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本編
82.「僕の正体を知った者は生かしておけない決まりになっているのです……」
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小姓とは。
貴人の側に侍り、身近で世話をする者。かつ、武芸や馬術なども心得ていることが望まれる。
更に見た目も重要で、美しい容貌で、教養や作法も身につけてなければならない。位の高い武士であればあるほど、小姓に求められる能力は多くなる。
故に小姓というのは、その武将の顔であり、引いては家の品位を表す目安とも言えた。
「えへへ~かっこ良いでしょ!」
三匹に分裂している白狐。その内の一匹は信葉の側仕え……つまり小姓として仕えている。
信葉は、一番毛並みの美しい白狐を選び(本当は全員同じ毛並みだが)自身の小姓として側に侍らせていた。
小姓とは主君の写し鏡のようなものであり、常に主君の傍らに在り、その威光を知らしめるのが役割だ。ならば側に置く小姓も美しさと品性が求められるのは当然であった。
そしてそんな小姓白狐であるが、彼は信葉から与えられた小姓の装束である肩衣(小袖の上に着る袖がない衣服)を身に纏いくるくると回っている。
「いいなぁ。武士みたいでカッコいい!」
「でしょ?」
城にいるもう一匹の白狐の言葉に気を良くした小姓白狐はその場でくるりと回転し、まるで己の主のように威風堂々たる姿を披露した。
その姿は忍者というよりまさに武士で、頭から生えるキツネ耳と尻から垂れる尻尾が無ければ、小さな武士ある。
「お城にいる間、ずっと着てるの?」
「うん!信葉様がね、僕のために仕立ててくれたの!」
「へぇ~」
狐耳と尻尾を生やした白狐が二匹でくるくると踊る姿は、なんとも愛らしく微笑ましい光景だ。
「これ着てると褒めてもらえるんだ」
「もう一匹の僕ばっかりずるい!ねぇ、信葉様!僕にも何かちょうだいよ!」
白狐は横で自分達の様子を呆れたように見ている人物……信葉に懇願した。
ここは清波城にある信葉の部屋。
雑務をしていた白狐がたまたま信葉の部屋の前を通り掛かると、何やらカッコいい服を着ているもう一匹の自分がいるではないか。
それを羨ましく思った白狐は、自分も欲しい!と強請ったのだが……
「アンタね、何の為に分身してるか考えなさいよ。小姓は一匹で充分なの」
そうにべもなく、断られた。
「ぶぅ……」
頬を膨らませ不満を表明する白狐であったが、それが通じる相手ではない。
「いい?この小姓用の白狐はあくまで飾りで、忍者としての仕事はアンタの役割なのよ?アンタは飾りとしてではなく、城の使用人達と同じ立場で彼女達に溶け込み、色んな人から様々な情報を仕入れてくるの」
信葉が各白狐の役割を明確に分けているのには理由がある。
分身した白狐達はそれぞれの役割を全うし、別の仕事をする事で互いの役割を補っているのだ。
一匹は信葉の領地に根付き、鈴華と一緒に領地を発展させ兵や家臣を育てる住民白狐。
もう一匹は信葉の小姓として雑務や政務を行い、身辺を警護し信葉の手助けをする小姓白狐。
そして最後の一匹は清波城や街に溶け込み、人々から様々な情報を入手し時には偽報や潜入工作をし、諜報活動を行う密偵白狐。
この三匹が互いに協力し合い、各地で白狐の能力をフル活用するのが信葉が考えた白狐の運用方法であった。
分裂すると戦闘能力が下がるようなので、有事の際……つまり戦の時には何匹かで融合し、能力を高めて戦うのだ。
「う~ん、よく考えたらなんか僕だけ重労働じゃない?」
