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本編
39.「狐狸流忍術奥義・コンコン波!」
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「狐狸流忍術・土遁の狐!」
白狐の忍術が炸裂する。
地面から巨大な土の壁が出現し、敵兵達をすっぽりと覆い隠す。
「な、なんだこの土壁は……!?うわぁあああ!!」
土壁は敵兵を押し込めたまま崩れ落ち、多数の敵兵の身動きを封じることに成功した。
顔だけ土から出してもがく敵兵に、白狐は自慢の狐の尻尾でこちょこちょと攻撃を加える。
「や、やめろ!くすぐったい!ひゃあああ♡」
悶えるような喘ぎ声を出す女兵士。それを見て白狐は満足気に微笑んだ。
「うふふ~どうですか僕の尻尾。気持ちいいでしょ♡」
「き、気持ちよくなんかない!こんなもので私は屈したりしないぞ!」
「そんな強がり言ってて良いんですか?ほら、こことか弱いんじゃない?」
白狐は再び狐の尻尾を使い、敵の敏感な顔の部分をくすぐり始める。
「あひん♡そこだめぇえっ!!そこは弱点だからぁあっ!!!」
顔を真っ赤にして身悶える女兵士。
その様子を見た他の兵士達はコイツは何をやってるんだと言わんばかりの視線を向ける。
ここは戦場だというのにまるで玩具で遊ぶ子供を思わせる振る舞いだ。完全に弄ばれている。
「ふむ、これはまた馬鹿にされたものだな」
その光景を見て瀬良は顎に手を添えながら呟いた。
「あの小娘……織波の兵を玩具のように扱いおって……許さん!」
横にいる部下の女武将が怒りを露わにする。だが瀬良はその女武将を制し、冷静な態度をとった。
「そういきり立つな。奴は敢えてあのように巫山戯た態度をとっているのだ」
「瀬良様、それはどういう……?」
「見てみろ、味方の兵を。本来我等は撤退する敵軍を追うべきだったのに、あ奴に虚仮にされ怒りであの忍者しか目に入っていない」
「ぬっ……そうか、奴の目的は自身に注意を向けさせての時間稼ぎか……!」
「そうだ。まんまとあの半化生の策にはまったというわけだ。まったく情けない」
瀬良はくっくっと笑いながら、狐の忍術により身動きが取れなくなった兵士達を見る。
白狐は他の兵士に追い掛けられながらも埋まった兵士達に辱めを与え続けていた。
「やめて!お願いもう許して!これ以上はおかしくなるぅうう♡」
「そんな事言わないでもっと遊びましょう~♡」
「くそっ、コイツちょこまかと!!」
白狐は満面の笑みを浮かべながら追い掛けっこを続ける。
追い掛けてくる敵兵達を巧みに避けながら、すり抜けざまにお尻を触ったり胸を揉んだりセクハラをして(決して楽しんでいる訳ではない)時間を稼ぐ。
そんな白狐にますます兵士達はいきり立ち、怒りを募らせていた。
「瀬良様、このままでは埒があきませぬ!あの忍者の首を今すぐにでも取りに行きましょう!」
「いや……我等が出張る必要はない」
「え?」
「さっき見たろう。信葉様が我々の頭上を飛び越えていく様を。奴はもう……終わりさ」
瀬良は遠くて暴れている白狐を見て不敵に笑う。
あの忍者は我等が姫に目を付けられた。ならばもう助かるまい。
「……!」
それと時を同じくして、戦場にいる白狐は何かしらの気配を感じ全身の毛を逆立てていた。
白い尻尾の毛が一気に膨れあがり、瞳孔は縦長に変化する。
「(これは……殺気!?一体どこから?)」
辺りを見渡すが、そこには誰もいない。
今まで感じたことの無い強大な殺気。本能的に危機を感じた白狐は、この場から離れようと後退する。
しかし次の瞬間、空高く舞い上がった馬に跨る女の姿を捉えた。
白狐の狐の瞳が女の姿を映し出す。
それは少女のような童顔でありつつも凛とした佇まい。そして美しい黒髪が特徴の女だった。
女は鎧ではなく瀟洒な服装に腰には刀を差しており、武士というよりはむしろ貴族に近い印象を受ける。
