あの綺麗な星空で君と手をつないだ

脱線①

あんなに真面目に聞いていた塾の授業が全く集中できない。

次の模試はいい判定を残さなくちゃいけなはずなのに、少女の姿が脳裏に浮かんで邪魔をする。

『私のために殺して』

今日何度も頭の中で繰り返した言葉をまた思い出す。

私のために。

あの男に彼女が殴られている姿が頭に浮かび、胸がズキズキと痛む。

焦燥感に襲われ、早く彼女を助けなければいけない、そんな気がしてくる。

人を殺すことも彼女のためなら仕方がないのか？

自分がじわじわと侵食されているような感覚に恐怖を覚える。

授業はそのまま終了した。

集中できなかった分自習室で回収しようと、教室をでる。



その時に声が聞こえて足を止めてしまったことを僕は一生後悔する。



「てかさ模試の張り出し見た？」

優太の通っている塾では模試の結果が出る度に、成績上位者の張り出しを行っている。

そこには偏差値の高い順に毎回30名ほどが乗っている。

今回、優太の名前は一番上に乗っていた。

もしかして自分のことを話している？

期待して、耳を傾ける。


「あー見たよ。てかまた雄太君乗ってたね」

心臓が高鳴り、口角がゆがんだ。

きっと僕の事を――。



「普通にキモイな」



「え？」



口から漏れ出た言葉を気づかれぬように慌てて抑える。

「あいつ学校でもずっと勉強してるんだよね」

「友達いないの？」

「たまに変な奴と話してるけど、ほとんど一人で勉強してるよ」

「ガチ陰キャじゃん。ははっ」

唇が震え、頭痛がする。

「そりゃ成績もよくなるよ」

「勉強しかすることないもんな」

気が付けば駆け出していた。

後ろで聞こえた笑い声が耳の奥でリフレインするのを、頭を振ってごまかす。

僕がお前らに迷惑をかけたわけでもないのに、何で僕を笑うんだ。

どこにも向けることのできない悔しさを奥歯で噛み締めた。




「自習忘れてた……」

駅の近くまで来たところで、熱くなっていた頭が冷静になってきた。

暗闇は凍えるように寒く、胸にぽっかりと穴があいたような喪失感が残っている。

昨日と変わらないはずの景色なのに、妙に狭く感じる。


駅の方を眺め、さっきの景色を思い出す。

……僕には彼女がいる。

公園に近づくにつれ心臓が高鳴っていく。

昨日と同じ場所。

彼女はそこに立っていた。

それだけで今の自分は嬉しかった。

挨拶もなく彼女は問う。

「殺してくれる？」

「……ああ」


僕は絶対に後悔をしない。

そう信じている。