貞操逆転世界に産まれて男忍者として戦国時代をエッチなお姉さん達に囲まれながら生き抜く少年のお話♡ 健全版

捲土重来(すこすこ)

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38.「アホ!バカ!マヌケ!アンポンタン!!この愚図共が!!」

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つまらない。つまらない。つまらなすぎる。
一体何が面白いと言うのだ。この世は。
世界はこんなにも退屈で出来ているのに。
少女はただ、この世界に飽きていた。何故か。

それは何もかもが彼女の思い通りになるからだ。彼女は生まれつき何でも出来た。勉学も、武芸も、芸術でさえ彼女に敵う者は誰一人としていなかった。
そんな彼女はいつしか周囲の人間を見下すようになり、やがて自分以外は全て取るに足らない存在だと認識するようになった。
自分に敵わないのであれば生きている意味はない。無価値だ。


「信葉。お前は井の中の蛙という言葉を知っているか?」


ある日の事。彼女は母親に呼び出され、突然そう聞かれた。
知っているか知らないかで答えるならば勿論知っていた。
だが、それがどうしたというのだろうか。母は何を考えているのだろうと、その時の少女は不思議に思った。
真逆、自分が蛙だと言いたいのだろうか。有り得ない。実際自分に敵う者などいないではないか。
そう思っていると、母親は呆れたように嘆息すると、こう言葉を続けた。


「いいか信葉。世の中は広い。お前の思い通りに動かない奴もいるし、そしてお前が敵わぬ者もいる。お前はただ知らないだけだ。世の中にはお前の想像を超える強者がいる事をな」


信じられなかった。
世間では猛将と呼ばれ、近隣諸国からも恐れられる母、織波秀菜。そんな彼女の言葉でも、彼女は素直に信じる事が出来なかった。
まぁそもそもの話、実の母すらも信葉は見下していたので、母の言葉を鵜呑みにする筈もなかったのだが。


「私より弱いアンタが言っても説得力皆無。でもそんな私を手こずらせる奴なんていたら会ってみたいわね。いたらだけど」


織波秀菜の娘……信葉は自らの母に向かってそう言い放った。
その言葉に部屋にいた側近達はいきり立つように立ち上がり、怒気を放ちながら信葉の前に立つ。


「信葉様!いくら嫡女と言えどもご当主様に無礼な物言いは許されませんぞ!」


幾ら実の親子であろうと、家臣の前では身分の差は絶対だ。
ましてや秀菜は朝廷から官位も授かっているこの地方の現守護大名である。その娘であっても信葉の態度は許されるものではない。
だが、当の本人はそれを気にするどころか、寧ろニヤリと笑みを浮かべると、


「いいさ、コイツがこうなのは昔から皆知っているだろう」


と、余裕の表情を見せた。
その態度に不満げな表情を隠さない者がいた。
信葉である。


「…ふん。立場なんか関係ないわ。私は私のしたいようにするだけよ。それに……」


そこで彼女は一度言葉を区切ると、その視線を鋭くし、秀菜を睨んだ。


「アタシに勝てる奴なんて存在しない。私がこの世に生を受けた瞬間から私が一番って決まっているんだもの」


自信満々に言う彼女に対し、秀菜はやれやれといった感じで肩をすくめる。


「いずれ分かるさ。いずれな……」


その言葉を最後に、二人は会話を終えた。
信葉は無言で部屋を後にし、残された秀菜と側近達はお互いの顔を見合わせると、揃って苦笑した。


「大殿。少々"うつけ姫"に甘くはありませんかな?あれでは最早、唯の我の強い小娘ですぞ」


一人の女が秀菜に意見を言う。
彼女は秀菜の側近であり、織波家の家臣の中でも発言力のある人物だ。
彼女の言う"うつけ姫"というのは織波信葉の事である。普通ならば主君の娘、それも嫡女という正統なる後継者をうつけ呼ばわりする事など言語道断である。
しかしこの場にいる者達は彼女をうつけと呼んでいた。いや、この場にいる者だけではない。湾織波の支配する領地の民全てにまで彼女の事は知れ渡っていた。

織波家嫡女でありながら奇抜な言動や行動を繰り返し、不良仲間とつるんでは喧嘩三昧。
勉学や武芸の稽古を疎かにしては城下へと繰り出しては遊び歩く始末。
そんな彼女に付けられた渾名が"うつけ姫"なのだ。