密偵白狐がポツリとそう言った。
なんだか不公平ではないか?使用人に紛れる為に真面目に雑務をこなし彼女達の信頼を得なければならないし、忍者の仕事だって一手に担っている。
明らかに自分だけ作業量が多くないか、と密偵白狐は不満を表明する。
「じゃあ僕と代わる?」
そんな事を言っていたら小姓白狐がそう言った。あっさりと交代を提案する小姓白狐。
「え?いいの?」
思わぬ提案に目を輝かせる密偵白狐であったが……
いや、待てよ……と冷静になった。よく考えたら小姓と言ってもあの信葉の小姓だ。
四六時中信葉と一緒にいるという過酷な役割……もしかしなくても密偵よりもキツいような気がする……
「あ、やっぱいいです」
「ちぇ……」
小姓白狐は尻尾を垂らし、耳をへにょりと倒してそう言った。
どうやら交代して欲しかったようで、その様子を見るにやはり楽な役割ではないのだろう。
二匹の白狐のやりとりを側で見ていた信葉はムッとした顔で腰に手を当てる。
「なんかムカつく会話だけど……まぁいいわ。そんな訳でアンタは密偵なのよ、しっかりなさい」
「じゃあ僕もカッコいい服欲しい!密偵っぽい感じの……」
「あのね、密偵っぽい服なんて着たら潜入してるって事がバレちゃうでしょ。アンタは今のままの素朴な感じでいいのよ」
密偵白狐は何やらブツブツと文句を言っているが、信葉は取り合ってくれないようだ。
「さ!早く仕事をしてきなさい!密偵は城をくまなく歩き回って色んな人達と仲良くなっていざという時に情報を引き出してくるのが仕事!小姓はこれから世情のお勉強よ!」
「「はーい……」」
尻尾を左右に振りながら、二匹の白狐は返事をする。
……忍者らしい作業は密偵の仕事で小姓の仕事は勉強……なんだか納得出来ないが、言われたことはやらなければなるまい。
密偵白狐は素直に部屋から出て行った。取り敢えずは雑務をこなしつつ女中や侍女、それに城にいる織波家家臣と交友を深めることが仕事のようだ。
まぁ、勉強するよりはいいかと思い密偵白狐は仕事に戻ることにした。
ーーーーーーーーー
そんなこんなで密偵白狐が城を練り歩いている時の事だった。
「お掃除しましょ~ぽんぽこに~♪」
お城の廊下を箒を担ぎながら、楽しげに歌いスキップするのは白狐。
今が仕事の真っ最中である事などすっかり忘れているかのような様子だが誰も突っ込みを入れてくれる人物はいない。
「今日はこの廊下を掃除しまーす!」
誰に言うわけでもなく高らかに宣言する。
この廊下は織波一族の居住区に通ずる廊下で、限られた者しか渡る事が出来ない。
白狐は通過を許されてるので通りまくっているが、本来はここを通るのは名誉ある事なのだ。
そんな名誉ある廊下様であるが、少し汚れている。何やら動物の毛のようなものが隅の方に散らばっているではないか。これではいけない!と白狐は考えた。
高貴な方々が通る廊下だと言うのに何故動物の毛が落ちているのか!これはお掃除(密偵)白狐として見過ごせない問題である。
しかも真っ白な毛で、まるでキツネの尻尾から抜け落ちたような……
「あら、白狐ちゃん。こんなところでどうしたの?」
廊下を掃除しようとしていた白狐に侍女の一人が声を掛けた。彼女はこのお城の侍女で、この廊下を通るのを許されている数少ない人物の一人だ。
「お掃除してるの!ここに変な毛落ちてるでしょ?ここは綺麗にしなきゃいけない場所だからこんなのが落ちてたら嫌なの!」
「変な毛……?」
侍女が白狐の指差した先を視線で追うと、そこには確かに動物の毛が落ちている。
