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本編
37.「の、信葉さまぁ!?」
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村長達が激闘を繰り広げている頃……白狐が先導する兵達は川のほとりまで辿り着いていた。
来る時は穏やかで綺麗だった川は追い詰められている今見ると、行く手を阻むとても恐ろしい存在に見えた。
「ど、どうすんだ!こんな川ちんたら渡ってたら弓矢の餌食だぞ!」
恐怖に染まりきった女の一人が言った。
事実、川を渡っている時に攻撃されたら一巻の終わりだ。渡河中に矢を射かけられ、ろくに動けないまま川の中に倒れ込む事になる。そうなれば全滅は免れない。
だが、そんな事は白狐も百も承知である。
「大丈夫。落ち着いて!拙者に任せるでござる!」
白狐は焦る事なく、両手を合わせ祈るように目を閉じた。
「何をするつもりなんだ……?」
白狐の意図が読めず、不安がる兵士達。
そんな彼等の前で白狐は詠唱を始めた。
「狐狸流忍術・氷結魂狐!」
「えっ!?」
次の瞬間、白狐が手を合わせた箇所から凄まじい冷気が発せられ、川の水が瞬く間に凍りついた。
「こ、これは……!?」
「おぉ……」
理外の光景に驚く兵士達。それもそうだろう、川の水が一瞬にして凍るなど誰も見た事などないのだから。
「皆の者、これを渡るでござる!」
白狐はそう言って、出来たばかりの氷の上を歩き出した。
それを見て兵士達は恐る恐る凍った川を渡り始める。幸いにも流れたまま凍った凹凸が激しい氷であった為そこまで滑る事もなく、表面が割れる事も無かった。
何人かの兵が無事に氷の上を渡るのを見て堰を切ったように次々と渡り出す
「あ、ありがてぇ!アンタは命の恩人だ!」
そう言いながら兵士は白狐に感謝の意を示す。
「早く渡るでござるよ!敵が来ない内に」
兵士達は氷の川を足早に渡りきると、そのまま一気に山の奥へと走り出す。
あの山さえ超えれば自分達の小領まで帰れるが……果たしてそれが出来るかどうかは分からない。
あの伏兵はこちらの動きを察知し入念に準備されたものだ。そんな事が出来る時点で救援に行こうとしていた小領都は既に敵の手に墜ちたと考えるべきであろう。
なんという迅速で周到な用兵だろうか、小領都を制圧した後に後詰めの敵を警戒し伏兵まで準備していた……
敵の将は白狐が思っていたより遥かに有能で、そして狡猾な人物だ。
「よし、皆渡りきったかな……」
どうやら全員無事に渡ったようだ。そう確認した白狐は安堵の息を漏らす。
「おーい!忍者殿も早く渡ってこーい!」
対岸から手を振り白狐を呼ぶ兵達。だが、白狐にはまだやる事があった。今この川を渡る訳にはいかないのだ。
「拙者はまだやる事があるでござる!皆は早く逃げるでござるよ!もし逃げ切れないなら、山の中の砦に避難するといいでござる!」
「え、おい!戻ったらあんた死んじまうぞ!?」
そう言い残し、止める声も聞かずに白狐は踵を返し来た道を戻っていった。
―――――――――
碧波村の村人達と力丸は敵の猛攻を防ぎつつ後退していたが、次第に数の差に押され始めていた。
無理もない、たった十人前後で何百人もの敵を相手にしているのだから。
「ぐっ……!」
敵兵の剣撃を受け、村長の身体がよろめく。力丸と村人達が慌てて駆け寄るが村長はなんとか立ち上がった。
「大丈夫。まだ戦えます」
村長は長槍を構え直し、再び敵に向き直る。
だが、既に村長の周囲には幾つもの傷が刻まれていた。
敵はじりじりと村長達に近づき包囲の輪を狭めてくる。
このままではジリ貧だ。どうにかして打開せねば……
村長は必死に思考を巡らせるが、敵は待ってくれない。それどころか敵の数が徐々に増えてきている始末だ。
「おい、村長さんよ!騎馬隊まで出てきやがった!」
力丸が叫ぶ。その視線の先には確かに馬に乗った敵兵の姿があった。
まずい、このままでは……!