まるで天女のように美しくもどこか可憐な雰囲気を放っていた。
「―――」
戦場の真っ只中。だが、白狐は彼女を見た瞬間に時を忘れて呆然としていた。
―――綺麗だ。
こんなにも美しい人がいるなんて。ただの美しさではない、彼女の内から溢れ出る気品、威厳、それら全てが合わさって、彼女はこの世の者とは思えない程に美しかった。
女は白狐の姿を確認すると口元を緩ませる。
「アンタね!私を楽しませてくれる奴は!」
空から馬を走らせながら勢いよく地面に着地する女。
その衝撃で地面は大きく揺れるが、白狐はそんな事は気にせず、目の前の女に見惚れてしまっていた。
だが、すんでのところで白狐は我を取り戻すと、即座に戦闘態勢に入り、彼女を真正面から見つめる。
「あ、貴女は……?」
「私は信葉。織波信葉!さぁ、もっと戦いましょう!私が満足するまで!その身体に私を刻み込んであげるわ!」
信葉が下馬し、刀を抜き放つ。その切っ先は真っ直ぐに白狐を捉えていた。
「……ッ!」
凄まじい圧であった。今までに戦ったどんな相手よりも強いと直感的に理解する。
白狐はそッとビー玉を取り出しガラス越しに信葉を見る。そこには5000という数値が表示されていた。
……成る程、確かに彼女は強い。しかし、自分の戦闘力は1万だ。これならば勝てるはず。
だが、そんな白狐の考えはすぐに崩れ去った。
「ふ…ふふ……!分かるわ、アンタの強さが!そこらの雑兵や英傑じゃ敵わない程の強さを秘めた、アンタの魂の輝きが!」
「(!?)」
彼女の戦闘力が徐々に上がっていく。
6000……7000……8000……そして遂には1万と自分と同じ数値になってしまった。
「(な、なんで戦闘力がどんどん上がって……!?)」
これは一体どういう事なのか? 焦り始める白狐の脳裏にふと幻魔が言った言葉が浮かんだ。
『……人間、特に英傑は強さが変動しやすいからあまりアテにはするなよ』
そうだ、確かに幻魔は言っていたではないか。英傑の戦闘力は変動すると。
つまり彼女は今、己の力を高めているという事……!
「信葉様が出陣なされた!各員、邪魔にならぬように退けぃ!」
敵指揮官がそう叫ぶと兵士達はザッと波が引いたように後退していく。
そして、信葉はゆっくりと白狐に近付いていった。
「さぁ、アンタの輝きを見せて!」
ゴウッと威圧の奔流が吹き荒れ、白狐は思わず後ずさりする。
信葉の目が爛々と輝いている。それはまるで獲物を見つけた獣のように。
「……」
白狐は覚悟を決めた。
この人は危険だ。全力で相手をしなければ自分が危ない。
それこそ命を奪う覚悟で戦わなければならないだろう。そう判断した白狐は手に持つビー玉をしまい手で印を結ぶ。
「狐狸流忍術・雷鳴狐尾!」
白狐の3本の尻尾がバリバリと音を立てて青白く光り輝く。紫電を放つその姿はまさに狐の稲妻だ。
「忍術……あぁ、そうか。アンタは忍者か」
対する信葉も刀を構えて精神を集中させる。
「行きます!」
刹那、白狐の身体が消える。
否、消えたように見えただけで白狐は一瞬にして信葉に接近していた。
稲光の如き速度で信葉に迫り、その腕を掴もうとするが……
「ハッ!」
「!?」
信葉が呟くと同時に、白狐の視界が反転した。
投げ飛ばされたと気付いたのは地面に背中を打ち付けた瞬間である。
「うぐぅ……!」
激痛が全身に走り、白狐は苦悶の声を上げた。
だが、まだ終わっていない。倒れ込んだ白狐に対して刀を振り下ろす信葉の姿を目にすると、白狐はすぐさま起き上がり次の行動をとる。
紫電を纏った雷の尻尾が信葉の刀を受け止める。そして目にも止まらぬ速さで尻尾を振るい、信葉を弾き飛ばした。
「へぇっ!?」
尻尾で刀を受け止めるという奇抜な反撃に信葉は驚きの表情を浮かべる。
そしてそのまま3本の尻尾の先から電撃が放たれると、それは一直線に信葉へと向かっていき、彼女の身体を貫ぬかんと迫る。