純白を思わせる、雪のように真っ白な毛……。侍女は思わず白狐のお尻から生えているキツネの尻尾を見る。そこには純白を思わせる、雪のように真っ白な尻尾が生えていた。
「……」
「全くもう!なんでこんなところに動物が入り込んでるんだろ!ばっちいなぁ!」
ぷりぷりと怒る白狐に侍女は何も言えないでいた。
見てはいけないものを見てしまったような気がして思わず目を逸らした。そして話題を変える為に白狐に質問する。
「そ、そうだ白狐ちゃん。市野様見なかった?」
「市野さま?」
侍女の言葉に白狐は思わず聞き返した。
市野。どこかで聞いたことのある名前だ。そうだ、確か市野というのは織波一族だったか……
白狐は自らの記憶の箱をひっくり返し、その名前について思い出す。
織波市野。秀菜の息子であり、信葉と信根の弟。
織波一族唯一の男であり、まだ歳若いという。白狐はまだ会った事はないが相当な美男子だと聞く。どうやらこの世界では高貴な身分の男はみだりに人前に姿を見せてはいけないらしく、ほぼ城の中……それも限られた場所にしかいないようだ。
「ううん、見てないよ。市野様がどうかしたの?」
「それがね、ちょっと目を離した隙にいなくなっちゃったのよ」
「え?それ大丈夫なの?」
「あんまり大丈夫じゃないかも……。あのお方、好奇心が旺盛だからたまに勝手に動き回っては迷子になっちゃうのよね。もし変態女達に見つかったらあの美貌だもの、とても口に出せないような変態的な事をされちゃうかも……」
侍女は困ったようにそうぼやいた。どうやら思っていたより事態は深刻なようだ。
というかこの城にはそんなに変態女がいるのか?どんな城なんだここは……白狐は人知れず震えた。
「分かった!僕も探すの手伝うよ!」
ここは葉脈衆頭領たる自分の出番だろう。迷子捜索不倫捜査なんでもござれだ。
久しぶりに忍者らしい事をしようではないか。
白狐はその場でクルクルと回ると一瞬にして服を入れ替え、忍び装束に着替えた。
「城での雑用係は仮の姿……本当の僕は精鋭忍者の頭である葉脈衆頭領!その名も白狐!」
そう言って指を二本立てて顔の前に持っていき、決めポーズを取る。
そんな白狐の姿を見た侍女は可愛らしいものを見るように目尻を下げていた。
「僕の正体を知った者は生かしておけない決まりになっているのです……」
「あら、じゃあ私もやられちゃうのかしら?」
「お姉さんは……う~ん、いいんじゃない?でも誰にも言わないでね」
「それを聞いて安心したわ。ていうかお城の人みんな知ってるけどね」
「え?そうなの?」
「だって白狐ちゃん自分で言いふらしてるじゃないの」
そう言えばそうだった。自分は葉脈衆頭領と名乗っていたのだった。
よく考えたら正体がバレてるんなら密偵の意味がないんじゃないのか?何も考えず葉脈衆頭領と名乗ってしまった事を後悔する。
「うっうっ……もう忍者として潜入できないよぉ……」
せっかく活躍できると思ったのに……と肩をガックシと落とす白狐。
そんな白狐を慰めるように侍女はよしよしと頭を撫でた。
「ふにゃあ……♡」
喉をゴロゴロと鳴らし気持ちよさそうに目を細める白狐。
次の瞬間には後悔していた事を忘れてグルーミングされるのに夢中になっていた。
白狐は年上女性には弱いのだ……
「では改めて!市野様を探しましょう!」
気を取り直してそう言うと、白狐はキリッとした目つきで廊下の奥を見る。
「私は居住区の方をもう一度探すから、白狐ちゃんは他の所お願いね。手分けして探しましょう」
「承知でござる!」
こうして白狐は市野を探すべく、城を練り歩いて行った。
「そういえばお城の中探検するの初めてだな~!せっかくだし色々回ってみよー!」
