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本編
68.「目指すは桜国一の忍者部隊……!そして、信葉軍の忍者を束ねる存在……それが葉脈衆頭領よ!」
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白狐は目の前にいるおっぱい……ではなく女性、鈴華を見て驚愕の表情を浮かべていた。
何故ここに村長さんがいるのか?
いや、それよりも……白狐は傷一つ無く健康そうな村長の姿を見て、安心したように尻尾を地面にペシッと叩きつけた。
「無事だったんだね、村長さん!」
「白狐くんも無事で良かった……!」
彼女は感極まったように白狐に駆け寄ると、ギュッと抱き締める。白狐は最初は驚いたが、直ぐに彼女の抱擁を受け入れて、村長さんの背中に尻尾を回した。
そうしていると、村長さんは涙を堪えたような震えた声で口を開く。
「白狐くん……姿を見せないと思ったらこんな怪我をして……一体何があったのですか?」
鈴華は白狐の身体に巻かれた包帯を見て痛ましそうにそう言った。
これは白狐が蛇紅との戦いで気を失った後に、城で治療を受けた跡なのだがそれを正直に話してもいいものか。
秀菜からその件については口止めされているし、村長に余計な心配をさせるわけにもいかなかった。
「えっと……実は書状を届ける時に流れ矢に当たっちゃって」
白狐の下手くそな言い訳に村長さんはあっさりと騙されてくれた。彼女は心配そうに白狐の顔を見つめると、再び白狐を抱きしめる。
白狐の言葉を聞いた信葉は一瞬、眉をピクリと動かしたが、すぐに興味なさげな表情を作る。
信葉は真実を知っているが、蛇紅を撃退したのは信根という事になっているのだ。あの信根が白狐の活躍を奪うのは腸が煮えくり返る気持ちだったが、秀菜の命ならば仕方がない。
信葉は帰ったらまた信根をボコすと心に決めていた。
「うっ……」
不意にズキリと白狐の傷が疼いた。鈴華は白狐の身体を優しく支えると、腹部をナデナデと労るように撫でる。
「まだ傷は痛むみたいですね……。あぁ、矢に当たってしまうなんて可哀想に……」
残念ながら今の痛みは蛇紅から受けた傷ではなく、先程信葉から腹パンをされたせいで痛んでいるのだが、鈴華は白狐が矢に刺されたと信じている。
そのやり取りを聞いていた信葉は気まずそうに空を見上げながら、口笛を吹いて誤魔化していた。
白狐は信葉に文句を言いたかったが、顔に押し付けられる村長のおっぱいが気持ちよかったので、文句をいう事をやめた。
「ところで村長さんはなんでここに?」
半ば話題を変えるように白狐は村長にそう言った。
彼女とは確か戦の途中で別れてしまったのでその後の足取りは知らないが、戦が終わったので村に帰ったとばかり思っていた。
それが何故織波一族のお膝元、この清波の街にいるのだろうか。
白狐のそんな疑問の言葉に答えるように鈴華は彼に向き直る。
「実は……」
「それについては私から話すわ」
鈴華の言葉を遮るように信葉が前に出た。彼女はにっこりと微笑み腕を腰に当てて胸を張る。
「この丘の周辺はね、私の領地なの。織波でも、秀菜でもない……信葉個人の家臣と領民のみが住める場所なのよ!」
自信満々にそう言った信葉を白狐は首を傾げて見る。
