血と束縛と

北川とも

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第1話

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 さきほど首筋に押し付けられたのは、スタンガンだろう。痺れて動かない体をシートに押さえつけられたまま和彦は、今となってはどうでもいいことに結論を出す。体では、車の振動を感じていた。思考がまとまらないながらも、頭に浮かぶのは最悪の状況だけだ。
 理由もわからないまま、重しでもつけられて海に沈められるのだろうか。それとも山中で生き埋めにされるのか。自殺に見せかけて首を吊らされることも――。
 自分で自分の想像に吐き気がしてきた。和彦が思わず身じろぐと、有無を言わさず体をまた押さえつけられた。
 車内には、和彦を除いて四人の男が乗っていた。運転席と助手席に二人、後部座席で和彦を押さえているのが二人。他の車に仲間がいるのかもしれないが、咄嗟の状況で和彦が把握できたのはこれだけだ。
 男たちの行き先はすでに決まっているらしく、車中では一切会話を交わさない。
 おそらくもう一時間近く車を走らせているが、外の様子も見えない中で、時間の感覚など簡単に麻痺してしまう。もしかすると三十分も経っていないのかもしれないし、実はとっくに一時間など過ぎているのかもしれない。
 それに、どこか遠くに連れて行かれているようで、本当は同じところをぐるぐると回っているような気もしてくる。
 和彦は懸命に考え続ける。脱力感と、体を押さえつけられているせいで全身が痛いが、せめて思考ぐらい働かせていないと、恐怖のあまり声を上げてしまいそうだ。声を上げると、きっとこんな扱いでは済まないだろう。だから和彦も黙り続けているしかない。
 いつまでこんな時間が続くのか。和彦がぐっと奥歯を噛み締めたとき、車がカーブを曲がり、少しまっすぐ走ったあと、ふいに体が浮くような感覚を味わった。何事かと思ったが、音が反響しているのを聞き、どこかの地下に入ったのだと推測する。
 地下駐車場だとわかったのは、車のエンジンが切られてスライドドアが開けられたからだ。和彦は車から降ろされ、また荷物のように引きずられる。
 エレベーターに乗せられて何階かまで上がるが、その途中の階で停まることはなかった。目隠しをして両手を拘束された男を引きずって歩くぐらいだ、普通のビルやマンションではないのかもしれない。
 通路らしい場所を引きずられてから、どこかの部屋に連れ込まれた。前触れもなく体を放り出されたが、マットレスらしい感触に受け止められる。
 和彦は小さく呻き声を洩らしてから、全身の神経を研ぎ澄ませて辺りの気配をうかがう。ピリピリと突き刺すような空気が漂っていた。マットレスの周囲に何人かの人の気配は感じるが、無闇に和彦を威嚇するようなことをしないため、かえって不気味だ。
 ゆっくりと強張った息を吐き出し、和彦は拉致されてから初めて口を開いた。
「――……誰なんだ。どうして、こんなことをする」
 いきなり殴られるかもしれないと覚悟したうえでの発言だったが、そうはならなかった。ただし、和彦の問いかけに対する答えもない。
 本当に自分を取り囲んでいるのは人間なのだろうかと、あまり現実的とはいえない不安が和彦を襲う。実際に和彦をここに連れてきたのは、確かに人間――男たちだった。
 後ろ手に拘束されているせいで体のバランスが取りにくいが、それでも懸命に身じろぎ、なんとか体を起こそうとする。しかし、肝心の体にはまだ痺れが残っており、力が入らない。すぐにマットレスの上に転がったが、前触れもなく誰かに体を抱き起こされ、両手の縛めを解かれた。
 ただしこれは救いにはならず、むしろ最悪の状況に向かう前振りといえた。
「何っ… …」
 ジャケットを強引に脱がされ、和彦は混乱する。本能的に身を捩ろうとしたが、背後からしっかり肩を押さえられた。
 シャツのボタンが外されながら、スラックスのベルトにも手がかかる。和彦はやめさせようとしたが、緩慢にしか動かせない両腕は簡単に掴み上げられ、目的を問う前に、身につけていたものすべてを奪われていた。
 純粋な恐怖でもう声が出なかった。再び後ろ手で拘束されたが、手首にかかったのはひんやりとして重量のあるものだった。手錠だとわかり、微かに歯が鳴る。
 殺されたあと、死体は何も身につけていないほうが身元がわかりにくい。これで指を切り落とし、歯をすべて砕いてしまえば、あとは海に捨てるなり、山に埋めてしまえばより完璧に近づく。
 マットレスの上に茫然自失となって座り込む和彦は、ふいに肩を押されて後ろ向きで倒れそうになったが、誰かの胸で受け止められた。一方で、前にいる別の人間には両足を掴まれたかと思うと、左右に大きく開かれた。
「やめろっ」
 咄嗟に声を上げて両足を閉じようとしたが、背後にいる人間の手によって両足を抱え上げられる。前にいる人間たちに、秘部をすべて晒す屈辱に満ちた姿勢を取らされてしまったのだ。
 何か様子が違うと、ここに至ってようやく和彦は気づく。自分を拉致した男たちの目的は、すぐに殺すことではなく、まずは辱めることにあるのではないか、と。
 その証拠に――。
「ひっ……」
 胸元に手が押し当てられ、まるで検分するかのように肌の上を滑る。断言はできないが、医者である和彦には馴染みのあるラテックスの手袋をしているようだった。妙に生温かな手が胸元から腹部へ、さらに下腹部へと這わされる。
 恐怖と生理的な嫌悪感から、たまらず和彦は抱えられた足を振り上げようとしたが、その前に、素早く弱みを握り締められていた。
「あうっ」
 体の力が一気に抜ける。手に力を込められたら、という想像だけで、何もできなくなる。それでなくても大半の抵抗を封じられ、何も見えていない状況なのだ。今の和彦はあまりに無防備だった。冷たい液体を下腹部に垂らされても、唇を噛むことしかできないぐらい。
 この場にいる男たちの目的もわからないまま、和彦のものは、ゴムの感触も生々しい薄い手袋を通して上下に擦られる。滑る感触と、グチュグチュという濡れた音で、自分の下腹部に垂らされた液体がローションだとわかった。

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