しかし数分後には白狐は市野捜索の事を忘れ、お城探検を楽しむ事になっていた。
白狐のお城探検ツアーが始まる……
貴人の側に侍り、身近で世話をする者。かつ、武芸や馬術なども心得ていることが望まれる。
更に見た目も重要で、美しい容貌で、教養や作法も身につけてなければならない。位の高い武士であればあるほど、小姓に求められる能力は多くなる。
故に小姓というのは、その武将の顔であり、引いては家の品位を表す目安とも言えた。
「えへへ~かっこ良いでしょ!」
三匹に分裂している白狐。その内の一匹は信葉の側仕え……つまり小姓として仕えている。
信葉は、一番毛並みの美しい白狐を選び(本当は全員同じ毛並みだが)自身の小姓として側に侍らせていた。
小姓とは主君の写し鏡のようなものであり、常に主君の傍らに在り、その威光を知らしめるのが役割だ。ならば側に置く小姓も美しさと品性が求められるのは当然であった。
そしてそんな小姓白狐であるが、彼は信葉から与えられた小姓の装束である肩衣(小袖の上に着る袖がない衣服)を身に纏いくるくると回っている。
「いいなぁ。武士みたいでカッコいい!」
「でしょ?」
城にいるもう一匹の白狐の言葉に気を良くした小姓白狐はその場でくるりと回転し、まるで己の主のように威風堂々たる姿を披露した。
その姿は忍者というよりまさに武士で、頭から生えるキツネ耳と尻から垂れる尻尾が無ければ、小さな武士ある。
「お城にいる間、ずっと着てるの?」
「うん!信葉様がね、僕のために仕立ててくれたの!」
「へぇ~」
狐耳と尻尾を生やした白狐が二匹でくるくると踊る姿は、なんとも愛らしく微笑ましい光景だ。
「これ着てると褒めてもらえるんだ」
「もう一匹の僕ばっかりずるい!ねぇ、信葉様!僕にも何かちょうだいよ!」
白狐は横で自分達の様子を呆れたように見ている人物……信葉に懇願した。
ここは清波城にある信葉の部屋。
雑務をしていた白狐がたまたま信葉の部屋の前を通り掛かると、何やらカッコいい服を着ているもう一匹の自分がいるではないか。
それを羨ましく思った白狐は、自分も欲しい!と強請ったのだが……
「アンタね、何の為に分身してるか考えなさいよ。小姓は一匹で充分なの」
そうにべもなく、断られた。
「ぶぅ……」
頬を膨らませ不満を表明する白狐であったが、それが通じる相手ではない。
「いい?この小姓用の白狐はあくまで飾りで、忍者としての仕事はアンタの役割なのよ?アンタは飾りとしてではなく、城の使用人達と同じ立場で彼女達に溶け込み、色んな人から様々な情報を仕入れてくるの」
信葉が各白狐の役割を明確に分けているのには理由がある。
分身した白狐達はそれぞれの役割を全うし、別の仕事をする事で互いの役割を補っているのだ。
一匹は信葉の領地に根付き、鈴華と一緒に領地を発展させ兵や家臣を育てる住民白狐。
もう一匹は信葉の小姓として雑務や政務を行い、身辺を警護し信葉の手助けをする小姓白狐。
そして最後の一匹は清波城や街に溶け込み、人々から様々な情報を入手し時には偽報や潜入工作をし、諜報活動を行う密偵白狐。
この三匹が互いに協力し合い、各地で白狐の能力をフル活用するのが信葉が考えた白狐の運用方法であった。
分裂すると戦闘能力が下がるようなので、有事の際……つまり戦の時には何匹かで融合し、能力を高めて戦うのだ。
「う~ん、よく考えたらなんか僕だけ重労働じゃない?」
密偵白狐がポツリとそう言った。
なんだか不公平ではないか?使用人に紛れる為に真面目に雑務をこなし彼女達の信頼を得なければならないし、忍者の仕事だって一手に担っている。