信葉の領地……つまりこの丘の周辺は彼女個人の土地で、ここに住めるのは信葉の部下とその関係者だけ、という事か。
しかし何故そんな所に鈴華がいるのだろう。
イマイチよく分からない白狐だったがそんな時、白狐のキツネ耳に微かにどこかで聞いたような声が聞こえてきた。
反射的に白狐は声の方へと顔をやると、そこには見慣れた顔ぶれが此方に手を振っていた。
「お~い!信葉様に……白狐!」
「あ、みんな!」
鈴華、白狐と共に蒼波村から徴兵されてきた村人達が手を振りながら、白狐の元へとやってきたのだ。
「みんなも此処にいたんだね!」
「あぁ、村長と一緒にオラ達も信葉様の部下にして貰ったんだべさ!」
村長と共に?と言うことは村長……鈴華は正式に信葉の部下になったという訳か。
成る程、だからこそ鈴華と村人達は信葉の土地にいるのだ。そして丘のあちらこちらにある建設途中の民家らしき建物は、彼女達の為にこしらえた物だろう。
白狐はそう納得し、やってきた村人達に手を振り返す。鈴華も白狐と同様に笑顔を浮かべて小さくお辞儀をすると、信葉は自慢げに胸を張りながら笑った。
「ふふん、どう?私の兵よ?」
私の兵よ、と言われても顔馴染の村人達なので別に驚きはしないが……
というか彼女達は農民ではないのだろうか?戦を経験したとはいえ基本的には村にいた村人達だ。
それなのに信葉の兵になって、しかもこんなに土地まで与えられて……?そんな疑問が顔に出ていたのか、鈴華が苦笑いを浮かべる。
「実は信葉様から直々にお誘いを頂いて、私も村の皆さんも信葉様の兵として仕える事になったのです」
「へぇ、そうなんだ!」
一介の村人から織波の姫の私兵……これはかなりの出世なのではないか?特に農民は戦に出たとしても出世なんて難しいと聞く。
なのにそんな村人達が今は、姫の私兵として土地を与えられて暮らしているのだ。
暮らしも随分と変わるだろうし、生活も楽になるかもしれない。
いい事ではないか……と白狐は思ったがふとある問題に気が付いた。
「あれ……でも碧波村に残してきた村の皆はどうするの?」
村長と白狐に着いてきたのは十名前後の村人達だ。元々村には百名近くの村人がいた訳だが、彼女達は村長さんがいなくても大丈夫なのだろうか……
白狐の脳裏に綾子や薫の顔が思い浮かぶ。もう随分と顔を合わせていないような気がする……
「その事ならば心配いりません。信葉様が碧波村の村人達も一緒にここに移住させると仰いました」
「え、そうなの!?」
白狐は驚いて信葉へと振り向いた。すると彼女はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「当たり前でしょう?村で暮らすよりも、私の兵として一緒に暮らした方がみんな幸せでしょう?」
自信満々にそう言い切った信葉の言葉に、白狐は素直に頷いた。
確かに貧しかった碧波村の暮らしよりは、豊かな暮らしが出来ると思うし妖怪の危険もないだろう。
「元々碧波村は行き場の無い者たちが集まって作られた村です。皆さんも賛同してくれるでしょう。今遣いの人を出しているので、もう少ししたら綾子さんも、薫も皆ここにやって来る筈です」
どうやらかなり大掛かりな移住計画のようだ。村を丸々移動させるようなものだ、当然だろう。
信葉はこんなにも大胆な計画を立てて実行させる力があるらしい……流石は姫、といったところだろうか?
白狐にとっては有り難い流れであった。村に残してきた皆も心配だったし、皆一緒に住める上に生活も楽になるならこれ以上ない展開だろう。
―――しかし、信葉は何故碧波村の村人をそこまでして自分の土地に住まわせるのだろうか。
無論自分専用の兵士が欲しい……というのもあるのかもしれないが、別に碧波村でなくとも人を集めれる筈だ。
そんな事を考えていた白狐と、鈴華の目が不意に合った。鈴華はにこりと笑って、白狐を見返す。
もしかしたら信葉と鈴華の間で何かしらの取り決めがあったのかもしれない。それならそれでいい、村長の……鈴華の決めた事ならば白狐に口を出す権利も必要もないだろう。
「お!白狐じゃねぇか!無事だったんだな!」
またまた声を掛けられた。家を立てている女性達の一人……巨躯の女性が、白狐の姿を見ると嬉しそうに微笑んだ。
「あ!力丸さん!」
力丸であった。彼女は大工達と一緒に作業をしていたらしく、仕事着なのか、大工が着るような服装をしていた。
彼女は手をヒラヒラと振りながら嬉しそうに白狐に駆け寄ると、彼の身体をペシぺシと叩くように触る。
「よう!お前が生きてて良かったぜ!」
「力丸さんこそ無事で何よりだよ!」
彼女も無事だったのか、とホッとする白狐。
流石戦闘力100は伊達ではない。今までに数々の戦を生き延びた彼女はとても頼もしい存在だ。
「俺も信葉様に雇われちまってな!まぁ、俺としては食えれば何処にいてもいいんだが、畑仕事しないで訓練だけしていいって言われたからここに来たんだ」
「そうなの?」
畑仕事をしなくていい……つまり本当に戦いを生業とする専業の兵士という事か。
しかし畑仕事こそしていないが、大工仕事をしているのはどういう事だろうか。
「大工仕事は……趣味みたいなもんだな!こいつら全然なっちゃいねぇから俺が教えてやってんだよ。あっ!おいその柱はそこじゃねぇ!何度言ったら分かるんだオメーら!」
力丸は家を建てている大工達に怒鳴りながら再び作業を再開しに行ってしまった。
相変わらず忙しい人だ……見た目通り体力が有り余っているのだろう。
「う~ん、今回の戦はいい拾い物をしたわね。あんな体格の奴、そうそういないわよ。アイツは足軽大将にでも任命しようかしら」
力丸を見送り、信葉は満足そうに頷いた。彼女なら確かにその大役も務まるだろう。
「万能忍者はもう確保したから、後は領民と兵士ね」
へぇ、忍者はもう確保したのか。瀬良との話を聞く限り彼女は忍者があまり好きではないようだが、既に確保しているとは仕事が早い。
……ところで万能忍者とはなんだろうか。普通の忍者の事ではないのか……?
白狐は素直に聞くことにした。
「信葉様、万能忍者ってなに?」
「そりゃあアンタ……炊事洗濯掃除に畑仕事、戦闘も出来て尚且つ私の側仕えで雑用をしながら忍者軍団を統率する奴の事よ」
「えぇ……」
白狐は困惑した。本当にそんな万能人間がいるのだろうか……いるとしたらとんでもなく凄い人だな、と思った。
流石にそこまで都合の良い存在はいないだろうし、間違っても自分はやりたくない役職である。
そんな事を考えていた白狐の肩に信葉の手がポンと置かれた。
「じゃあ頑張ってね。万能忍者さん」
「はい?」
何を言っているんだ、と白狐は顔を上げた。するとそこにはにっこりと笑みを浮かべた信葉がいた。
「それにしても助かったわ。アンタみたいに何でも出来る忍者と出逢って!」
そこまで聞いて白狐はようやく自分がその万能忍者とやらだという事に気が付いた。
それと同時にサッと血の気が引いていく。
「ちょ、ちょっと待って!僕はそんなのやりたくないよ!」
信葉は白狐の抗議の声に一瞬きょとんとすると、すぐに「あぁ」と納得すると、彼の頭をペシペシと叩いた。
「ははぁん……さては万能忍者って名称が嫌なのね!しょうがないわねぇ……じゃあ葉脈衆頭領とか、そういうカッコイイ名前にする?」
「葉脈衆?」
「葉脈衆ってのはこの私、織波信葉直属の忍者部隊よ。まだ部隊員はアンタ一人だけど……これからアンタは葉脈衆を束ねる頭領としてどんどん忍者を増やして精強な部隊を作り上げるの!」
直属の忍者部隊……
白狐はなんだかワクワクしてきた。信葉直属の忍者部隊、なんだかとてもカッコいいではないか!
「目指すは桜国一の忍者部隊……!そして、信葉軍の忍者を束ねる存在……それが葉脈衆頭領よ!」
「おぉ……」
白狐は目を輝かせて信葉の話を聞いていた。
信葉の直属の忍者部隊、葉脈衆頭領……それが自分の将来の職になるのかと思うと胸の内から熱いものが込み上げてきた。ような気がする!