「!」
それを信葉は咄嵯の判断で刀を使ってガードした。
刀身に電流が流れ、バチバチと火花を散らすが、信葉は怯むことなく白狐を見据えてニヤリと笑みを浮かべる。
「なにこれ!凄い面白い攻撃の仕方ね!ますます気に入ったわ!!アンタ、もっと面白いの見せなさい!」
「(こ、この人、全然効いてない……!)」
全くダメージを受けていない様子に白狐は驚愕するが、すぐに気持ちを切り替えて再び構える。
今度は白狐自身が攻めるのではなく、信葉が攻撃を仕掛けてきたところをカウンターで迎撃するという作戦に出た。
「今度はアタシから行くわよ!」
信葉が刀を構えて刃に闘気を込めて白狐に迫る。
白狐は冷静に彼女の姿を捉え、攻撃を予測して防御の体勢に入った。
「狐狸流忍術・岩壁狐護!!」
白狐の前に巨大な岩の壁が出現し、信葉の攻撃を防がんと立ちはだかる。
しかし、信葉はその程度では止まることはない。刀に込められた力を解放し、刀身に炎を纏わせ、それを勢いよく振り抜いた。
「ハァッ!」
刀身から解き放たれた炎は白狐の作り出した岩壁にぶつかり、大爆発を起こす。
岩壁は爆風で吹き飛び、辺り一面に黒煙が充満した。
しかし、信葉は油断することなく煙の中に目を凝らし、そして……
「!?」
煙の中から現れたのは、氷の刃であった。
氷柱のような鋭い先端を持つ無数の氷の刃が信葉に襲いかかる。
「クッ!」
舌打ちをしながら信葉は刀で飛来する氷を迎撃する。だが、数が多い。いくら斬ってもキリがない。
煙の向こうから際限なく降ってくる氷の刃に信葉は顔を歪める。
「(小賢しいわね……!煙ごと吹き飛ばしてやろうかしら!)」
そう思った矢先であった。
「……!?」
突如、足元が凍りつき、動きを封じられてしまう。
しまった!と思った時には既に遅く、目の前には白狐が迫っていた。
「狐狸流忍術・掌衝狐!!」
白狐の両手から放たれる衝撃波が信葉を吹き飛ばす。そして空中に投げ出された信葉に向けて、白狐はとっておきの一撃を放った。
「狐狸流忍術奥義・コンコン波!」
白狐は両手を合わせそこに力を込めると、そこから青い電光が走る。そして両手を開くと同時に青白い閃光が信葉に向かって天高く舞い上がった。
これは白狐が前世で好きだった漫画に出てくる技であり、白狐のお気に入りの1つである。
掌に妖気を集中させ出現させたエネルギー波を敵に向かって放つ技で、直撃すると相手は粉微塵になって消滅する(という設定の)恐ろしい技だ。
轟音を響かせながら稲妻を思わせる波動は真っ直ぐに信葉の元へと向かい、そして……
「せぃやぁーーっ!!!」
信葉に当たる直前、彼女は刀を振るいエネルギー波を真っ二つに割った。
その衝撃で信葉は更に高く吹き飛んだ後、地面に叩きつけられるが、彼女はすぐさま立ち上がり、笑みを浮かべて白狐を見る。
「あー、ビックリしたぁ……まさか忍術の奥義みたいなのがあるなんて思わなかったわ……!ちょっと舐めてたかも」
「……!」
白狐はそんな信葉を見て驚愕の表情を浮かべていた。
―――この人は強い。自分が今まで戦ってきた誰よりも。自分の全力の攻撃を受けて尚、笑っていられる人間など想像が出来なかった。
そしてそれは二人の戦いを遠巻きに見ていた兵士達も同じであった。彼女達は初めて見る英傑と強者の戦いに息を呑んで見入っていた。
超常の忍術の数々に、それを力業で破る信葉。あまりにも現実離れした光景に誰もが言葉を失っていた。
「せ、瀬良様……!あの忍者思った以上にやりますぞ!加勢に入った方がよろしいのでは……?」
指揮官の女武将が焦ったように言う。瀬良はそれを聞いてはぁ、と溜め息を吐いた。
「お前な、あの中に割って入ったら私が信葉様に斬られるだろうが。見ろ、信葉様のあの楽しげな顔。邪魔したら殺されるぞ」
「し、しかし万が一があっては……」
「ん~……お前、さては忍者と戦った事がないな?よし、いい機会だ。あの忍者がこれからする事を目に焼き付けとけ」
