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番外編
攻略対象と悪役令嬢の卒業式②
しおりを挟む無言で向かいのソファに戻っていったスタンが口を開く。
「こういうの、好きでしょう」
「……そうね、意味がすぐに分かるくらいには」
9本の薔薇の意味はいつも一緒にいて欲しい、とか、いつもあなたを想っています、とか。
「しばらく会えなかったので、気持ちが勝手に盛り上がって…。あと、はしゃいで喜ぶ顔が見たかったです。見られなかったけど」
喜ぶより、驚きの方が大きい。
「驚いちゃったけど、嬉しいわよ?」
「そうですか?それなら良かった」
スタンは安心した表情を浮かべて、それから私をじっと見る。
「ドレスも、とても美しいです。常々あなたには白が似合うと思ってました」
「それは初めて言われたわ」
白は私のイメージから対極だと思っていた。悪役令嬢らしくちょっと顔はきつめだし、イメージカラーはギラギラした赤ね。
「そうですか?純真で率直なあなたには一番似合いますよ」
それも初めて言われたわ。
「すごく綺麗で可愛いです、パーティーに連れて行きたくなくなったくらい。今日はパートナーとして出席して、周囲を牽制するつもりだったので我慢しましたけど」
「へぇ?」
「あなた未だに婚約申込が沢山来るでしょう?候補がちゃんといるんだって見せびらかしておきたくて」
婚約の申込は全部断ってってお父様に言ってあるから、沢山来ているかどうかすら知らない。
「そんなこと考えてたのね」
「そうですよ。いつあなたがあの人ステキー♡って言いだすか気が気じゃないんですから、ちょっとでも近寄る男を減らしておかないと」
「……いまちょっとキュンときたわ」
「へ?なんで」
拗ねた感じの顔が可愛かったのと、あと独占欲が見えたところかしら。
「ね、抱きしめて良い?」
「は?」
「あっ違うわね。抱きしめて?」
グラスをテーブルに置いて、手を広げて言ったら、長い沈黙の後にスタンがそろそろと隣に座った。ゆっくりと近付いてきた両手が緩く腰にまわったので、スタンの首の後ろに腕をまわして力を入れる。
「あ、あの、ちょっと」
「ねぇ、パーティーを抜け出すのも定番じゃない?このまま中庭の散策にでも行きましょうか」
「えっ」
「あっ、物語の定番ではあるけれど。でもスタンともっと一緒に居たいなって思ったからよ?混ぜて考えたわけじゃないわ」
「いやそこはどうでもいいんですけど。ちょっと今それどころじゃなくて」
耳赤いものね、私が腕を離したらまた後ろに逃げそう。
「駄目だった?」
「駄目なわけは全く…ただ動揺して…ちょっと、一旦離れませんか」
「盛り上がるところなのに」
しょうがなく腕を緩めて、スタンを解放する。
横向きに座っていた体勢を元に戻すために一旦立ち上がったら、そのまま腕を引っ張られてストンと固い物の上に座らされた。
「ん?」
「俺と盛り上がってくれるんでしょう?」
スタンの足の上に座らされているようだ。耳元で喋られて、くすぐったい。
「…キャラが違うんじゃないかしら」
「そうですね、今までにないくらい顔が熱いです。振り返らないで下さいね」
「無理しなくて良いわよ?」
物語は大好きだけれど、何が何でも素敵なシーンを体感したいわけでもないし。
「無理しているわけではなく、ただ恥ずかしいだけです。嬉しい気持ちもあるのでお構いなく」
「そうね、これ結構恥ずかしいわね。ギルとフィーちゃんがサラッとやっているから、もっと平常心でいられるものだと思っていたわ」
見るのとするのじゃ大違い、抱っこされているだけの私はどういう風にすれば良いのか全然分からない。とりあえず手をお腹にまわっているスタンの腕に添えてみた。
背中に感じる体温にドキドキする。
「気の利いた愛の言葉でも吐ければ良いんですが、俺にはあなたが好きだとしか言えません。あと心臓が爆発しそうになっているので、この体勢は5分が限界です」
