカーペットの類は、もう新居に送るよう手配は済んでいる」
「……ああ、そう」
引っ越しが間近に迫ると、急に準備が慌ただしくなってきた。和彦は一人でのんびりと部屋の片付けを進めていたのだが、昨日になって突然、女性数人が送り込まれてきて、和彦の見ている前で見事な勢いで荷物をまとめてしまった。おかげで和彦はホテルに移動することになり、挙げ句に、今朝早くに電話があって和彦の予定は勝手に決められ、三田村が迎えにきた。
引っ越し祝いに家具を買ってやる、という賢吾の言葉を言付かって。
そして連れてこられたのがこの家具店だが、買ってやるといいながら、当然のように和彦の意見は必要とされていなかった。
「千尋さんから、昨日か今日、連絡はあったか?」
唐突に三田村に問われ、和彦は眉をひそめる。それが返事となったらしく、一人納得したように三田村が頷く。
「なかったんだな」
「質問の意図するところがわからない。千尋、何かあったのか?」
「いや。ただ、昨日の夜、先生をメシに誘いたいから、明日は先生を連れ回す予定はあるのかと聞かれた」
「仲良くベッドを買いに行くと、正直に言ったんじゃないだろうな……」
「近いことは」
和彦が目を剥くと、三田村がほんの一瞬だが顔を綻ばせた。この男が笑ったところを見たのは、これが初めてだった。少々笑ったところで強面の印象は変わらないが、ただ、いつも和彦の生々しい姿を見ながら眉一つ動かさないこの男も、決して無感情な生き物ではないのだと強く印象付けられた。
「先生の家具を買いに行くと答えたのは本当だ。だったらそのあと、晩メシに誘おうかと言っていたから、てっきりもう、先生に電話しているのかと思ったんだ」
「……もし、行くことになったら、あんたもついてきてくれ」
なぜ、と三田村が視線で問いかけてくる。和彦は端的に答えた。
「いろいろあって気まずい。だけど、突き放したくても、そうできない」
「優しいんだな」
三田村からの意外な言葉に驚く。言われ慣れない言葉なので、少し照れてもいた。一方の三田村も、余計なことを言いすぎたといった様子で無表情に戻る。
二人が黙り込むと、すぐ近くでベッドを選んでいるカップルの楽しげな会話が聞こえてきた。
「それじゃあ俺は、支払いと配送の手続きを済ませてくる。この辺りにいてくれ」
小声で早口に囁いた三田村が、少し離れた場所で二人の様子をただ見守っていた店員に声をかけ、一緒に売り場を離れる。
一人残された和彦は、周囲を見回してからまたサングラスをかけると、他の家具を見て回ることにする。気に入ったものがあれば、〈自分の金〉で買うつもりだった。
寝室に置くチェストを、ベッドの色と合わせるべきだろうかと、忌々しく感じながらも思案していると、ふいに傍らから声をかけられた。
「――先生のサングラス姿、初めて見た」
ハッとした和彦は、素早く隣を見る。ブルゾンを羽織った千尋が立っていた。
「千尋っ……」
「そうやってると、先生本当にカッコイイよね」
サングラスをずらしてまじまじと千尋を見つめた和彦は、片手を伸ばして軽く千尋の髪を撫でてやる。
「若くてもっとハンサムなお前に言われると、なんだか嫌味に聞こえる」
「素直に受け止めてよ」
そう言って屈託なく笑った千尋だが、次の瞬間には、凄みを帯びた眼差しを向けてきた。強い輝きを持つ目が、いつになく残酷なものを湛えているように感じ、和彦は警戒する。
「……お前、どうしてここにいる? 三田村さんに聞いたのか」
「オヤジが、気に入ったオンナに家具を買ってやるときは、この店を使うんだよ。それで、先生の家具を買いに行くと聞いて、もしかして、と思った」
和彦が睨みつけると、悪びれた様子もなく千尋は肩をすくめて笑う。
「睨まないでよ。だって先生、オヤジのオンナじゃないって、断言できる?」
「ぼくは、男だ……」
「知ってるよ。何度先生と寝たと思ってるんだよ」
