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第9話-2 悪役令嬢は夢を見てはダメです。

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今日は仕事を早く切りあげた。
せっかくジェイデンに今日ラティディアに話をすることを伝えようと実験室に向かったのだがダリアに見つかった。
もう会わないっていったのになんで王宮に入り込んでいるんだ。
納得のいかないダリアには何回も話はしている。
しかし堂々巡りだ。
会うたびに
「私を好きだといったのに!」
「私を王太子妃にしてくれるっていったのに!」
この二言しか言われない。
何を言っても無駄のような気がしてきた。

疲れた・・・。

何とかダリアを振り切り、王宮の出入りについて強化するようにハーデスに言いに執務室に戻った。
ハーデスはまだ執務室でラティディアと私が作った視察の資料に目を通していた。

「終わった。すごい資料が分かりやすかったよ。さすがラティディア様だね。」
「私じゃないのか!」
ようやく資料に目を通したハーデスは大きく伸びた。
「やはりラティディア様が王太子がいいな。綺麗だし優しいし、私も喜んで毎日執務室に通うよ。そうか!やっぱりお前、婚約破棄しろよ。
私だって公爵家の跡取りだ。ラティディア様の結婚相手に問題ないはずだ。」
「はぁ?何言ってんだ。行くぞ。」

執務室を出て部屋に戻るためハーデスと廊下を歩いていた。
「何だ。ようやくラティディア様と話をするのか。なんだか楽しそうだ。」
隣でハーデスが聞いてきた。
「ああ。」
今日は少し早めに夕食を食べてラティディアに話をしようと思っていた。彼女がどう考えているのかは分からない。
でも記憶を失くして3週間。それなりに笑うようになった。
あまり不安な顔も見せなくなった。
なにより私に対して柔らかな笑みを返してくれるようになった。
明後日には公爵家に帰さなければならない。
その前に何とか彼女に私の気持ちを伝えて、私とのことをもう一度考えてもらいたかった。
「今のラティディア様なら脈はあるとは思うんだけどな。」
「少しはうぬぼれていいのかな?」
「いや、仕事のできない男は嫌だとかいわれるな。」
「私はきちんとやっているつもりだ。」
「まあお前がどう自分の気持ちを伝えるかだな。あまり上から目線でいくなよ。あと強い口調はだめ。相手に気持ちを押し付けるのもだめだ。でも相手の気持ちを尊重しすぎて引きすぎてもだめ。あと・・・」
「あ~!なんだよお前は!私はそんなに信用無いのか!」
「無いね。」
「はっきり言うね。」
少し緊張していた。
でもきっとラティディアは私の気持ちをきちんと考えてくれるはずだと思っていた。

しかし・・・。
「ラティディアが夕食は要らないって?」
部屋に帰る途中で出会ったカーラがそう言った。
「少し体調が悪いようで…」
「さっきまでは元気だったじゃないか?」
ハーデスが隣で首を傾げた。
「疲れたのかな?でもそんなふうには見えなかったな。」
「カーラ、何かあった」
「あ、いえ…その…」
「あったようだね。」
ハーデスが少しカーラに近づいた。
「それは私たちに言ってもいいこと?」
ふるふるとカーラが首を横に振る。
「お嬢様が言わないことを私が言うわけにはいけません。」

さすがラティディアだ。
よい侍女を持っているな。
「エディシス、ちょっと様子を見に行こうか?
もし体調悪いなら医者呼んだ方がいいし。」
「ハーデス、いいよ。私が行ってくるよ。」
「ああ、お前がそれでいいなら…」

私は部屋にいくはずだった足をラティディアの部屋に向けた。
何だってこんな時に・・・。少しいらだった。
駄目だ。落ち着け!しっかしろ!と自分に言い聞かせた。
私は慎重にいかなければならない。
もう間違えることは許されないのだから。

私はラティディアの部屋の前に立った。
そして大きく息を吐いてから扉をノックした。

「ラティディア。私だ。」
部屋の中からガタッと音がした。
しかし返事はない。
「ラティディア?」
やはり何も返事はない。
「王太子殿下、申し訳ありません。お嬢様は誰にもお会いしないと思います。私にも返事すらしてくれません。」

どういうことだ?

「入るよ。」
「王太子殿下・・・!」
カーラが止めたが押し切って扉を開けた。
確かに勝手に入るのはよくないとわかっている。
しかしラティディアが泣いているようで心配だった。

彼女は膝を抱えてベッドの上に座っていた。
カーテンは閉め切っていた。
もう日も落ちていたから部屋の中は暗かった。
「気分が悪いのか?頭が痛い?」
私の方は見ない。頑なにその姿勢を崩さない。
私はラティディアの側にいった。

ラティディアは泣きはらした顔をしていた。
しかしもう涙は出ていなった。

「ラティディア?気分が悪いのか?」
何も反応はない。もしかして…
「ラティディア?記憶が戻ったのか。」
恐る恐る声をかける。

ゆっくり彼女の顔が私の方を見た。
視点の合わない瞳が果たして私の姿を映したのかはわからない。
声がしたから顔を向けたくらいの感じだ。

「気分が悪いなら医者を呼ぼうか?」

何も答えずまた元の格好に戻った。
記憶が戻っているわけでもないようだ。

ラティディアはあの三日月のペンダントをギュッと握っていた。
何だかそのペンダントにはめ込まれていた石は以前よりくすんで見えた。
くすんでいたと言うより白っぽく感じた。
もう少しきれいな黄色だったような覚えがあった。

「ラティディア…」
私の言葉にピクリとその手が動いたが姿勢はそのままだ。

「ラティディア、何があったか私に話してはくれないか?」
彼女は何も言わない。
どうする?しかし今の彼女の状態では何をしていいのかわらない。
ひとまず落ち着くのを待った方が良さそうだ。

「わかった、今日は何も聞かないでおくよ。あとからカーラには暖かいスープを持ってきてもらうよ。何も食べないのは体に良くないからね。カーラが心配してる。私も心配しているんだ。」

「…さ…い…」

彼女は小さな声を発した。
聞き取れなかった。
彼女はただ前を向いているだけだった。
私の顔を見ようとはしなかった。
しかし彼女は繰り返した。

「私にもう優しくしないでください。」

そう言ったままその日は彼女の口が開くことはなかった。
その瞳には何も映していないだろう。
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