明らかに自分だけ作業量が多くないか、と密偵白狐は不満を表明する。
「じゃあ僕と代わる?」
そんな事を言っていたら小姓白狐がそう言った。あっさりと交代を提案する小姓白狐。
「え?いいの?」
思わぬ提案に目を輝かせる密偵白狐であったが……
いや、待てよ……と冷静になった。よく考えたら小姓と言ってもあの信葉の小姓だ。
四六時中信葉と一緒にいるという過酷な役割……もしかしなくても密偵よりもキツいような気がする……
「あ、やっぱいいです」
「ちぇ……」
小姓白狐は尻尾を垂らし、耳をへにょりと倒してそう言った。
どうやら交代して欲しかったようで、その様子を見るにやはり楽な役割ではないのだろう。
二匹の白狐のやりとりを側で見ていた信葉はムッとした顔で腰に手を当てる。
「なんかムカつく会話だけど……まぁいいわ。そんな訳でアンタは密偵なのよ、しっかりなさい」
「じゃあ僕もカッコいい服欲しい!密偵っぽい感じの……」
「あのね、密偵っぽい服なんて着たら潜入してるって事がバレちゃうでしょ。アンタは今のままの素朴な感じでいいのよ」
密偵白狐は何やらブツブツと文句を言っているが、信葉は取り合ってくれないようだ。
「さ!早く仕事をしてきなさい!密偵は城をくまなく歩き回って色んな人達と仲良くなっていざという時に情報を引き出してくるのが仕事!小姓はこれから世情のお勉強よ!」
「「はーい……」」
尻尾を左右に振りながら、二匹の白狐は返事をする。
……忍者らしい作業は密偵の仕事で小姓の仕事は勉強……なんだか納得出来ないが、言われたことはやらなければなるまい。
密偵白狐は素直に部屋から出て行った。取り敢えずは雑務をこなしつつ女中や侍女、それに城にいる織波家家臣と交友を深めることが仕事のようだ。
まぁ、勉強するよりはいいかと思い密偵白狐は仕事に戻ることにした。
ーーーーーーーーー
そんなこんなで密偵白狐が城を練り歩いている時の事だった。
「お掃除しましょ~ぽんぽこに~♪」
お城の廊下を箒を担ぎながら、楽しげに歌いスキップするのは白狐。
今が仕事の真っ最中である事などすっかり忘れているかのような様子だが誰も突っ込みを入れてくれる人物はいない。
「今日はこの廊下を掃除しまーす!」
誰に言うわけでもなく高らかに宣言する。
この廊下は織波一族の居住区に通ずる廊下で、限られた者しか渡る事が出来ない。
白狐は通過を許されてるので通りまくっているが、本来はここを通るのは名誉ある事なのだ。
そんな名誉ある廊下様であるが、少し汚れている。何やら動物の毛のようなものが隅の方に散らばっているではないか。これではいけない!と白狐は考えた。
高貴な方々が通る廊下だと言うのに何故動物の毛が落ちているのか!これはお掃除(密偵)白狐として見過ごせない問題である。
しかも真っ白な毛で、まるでキツネの尻尾から抜け落ちたような……
「あら、白狐ちゃん。こんなところでどうしたの?」
廊下を掃除しようとしていた白狐に侍女の一人が声を掛けた。彼女はこのお城の侍女で、この廊下を通るのを許されている数少ない人物の一人だ。
「お掃除してるの!ここに変な毛落ちてるでしょ?ここは綺麗にしなきゃいけない場所だからこんなのが落ちてたら嫌なの!」
「変な毛……?」
侍女が白狐の指差した先を視線で追うと、そこには確かに動物の毛が落ちている。
純白を思わせる、雪のように真っ白な毛……。侍女は思わず白狐のお尻から生えているキツネの尻尾を見る。そこには純白を思わせる、雪のように真っ白な尻尾が生えていた。
「……」
「全くもう!なんでこんなところに動物が入り込んでるんだろ!ばっちいなぁ!」