「で、どう?やってくれる?」
信葉は白狐の顔を覗き込みながら聞いた。彼女はまるで答えが分かっているかのような表情でニヤニヤしている。
もちろん返事は決まっていた。
「やります!やらせて下さい!」
「キツイ仕事よ?やらなければならない過酷な仕事が沢山あるわ……(炊事洗濯掃除雑用)アンタにそれが務まるかしら?」
「大丈夫です!僕、何でも出来ますから!」
信葉は白狐のやる気に満ち溢れた答えを聞いて満足そうに頷き、そして言った。
「よろしい!今からアンタは葉脈衆頭領よ!」
白狐は、信葉軍忍者部隊の実質的総大将(雑用係)に着任した!
名も知れぬ一介の忍者から葉脈衆頭領に出世した白狐は、目に炎を浮かべ尻尾をブンブンと降りながら、誇らしげに胸を張っていた。
「葉脈衆!頭領!僕の部隊!やったぁ!」
やる気に燃える白狐を見て、信葉がポツリと呟く。
「案外チョロいわねコイツ……」
「え?今なんか言いました?」
「い、いえ何でもないわ。兎に角、信葉軍の忍者関係はアンタの双肩にかかってるって事!よろしくね、万能忍者……じゃなくて葉脈衆頭領!」
「はい!頑張りまぁす!」
白狐の地獄耳に半ば驚愕しつつ信葉はうんうんと頷いた。
「……」
「なぁ……」
「シッ……相手は織波の姫様だべ。余計な事は言わん方がいい……」
「だよね……」
そんな二人の様子を見ていたのは鈴華と村人達だ。
明らかに白狐は騙されているのだが、織波の姫相手に横槍を入れる訳にもいかず、村人達はただ黙って成り行きを見守る事しか出来なかった。
「やっぱり心配だわ……この子……」
鈴華は困ったような表情を浮かべながら、尻尾を振り回す白狐を見つめながら呟いた。
何故ここに村長さんがいるのか?
いや、それよりも……白狐は傷一つ無く健康そうな村長の姿を見て、安心したように尻尾を地面にペシッと叩きつけた。
「無事だったんだね、村長さん!」
「白狐くんも無事で良かった……!」
彼女は感極まったように白狐に駆け寄ると、ギュッと抱き締める。白狐は最初は驚いたが、直ぐに彼女の抱擁を受け入れて、村長さんの背中に尻尾を回した。
そうしていると、村長さんは涙を堪えたような震えた声で口を開く。
「白狐くん……姿を見せないと思ったらこんな怪我をして……一体何があったのですか?」
鈴華は白狐の身体に巻かれた包帯を見て痛ましそうにそう言った。
これは白狐が蛇紅との戦いで気を失った後に、城で治療を受けた跡なのだがそれを正直に話してもいいものか。
秀菜からその件については口止めされているし、村長に余計な心配をさせるわけにもいかなかった。
「えっと……実は書状を届ける時に流れ矢に当たっちゃって」
白狐の下手くそな言い訳に村長さんはあっさりと騙されてくれた。彼女は心配そうに白狐の顔を見つめると、再び白狐を抱きしめる。
白狐の言葉を聞いた信葉は一瞬、眉をピクリと動かしたが、すぐに興味なさげな表情を作る。
信葉は真実を知っているが、蛇紅を撃退したのは信根という事になっているのだ。あの信根が白狐の活躍を奪うのは腸が煮えくり返る気持ちだったが、秀菜の命ならば仕方がない。
信葉は帰ったらまた信根をボコすと心に決めていた。
「うっ……」
不意にズキリと白狐の傷が疼いた。鈴華は白狐の身体を優しく支えると、腹部をナデナデと労るように撫でる。
「まだ傷は痛むみたいですね……。あぁ、矢に当たってしまうなんて可哀想に……」
残念ながら今の痛みは蛇紅から受けた傷ではなく、先程信葉から腹パンをされたせいで痛んでいるのだが、鈴華は白狐が矢に刺されたと信じている。
そのやり取りを聞いていた信葉は気まずそうに空を見上げながら、口笛を吹いて誤魔化していた。
白狐は信葉に文句を言いたかったが、顔に押し付けられる村長のおっぱいが気持ちよかったので、文句をいう事をやめた。
「ところで村長さんはなんでここに?」
半ば話題を変えるように白狐は村長にそう言った。