「へ?それはどういう……」
指揮官の女は首を傾げた。確かに自分は忍者と戦った事はない。
瀬良はまるであの忍者がこれから何をするのか分かっているかのように話すが、一体何が起きるというのだろうか。
「見てれば分かる。はぁ、信葉様の八つ当たりか。今日はもう寝れなさそうだ」
瀬良の言葉の意味は分からなかったが、その時、白狐が動いた。
「貴女は、強い人ですね。僕が今まで戦った中で、一番です」
白狐は静かに語り出す。その声音からは敵意を感じられない。
「おべっかはいらないわ!まだ戦いは始まったばかりなんだから!さぁ、今度は何を見せてくれるのかしら!」
「……分かりました。それなら、僕の本気……忍者の最終奥義をお見せしましょう!」
白狐は印を結ぶ。すると、白狐の身体から白いオーラのようなものが噴き出した。
白狐の変化に信葉は目を見開く。白狐はゆっくりと目を閉じ、深呼吸をして精神を集中させると、カッと目を開いた。
「狐狸流忍術最終奥義・狐狸ごり!!」
白狐の全身から眩いばかりの輝きが放たれ、そのあまりの光量に信葉は思わず腕で顔を覆った。
そして次の瞬間、光が収まるとそこには……
「……はっ?」
白狐の姿はなかった。代わりに白狐がいた所にはポツリと紙が置いてあり、信葉はそれに近付くとそれを手に取った。
「えっと……『忍者との戦いにマジになっちゃってどうするの』……は?」
手紙を読んだ直後、遥か遠くの方に白狐が逃げていくのが見えた。
呆気に取られた信葉だったがすぐにハッとすると、白狐の後を追いかけ始めた。
「ちょ!?待ちなさいよ!!アンタ逃げるつもり!?ふざけんじゃないわよ!!」
怒号を飛ばしながら信葉は刀を握りしめるが既に白狐は遥か彼方。
その姿を遠巻きに見ていた兵士達はポカンとした様子でその光景を眺めていた。
そんな中、瀬良だけは何が起きたか理解しているようでクックッと笑いながら、こう呟く。
「忍者ってやつはな、戦うのが仕事じゃないんだ。暗殺が目的なら刺し違えても戦い続けるだろうが、彼奴の目的は時間稼ぎなのは明白……。大抵の忍者は最後まで戦うなんて事はせずに、目的を達成すればすぐ撤退する。信葉様には忍者と戦っても意味なんてないって昔教えた筈なんだがね」
「な、な…いくさ人としての誇りがないのか忍者という奴は!」
武士同士ならばあのような場面で逃げるなど恥知らずの卑怯者だと罵るのかもしれないが、相手は忍者である。
罵ったところでなんのダメージもない。
「誇りなんかある訳ないだろうが。そもそも半化生の価値観と人間の価値観は違う。逃走に全力を注ぐのが忍者ってもんだよ。残念ながら幾ら英傑と言っても逃げる半化生に追い付く事は難しいからな。厄介な奴等だよ忍者ってのは」
瀬良はそう言ってやれやれと肩をすくめた。
そして白狐がいなくなり静寂に包まれた戦場に立ち尽くす信葉の横に並び立つ。
「信葉様、満足しました?」
「……」
信葉は無言で手紙を持ちながらプルプルと震えている。そして……
「殺す!アイツ絶対ぶっ殺してやるーーっ!!」
怒りに満ちた叫びと共に手に持っていた紙をビリビリと破いた。
「瀬良!全軍で奴等が逃げていった方向に進軍!絶対に逃がすんじゃないわよ!息の根を止めてやるわ!」
信葉は刀を天に掲げると、その切っ先を白狐が逃げた方向に向けた。
「は?い、いや……援軍に逃げられた以上第6小領に侵攻するのはよした方がよろしいのでは?秀菜様の本軍に合流するのが先『うるせぇ!!』ごぼぉ!?」
信葉の拳が瀬良の腹部に突き刺さり、彼女はそのまま地面に倒れ込む。
「あのキツネ絶対殺すわ!一騎打ちの途中で逃げるとか忍者の風上にも置けない奴!許さない!」
「いや……そら忍者なんだから逃げるでしょ普通ブギぃ!?」
信葉の足が倒れ込む瀬良の頭に振り下ろされる。
瀬良は地面に頭をめり込ませたままピクリとも動かなくなった。
「全軍前進!!キツネ狩りよ!!!」
信葉の声が戦場に響き渡る。
いつの間にか曇り空はなくなり、空は蒼く澄んでいた。
白狐の忍術が炸裂する。
地面から巨大な土の壁が出現し、敵兵達をすっぽりと覆い隠す。
「な、なんだこの土壁は……!?うわぁあああ!!」
土壁は敵兵を押し込めたまま崩れ落ち、多数の敵兵の身動きを封じることに成功した。
顔だけ土から出してもがく敵兵に、白狐は自慢の狐の尻尾でこちょこちょと攻撃を加える。
「や、やめろ!くすぐったい!ひゃあああ♡」
悶えるような喘ぎ声を出す女兵士。それを見て白狐は満足気に微笑んだ。
「うふふ~どうですか僕の尻尾。気持ちいいでしょ♡」
「き、気持ちよくなんかない!こんなもので私は屈したりしないぞ!」
「そんな強がり言ってて良いんですか?ほら、こことか弱いんじゃない?」
白狐は再び狐の尻尾を使い、敵の敏感な顔の部分をくすぐり始める。
「あひん♡そこだめぇえっ!!そこは弱点だからぁあっ!!!」
顔を真っ赤にして身悶える女兵士。
その様子を見た他の兵士達はコイツは何をやってるんだと言わんばかりの視線を向ける。
ここは戦場だというのにまるで玩具で遊ぶ子供を思わせる振る舞いだ。完全に弄ばれている。
「ふむ、これはまた馬鹿にされたものだな」
その光景を見て瀬良は顎に手を添えながら呟いた。
「あの小娘……織波の兵を玩具のように扱いおって……許さん!」
横にいる部下の女武将が怒りを露わにする。だが瀬良はその女武将を制し、冷静な態度をとった。
「そういきり立つな。奴は敢えてあのように巫山戯た態度をとっているのだ」
「瀬良様、それはどういう……?」
「見てみろ、味方の兵を。本来我等は撤退する敵軍を追うべきだったのに、あ奴に虚仮にされ怒りであの忍者しか目に入っていない」
「ぬっ……そうか、奴の目的は自身に注意を向けさせての時間稼ぎか……!」
「そうだ。まんまとあの半化生の策にはまったというわけだ。まったく情けない」
瀬良はくっくっと笑いながら、狐の忍術により身動きが取れなくなった兵士達を見る。
白狐は他の兵士に追い掛けられながらも埋まった兵士達に辱めを与え続けていた。
「やめて!お願いもう許して!これ以上はおかしくなるぅうう♡」
「そんな事言わないでもっと遊びましょう~♡」
「くそっ、コイツちょこまかと!!」
白狐は満面の笑みを浮かべながら追い掛けっこを続ける。
追い掛けてくる敵兵達を巧みに避けながら、すり抜けざまにお尻を触ったり胸を揉んだりセクハラをして(決して楽しんでいる訳ではない)時間を稼ぐ。
そんな白狐にますます兵士達はいきり立ち、怒りを募らせていた。
「瀬良様、このままでは埒があきませぬ!あの忍者の首を今すぐにでも取りに行きましょう!」
「いや……我等が出張る必要はない」
「え?」
「さっき見たろう。信葉様が我々の頭上を飛び越えていく様を。奴はもう……終わりさ」
瀬良は遠くて暴れている白狐を見て不敵に笑う。
あの忍者は我等が姫に目を付けられた。ならばもう助かるまい。
「……!」
それと時を同じくして、戦場にいる白狐は何かしらの気配を感じ全身の毛を逆立てていた。
白い尻尾の毛が一気に膨れあがり、瞳孔は縦長に変化する。
「(これは……殺気!?一体どこから?)」
辺りを見渡すが、そこには誰もいない。
今まで感じたことの無い強大な殺気。本能的に危機を感じた白狐は、この場から離れようと後退する。
しかし次の瞬間、空高く舞い上がった馬に跨る女の姿を捉えた。
白狐の狐の瞳が女の姿を映し出す。
それは少女のような童顔でありつつも凛とした佇まい。そして美しい黒髪が特徴の女だった。
女は鎧ではなく瀟洒な服装に腰には刀を差しており、武士というよりはむしろ貴族に近い印象を受ける。
まるで天女のように美しくもどこか可憐な雰囲気を放っていた。
「―――」
戦場の真っ只中。だが、白狐は彼女を見た瞬間に時を忘れて呆然としていた。
―――綺麗だ。
こんなにも美しい人がいるなんて。ただの美しさではない、彼女の内から溢れ出る気品、威厳、それら全てが合わさって、彼女はこの世の者とは思えない程に美しかった。
女は白狐の姿を確認すると口元を緩ませる。
「アンタね!私を楽しませてくれる奴は!」
空から馬を走らせながら勢いよく地面に着地する女。
その衝撃で地面は大きく揺れるが、白狐はそんな事は気にせず、目の前の女に見惚れてしまっていた。
だが、すんでのところで白狐は我を取り戻すと、即座に戦闘態勢に入り、彼女を真正面から見つめる。
「あ、貴女は……?」
「私は信葉。織波信葉!さぁ、もっと戦いましょう!私が満足するまで!その身体に私を刻み込んであげるわ!」
信葉が下馬し、刀を抜き放つ。その切っ先は真っ直ぐに白狐を捉えていた。
「……ッ!」
凄まじい圧であった。今までに戦ったどんな相手よりも強いと直感的に理解する。
白狐はそッとビー玉を取り出しガラス越しに信葉を見る。そこには5000という数値が表示されていた。
……成る程、確かに彼女は強い。しかし、自分の戦闘力は1万だ。これならば勝てるはず。
だが、そんな白狐の考えはすぐに崩れ去った。
「ふ…ふふ……!分かるわ、アンタの強さが!そこらの雑兵や英傑じゃ敵わない程の強さを秘めた、アンタの魂の輝きが!」
「(!?)」
彼女の戦闘力が徐々に上がっていく。
6000……7000……8000……そして遂には1万と自分と同じ数値になってしまった。
「(な、なんで戦闘力がどんどん上がって……!?)」
これは一体どういう事なのか? 焦り始める白狐の脳裏にふと幻魔が言った言葉が浮かんだ。
『……人間、特に英傑は強さが変動しやすいからあまりアテにはするなよ』
そうだ、確かに幻魔は言っていたではないか。英傑の戦闘力は変動すると。
つまり彼女は今、己の力を高めているという事……!
「信葉様が出陣なされた!各員、邪魔にならぬように退けぃ!」
敵指揮官がそう叫ぶと兵士達はザッと波が引いたように後退していく。
そして、信葉はゆっくりと白狐に近付いていった。
「さぁ、アンタの輝きを見せて!」
ゴウッと威圧の奔流が吹き荒れ、白狐は思わず後ずさりする。
信葉の目が爛々と輝いている。それはまるで獲物を見つけた獣のように。
「……」
白狐は覚悟を決めた。
この人は危険だ。全力で相手をしなければ自分が危ない。
それこそ命を奪う覚悟で戦わなければならないだろう。そう判断した白狐は手に持つビー玉をしまい手で印を結ぶ。
「狐狸流忍術・雷鳴狐尾!」
白狐の3本の尻尾がバリバリと音を立てて青白く光り輝く。紫電を放つその姿はまさに狐の稲妻だ。
「忍術……あぁ、そうか。アンタは忍者か」
対する信葉も刀を構えて精神を集中させる。
「行きます!」
刹那、白狐の身体が消える。
否、消えたように見えただけで白狐は一瞬にして信葉に接近していた。
稲光の如き速度で信葉に迫り、その腕を掴もうとするが……
「ハッ!」
「!?」
信葉が呟くと同時に、白狐の視界が反転した。
投げ飛ばされたと気付いたのは地面に背中を打ち付けた瞬間である。
「うぐぅ……!」
激痛が全身に走り、白狐は苦悶の声を上げた。
だが、まだ終わっていない。倒れ込んだ白狐に対して刀を振り下ろす信葉の姿を目にすると、白狐はすぐさま起き上がり次の行動をとる。
紫電を纏った雷の尻尾が信葉の刀を受け止める。そして目にも止まらぬ速さで尻尾を振るい、信葉を弾き飛ばした。
「へぇっ!?」
尻尾で刀を受け止めるという奇抜な反撃に信葉は驚きの表情を浮かべる。
そしてそのまま3本の尻尾の先から電撃が放たれると、それは一直線に信葉へと向かっていき、彼女の身体を貫ぬかんと迫る。
「!」
それを信葉は咄嵯の判断で刀を使ってガードした。
刀身に電流が流れ、バチバチと火花を散らすが、信葉は怯むことなく白狐を見据えてニヤリと笑みを浮かべる。
「なにこれ!凄い面白い攻撃の仕方ね!ますます気に入ったわ!!アンタ、もっと面白いの見せなさい!」
「(こ、この人、全然効いてない……!)」
全くダメージを受けていない様子に白狐は驚愕するが、すぐに気持ちを切り替えて再び構える。
今度は白狐自身が攻めるのではなく、信葉が攻撃を仕掛けてきたところをカウンターで迎撃するという作戦に出た。
「今度はアタシから行くわよ!」
信葉が刀を構えて刃に闘気を込めて白狐に迫る。
白狐は冷静に彼女の姿を捉え、攻撃を予測して防御の体勢に入った。
「狐狸流忍術・岩壁狐護!!」
白狐の前に巨大な岩の壁が出現し、信葉の攻撃を防がんと立ちはだかる。
しかし、信葉はその程度では止まることはない。刀に込められた力を解放し、刀身に炎を纏わせ、それを勢いよく振り抜いた。
「ハァッ!」
刀身から解き放たれた炎は白狐の作り出した岩壁にぶつかり、大爆発を起こす。
岩壁は爆風で吹き飛び、辺り一面に黒煙が充満した。
しかし、信葉は油断することなく煙の中に目を凝らし、そして……
「!?」
煙の中から現れたのは、氷の刃であった。
氷柱のような鋭い先端を持つ無数の氷の刃が信葉に襲いかかる。
「クッ!」
舌打ちをしながら信葉は刀で飛来する氷を迎撃する。だが、数が多い。いくら斬ってもキリがない。
煙の向こうから際限なく降ってくる氷の刃に信葉は顔を歪める。
「(小賢しいわね……!煙ごと吹き飛ばしてやろうかしら!)」
そう思った矢先であった。
「……!?」
突如、足元が凍りつき、動きを封じられてしまう。
しまった!と思った時には既に遅く、目の前には白狐が迫っていた。
「狐狸流忍術・掌衝狐!!」
白狐の両手から放たれる衝撃波が信葉を吹き飛ばす。そして空中に投げ出された信葉に向けて、白狐はとっておきの一撃を放った。
「狐狸流忍術奥義・コンコン波!」
白狐は両手を合わせそこに力を込めると、そこから青い電光が走る。そして両手を開くと同時に青白い閃光が信葉に向かって天高く舞い上がった。
これは白狐が前世で好きだった漫画に出てくる技であり、白狐のお気に入りの1つである。
掌に妖気を集中させ出現させたエネルギー波を敵に向かって放つ技で、直撃すると相手は粉微塵になって消滅する(という設定の)恐ろしい技だ。
轟音を響かせながら稲妻を思わせる波動は真っ直ぐに信葉の元へと向かい、そして……
「せぃやぁーーっ!!!」
信葉に当たる直前、彼女は刀を振るいエネルギー波を真っ二つに割った。
その衝撃で信葉は更に高く吹き飛んだ後、地面に叩きつけられるが、彼女はすぐさま立ち上がり、笑みを浮かべて白狐を見る。
「あー、ビックリしたぁ……まさか忍術の奥義みたいなのがあるなんて思わなかったわ……!ちょっと舐めてたかも」
「……!」
白狐はそんな信葉を見て驚愕の表情を浮かべていた。
―――この人は強い。自分が今まで戦ってきた誰よりも。自分の全力の攻撃を受けて尚、笑っていられる人間など想像が出来なかった。
そしてそれは二人の戦いを遠巻きに見ていた兵士達も同じであった。彼女達は初めて見る英傑と強者の戦いに息を呑んで見入っていた。
超常の忍術の数々に、それを力業で破る信葉。あまりにも現実離れした光景に誰もが言葉を失っていた。
「せ、瀬良様……!あの忍者思った以上にやりますぞ!加勢に入った方がよろしいのでは……?」
指揮官の女武将が焦ったように言う。瀬良はそれを聞いてはぁ、と溜め息を吐いた。
「お前な、あの中に割って入ったら私が信葉様に斬られるだろうが。見ろ、信葉様のあの楽しげな顔。邪魔したら殺されるぞ」
「し、しかし万が一があっては……」
「ん~……お前、さては忍者と戦った事がないな?よし、いい機会だ。あの忍者がこれからする事を目に焼き付けとけ」
「へ?それはどういう……」
指揮官の女は首を傾げた。確かに自分は忍者と戦った事はない。
瀬良はまるであの忍者がこれから何をするのか分かっているかのように話すが、一体何が起きるというのだろうか。
「見てれば分かる。はぁ、信葉様の八つ当たりか。今日はもう寝れなさそうだ」
瀬良の言葉の意味は分からなかったが、その時、白狐が動いた。
「貴女は、強い人ですね。僕が今まで戦った中で、一番です」
白狐は静かに語り出す。その声音からは敵意を感じられない。
「おべっかはいらないわ!まだ戦いは始まったばかりなんだから!さぁ、今度は何を見せてくれるのかしら!」
「……分かりました。それなら、僕の本気……忍者の最終奥義をお見せしましょう!」
白狐は印を結ぶ。すると、白狐の身体から白いオーラのようなものが噴き出した。
白狐の変化に信葉は目を見開く。白狐はゆっくりと目を閉じ、深呼吸をして精神を集中させると、カッと目を開いた。
「狐狸流忍術最終奥義・狐狸ごり!!」
白狐の全身から眩いばかりの輝きが放たれ、そのあまりの光量に信葉は思わず腕で顔を覆った。
そして次の瞬間、光が収まるとそこには……
「……はっ?」
白狐の姿はなかった。代わりに白狐がいた所にはポツリと紙が置いてあり、信葉はそれに近付くとそれを手に取った。
「えっと……『忍者との戦いにマジになっちゃってどうするの』……は?」
手紙を読んだ直後、遥か遠くの方に白狐が逃げていくのが見えた。
呆気に取られた信葉だったがすぐにハッとすると、白狐の後を追いかけ始めた。
「ちょ!?待ちなさいよ!!アンタ逃げるつもり!?ふざけんじゃないわよ!!」
怒号を飛ばしながら信葉は刀を握りしめるが既に白狐は遥か彼方。
その姿を遠巻きに見ていた兵士達はポカンとした様子でその光景を眺めていた。
そんな中、瀬良だけは何が起きたか理解しているようでクックッと笑いながら、こう呟く。
「忍者ってやつはな、戦うのが仕事じゃないんだ。暗殺が目的なら刺し違えても戦い続けるだろうが、彼奴の目的は時間稼ぎなのは明白……。大抵の忍者は最後まで戦うなんて事はせずに、目的を達成すればすぐ撤退する。信葉様には忍者と戦っても意味なんてないって昔教えた筈なんだがね」
「な、な…いくさ人としての誇りがないのか忍者という奴は!」
武士同士ならばあのような場面で逃げるなど恥知らずの卑怯者だと罵るのかもしれないが、相手は忍者である。
罵ったところでなんのダメージもない。
「誇りなんかある訳ないだろうが。そもそも半化生の価値観と人間の価値観は違う。逃走に全力を注ぐのが忍者ってもんだよ。残念ながら幾ら英傑と言っても逃げる半化生に追い付く事は難しいからな。厄介な奴等だよ忍者ってのは」
瀬良はそう言ってやれやれと肩をすくめた。
そして白狐がいなくなり静寂に包まれた戦場に立ち尽くす信葉の横に並び立つ。
「信葉様、満足しました?」
「……」
信葉は無言で手紙を持ちながらプルプルと震えている。そして……
「殺す!アイツ絶対ぶっ殺してやるーーっ!!」
怒りに満ちた叫びと共に手に持っていた紙をビリビリと破いた。
「瀬良!全軍で奴等が逃げていった方向に進軍!絶対に逃がすんじゃないわよ!息の根を止めてやるわ!」
信葉は刀を天に掲げると、その切っ先を白狐が逃げた方向に向けた。
「は?い、いや……援軍に逃げられた以上第6小領に侵攻するのはよした方がよろしいのでは?秀菜様の本軍に合流するのが先『うるせぇ!!』ごぼぉ!?」
信葉の拳が瀬良の腹部に突き刺さり、彼女はそのまま地面に倒れ込む。
「あのキツネ絶対殺すわ!一騎打ちの途中で逃げるとか忍者の風上にも置けない奴!許さない!」
「いや……そら忍者なんだから逃げるでしょ普通ブギぃ!?」
信葉の足が倒れ込む瀬良の頭に振り下ろされる。
瀬良は地面に頭をめり込ませたままピクリとも動かなくなった。
「全軍前進!!キツネ狩りよ!!!」
信葉の声が戦場に響き渡る。
いつの間にか曇り空はなくなり、空は蒼く澄んでいた。
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