「そう言うな。皆、アレの才覚は知っているだろう」


秀菜の言葉に一同は押し黙る。
彼女の言っている事は事実であった。織波家という家系の中でも、彼女程の才能を持った者は他にはいない。
だが、それとこれとは話が別だ。


「確かに……あの方は天賦の才を持っておられます。しかし、支配者の一族としての自覚が足りぬのです。このままでは織波家を衰退させかねませぬ」

「そうだな。だが、それでいいんだよ」

「え?」

「言ったろう。アイツはまだ子供なんだ。大人になるにはそれ相応の時間が必要になる。今無理に矯正してしまえば、それは信葉の成長を妨げる事になる」

「それは……そうかもしれませぬが……」


納得のいかない様子の女家臣に、秀菜はフッと微笑む。


「まぁ、見ていろ。私を信じろ。悪いようにはならないさ」


秀菜はそれだけ言って微笑んだ。
うつけと呼ばれていても信葉の才能は本物だ。いずれその才能が開花すれば織波家は安泰だと、秀菜は信じていた。


「願わくば私が生きている内にその才が目覚めるといいのだがな……」


秀菜の呟きは誰にも聞かれる事なく虚空に溶けていった。



―――――――――



織波信葉。
織波家の次期当主。
彼女の人生はとても退屈だった。何不自由ない生活を送ってきた彼女は自由に憧れた。
だから街に繰り出しては遊ぶようになった。だが、それは彼女が望んでいたような楽しいものではなかった。
不良仲間とつるむのは楽しい。喧嘩も楽しい。だが、やはり何かが違う。
彼女は自分よりも強い人間と出会う事に飢えていた。
自分より弱い奴に興味はない。自分の興味を引くのは自分と同等かそれ以上の力を持つ者だ。


「姉貴ぃ~今日は機嫌悪そうっすね~」


子分達が信葉に声をかけてきた。
彼女はいつものように不機嫌そうな顔で彼を睨み付ける。


「うるさい。アンタ達に関係ないでしょ」

「まぁ、そう言わずに。私達、心配なんスよ。だって、最近ずっと元気がないじゃないですか」

「そうすよ~それでとばっちり受けるのオレらなんすから~」

「もしかして生理すか?姉御ぉ、生理なんすかぁ!?」

「生理にしては長すぎじゃね?いや、信葉の姉貴なら有り得るか?1年くらい生理続きそうだし……」

「おいおい、姉御だって一応人間なんだから化け物扱いはやめて差し上げろ!」

「「「ギャハハハハハ!!!!!!」」」


信葉は頭を抱えた。なんという低俗で下品な奴等なんだ。
不機嫌である事も相まって信葉は無言で拳を振り上げる。それを見た不良仲間達は一様にギョっと目を見開いた。


「あ、姉御!冗談っすよ!冗談!」

「そうそう、カワイイ子分のジョークですよ!」

「ほら、オレらってこんなナリだけど心はピュアなんですから!ね?」


必死になって弁解をする彼女達を見て、信葉は無表情で拳を振り下ろした。
地面にクレーターが出来る程の衝撃が走り、不良達は一斉に吹き飛ばされる。


「うぎゃあ!?」

「アホ!バカ!マヌケ!アンポンタン!!この愚図共が!!」


信葉の怒声が響き渡った。


「ちょっと調子が悪いからってアタシが八つ当たりするとでも思ってんの!?なんて恩知らずで罰当たりな奴等!!制裁!!制裁よ!!」


そう叫びながら地面に倒れ伏す不良達を足蹴にしていく信葉。
今まさに制裁と言う名の八つ当たりをされているのだが、反論すると殺されかねないので不良達は黙って信葉の攻撃を受け続けた。
手加減しているとはいえ、英傑の力は常人離れしており、一撃一撃が重く、そして痛かった。


「あ、姉御ぉ……もう許して……死んぢゃう……」

「ふん、アンタらみたいな社会のゴミクズなんか死んだ方が世の為よ。さっさと死になさい」


トドメと言わんばかりに腹部を蹴ると不良達は「ウッ」と呻いた後、動かなくなった。
それを確認した信葉は「はぁ」と息を吐く。


「ストレス解消完了。さて、次は……」


信葉はその足で城下町へと降りていく。
城下町は織波家の影響もあってか賑わっており、活気があった。
港町でもあるこの町は織波秀菜の本拠地であり、生命線でもある。この港を掌握したからこそ秀菜は莫大な資金と物流を操れるのだ。
そんな活気溢れる町を一人歩く信葉。彼女を見るなり沢山の人が声を掛けてくる。


