2 / 6
第2章
しおりを挟む
太陽が照りつける窓際のデスク。今日も涼介は仕事に追われている。
「涼介くん、企画書完成した?」
そう問いかけるのは涼介より6個上の上司、早川麻里子だ。
「早川さん、すみません。今日中にはなんとか終わらせますんで…」
「うん。今日も暑いし、休みながらでいいからね。頑張ってね」
麻里子はとても優しく、仕事のできる女性だ。涼介の勤める会社の中でも評判がいい。女性が少ないこの空間の中では、いわば砂漠の中のオアシスのような存在だ。
「ほんとに終わるのかな…暑くて全然集中できねえな」
ガラガラと窓を開ける。生暖かい風が入り込んでくる。まだ5月だというのに、周りに生えている緑とは程遠い。本当に砂漠の中心にいるような感覚だ。
ぼーっと窓の外を眺める。景色が頭に入ってこない。作業の手は止まり、呆然と立ち尽くすようだった。
やがて風は止み、景色だけでなく音も耳に入らなくなっていた。我に帰った涼介は再びパソコンに向かおうとしていた。
その時、聞き覚えのある声がした。
景色も音も入り込んでこなかった世界に黒い影。今朝も見かけた、甲高い声で鳴くあの黒い影だった。
どこにでもいるもんだな、鴉って。涼介は再びぼーっとしながら鴉を見つめる。
「涼介くん?休みながらでいいとは言ったけど休みすぎだよ。集中して取り組んでね」
「あっ、すみません」
今度こそパソコンに向かい、カタカタと作業に取り組む。
鴉っていいよな。食べ物にも困らないし自由に飛び回れるし。そんなことを考えながら手を動かし続けている。
集中しているとは言い難いが、視線には気付いていない。窓の外、砂漠からじっと見つめている黒い瞳に。
正午を過ぎ、暑さはピークを迎えていた。そろそろ昼休憩にしようと席を立つと、麻里子がやってきた。
「今日、お弁当作ってきたんだけどさ。天気もいいし外で一緒に食べない?」
「えっ?ああ…ありがとうございます」
「やった!じゃあ早く行こう!」
麻里子は涼介の腕を掴み、会社のすぐ側にある公園に駆け出した。外に出てみると太陽の暑さは激しいものの、穏やかな風を感じる。窓から見えた景色は砂漠そのものだったのに。さすがオアシス。涼介は自分が少しばかり浮かれているのを感じていた。
「卵焼き好きでしょ?」
「え、大好物です。わざわざ作ってくれたんですか?」
「涼介くん、なんとなく卵焼き好きそうだなあと思って」
「なんですかそれ!…でも嬉しいです」
公園の中にあるベンチに座る二人は、さながら初々しい恋人のようだった。太陽が照りつけるような暑さとは違う、心地よい暖かさが二人を包み込んでいた。
「涼介くんはさ、彼女とかいないの?」
「いますよ。高校のときから付き合ってて、同棲だってしてます。」
「そっかあ。じゃあ、こんなところ見られたらまずいよね…」
「そうですね。でも彼女は大学に通ってるんで大丈夫ですよ」
麻里子はにっこりと笑みを浮かべて頷いた。食事も済み、二人は空を見上げていた。お腹だけでなく何かも満たされているような気がした。
「そろそろ行こっか」
麻里子は再び涼介の腕を掴み、会社の中へと戻っていった。空は青く、木々の緑が太陽の反射で輝いていた。
あれ。なんだろう——。
先程まで座っていたベンチを振り返った。そこにはまた黒い影。鋭い視線を感じた。
ああ、なんだ鴉か。ほっとしたような気持ちで胸を撫で下ろす。一瞬、ざわめきを感じたものの、そこにいたのは一羽の鴉だった。何事もなく会社に戻る涼介は気付いていなかったのだ。鴉の他にも涼介を見つめる鋭い視線に。
「涼介…?なにしてるの?」
ベンチのその奥。砂漠の中で、呆然と立ち尽くしていたのは鈴音だった。
「涼介くん、企画書完成した?」
そう問いかけるのは涼介より6個上の上司、早川麻里子だ。
「早川さん、すみません。今日中にはなんとか終わらせますんで…」
「うん。今日も暑いし、休みながらでいいからね。頑張ってね」
麻里子はとても優しく、仕事のできる女性だ。涼介の勤める会社の中でも評判がいい。女性が少ないこの空間の中では、いわば砂漠の中のオアシスのような存在だ。
「ほんとに終わるのかな…暑くて全然集中できねえな」
ガラガラと窓を開ける。生暖かい風が入り込んでくる。まだ5月だというのに、周りに生えている緑とは程遠い。本当に砂漠の中心にいるような感覚だ。
ぼーっと窓の外を眺める。景色が頭に入ってこない。作業の手は止まり、呆然と立ち尽くすようだった。
やがて風は止み、景色だけでなく音も耳に入らなくなっていた。我に帰った涼介は再びパソコンに向かおうとしていた。
