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本編
51.「ぐぬぬ……」
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天幕内は騒然としていた。怒り狂った信根が白狐の首に刃を押し付けているからだ。
「下郎が!この場で斬り捨ててくれますわっ!」
キラリと光る刀身。白狐は黙ってそれを受け入れる。
何故だか恐怖は無かった。信葉に刀を突き付けられた時は死を覚悟したが、目の前の少女相手にはそういった感情は湧かなかった。
もし刀を振り落とされても、彼女相手なら無事でいられると白狐には分かっていたからだ。
しかし、だとしてもこの状況はよろしくはない。地位が高そうな人物を激怒させてしまったのだ。
あれくらいで怒らなくても……と思う白狐ではあるがそれと同時に彼女が怒る気持ちも分かるのだ。
武を生業にする者達には面子というものが重要になってくる。その面子を傷付ける事はあってはならない事であり、場合によっては命すら奪われかねない事でもある。
さて、どうしようかと白狐が考えていると、周囲に居座る諸将の一人がおずおずと口を開く。
「信根様……見ればまだ年若い、幼体の半化生。命までは奪うのは酷ではありませぬか?」
戦人とも言えど人の子である。半化生と言えども言葉が通じ、人間と見た目が似通った存在である。
幼子にしか見えぬ白狐が斬られるのを見るには抵抗があったのだろう。
「うむ。幼い故にまだ礼儀を躾けられておらんのかもしれぬ」
「戦いの前に子供の血で陣を染めるのは少々縁起が悪いやもしれませぬぞ」
口に出した武将だけではなく、周囲の者達も同調するような視線を信根に向けている。
そんな視線を一身に受けた信根は、苛立たしげに眉間にシワを寄せながら、白狐から目を逸らす。
「……ふ、ふん。この場では殺さないだけですわ。後々処罰してやりますわ」
そう言って信根は白狐の首元に突き付けていた刀を引く。白狐は信根の瞳を見つめるが、彼女は目を合わせようとはしない。
子供に刃を突き立てたのを冷静に考え、少しだけ罪悪感を感じているようであった。
根は非道ではないのだろう、白狐はそう思った。
「で?貴女がお姉様の忍者という事ですけども……」
信根が気を取り直し、話を元に戻そうとそう口にした時である。
不意に沈黙を保っていた秀菜がスクッと立ち上がった。諸将達がなんだ?と思いつつも、彼女の動向を見守っていると、秀菜は白狐に近付いて行き、目の前に立つ。
そして、おもむろにしゃがみ込み、顔を白狐に近づけた。
「お、お母様?」
信根も、諸将も秀菜の謎の行動に戸惑い動けないでいる。そして白狐もそれに含まれていた。
「(……ち、近い)」
秀菜の吐息がかかる程の距離まで顔が近づくと、秀菜は白狐の顔を観察し始める。
一体何なんだろうこの人は。なんだか偉そうな防具と、偉そうな雰囲気なのでこの場で一番地位が高い人なのは間違いないだろう。
だが、何故そんな人が自分の顔をマジマジと見ているのか。白狐は訳が分からずに固まってしまう。
「……ふむ」
秀菜は黙ったまま、白狐の顔を観察する。
一方で白狐もまた、秀菜の整った顔をまじまじと見つめ返す。
――綺麗な人だ。
白狐は素直にそう思う。まるで精巧に作られた人形のように美しい。白狐は思わず見惚れてしまっていた。
そして、信葉に似ていた。彼女が成長すればこの女性のように美しくなるのだろうと、白狐はなんとなくそう思った。
――というか、いつまでこの状態が続くのだろうか。
白狐も、周囲の武将達も何も言えずにいると不意に秀菜が白狐の瞳を見ながら口を開いた。
「お前、鳥の半化生ではないよな?」
「―――はい?」
その質問に白狐の目が点になった。この女性は何を言っているんだろう。
この白いキツネ耳と三本の尻尾が目に入らないのであろうか。よしんばキツネと分からなくても鳥類の半化生ではないのは一目瞭然である。
いきなり意味の分からない事を言われて困惑する白狐であったが、周囲の武将達も同じ思いのようでヒソヒソと小声で話し始めた。
「どう見てもありゃ犬の半化生じゃろ」
「ハクビシンでは?」
「いや、イタチでしょ」
―――キツネだよっ!!