「お、信葉様!どうだい、新鮮な魚が入ったんだ。買っていかないかい?」

「信葉様、うちの野菜も新鮮だよ!是非見てってくれ!」

「あら、信葉ちゃん。今日も可愛いねぇ。これ持って行きな」

「お、信葉さま!いい所に来たな!これ前に言ってた新作だぜ」


など、老若男女問わず様々な人達が彼女に声をかける。
その様子はまるでアイドルのようだが、事実として彼女は領民からの人気が高かった。
うつけ姫というのは侮蔑の意味も込められているが、同時に愛されているからこその呼び名でもあった。


「いい魚ね、頂くわ。このトマトも美味しそうね。あらありがとう、いつも悪いわね。那実、これはこの間話していたヤツね。いい出来だわ」


信葉が笑顔でそう言うと、人々はにこやかに笑う。
信葉はこの光景が大好きだった。不良仲間とつるんではいるが、彼女は根っこの部分では優しい性格なのだ。
そして領民達もそれを分かっているからこそ彼女を慕っている。


「それじゃ、また来るわ」

「はい、いつでも来てください!」

「待ってるよー」

「今度はウチの店にも来て下さいね」


信葉はその言葉に手を振って答えた。
その後、彼女は市場から離れ、とある場所へと向かう。そこは町を一望出来る小高い丘だった。

信葉は地面に座ると、海を眺めた。


「…………」


信葉は考える。
自分の人生は退屈だと。
自分は何の為に生まれてきたのかと。
仲間とつるみ、領民達と笑い合う……。それは確かに楽しいし素晴らしい事だとは思う。だが、何かが違う。


「はぁ…………退屈」


信葉はため息をついた。満たされない何かを埋めるように、彼女は拳を突き出す。


「誰でもいい、アタシを負かして欲しい」


そう呟いて信葉は立ち上がった。そんな時不意に後ろから複数の叫び声が聞こえてきた。


「お~い!!姉御ぉ~!!」


見ると丘の下から不良達が手を振りながら走ってくるのが見える。先程ぶちのめしたというのにもう回復したようだ。
耐久力だけは一流の連中だと思いつつ信葉は無表情で不良達を見据えた。


「姉御ぉ~!!探したんですよぉ~」

「そうですよぉ~!勝手にどっか行かないでくださいよぉ~」


そう言いながら不良達は信葉の元へ駆け寄ると、彼女の周りを囲むようにして立った。
信葉は面倒臭そうな表情を浮かべて口を開く。


「……何?アタシは今アンタらと遊ぶ気分じゃないんだけど」

「姉御ぉ~そう言わずに!もうすぐ戦が始まるっつーじゃないスか!戦が始まったら姉貴と暫く会えなくなっちまうんで、こうして最後の思い出作りをしてるんすよ!」

「そうですよ!姉御がいないとオレら寂しくて死んじゃいますよぉ!」


不良達は涙目になりながら必死に訴えかける。
信葉は「はぁ」と息を吐くと、仕方ないと言わんばかりに笑った。


「戦ねぇ……そういえば、あのクソババァがそんな事を言っていた気がするわ」


クソババアとは勿論織波家当主、秀菜の事である。大名家当主をクソババア呼ばわりする信葉に不良達は冷や汗を流したが、当の本人は気にしていないようだった。


「生意気な宗家をぶちのめす戦でしょ!?いやぁ、私も出たかったんスけどねぇ!」

「馬鹿、オメーみたいな雑魚じゃすぐ死んじまうぞ」

「そうそう、信葉さまくらい強かったら別だけどよ」


彼女達不良は基本的に家を継げない次女や三女で構成されているのだが、成人前の少女が大半を占めるので戦に出る事が出来なかった。
ここでは……この仲間の内では武家も農民も関係ない。家柄も血筋も関係無い。家で疎まれたり居場所が無かったりするろくでなしが信葉のまわりに集まっている。
全員が対等の仲間であり家族だ。だからこそ信葉達は彼女達の前では全てを曝け出せるし、心の底からの笑顔を見せられる。


「でもよぉ、やっぱり出たいもんは出たいスよ。私も信葉様と一緒に戦いたいっス!」

「……アンタみたいな弱っちい奴が戦に出ても邪魔になるだけよ」

「ウッ……」


辛辣な信葉の言葉にたじろぐ子分。だが、信葉は言葉を続ける。


「まぁ、いずれ私が織波家の当主になったらアンタ達を好きなだけ戦場に連れて行ってあげる」

「ほ、本当ですか!?」

「アタシが嘘を言った事がある?だからその時が来るまでアンタ達は身体を鍛えときなさいよ!喧嘩で負ける事がないくらいね!」


信葉の言葉に不良達がワッと沸いた。


「さすが姉御だぜ!」

「姉貴ならいつか必ず当主になるからな!」

「いよっ、女傑!信葉様バンザーイ!!」

「……フン」


調子のいい奴等である。だが、悪くはないと思った。
戦場ならば、自分を満足させられる奴がいるのだろうか。信葉はそんな事を考えながら、不良達と共に城下町へと戻っていった。



―――――――――



戦……
それは命を懸けた殺し合い。いくら大義を掲げようとも、どんなに正々堂々と戦おうとも、結局の所は殺し合いに過ぎない。
信葉はそう思っていたし、今もその考えは変わっていない。
今回の戦だってそうだ。宗家、分家なんて意味のない理由で戦う事になっているようだが、信葉にとってみればくだらない以外の何物でもない。


「……」


信葉は弓矢飛び交う戦場でそんな事をぼんやりと考えていた。


「御屋形様。第3小領都の制圧、完了致しました」

「そう。ご苦労さま」


部下の武将が跪きながら言った報告を、信葉は素っ気無く返した。
信葉は2000の軍勢を率いる大将として宗家の支配地域に侵攻していた。織波家嫡女として、そして次期当主として信葉は前線に立っていた。

うつけ姫と呼ばれる信葉を一軍を率いる大将に据えるのは様々な方面から反対の声が上がったが、秀菜はそれを全て跳ね除けて自らの娘に軍を率いさせた。
猛将、織波秀菜は娘可愛さに盲目となった―――そんな評価が家臣の間に広がった。

家臣達は失望したが、信葉が無惨に敗北すれば主君も目が覚めるだろうと期待してもいた。
戦はそんな甘いものではない……口だけの小娘が叩きのめされる事になるだろうと誰もが思った。

しかし、結果は違った。


「はぁ、やっぱりつまんないわ。思い通りになりすぎて」


信葉率いる軍は敵軍をほぼ無傷で撃破した。それも一度ならず二度三度と、まるで自分達の庭のように蹂躙していったのだ。
これには流石の家臣達も驚きを隠せなかった。


「な、何故だ……どうしてあんなに簡単に勝てるんだ?」

「分からぬ……。驕り高ぶった蒼織波家相手とは言え、あそこまで一方的な展開になるとは……」

「しかもまだ成人したての小娘が……信じられん」

「まさか、本当に天才なのか?あのうつけ姫とやらは」


一つ小領都を占領する度に信葉は兵士達に囲まれて賞賛された。
その光景を見た者達は皆、信葉の実力を認めるしかなかった。


「……」


だが、信葉は嬉しくなかった。
自分が褒められている筈なのに、何故か自分じゃない誰かを見られているような気がしたからだ。

信葉は無言で空を見る。青いはずの空には、灰色の絵具で塗り潰されているように雲が浮かんでいた。

つまらない。つまらない。つまらなさすぎる。

こんな世界、退屈だ。
信葉は唇を噛む。血が出る程強く。
だが、それでも彼女の渇望は止まらなかった。この退屈な世界に、自分の生きる価値はあるのか。

戦場ならば何かが変わるかもしれないと、そう思ったが彼女を満足させる人間は誰一人としていなかった。
信葉が考えた策は全て上手くいき、敵を圧倒する。全てが想定内で、何もかもが予定調和。


「つまんないわ」


信葉自ら出陣し、実際に敵と刃を交えてみても彼女は満たされる事はなかった。
彼女が刃を振るう度、何十人もの敵兵が宙を舞い、首や胴体を斬り裂かれていく。
英傑の力を持ってすれば常人など容易く屠れる。そう、彼女達英傑にとっては簡単な作業なのだ。
しかし、信葉の心は晴れない。
どれだけの人間を殺しても、どれだけ戦場を駆け抜けても、信葉の心は虚しさで埋め尽くされていた。
相手方にも強力な英傑がいないかと期待したが、信葉の目に映る者は凡夫ばかりだった。

