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第1話
(12)
しおりを挟む縫合した傷口を消毒してから、滅菌ガーゼを当ててしっかりテープで押さえる。これで、一通りの手当ては終えた。無事に弾を取り除き、傷ついた腸を縫ったのだ。
患者の脈拍は少し落ちてはいるが、許容範囲だ。話しかけても意識の混濁も見られず、ひとまず手術は無事に終わったといってもいい。怖いのは、こんな場所で手術したことによる感染症だ。
そのときはそのときだと自分に言い聞かせ、和彦は大きく息を吐き出す。どれだけ緊張していたのか自覚はなかったが、ワイシャツは汗でぐっしょりと濡れている。それだけでなくテーブルや床も、消毒でさんざん使った生理食塩水で水浸しだ。
すっかり嫌な記憶が染み付いてしまった血塗れのラテックス手袋を外すと、傍らのバケツに放り込む。
「患者の傷が開くから、慎重にベッドに運んでくれ。裸のままでもいいが、傷の周囲は清潔な布で覆っておくこと。それともちろん、シーツもきれいなものに。準備できたら、点滴をする」
そう指示を与えると、ふらつく足取りで和彦はキッチンに行き、手を洗う。ワイシャツもところどころ血で汚れているため、帰ったら処分しないといけない。
和彦が手を洗い終えて振り返ると、怪我人が運ばれたあとのダイニングは組員たちによって原状回復が行われている最中だった。
準備ができたと呼ばれ、最後の一仕事のため和彦はベッドに運ばれた患者の元に行き、点滴をする。そして、患者についている組員に、どの輸液パックを、どのタイミングで取り替えるか説明し、麻酔が切れたあとに痛みを訴えるのは目に見えているため、鎮痛剤の服用についても注意を与えておく。
「――終わったか」
突然、背後から声をかけられて和彦はビクリと体を震わせる。存在を忘れていたわけではないが、患者に意識を集中していたため、不意を衝かれた。
振り返った和彦は、いつの間にか背後に立っていた賢吾を見上げる。
「ああ……。ぼくの用は済んだから、これで帰らせてもらう。……明日の夜、ぼくが様子を見にくるまで点滴を――」
「帰る必要はない。今夜はここにいろ」
無慈悲に告げられ、大きく目を見開く。和彦の反応を見て、賢吾は唇を歪めるようにして笑った。
「なんだ。患者を放って帰る気か。せっかく助けた患者に何かあったらどうするんだ」
「このまま安静にしておけば、命に別状はないはずだ」
「万が一、何があるかわからないだろ。それにお前には、もう一仕事してもらうぞ」
えっ、と声を洩らしたときには和彦は腕を掴まれていた。強引に立たされて、引きずられるようにして連れていかれたのはリビングで、待機してる組員たちの中に三田村の姿もあった。
気にした様子もなく賢吾はずかずかとソファに歩み寄ると、引きずっていた和彦の体を素っ気なく放り出した。ソファに半身を倒れ込ませた和彦の上に、容赦なく賢吾がのしかかってくる。尋常ではない空気を感じ取り、すぐにソファの上を後退ろうとしたが、腿の上に座り込まれてしまうと、動けない。
「……なんの、つもりだ……」
「血を見て、体がざわつかないか?」
「ぼくは医者だ。毎日見ている」
「そうか。だが、俺は違う。案外ヤクザは、そうそう血は見ないものなんだ」
ワイシャツの襟首に賢吾の手がかかり、あっという間に引き裂かれる、ボタンが千切れ飛び、フローリングの床の上に落ちた音がする。和彦は愕然としながら、まばたきも忘れて賢吾を見上げる。
「あんた……、息子が男とつき合っていることを、嫌がってたんじゃないのか……」
「つき合う相手によるな。手塩にかけて育てた大事な息子が、性質の悪い男に弄ばれて、バカに拍車がかかったら困る。うちの組絡みで、千尋を利用しようとしているのかもしれないしな。だが実際は、千尋がつき合っていたのは悪い男なんかじゃなく、遊び好きの美容外科医だった。しかも、俺たちに協力的な」
それが、今のこの状況にどう繋がるのかと言いたかったが、どんなとんでもないことを言われるのかと思い、和彦はこう言っていた。
「……バカだ、バカだと言っているが、千尋は頭が切れる。勘がいいというのかもしれないが」
「俺の息子だからな。――俺に似て、男を見る目がある」
引き裂かれたワイシャツの前を大きく開かれて、賢吾が覆い被さってくる。首筋に唇が押し当てられ、怖気立った和彦が顔を背けた先には、二人の様子を無表情で見守っている三田村の姿があった。
一瞬、助けを求めたくなったが、この部屋に来るまでの三田村の説明を思い出して諦めた。三田村が、賢吾の意に沿わないことをするはずがないのだ。
「息子とつき合って、その父親とも関係を持つなんて、滅多にできない経験だろ」
「……稀有な経験なんて求めてない。特に、ヤクザと関わりがあることは」
すかさず髪を鷲掴まれ、和彦が痛みに呻いたときには、賢吾に唇を塞がれていた。口腔深くを舌で犯されながらベルトに手がかかり、乱暴に緩められる。スラックスと下着をまとめて引き下ろされる頃には、和彦は抵抗をやめていた。
辱めてきたときですら、痛めつけることはしなかった連中だが、それは和彦が抵抗らしい抵抗をしなかったからだ。とにかく和彦は、痛い思いだけはしたくなかった。他人の体にメスは入れられても、自分が傷つくのは嫌なのだ。
和彦の体から力が抜けたのがわかったらしく、満足そうに笑った賢吾が一度体を起こし、ジャケットを脱ぎ捨ててネクタイを抜き取る。再び和彦の上に覆い被さってきて、いきなり胸の突起をベロリと舐め上げてきた。
背筋にゾクゾクするような疼きが駆け抜ける。肉体的なもの以上に、被虐的な状況に精神的な高ぶりを覚えていた。
「あっ」
小さく声を洩らした和彦は、瞬く間に硬く凝った突起を激しく吸われながら、顔を横に向ける。待機していた組員たちはリビングのドアの近くに移動しているが、出ていこうとはしない。特に三田村は、和彦が顔を向けた真正面にいるのだ。
「……人がいる」
和彦の言葉に、平然と賢吾が応じる。
「いまさら、恥ずかしくもないだろ」
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