こんな場所で明け透けなことを言うなと、ブルゾンの裾を掴んで引っ張る。すると、憎たらしいほどふてぶてしい表情を浮かべていた千尋が、今度は子供のように頼りない顔となる。不安定な千尋の様子に和彦は、怒りを覚えるよりも、心配になってきた。
「……千尋、お前どうかしたのか?」
「どうかしてるよ。先生が、電話であんなこと言うから……」
千尋との関係をどうしたらいいのかわからないと、数日前に電話で言った和彦だが、実は言われた千尋のほうが、和彦以上に思い悩んでいたのだ。
「千尋――」
和彦が話しかけようとした瞬間、千尋にいきなり腕を掴まれ引っ張られた。
「行こう、先生」
「待っ……、行くってどこに……」
「俺の部屋。……俺たちここんとこずっと、二人きりで過ごせてないんだよ」
振り払えないほど、腕を掴んでいる千尋の手の力は強かった。それに、人がいる場所で痴話喧嘩のようなまねはできない。
和彦は助けを求めるように三田村が向かったカウンターのほうを見るが、背の高い家具に阻まれて見渡すことができない。それに千尋は、カウンター近くのエスカレーターではなく、少し離れた場所にある階段を使おうとしていた。
「千尋、行くなら、三田村さんに何か言っておかないとっ」
「必要ない」
「でも――」
千尋がふいに耳元に顔を寄せてきて、どこかおもしろがるような口調で言った。
「素直についてきてくれないと、今この場でキスするよ。――佐伯先生」
千尋はこう言ったら、必ず実行する。短いつき合いながら性格の一端を掴んでいる和彦は、もう何も言えなかった。
一緒に階段を下りようとしたとき、三田村が呼ぶ声を聞いたが、当然返事はできない。
足早に家具店を出ると、千尋が待たせていたタクシーに押し込まれた。
サングラスを外した和彦は、皮肉っぽい笑みを浮かべて言い放つ。
「あの組長、ベッドの上でもことに及ぶ気があるのか? 一人暮らしの男の部屋には、普通はキングサイズのベッドなんて必要ない」
「――だとしたら、先生の部屋には必要だと思ったということだろう。組長が」
三田村に冷静に切り返され、自分で言い出したことだが和彦の頬は知らず知らずのうちに熱くなってくる。
「ベッドの他に、サイドテーブルと、寝室に合うライトも買うように言われている。ソファセットやカーテンとカーペットの類は、もう新居に送るよう手配は済んでいる」
「……ああ、そう」
引っ越しが間近に迫ると、急に準備が慌ただしくなってきた。和彦は一人でのんびりと部屋の片付けを進めていたのだが、昨日になって突然、女性数人が送り込まれてきて、和彦の見ている前で見事な勢いで荷物をまとめてしまった。おかげで和彦はホテルに移動することになり、挙げ句に、今朝早くに電話があって和彦の予定は勝手に決められ、三田村が迎えにきた。
引っ越し祝いに家具を買ってやる、という賢吾の言葉を言付かって。
そして連れてこられたのがこの家具店だが、買ってやるといいながら、当然のように和彦の意見は必要とされていなかった。
「千尋さんから、昨日か今日、連絡はあったか?」
唐突に三田村に問われ、和彦は眉をひそめる。それが返事となったらしく、一人納得したように三田村が頷く。
「なかったんだな」
「質問の意図するところがわからない。千尋、何かあったのか?」
「いや。ただ、昨日の夜、先生をメシに誘いたいから、明日は先生を連れ回す予定はあるのかと聞かれた」
「仲良くベッドを買いに行くと、正直に言ったんじゃないだろうな……」
「近いことは」
和彦が目を剥くと、三田村がほんの一瞬だが顔を綻ばせた。この男が笑ったところを見たのは、これが初めてだった。少々笑ったところで強面の印象は変わらないが、ただ、いつも和彦の生々しい姿を見ながら眉一つ動かさないこの男も、決して無感情な生き物ではないのだと強く印象付けられた。
「先生の家具を買いに行くと答えたのは本当だ。だったらそのあと、晩メシに誘おうかと言っていたから、てっきりもう、先生に電話しているのかと思ったんだ」