彼女とは確か戦の途中で別れてしまったのでその後の足取りは知らないが、戦が終わったので村に帰ったとばかり思っていた。
それが何故織波一族のお膝元、この清波の街にいるのだろうか。
白狐のそんな疑問の言葉に答えるように鈴華は彼に向き直る。
「実は……」
「それについては私から話すわ」
鈴華の言葉を遮るように信葉が前に出た。彼女はにっこりと微笑み腕を腰に当てて胸を張る。
「この丘の周辺はね、私の領地なの。織波でも、秀菜でもない……信葉個人の家臣と領民のみが住める場所なのよ!」
自信満々にそう言った信葉を白狐は首を傾げて見る。
信葉の領地……つまりこの丘の周辺は彼女個人の土地で、ここに住めるのは信葉の部下とその関係者だけ、という事か。
しかし何故そんな所に鈴華がいるのだろう。
イマイチよく分からない白狐だったがそんな時、白狐のキツネ耳に微かにどこかで聞いたような声が聞こえてきた。
反射的に白狐は声の方へと顔をやると、そこには見慣れた顔ぶれが此方に手を振っていた。
「お~い!信葉様に……白狐!」
「あ、みんな!」
鈴華、白狐と共に蒼波村から徴兵されてきた村人達が手を振りながら、白狐の元へとやってきたのだ。
「みんなも此処にいたんだね!」
「あぁ、村長と一緒にオラ達も信葉様の部下にして貰ったんだべさ!」
村長と共に?と言うことは村長……鈴華は正式に信葉の部下になったという訳か。
成る程、だからこそ鈴華と村人達は信葉の土地にいるのだ。そして丘のあちらこちらにある建設途中の民家らしき建物は、彼女達の為にこしらえた物だろう。
白狐はそう納得し、やってきた村人達に手を振り返す。鈴華も白狐と同様に笑顔を浮かべて小さくお辞儀をすると、信葉は自慢げに胸を張りながら笑った。
「ふふん、どう?私の兵よ?」
私の兵よ、と言われても顔馴染の村人達なので別に驚きはしないが……
というか彼女達は農民ではないのだろうか?戦を経験したとはいえ基本的には村にいた村人達だ。
それなのに信葉の兵になって、しかもこんなに土地まで与えられて……?そんな疑問が顔に出ていたのか、鈴華が苦笑いを浮かべる。
「実は信葉様から直々にお誘いを頂いて、私も村の皆さんも信葉様の兵として仕える事になったのです」
「へぇ、そうなんだ!」
一介の村人から織波の姫の私兵……これはかなりの出世なのではないか?特に農民は戦に出たとしても出世なんて難しいと聞く。
なのにそんな村人達が今は、姫の私兵として土地を与えられて暮らしているのだ。
暮らしも随分と変わるだろうし、生活も楽になるかもしれない。
いい事ではないか……と白狐は思ったがふとある問題に気が付いた。
「あれ……でも碧波村に残してきた村の皆はどうするの?」
村長と白狐に着いてきたのは十名前後の村人達だ。元々村には百名近くの村人がいた訳だが、彼女達は村長さんがいなくても大丈夫なのだろうか……
白狐の脳裏に綾子や薫の顔が思い浮かぶ。もう随分と顔を合わせていないような気がする……
「その事ならば心配いりません。信葉様が碧波村の村人達も一緒にここに移住させると仰いました」
「え、そうなの!?」
白狐は驚いて信葉へと振り向いた。すると彼女はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「当たり前でしょう?村で暮らすよりも、私の兵として一緒に暮らした方がみんな幸せでしょう?」
自信満々にそう言い切った信葉の言葉に、白狐は素直に頷いた。
確かに貧しかった碧波村の暮らしよりは、豊かな暮らしが出来ると思うし妖怪の危険もないだろう。
「元々碧波村は行き場の無い者たちが集まって作られた村です。皆さんも賛同してくれるでしょう。今遣いの人を出しているので、もう少ししたら綾子さんも、薫も皆ここにやって来る筈です」
どうやらかなり大掛かりな移住計画のようだ。村を丸々移動させるようなものだ、当然だろう。
信葉はこんなにも大胆な計画を立てて実行させる力があるらしい……流石は姫、といったところだろうか?
白狐にとっては有り難い流れであった。村に残してきた皆も心配だったし、皆一緒に住める上に生活も楽になるならこれ以上ない展開だろう。
―――しかし、信葉は何故碧波村の村人をそこまでして自分の土地に住まわせるのだろうか。
無論自分専用の兵士が欲しい……というのもあるのかもしれないが、別に碧波村でなくとも人を集めれる筈だ。
そんな事を考えていた白狐と、鈴華の目が不意に合った。鈴華はにこりと笑って、白狐を見返す。
もしかしたら信葉と鈴華の間で何かしらの取り決めがあったのかもしれない。それならそれでいい、村長の……鈴華の決めた事ならば白狐に口を出す権利も必要もないだろう。
「お!白狐じゃねぇか!無事だったんだな!」
またまた声を掛けられた。家を立てている女性達の一人……巨躯の女性が、白狐の姿を見ると嬉しそうに微笑んだ。
「あ!力丸さん!」
力丸であった。彼女は大工達と一緒に作業をしていたらしく、仕事着なのか、大工が着るような服装をしていた。
彼女は手をヒラヒラと振りながら嬉しそうに白狐に駆け寄ると、彼の身体をペシぺシと叩くように触る。
「よう!お前が生きてて良かったぜ!」
「力丸さんこそ無事で何よりだよ!」
彼女も無事だったのか、とホッとする白狐。
流石戦闘力100は伊達ではない。今までに数々の戦を生き延びた彼女はとても頼もしい存在だ。
「俺も信葉様に雇われちまってな!まぁ、俺としては食えれば何処にいてもいいんだが、畑仕事しないで訓練だけしていいって言われたからここに来たんだ」
「そうなの?」
畑仕事をしなくていい……つまり本当に戦いを生業とする専業の兵士という事か。
しかし畑仕事こそしていないが、大工仕事をしているのはどういう事だろうか。
「大工仕事は……趣味みたいなもんだな!こいつら全然なっちゃいねぇから俺が教えてやってんだよ。あっ!おいその柱はそこじゃねぇ!何度言ったら分かるんだオメーら!」
力丸は家を建てている大工達に怒鳴りながら再び作業を再開しに行ってしまった。
相変わらず忙しい人だ……見た目通り体力が有り余っているのだろう。
「う~ん、今回の戦はいい拾い物をしたわね。あんな体格の奴、そうそういないわよ。アイツは足軽大将にでも任命しようかしら」
力丸を見送り、信葉は満足そうに頷いた。彼女なら確かにその大役も務まるだろう。
「万能忍者はもう確保したから、後は領民と兵士ね」
へぇ、忍者はもう確保したのか。瀬良との話を聞く限り彼女は忍者があまり好きではないようだが、既に確保しているとは仕事が早い。
……ところで万能忍者とはなんだろうか。普通の忍者の事ではないのか……?