っと声を高らかにして叫びたい白狐であったがすんでの所で堪える。
ここで騒げば更に事態が悪化するのは明白だった。
白狐は恭しく頭を下げ、秀菜に返答をする。
「申し遅れました。私は信葉様の忍である白狐と申す者です。大変申し訳にくいのですが、私は鳥ではなくキツネの半化生でございます」
「……そう、か。いや、すまぬな。変な事を聞いた」
そう言い彼女は立ち上がって元の席に戻る。
白狐はホッと一安心する。なんだったのかはよく分からないが、取り敢えず助かったようだ。
「……ていうか貴女!ちゃんと喋れるんじゃありませんの!?何でワタクシの時だけあんな喋り方したのかしら!!」
と、そこで我に帰った信根が白狐に向かってそう叫んだ。
だがそんな信根を秀菜が手で制し、彼女の言葉を封じた。
「無駄な時間を使うな。此奴が信葉の忍者かを確かめるなら早くしろ」
秀菜の言葉に信根はぐぬぅと悔しそうな表情を浮かべる。
白狐を睨み付ける目がより一層鋭くなったような気がする……
「おまえ!白狐と言ったかしら!?お前は本当にお姉様に仕える忍者なの!?」
白狐はその質問でようやく何故自分がここに呼ばれたのかを理解した。
書状が本物か、それを持ってきた忍者は敵ではないのかを確かめる為にわざわざ呼んだのだろう。
お姉様、というのは恐らく信葉の事。となれば彼女は信葉の妹だったのか。
……しかしどう言えばいいのだろう?
自分は確かに信葉の使者ではあるが厳密に言うと彼女に仕えている訳ではない。
仮にそうだとしても証明しようがないのだが……
まぁここは取り敢えず信葉に言われた通りに彼女に仕えていると言うしかないだろう。
「はい、確かに信葉様は我が主でござります」
白狐はそう答えた。すると信根はフンッと鼻を鳴らす。
「ふぅん。じゃあお姉様の人となりを言ってみなさい。お前がお姉様の忍者ならば言える筈ですわ」
そう言い信根はニヤリと笑った。
これは信根の策である。もし偽物ならば信葉を讃美するだろう。彼女の普段の怠惰で堕落した姿を知らぬのはそれこそ信葉と接点の無い敵であるからだ。
しかし、本物であるとしても自らの主を悪しきようには忖度して言わないはず。つまりこの質問は信葉を素晴らしい人物だと言わざるを得ないのだ。
―――そう言ったが最後、信根は白狐を偽物として扱うつもりであった。
何故なら書状が偽物だという方が信根にとって都合がいいからだ。元々、信葉の別働隊がいなくてもこの戦には勝てると彼女は踏んでいた。だから信葉が来なくても……いや来ない方がいい。
この書状が偽物ならば、信葉は目出度く宗家との戦に遅延した挙げ句に連絡も寄越さない無能の烙印が押される。
そうなれば、嫡女の地位は次女である自分のもの……!信根は内心ほくそ笑んでいた。
―――だが、そんな信根の考えは一瞬にして瓦解する事となる。
「信葉様は……えぇと……怠け者で、ぐうたらで、面倒くさがり屋で、昼過ぎまで寝てるか、だらけているか、ゴロゴロしている御方です」
「―――は?」
な、なんと言った?この忍者は。
とてもではないが自らの主に向けるような言葉ではなかった。
「あ、後凄い食い意地が張ってます。ここに来る前なんですけど、僕のオヤツを『美味しそうな匂いがするから献上しろ』って言って無理やり食べちゃったんです。ちょっと人の上に立つ人としてそれはどうかなぁって」
「な、な……」
信根の顔は青を通り越し、真っ白になる。
い、いけない。これ以上この忍者に言わせてしまうと信葉から波及して織波家の威信がズタボロになってしまう。
止めなくては―――!
「き、貴様ァア!!お姉様への暴言の数々!!許さんぞぉおお!!!」
信根は顔を赤く染めながら刀を抜き、白狐に斬りかかろうとする。
いや、あの愚かで怠惰な姉を的確に表す言葉であるし、信根もよく言ってくれたとさえ思ってはいるのだがこれ以上言わせては不味い。
信根が刀を振り上げ、今まさに振り下ろそうとした時である。
「くっくっく……あっはっは!」
秀菜が堪えきれないといった様子で笑い出した。
突然の事に信根も白狐も呆気に取られてしまう。
「ひ、秀菜様?」
側近達が戸惑いながらも彼女に話しかける。
秀菜はクツクツと笑うと、ゆっくりと口を開いた。
「良い、実に面白い。白狐と言ったか?お前は信葉をよく見ているようだ」
秀菜は再びゆっくりと白狐に近付くと、おもむろに白狐の頭に手を伸ばす。
そしてその白い耳に触れると、優しく撫で始めた。
「肯定的な事しか言わぬ部下は幾らでもいるが……敢えて本当の姿を言って諌めるのが真の忠臣よ。信葉にお前のような忍者がいるとはな。少しばかりアイツが羨ましいよ」
秀菜はそう言い、白狐の頭を撫で続ける。
白狐は困惑しながらも、秀菜のされるがままにされていた。彼女は信葉に似てはいるが、性格は全く違うようだ。
信葉が太陽とするならば、秀菜は月のように思えた。
白狐は心地よい感覚に包まれる。
「ふにゃあ……♡」
白狐の尻尾がフリフリと揺れる。
それを見た秀菜は微笑むと更に撫でる力を強めた。
白狐はもうメロメロだった。信葉にはなんとなく惹かれてはいるが、秀菜もまた違った魅力がある。
鈴華と信葉の次に好きかもしれない……白狐はそう思い始めていた。
なお、誰に撫でられても白狐は好きになってしまうので順位にあまり意味はない。
「試すような真似をしてすまなかったな。間違いなくお前は信葉に仕える忍者だろうよ」
くっくっと笑いながら、秀菜はそう言った。
信根が怒りの形相で彼女を睨み付けていたが、そんな事は既にどうでもよかった。
「もう下がって良いぞ。返事の書状は書いておく。追って渡そう」
なんだかよく分からないが彼女からの印象は良くなったらしい。
やはりこのキツネ耳のせいだろうか。それとも尻尾?白狐はそう考えながらも一礼すると、天幕から出ていこうとする。
「ぐぬぬ……」
そんな白狐の背を、信根は歯を噛み締めながら見つめていた。
「下郎が!この場で斬り捨ててくれますわっ!」
キラリと光る刀身。白狐は黙ってそれを受け入れる。
何故だか恐怖は無かった。信葉に刀を突き付けられた時は死を覚悟したが、目の前の少女相手にはそういった感情は湧かなかった。
もし刀を振り落とされても、彼女相手なら無事でいられると白狐には分かっていたからだ。
しかし、だとしてもこの状況はよろしくはない。地位が高そうな人物を激怒させてしまったのだ。
あれくらいで怒らなくても……と思う白狐ではあるがそれと同時に彼女が怒る気持ちも分かるのだ。
武を生業にする者達には面子というものが重要になってくる。その面子を傷付ける事はあってはならない事であり、場合によっては命すら奪われかねない事でもある。
さて、どうしようかと白狐が考えていると、周囲に居座る諸将の一人がおずおずと口を開く。
「信根様……見ればまだ年若い、幼体の半化生。命までは奪うのは酷ではありませぬか?」
戦人とも言えど人の子である。半化生と言えども言葉が通じ、人間と見た目が似通った存在である。
幼子にしか見えぬ白狐が斬られるのを見るには抵抗があったのだろう。
「うむ。幼い故にまだ礼儀を躾けられておらんのかもしれぬ」
「戦いの前に子供の血で陣を染めるのは少々縁起が悪いやもしれませぬぞ」
口に出した武将だけではなく、周囲の者達も同調するような視線を信根に向けている。
そんな視線を一身に受けた信根は、苛立たしげに眉間にシワを寄せながら、白狐から目を逸らす。