その時、聞き覚えのある声がした。
景色も音も入り込んでこなかった世界に黒い影。今朝も見かけた、甲高い声で鳴くあの黒い影だった。
どこにでもいるもんだな、鴉って。涼介は再びぼーっとしながら鴉を見つめる。
「涼介くん?休みながらでいいとは言ったけど休みすぎだよ。集中して取り組んでね」
「あっ、すみません」
今度こそパソコンに向かい、カタカタと作業に取り組む。
鴉っていいよな。食べ物にも困らないし自由に飛び回れるし。そんなことを考えながら手を動かし続けている。
集中しているとは言い難いが、視線には気付いていない。窓の外、砂漠からじっと見つめている黒い瞳に。
正午を過ぎ、暑さはピークを迎えていた。そろそろ昼休憩にしようと席を立つと、麻里子がやってきた。
「今日、お弁当作ってきたんだけどさ。天気もいいし外で一緒に食べない?」
「えっ?ああ…ありがとうございます」
「やった!じゃあ早く行こう!」
麻里子は涼介の腕を掴み、会社のすぐ側にある公園に駆け出した。外に出てみると太陽の暑さは激しいものの、穏やかな風を感じる。窓から見えた景色は砂漠そのものだったのに。さすがオアシス。涼介は自分が少しばかり浮かれているのを感じていた。
「卵焼き好きでしょ?」
「え、大好物です。わざわざ作ってくれたんですか?」
「涼介くん、なんとなく卵焼き好きそうだなあと思って」
「なんですかそれ!…でも嬉しいです」
公園の中にあるベンチに座る二人は、さながら初々しい恋人のようだった。太陽が照りつけるような暑さとは違う、心地よい暖かさが二人を包み込んでいた。
「涼介くんはさ、彼女とかいないの?」
「いますよ。高校のときから付き合ってて、同棲だってしてます。」
「そっかあ。じゃあ、こんなところ見られたらまずいよね…」
「そうですね。でも彼女は大学に通ってるんで大丈夫ですよ」
麻里子はにっこりと笑みを浮かべて頷いた。食事も済み、二人は空を見上げていた。お腹だけでなく何かも満たされているような気がした。
「そろそろ行こっか」
麻里子は再び涼介の腕を掴み、会社の中へと戻っていった。空は青く、木々の緑が太陽の反射で輝いていた。
あれ。なんだろう——。
先程まで座っていたベンチを振り返った。そこにはまた黒い影。鋭い視線を感じた。
ああ、なんだ鴉か。ほっとしたような気持ちで胸を撫で下ろす。一瞬、ざわめきを感じたものの、そこにいたのは一羽の鴉だった。何事もなく会社に戻る涼介は気付いていなかったのだ。鴉の他にも涼介を見つめる鋭い視線に。
「涼介…?なにしてるの?」
ベンチのその奥。砂漠の中で、呆然と立ち尽くしていたのは鈴音だった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ジャンヌ・ガーディクスの世界
常に移動する点P
ファンタジー
近くで戦闘勝利があるだけで経験値吸収。戦わずして最強になる見習い僧侶ジャンヌの成長物語。
オーガーやタイタン、サイクロプロス、ヘカトンケイレスなど巨人が治める隣国。その隣国と戦闘が絶えないウッドバルト王国に住むジャンヌ。まだ見習い僧兵としての彼は、祖父から譲り受けた「エクスペリエンスの指輪」により、100メートル以内で起こった戦闘勝利の経験値を吸収できるようになる。戦わずして、最強になるジャンヌ。いじめられっ子の彼が強さを手に入れていく。力をつけていくジャンヌ、誰もが無意識に使っている魔法、なかでも蘇生魔法や即死魔法と呼ばれる生死を司る魔法があるのはなぜか。何気なく認めていた魔法の世界は、二章から崩れていく。
全28話・二章立てのハイファンタジー・SFミステリーです。
※この作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ハズレ召喚として追放されたボクは、拡大縮小カメラアプリで異世界無双
さこゼロ
ファンタジー
突然、異世界に転生召喚された4人の少年少女たち。儀式を行った者たちに言われるがまま、手に持っていたスマホのアプリを起動させる。
ある者は聖騎士の剣と盾、
ある者は聖女のローブ、
それぞれのスマホからアイテムが出現する。
そんな中、ひとりの少年のスマホには、画面にカメラアプリが起動しただけ。
ハズレ者として追放されたこの少年は、これからどうなるのでしょうか…
if分岐の続編として、
「帰還した勇者を護るため、今度は私が転移します!」を公開しています(^^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる