血と束縛と

北川とも

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第2話

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「ぼくの生活も人生も、この何日かで全部変わってしまった。納得も釈然もしてないが、受け入れないと生きていけない。そんなぼくに対して、お前は何をしてくれる? ただ、甘えてくるだけか?」
「先生……」
 ふっと千尋の腕の力が抜け、その間に和彦は体を離して靴を履く。
「お前は、平均的な二十歳に比べたら、甘え好きではあるけど、しっかりしているとは思う。……ぼくがお前より十歳も年上じゃなくて、お前の家庭の事情に関わってなかったら、もっと長く、楽しい関係を続けられたんだろうがな」
 もう一度千尋の頭を撫でてから、和彦は三田村に伴われて玄関を出る。
「千尋さんの扱いに慣れてるんだな」
 エレベーターを待ちながら三田村が口にした感想に、つい苦笑が洩れる。人を猛獣使いのように言うなと思ったのだ。つまり、千尋は猛獣ということになる。
「あの組長がどんな子育てをしたのか知らないが、千尋は可愛いな。ただ、ときどき純粋すぎて怖くなる」
「純粋さは、鋭い凶器になる」
 さらりと三田村が言った言葉の真意を図りかね、和彦は首を傾げる。三田村は階表示を見上げたまま続けた。
「清らかって意味だけじゃないからな、純粋って言葉は」
「……混じり気がないのも、また純粋。そして、千尋が生まれ育った環境は――」
 独り言のように呟いた和彦を、いつの間にか三田村が横目で見ていた。
「気をつけたほうがいい、先生。えらく千尋さんに気に入られているみたいだから」
「怖いこと言うなよ……」
「先生を気に入ってるのは、千尋さんだけじゃないしな」
 和彦が思わず睨みつけると、スッと三田村の視線は逸らされた。些細な仕種に込められた意味を、和彦は嫌になるほど知っていた。どうせもうすぐ、体でも思い知らされるのだ――。


 はあっ、と息を吐き出した和彦は、屈辱と羞恥に身を熱くしながら唇を引き結ぶ。そうしないと、恥知らずな声を上げてしまいそうだった。
「あれだけいろんな条件を見せられると、どの物件にするか目移りするな」
 和彦の状態を知っていながら、それでもあえて、さきほどまでいた不動産屋での話を持ち出す隣の男に腹が立つ。
「……どうせあんたが資金を出すんだから、勝手に決めたらいいだろう」
 和彦が応じると、賢吾は短く声を洩らして笑う。不動産屋でも、誰よりも興味深そうに物件の説明を受けていたのは賢吾だったのだ。その隣で和彦は何度となく、自分はいなくてもよかったではないかと感じていた。
 長嶺組の〈身内〉となってしまった和彦は、それから数日置きに、賢吾に連れ回されている。表向きは、開業する和彦にとって必要な人間を紹介するためとなっているが、実際は、嫌そうについてくる和彦の反応を見たいがためだろう。
 自分は組員ではないし、そもそもヤクザは嫌いだという意思表示も込めて、和彦はあえて賢吾に対してぞんざいな言動を取っているが、賢吾は意に介さない。眉をひそめたことすら一度もない。
 それどころかむしろ、和彦のプライドのささやかな発露を楽しんでいる節すらある。
「あっ、うぅっ……」
 スラックスと下着をわずかに下ろされ外に引き出されたものを、賢吾のごつごつとした手に握られ、思わせぶりに上下に扱かれる。不動産屋を出て移動する車中で、和彦はずっとこうやって賢吾に弄ばれていた。
「実際にクリニックを切り盛りするのはお前だ。客層を考えたら、きれいな表通りで、とはいかないが、それでもいい場所を探してやる。クリニックそのものはこじんまりしているほうがいいな。だが、内装には金をかける。一応、普通の患者もやってくるんだからな」
 リズミカルに動き続ける賢吾の手の中で、和彦のものはとっくに形を変え、先端には透明なしずくを滲ませていた。賢吾の指に拭い取られてから、そのまま先端を擦られ、爪の先を軽く立てられると、ビクビクと腰を震わせて感じてしまう。
 後部座席でこんな戯れをしていても、運転を任されている三田村は背後を気にする素振りは一切見せない。
 そんな三田村を一瞥して薄く笑った賢吾が、和彦の耳元に顔を寄せてきた。
「三田村は気に入ったか? お前につけるなら、こいつしかいないと思ったんだ。有能なだけじゃなく、感情を表に出さないから、お前も遠慮なく、恥ずかしい姿を見せられるだろ。こういう状況でもな」
 ぐっと括れを指の輪で締め付けられ、呻き声を洩らした和彦は賢吾の腕にすがりつく。
「あっ、あっ……」
「教えてやったはずだ。俺にこうされているときは、俺も楽しませろと」
 片手を取られ、賢吾の両足の間に押し当てさせられる。硬い感触を感じ、和彦は目を見開いた。
 賢吾はわざと威圧するように凄みを帯びた表情を浮かべ、低い声でこう言った。
「組長の俺を連れ回しているんだ。駄賃としては、安いものだろ?」
 連れ回しているのはそっちだろうと思ったが、もちろん和彦に反論が許されるはずもない。賢吾を睨みつけると、返事の代わりにスラックスのベルトを緩め始める。いい子だと言いたげに、賢吾が頭を撫でてきた。


 跨がされた賢吾の腿の上で、和彦は腰を揺らす。すると、内奥に挿入された指が蠢き、静かな車内でわざと響かせるように淫靡に湿った音を立てる。
「はっ……、あうぅ」
「いい締まりだな。俺を睨みつけながら、中は発情しまくっているんだから、この落差でわざと煽っているんじゃないかと思えてくる」
 唾液で簡単に湿らされただけの内奥から指が出し入れされ、クチャクチャという音が一際大きくなる。
「そんなわけ、あるかっ……」
「そうか? でも、興奮はしてるだろ」
 腰を引き寄せられ、和彦と賢吾の高ぶった欲望同士がもどかしく擦れ合う。和彦のほうは、この地下駐車場に入ると同時に下肢を剥かれてしまい、賢吾のほうは、スラックスの前を寛げている程度だ。和彦により屈辱を与えて、〈飼い主〉である自分の立場を誇示しているのだ。
 上下関係をはっきりさせたがるのは、ヤクザの特性なのか、この男の持って生まれた性質なのだろうかと思いながら、ワイシャツの前を開かれた和彦は、賢吾の頭を片腕で引き寄せる。
 和彦の胸元をベロリと舐め上げた賢吾に、突起を口腔に含まれる。
「んっ……」
 いきなりきつく突起を吸われ、ズキリと走った痛みに和彦は小さく声を洩らす。同時に、内奥には再び指を挿入され、たまらず締め付けていた。
 スモークフィルムを貼ってあるとはいえ、車中でこんな行為に及ぶのは大胆としかいいようがない。地下駐車場の大きな柱の陰に車を停めてはいるが、ときおり側を車が行き来しているのだ。
 もっとも、賢吾と行為に及ぶときは、大抵こんな感じだ。賢吾は着衣のまま、場所もベッドの上ですらない。

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