「……ふ、ふん。この場では殺さないだけですわ。後々処罰してやりますわ」
そう言って信根は白狐の首元に突き付けていた刀を引く。白狐は信根の瞳を見つめるが、彼女は目を合わせようとはしない。
子供に刃を突き立てたのを冷静に考え、少しだけ罪悪感を感じているようであった。
根は非道ではないのだろう、白狐はそう思った。
「で?貴女がお姉様の忍者という事ですけども……」
信根が気を取り直し、話を元に戻そうとそう口にした時である。
不意に沈黙を保っていた秀菜がスクッと立ち上がった。諸将達がなんだ?と思いつつも、彼女の動向を見守っていると、秀菜は白狐に近付いて行き、目の前に立つ。
そして、おもむろにしゃがみ込み、顔を白狐に近づけた。
「お、お母様?」
信根も、諸将も秀菜の謎の行動に戸惑い動けないでいる。そして白狐もそれに含まれていた。
「(……ち、近い)」
秀菜の吐息がかかる程の距離まで顔が近づくと、秀菜は白狐の顔を観察し始める。
一体何なんだろうこの人は。なんだか偉そうな防具と、偉そうな雰囲気なのでこの場で一番地位が高い人なのは間違いないだろう。
だが、何故そんな人が自分の顔をマジマジと見ているのか。白狐は訳が分からずに固まってしまう。
「……ふむ」
秀菜は黙ったまま、白狐の顔を観察する。
一方で白狐もまた、秀菜の整った顔をまじまじと見つめ返す。
――綺麗な人だ。
白狐は素直にそう思う。まるで精巧に作られた人形のように美しい。白狐は思わず見惚れてしまっていた。
そして、信葉に似ていた。彼女が成長すればこの女性のように美しくなるのだろうと、白狐はなんとなくそう思った。
――というか、いつまでこの状態が続くのだろうか。
白狐も、周囲の武将達も何も言えずにいると不意に秀菜が白狐の瞳を見ながら口を開いた。
「お前、鳥の半化生ではないよな?」
「―――はい?」
その質問に白狐の目が点になった。この女性は何を言っているんだろう。
この白いキツネ耳と三本の尻尾が目に入らないのであろうか。よしんばキツネと分からなくても鳥類の半化生ではないのは一目瞭然である。
いきなり意味の分からない事を言われて困惑する白狐であったが、周囲の武将達も同じ思いのようでヒソヒソと小声で話し始めた。
「どう見てもありゃ犬の半化生じゃろ」
「ハクビシンでは?」
「いや、イタチでしょ」
―――キツネだよっ!!
っと声を高らかにして叫びたい白狐であったがすんでの所で堪える。
ここで騒げば更に事態が悪化するのは明白だった。
白狐は恭しく頭を下げ、秀菜に返答をする。
「申し遅れました。私は信葉様の忍である白狐と申す者です。大変申し訳にくいのですが、私は鳥ではなくキツネの半化生でございます」
「……そう、か。いや、すまぬな。変な事を聞いた」
そう言い彼女は立ち上がって元の席に戻る。
白狐はホッと一安心する。なんだったのかはよく分からないが、取り敢えず助かったようだ。
「……ていうか貴女!ちゃんと喋れるんじゃありませんの!?何でワタクシの時だけあんな喋り方したのかしら!!」
と、そこで我に帰った信根が白狐に向かってそう叫んだ。
だがそんな信根を秀菜が手で制し、彼女の言葉を封じた。
「無駄な時間を使うな。此奴が信葉の忍者かを確かめるなら早くしろ」
秀菜の言葉に信根はぐぬぅと悔しそうな表情を浮かべる。
白狐を睨み付ける目がより一層鋭くなったような気がする……
「おまえ!白狐と言ったかしら!?お前は本当にお姉様に仕える忍者なの!?」
白狐はその質問でようやく何故自分がここに呼ばれたのかを理解した。
書状が本物か、それを持ってきた忍者は敵ではないのかを確かめる為にわざわざ呼んだのだろう。
お姉様、というのは恐らく信葉の事。となれば彼女は信葉の妹だったのか。
……しかしどう言えばいいのだろう?