敵を撃破し、領土を占領し、信葉の評価は上がる。だが、それとは対照的に信葉の心はどんどん曇っていく。


「信葉様!!また小領を1つ落としたみたいですね!」

「お見事でございます!」


家臣達は信葉に媚びるように笑みを浮かべ、褒め称える。少し前までうつけと馬鹿にしてた癖に、現金な奴等だと信葉は内心毒づいた。

そんなこんなで信葉は3つ目の小領都を制圧した。尋常ではない速さで快進撃を続ける信葉軍は今、4つ目の小領に狙いを定めていた。


「信葉様。この小領は完全に掌握致しました。そろそろ本軍に合流してもよろしいかと」


蒼い髪を後ろで束ねた女武将……織波家重臣である瀬良家当主、瀬良義実。彼女は小さい頃から信葉に付き従ってきた人物であり気心の知れた存在だ。
うつけうつけと呼ばれる信葉を唯一諫められる人物でもある。


「合流はまだよ。密偵から第6小領からこの小領都に敵の援軍が向かっているって情報が入ったから」

「なるほど。では其奴等を殲滅した後に本隊と合流すると」

「そういう事。敵が川を渡った後に伏兵で襲いなさい。そしたら撤退出来ずに殲滅出来るでしょうから。具体的な動きは後で伝えるから任せたわよ。あ、こんなのにアンタが出る必要無いから部下の誰かにでもやらせときなさい」

「承知致しました」


瀬良は恭しく頭を下げた後、隣にいた部下に指示をする。自らの策を携えた部下の女を見送った信葉は溜息を吐きながら空を見上げた。


「……もう、飽きちゃったなぁ」


どうせ今回も今までと同じく信葉の予想通りの展開になるのだ。信葉はそう思っていた。


「おや、うつけ……じゃなく信葉様は戦がお嫌いですか?」


そんな信葉の様子を見た瀬良がニヤリと笑う。


「別に好きとか嫌いじゃない。ただ、つまらないだけ。あと次うつけって言おうとしたらぶっ殺すわよ」

「おっとこれは失礼。此度の戦で評価がうつけ姫から猛将姫へと変貌なされた信葉様に言う言葉ではありませんでしたな。猛将姫、万歳!!」


その瞬間、信葉の鞘から放たれた剣閃が瀬良に襲いかかった。英傑の力で放たれた神速の一撃を、瀬良は間一髪の所でかわす。


「何をなさるのですか。貴女の馬鹿力で斬られたらいくら私でも死んでしまいます」

「殺すつもりだったから問題ないわ。その猛将姫ってのも禁止。なんか不愉快だから」


やれやれ、と瀬良は肩をすくめる。
二人は長年共に過ごしてきた間柄だ。互いの性格も熟知している。このやり取りもいつもの事だった。


「わがままなお姫様だ。連戦連勝の戦を楽しんでるかと思えば飽きたと仰る。もっとそう……自らの評価が上がるのを楽しめばよろしいではないですか」

「評価なんてどうでもいい。私は……退屈なのよ」

「ふむ、難儀な事だ」

「ホントにね」


信葉は自嘲気味に笑みを浮かべる。瀬良はそんな信葉を不思議そうに見つめていたが、実際には彼女は冷静に信葉という人物を評価していた。
幼少より才能の鱗片を見せていた信葉だが反抗的かつ奇抜な行動が目立つ為、家臣達からは煙たがられていた。しかし、瀬良は…瀬良だけは信葉を理解していた。
彼女はうつけなのではない。彼女の才覚について行けぬ我々こそがうつけなのだと。
時が来れば誰もが信葉の実力を正しく認識するだろう。その時まで自分が彼女を守ればいい。それが自分の役目だと瀬良は考えていた。

そしてまさに今現在、信葉という大輪の華が開花しようとしている。
それは信葉が待ち望んでいたもの。彼女が欲してやまなかったもの。涙すら溢れてきそうなくらいに瀬良は嬉しかった。

後はこのまま何事もなくこの戦が終われば、それでいい。


「……ん?」


だが、その時。信葉が険しい表情で呟くように言った。


「どうなされましたか、信葉様」


何時になく真剣な顔の信葉に瀬良は尋ねる。


「……」


信葉の視線の先。本陣の幕の向こう側。瀬良は釣られて視線をそちらに向けた。


「何か……いる」

「はて?何も見えませんが……」

「見えないけど、確かに感じる。これは……強い」


信葉の言葉に瀬良も眉をひそめた。瀬良自身も英傑ではあるが自身と比較にならぬ程の英傑である信葉が感じた気配ならば確かなのだろう。
しかし宗家の側には大した英傑がいない筈だし、いたとしても秀菜との決戦の為に宗家本軍にいるだろう。こんな辺境に強者がいるとは考えられないが……

瀬良が首を傾げていると、幕の外から慌ただしい足音が聞こえてくる。姿を現したのは伝令兵であった。


「報告します!!敵援軍、渡河後に包囲したものの撤退されました!」

「―――なに?」


伝令兵の言葉に瀬良は目を見開く。今、コイツはなんと言ったのか。


「どういう意味だ。敵の援軍の数が多かったのか?」

「い、いえ……敵の数は500に満たぬ、恐らく300前後かと思われますがその中に英傑や猛者が混ざっていたようで、其奴等が殿を務めた結果、撤退を許してしまい……」


信じられなかった。たった300の兵だというのに伏兵による包囲を突破され、更に川まで渡って撤退されるだと?


「現在敵英傑の為に自軍に被害が出ております!騎馬隊も通用しない可能性が高く瀬良様に援軍を頼みたい、と!」

「……馬鹿な」


一体何処にそんな強力な英傑が隠れていたというのだ。それに包囲を突破されたというからには恐らく事前にこちらの思惑を察知して予め用意していたに違いない。
有り得ぬ。信葉様の策はこれまで完璧だった。宗家に従う奴等如きが敵う訳がない……

しかし、事実なのだろう。瀬良は思考を冷徹ないくさ人のそれに切り替える。


「信葉様、私が出陣するので御身はここ……で……」


瀬良がそう言いかけたところで、彼女の言葉は止まった。

何故なら、信葉の顔を見てしまったから。

今までに、彼女が産まれてから一度も見たことの無いような、とても楽しそうな顔を。
同じ女ですら見惚れる程の整った容姿を持つ信葉が、まるで玩具を与えられた子供のような無邪気な笑顔を浮かべていた。


「ああ―――ようやく現れたんだ」


信葉はゆっくりと立ち上がると、腰に差した剣に手をかける。
それを遮るように瀬良が口を開いた。


「お待ち下さい、信葉様。貴女は総大将……ぐほぁ!?」


瀬良の腹部に信葉の拳がめり込む。
英傑の一撃を受け、瀬良は口から胃液を吐き出しながらその場に膝を突く。


「私の策を破った奴。私の思い通りにならない奴。一体どんな奴なんだろう」


信葉はまるで恋焦がれる乙女のようにうっとりとした表情で、刀の柄を強く握った。


「早く見たい。早く会いたい。早く、戦いたい」

「ぐっ……」


瀬良を殴った事にすら気付いていない信葉に、瀬良は痛みを堪えながら傍にいた部下の兵に声を絞り出す。


「おい、馬を出せ。信葉様のと、私のもだ」

「よ、よろしいのですか?」

「いい。今の信葉様に何を言っても無駄だ。ここで暴れられるよりはご希望通りにしてやる方がマシだ」

「わ、分かりました」


兵は慌てて信葉達の馬を連れてくる為に駆け出した。
瀬良は信葉に気付かれぬよう、そっと溜息を吐く。


「全く、困ったものだ」


やはり戦は戦か。思い通りにならぬのが戦というもの。
彼女は戦場でのみ生き、生を実感する。その事を瀬良は理解していた。
故に彼女は思う。この戦で我等の英傑は更に輝きを増すだろうと。

瀬良に出来る事はただ彼女を影から支えるのみ。彼女は信葉の側を離れず、常に彼女を守り続ける。


「行くわよ、瀬良!」


キラキラと輝いた目で、信葉は叫んだ。
今までに見た事がないような、それはもう、嬉しそうな顔。
こちらの気も知らないで……と、瀬良は小さく溜め息をついた。だが、彼女もまた信葉に釣られてか小さく笑みを零している事に彼女自身は気がついていない。


「御意」


二人は戦場へと赴く。
その先に何があるのか。信葉はまだ知らなかった。
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