白狐は素直に聞くことにした。
「信葉様、万能忍者ってなに?」
「そりゃあアンタ……炊事洗濯掃除に畑仕事、戦闘も出来て尚且つ私の側仕えで雑用をしながら忍者軍団を統率する奴の事よ」
「えぇ……」
白狐は困惑した。本当にそんな万能人間がいるのだろうか……いるとしたらとんでもなく凄い人だな、と思った。
流石にそこまで都合の良い存在はいないだろうし、間違っても自分はやりたくない役職である。
そんな事を考えていた白狐の肩に信葉の手がポンと置かれた。
「じゃあ頑張ってね。万能忍者さん」
「はい?」
何を言っているんだ、と白狐は顔を上げた。するとそこにはにっこりと笑みを浮かべた信葉がいた。
「それにしても助かったわ。アンタみたいに何でも出来る忍者と出逢って!」
そこまで聞いて白狐はようやく自分がその万能忍者とやらだという事に気が付いた。
それと同時にサッと血の気が引いていく。
「ちょ、ちょっと待って!僕はそんなのやりたくないよ!」
信葉は白狐の抗議の声に一瞬きょとんとすると、すぐに「あぁ」と納得すると、彼の頭をペシペシと叩いた。
「ははぁん……さては万能忍者って名称が嫌なのね!しょうがないわねぇ……じゃあ葉脈衆頭領とか、そういうカッコイイ名前にする?」
「葉脈衆?」
「葉脈衆ってのはこの私、織波信葉直属の忍者部隊よ。まだ部隊員はアンタ一人だけど……これからアンタは葉脈衆を束ねる頭領としてどんどん忍者を増やして精強な部隊を作り上げるの!」
直属の忍者部隊……
白狐はなんだかワクワクしてきた。信葉直属の忍者部隊、なんだかとてもカッコいいではないか!
「目指すは桜国一の忍者部隊……!そして、信葉軍の忍者を束ねる存在……それが葉脈衆頭領よ!」
「おぉ……」
白狐は目を輝かせて信葉の話を聞いていた。
信葉の直属の忍者部隊、葉脈衆頭領……それが自分の将来の職になるのかと思うと胸の内から熱いものが込み上げてきた。ような気がする!
「で、どう?やってくれる?」
信葉は白狐の顔を覗き込みながら聞いた。彼女はまるで答えが分かっているかのような表情でニヤニヤしている。
もちろん返事は決まっていた。
「やります!やらせて下さい!」
「キツイ仕事よ?やらなければならない過酷な仕事が沢山あるわ……(炊事洗濯掃除雑用)アンタにそれが務まるかしら?」
「大丈夫です!僕、何でも出来ますから!」
信葉は白狐のやる気に満ち溢れた答えを聞いて満足そうに頷き、そして言った。
「よろしい!今からアンタは葉脈衆頭領よ!」
白狐は、信葉軍忍者部隊の実質的総大将(雑用係)に着任した!
名も知れぬ一介の忍者から葉脈衆頭領に出世した白狐は、目に炎を浮かべ尻尾をブンブンと降りながら、誇らしげに胸を張っていた。
「葉脈衆!頭領!僕の部隊!やったぁ!」
やる気に燃える白狐を見て、信葉がポツリと呟く。
「案外チョロいわねコイツ……」
「え?今なんか言いました?」
「い、いえ何でもないわ。兎に角、信葉軍の忍者関係はアンタの双肩にかかってるって事!よろしくね、万能忍者……じゃなくて葉脈衆頭領!」
「はい!頑張りまぁす!」
白狐の地獄耳に半ば驚愕しつつ信葉はうんうんと頷いた。
「……」
「なぁ……」
「シッ……相手は織波の姫様だべ。余計な事は言わん方がいい……」
「だよね……」
そんな二人の様子を見ていたのは鈴華と村人達だ。
明らかに白狐は騙されているのだが、織波の姫相手に横槍を入れる訳にもいかず、村人達はただ黙って成り行きを見守る事しか出来なかった。
「やっぱり心配だわ……この子……」
鈴華は困ったような表情を浮かべながら、尻尾を振り回す白狐を見つめながら呟いた。
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