自分は確かに信葉の使者ではあるが厳密に言うと彼女に仕えている訳ではない。
仮にそうだとしても証明しようがないのだが……
まぁここは取り敢えず信葉に言われた通りに彼女に仕えていると言うしかないだろう。
「はい、確かに信葉様は我が主でござります」
白狐はそう答えた。すると信根はフンッと鼻を鳴らす。
「ふぅん。じゃあお姉様の人となりを言ってみなさい。お前がお姉様の忍者ならば言える筈ですわ」
そう言い信根はニヤリと笑った。
これは信根の策である。もし偽物ならば信葉を讃美するだろう。彼女の普段の怠惰で堕落した姿を知らぬのはそれこそ信葉と接点の無い敵であるからだ。
しかし、本物であるとしても自らの主を悪しきようには忖度して言わないはず。つまりこの質問は信葉を素晴らしい人物だと言わざるを得ないのだ。
―――そう言ったが最後、信根は白狐を偽物として扱うつもりであった。
何故なら書状が偽物だという方が信根にとって都合がいいからだ。元々、信葉の別働隊がいなくてもこの戦には勝てると彼女は踏んでいた。だから信葉が来なくても……いや来ない方がいい。
この書状が偽物ならば、信葉は目出度く宗家との戦に遅延した挙げ句に連絡も寄越さない無能の烙印が押される。
そうなれば、嫡女の地位は次女である自分のもの……!信根は内心ほくそ笑んでいた。
―――だが、そんな信根の考えは一瞬にして瓦解する事となる。
「信葉様は……えぇと……怠け者で、ぐうたらで、面倒くさがり屋で、昼過ぎまで寝てるか、だらけているか、ゴロゴロしている御方です」
「―――は?」
な、なんと言った?この忍者は。
とてもではないが自らの主に向けるような言葉ではなかった。
「あ、後凄い食い意地が張ってます。ここに来る前なんですけど、僕のオヤツを『美味しそうな匂いがするから献上しろ』って言って無理やり食べちゃったんです。ちょっと人の上に立つ人としてそれはどうかなぁって」
「な、な……」
信根の顔は青を通り越し、真っ白になる。
い、いけない。これ以上この忍者に言わせてしまうと信葉から波及して織波家の威信がズタボロになってしまう。
止めなくては―――!
「き、貴様ァア!!お姉様への暴言の数々!!許さんぞぉおお!!!」
信根は顔を赤く染めながら刀を抜き、白狐に斬りかかろうとする。
いや、あの愚かで怠惰な姉を的確に表す言葉であるし、信根もよく言ってくれたとさえ思ってはいるのだがこれ以上言わせては不味い。
信根が刀を振り上げ、今まさに振り下ろそうとした時である。
「くっくっく……あっはっは!」
秀菜が堪えきれないといった様子で笑い出した。
突然の事に信根も白狐も呆気に取られてしまう。
「ひ、秀菜様?」
側近達が戸惑いながらも彼女に話しかける。
秀菜はクツクツと笑うと、ゆっくりと口を開いた。
「良い、実に面白い。白狐と言ったか?お前は信葉をよく見ているようだ」
秀菜は再びゆっくりと白狐に近付くと、おもむろに白狐の頭に手を伸ばす。
そしてその白い耳に触れると、優しく撫で始めた。
「肯定的な事しか言わぬ部下は幾らでもいるが……敢えて本当の姿を言って諌めるのが真の忠臣よ。信葉にお前のような忍者がいるとはな。少しばかりアイツが羨ましいよ」
秀菜はそう言い、白狐の頭を撫で続ける。
白狐は困惑しながらも、秀菜のされるがままにされていた。彼女は信葉に似てはいるが、性格は全く違うようだ。
信葉が太陽とするならば、秀菜は月のように思えた。
白狐は心地よい感覚に包まれる。
「ふにゃあ……♡」
白狐の尻尾がフリフリと揺れる。
それを見た秀菜は微笑むと更に撫でる力を強めた。
白狐はもうメロメロだった。信葉にはなんとなく惹かれてはいるが、秀菜もまた違った魅力がある。
鈴華と信葉の次に好きかもしれない……白狐はそう思い始めていた。
なお、誰に撫でられても白狐は好きになってしまうので順位にあまり意味はない。
「試すような真似をしてすまなかったな。間違いなくお前は信葉に仕える忍者だろうよ」
くっくっと笑いながら、秀菜はそう言った。
信根が怒りの形相で彼女を睨み付けていたが、そんな事は既にどうでもよかった。
「もう下がって良いぞ。返事の書状は書いておく。追って渡そう」
なんだかよく分からないが彼女からの印象は良くなったらしい。
やはりこのキツネ耳のせいだろうか。それとも尻尾?白狐はそう考えながらも一礼すると、天幕から出ていこうとする。
「ぐぬぬ……」
そんな白狐の背を、信根は歯を噛み締めながら見つめていた。
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