「……もし、行くことになったら、あんたもついてきてくれ」
なぜ、と三田村が視線で問いかけてくる。和彦は端的に答えた。
「いろいろあって気まずい。だけど、突き放したくても、そうできない」
「優しいんだな」
三田村からの意外な言葉に驚く。言われ慣れない言葉なので、少し照れてもいた。一方の三田村も、余計なことを言いすぎたといった様子で無表情に戻る。
二人が黙り込むと、すぐ近くでベッドを選んでいるカップルの楽しげな会話が聞こえてきた。
「それじゃあ俺は、支払いと配送の手続きを済ませてくる。この辺りにいてくれ」
小声で早口に囁いた三田村が、少し離れた場所で二人の様子をただ見守っていた店員に声をかけ、一緒に売り場を離れる。
一人残された和彦は、周囲を見回してからまたサングラスをかけると、他の家具を見て回ることにする。気に入ったものがあれば、〈自分の金〉で買うつもりだった。
寝室に置くチェストを、ベッドの色と合わせるべきだろうかと、忌々しく感じながらも思案していると、ふいに傍らから声をかけられた。
「――先生のサングラス姿、初めて見た」
ハッとした和彦は、素早く隣を見る。ブルゾンを羽織った千尋が立っていた。
「千尋っ……」
「そうやってると、先生本当にカッコイイよね」
サングラスをずらしてまじまじと千尋を見つめた和彦は、片手を伸ばして軽く千尋の髪を撫でてやる。
「若くてもっとハンサムなお前に言われると、なんだか嫌味に聞こえる」
「素直に受け止めてよ」
そう言って屈託なく笑った千尋だが、次の瞬間には、凄みを帯びた眼差しを向けてきた。強い輝きを持つ目が、いつになく残酷なものを湛えているように感じ、和彦は警戒する。
「……お前、どうしてここにいる? 三田村さんに聞いたのか」
「オヤジが、気に入ったオンナに家具を買ってやるときは、この店を使うんだよ。それで、先生の家具を買いに行くと聞いて、もしかして、と思った」
和彦が睨みつけると、悪びれた様子もなく千尋は肩をすくめて笑う。
「睨まないでよ。だって先生、オヤジのオンナじゃないって、断言できる?」
「ぼくは、男だ……」
「知ってるよ。何度先生と寝たと思ってるんだよ」
こんな場所で明け透けなことを言うなと、ブルゾンの裾を掴んで引っ張る。すると、憎たらしいほどふてぶてしい表情を浮かべていた千尋が、今度は子供のように頼りない顔となる。不安定な千尋の様子に和彦は、怒りを覚えるよりも、心配になってきた。
「……千尋、お前どうかしたのか?」
「どうかしてるよ。先生が、電話であんなこと言うから……」
千尋との関係をどうしたらいいのかわからないと、数日前に電話で言った和彦だが、実は言われた千尋のほうが、和彦以上に思い悩んでいたのだ。
「千尋――」
和彦が話しかけようとした瞬間、千尋にいきなり腕を掴まれ引っ張られた。
「行こう、先生」
「待っ……、行くってどこに……」
「俺の部屋。……俺たちここんとこずっと、二人きりで過ごせてないんだよ」
振り払えないほど、腕を掴んでいる千尋の手の力は強かった。それに、人がいる場所で痴話喧嘩のようなまねはできない。
和彦は助けを求めるように三田村が向かったカウンターのほうを見るが、背の高い家具に阻まれて見渡すことができない。それに千尋は、カウンター近くのエスカレーターではなく、少し離れた場所にある階段を使おうとしていた。
「千尋、行くなら、三田村さんに何か言っておかないとっ」
「必要ない」
「でも――」
千尋がふいに耳元に顔を寄せてきて、どこかおもしろがるような口調で言った。
「素直についてきてくれないと、今この場でキスするよ。――佐伯先生」
千尋はこう言ったら、必ず実行する。短いつき合いながら性格の一端を掴んでいる和彦は、もう何も言えなかった。
一緒に階段を下りようとしたとき、三田村が呼ぶ声を聞いたが、当然返事はできない。
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