「じゃああと5分間、目一杯スタンを堪能しなくちゃ。ずっと振り向いては駄目なの?」
「…あなたの好きな小説に出てくるヒーローは、赤面したりしないでしょう」
美麗な笑顔で口説き文句を吐き出すヒーローが多いわね。
「スタンの方が物語と混同しているのではない?熱烈な愛の台詞をスマートに語るヒーローも良いけれど、辿々しくても真摯に気持ちを伝えようとしてくれるスタンが素敵だわ?沢山努力してくれているじゃない」
エスコートはスマートだったし、薔薇も嬉しかったけど。本音でくれる言葉が一番胸が高まったわ。
「努力だけであなたが手に入るならいくらでも努力します。なるべく前向きに検討をお願いします」
「今日はいっぱいドキドキしちゃって、前よりスタンが素敵に見えるわ。ねぇ、顔が見たいのだけれど」
「無理です勘弁してください、絶対見ないで」
見られないようにするためか、グランは私の肩に頭を預けてぐりぐりおでこをおしつける。その仕草ちょっと可愛い。
「好きです…少しは近付けてると思って良いですか」
小さく頷いて、後ろは見ないまま肩に乗っかっている頭を撫でていたら、顔を横に向けたスタンと目が合った。耳は赤いけど顔は赤くない。
「心臓痛い」
ちょっと潤んだ瞳で恨めしげに言われて、思わず振り向いて額と頬にキスをした。
「顔を上げたから、もう振り向いても良かったのよね?」
やっと見られた赤らんだ顔は、多分私しか見たことがない顔。
スタンは片手で顔を隠しながら、私の体にまわっていたもう片方の手に一度ギュッと力を入れて、そのあとずりずりと隣に私を座らせた。
「まだ5分経っていないわ?」
「状況が変わったので短縮されました」
「…卒業おめでとうのキスを贈ろうと思ったのに」
身長がちがうから、隣合って座っていたら届かない。
「……悪い女ですね」
悪役令嬢だからね。でも、今の流れのどこに悪い女要素があったのか分からない。
「あなたにキスされる度、嬉しい反面心臓が痛くて、涙が出そうになります。こんな気持ちを知って、いつか離れて行かれたら耐えられない」
泣きそうな顔は初めて見るし、これも多分私しか見たことがないと思う。けれど、さっきみたいにときめかない。
「私を見て?」
俯いてしまったスタンの頬に両手を添えて、顔を上げたスタンの唇に軽いキスをした。
「卒業おめでとう」
「…………おめでとうのキスですか?」
「まぁ、スタンは記憶力に自信があるのではないの?」
「そこに自信はありますけど、あなたの事に関して全く自信がないもので」
「ねぇ、スタンは全然名前を呼んでくれないのね?いつもあなたって言ってばかり。私スタンに名前呼ばれるとドキドキするのに」
「それは、失礼しました…」
スタンの手がゆっくりとソファに置いた私の手の上に重なってきたので、その手をとって指を絡める。
「スタンが好きよ。ちゃんとした恋人になってくれる?」
「……」
「スタン?」
反応がないので、スタンの顔の前で手を振ってみる。
「カミラ」
「っ、わ」
名前を呼ばれたと思ったら手首を掴まれて、そのままバランスを崩してスタンの胸に顔をぶつけた。
力強く背中と首の後ろを押さえつけられて、苦しいくらいにぎゅうぎゅうと抱き込まれる。
「好きです、大切にします。もっと頑張ります。カミラ、ありがとう…大好き」
見えないけれど、多分顔を赤くして言っているだろうスタンを想像して少し可笑しくなって、でもそれ以上にドキドキして、嬉しい。
今度はスタンが私の頬に手を添えたので、胸の中から出て上を向く。
目まで赤くなったスタンの顔がゆっくり、本当にびっくりするほどゆっくりとしか近付いてこなかったので、手を伸ばしてスタンの後頭部を捕まえて、そのまま唇めがけてキスをした。
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