ぷりぷりと怒る白狐に侍女は何も言えないでいた。
見てはいけないものを見てしまったような気がして思わず目を逸らした。そして話題を変える為に白狐に質問する。
「そ、そうだ白狐ちゃん。市野様見なかった?」
「市野さま?」
侍女の言葉に白狐は思わず聞き返した。
市野。どこかで聞いたことのある名前だ。そうだ、確か市野というのは織波一族だったか……
白狐は自らの記憶の箱をひっくり返し、その名前について思い出す。
織波市野。秀菜の息子であり、信葉と信根の弟。
織波一族唯一の男であり、まだ歳若いという。白狐はまだ会った事はないが相当な美男子だと聞く。どうやらこの世界では高貴な身分の男はみだりに人前に姿を見せてはいけないらしく、ほぼ城の中……それも限られた場所にしかいないようだ。
「ううん、見てないよ。市野様がどうかしたの?」
「それがね、ちょっと目を離した隙にいなくなっちゃったのよ」
「え?それ大丈夫なの?」
「あんまり大丈夫じゃないかも……。あのお方、好奇心が旺盛だからたまに勝手に動き回っては迷子になっちゃうのよね。もし変態女達に見つかったらあの美貌だもの、とても口に出せないような変態的な事をされちゃうかも……」
侍女は困ったようにそうぼやいた。どうやら思っていたより事態は深刻なようだ。
というかこの城にはそんなに変態女がいるのか?どんな城なんだここは……白狐は人知れず震えた。
「分かった!僕も探すの手伝うよ!」
ここは葉脈衆頭領たる自分の出番だろう。迷子捜索不倫捜査なんでもござれだ。
久しぶりに忍者らしい事をしようではないか。
白狐はその場でクルクルと回ると一瞬にして服を入れ替え、忍び装束に着替えた。
「城での雑用係は仮の姿……本当の僕は精鋭忍者の頭である葉脈衆頭領!その名も白狐!」
そう言って指を二本立てて顔の前に持っていき、決めポーズを取る。
そんな白狐の姿を見た侍女は可愛らしいものを見るように目尻を下げていた。
「僕の正体を知った者は生かしておけない決まりになっているのです……」
「あら、じゃあ私もやられちゃうのかしら?」
「お姉さんは……う~ん、いいんじゃない?でも誰にも言わないでね」
「それを聞いて安心したわ。ていうかお城の人みんな知ってるけどね」
「え?そうなの?」
「だって白狐ちゃん自分で言いふらしてるじゃないの」
そう言えばそうだった。自分は葉脈衆頭領と名乗っていたのだった。
よく考えたら正体がバレてるんなら密偵の意味がないんじゃないのか?何も考えず葉脈衆頭領と名乗ってしまった事を後悔する。
「うっうっ……もう忍者として潜入できないよぉ……」
せっかく活躍できると思ったのに……と肩をガックシと落とす白狐。
そんな白狐を慰めるように侍女はよしよしと頭を撫でた。
「ふにゃあ……♡」
喉をゴロゴロと鳴らし気持ちよさそうに目を細める白狐。
次の瞬間には後悔していた事を忘れてグルーミングされるのに夢中になっていた。
白狐は年上女性には弱いのだ……
「では改めて!市野様を探しましょう!」
気を取り直してそう言うと、白狐はキリッとした目つきで廊下の奥を見る。
「私は居住区の方をもう一度探すから、白狐ちゃんは他の所お願いね。手分けして探しましょう」
「承知でござる!」
こうして白狐は市野を探すべく、城を練り歩いて行った。
「そういえばお城の中探検するの初めてだな~!せっかくだし色々回ってみよー!」
しかし数分後には白狐は市野捜索の事を忘れ、お城探検を楽しむ事になっていた。
白狐のお城探検ツアーが始まる……
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