「みんな、私が引きつけます!その隙に皆さんは撤退してください!」
「何を言うんだべさ!オラも戦うだ!」
「そうだよ!私達も一緒に戦うよ!」
村長の言葉に、村人達は口々に反論するが、村長は首を横に振った。
「ダメです。これ以上は危険すぎます。私の事はいいのでどうか皆さんは……!」
村長は覚悟を決めた表情で、迫る敵を睨みつける。その瞳には決意の色が浮かんでいた。
騎兵というのは基本的に位の高い、英傑の血が混じった精鋭だ。騎兵の突撃をまともに喰らえば、たとえ英傑の身体能力を持っていたとしてもひとたまりも無い。
常人である村人達は尚更だ。だが、それでも彼女達は引こうとはしなかった。
「オラ!今更引ける訳ねぇだろうが!それに奴等、一人も逃がす気は無さそうだぜ!?」
騎馬隊が一斉に突撃の構えを取る。最早選択肢はない。迎撃しか無い。
村長は無言で槍を構える。村人達と力丸もそれぞれの武器を構えた。
「突撃せよ!」
敵方の指揮官が号令を下す。それに呼応して敵部隊が雄叫びを上げながら突進してきた。
村長は精神を研ぎ澄ます。迫りくる騎馬隊の勢いは凄まじく、まるで地響きのような音を立てて迫ってくる。
だが、ここで退くわけには行かない。自分が皆を守るのだ。
村長は槍を構え殺気を切っ先に載せ―――
「狐狸流忍術・雷鳴閃!」
その瞬間、少年の声が戦場に鳴り響いた。
次の瞬間、稲光が空から降り注ぎ、轟音が辺りに木霊した。
「な、なんだ!?」
「落雷!?」
突然の出来事に動揺する兵士達。馬は雷鳴の衝撃で暴れ狂い、乗っていた兵士達は落馬していく。
「村長さん!助けにきたよ!」
「白狐くん!」
白狐であった。彼は天より舞い降りた稲妻の如く、疾風迅雷の速度で敵陣に突っ込み、雷撃を放ったのである。
突然現れた忍者に敵軍は混乱の極致にあった。
「忍者までいるのか……!?どうなってるんだコイツ等は!ええい、囲め!囲んで一斉に仕掛けよ!!」
敵指揮官が怒号を飛ばす。それを聞いて我を取り戻した敵兵が白狐を取り囲み、一斉に襲い掛かった。
「狐狸流体術・旋風狐尻尾!」
白狐はその場で回転しながら尻尾を振り回し強烈な圧を放ち、周囲を薙ぎ払う。
白狐を中心に竜巻が巻き起こり、周囲の敵兵は吹き飛ばされた。
「残念でした~!忍者を取り囲んでも意味ないで~す!」
白狐は余裕の笑みを浮かべながら敵兵を挑発すると、再び跳躍し今度は上空へと飛び上がった。
「狐狸流忍法・火遁の術!」
白狐の手のひらから放たれた火炎放射が地上にいる敵兵の行く手を遮るように立ち塞がる。
「うわぁあああ!!?」
「あつっ!あっつい!」
突如発生した火災に慌てふためく敵兵達。中には炎に包まれながらも白狐に飛びかかろうとする猛者もいたが、白狐は華麗にひらりと避け、逆に蹴りを叩き込む。
「村長さん!今のうちに!」
火炎が辺りを包む中、白狐は村長に呼びかけた。
その言葉にハッと我に返った村長は力強く首肯する。
「ありがとうございます白狐くん!皆さん、今のうちに!」
「び、白狐はどうすんだ!?」
「僕は一人で逃げ切れるから大丈夫!」
そう言い残して白狐は駆け出した。
その背中を見送り、村長は村人達を連れて撤退を始める。
「彼なら大丈夫です!むしろ私達がいたら彼の足手まといになります!さぁ早く!」
村長の号令の元、村人達は撤退していく。それを敵兵達は黙って見ている訳もなく、追いかけようとした。
「僕だけを見て……♡なんちゃって!」
その前に立ちはだかる白狐。敵兵は苛立った様子で剣を構え、再び襲いかかってきた。
「おのれ小童め!貴様のせいで我らの計画が台無しではないか!許せん!」
怒り心頭の様子で剣を振る敵兵。だが、白狐はそれを軽々といなすと、カウンターの要領で敵兵の顔に掌底を打ち込んだ。
「ぐぉ……ッ!」
女性の顔面を打撲するのは心苦しいがここは戦場だ。情けをかけていてはこっちがやられる。
極力命は奪わないように立ち回るが、それでも多少の怪我は覚悟してもらおう。
「まだまだいくよ!狐狸流忍術・電光石狐!」
白狐は目にも留まらぬ速さで動き回り、敵を翻弄する。敵の意識が一瞬逸れる。その隙を見逃さず、白狐は敵兵達の背後に回った。
そして次々に手刀を打ち込み、気絶させていく。
数十人はいたであろう敵の一部隊は、ものの数秒で壊滅状態に陥っていた。
「な、なんという強さだ。もしやアレは中忍か……?」
敵兵は白狐の常識離れした強さに慄き、一歩も動けないでいた。
中忍。それは忍者の指揮官であり、下忍を束ねる者でもある。下忍とは一線を画す存在なのだ。
下忍ですら厄介な強さを持つというのに中忍ともなれば英傑に匹敵する脅威ともなる。
通常こんな小規模の軍に中忍がいるなど有り得ぬ事なのだが、実際にいるのだからしょうがない。
そして敵兵の誰もが理解した。目の前の少年は自分達では到底太刀打ち出来ない相手だと。
だが、このまま引き下がる訳にはいかない。彼女等とて武士の端くれである。戦わずに逃げるなどプライドが許さなかった。
「こうなったら私が……」
騎馬隊を潰され、戦力を失った敵の指揮官が槍を手に取る。雑兵では中忍に勝つ事など不可能。
ならば少しだが英傑の血が混ざる自分が出る他なし。彼女は覚悟を決め、槍を構えた。
だが、それを阻むかのように一人の女が彼女の槍を横から掴んだ。
「っ…?」
指揮官たる自分の武器を掴むとは一体何奴か。そう思い、視線を向けるとそこには彼女がよく見知った顔があった。
「苦戦しているようだな」
蒼い髪を後ろで束ね、ポニーテールにした美女。切れ長の目には鋭い眼光が宿っている。
腰には刀を差し、その身からは凄まじい覇気を放っているその女は、紛れも無く―――
「せ、瀬良様!?」
指揮官の武士が驚いたように声を上げる。その反応に満足げな表情を浮かべると、彼女は不敵に笑った。
「信葉様の策を授かったお前が苦戦してると聞いて耳を疑ったが……成る程、アレが原因か」
瀬良、と呼ばれた女武士はチラリと戦場へ目を向ける。そこには白狐が大人数を相手に孤軍奮闘する姿があり、彼女はそれを見て目を細めた。
「あれは……忍者か。それもあの動きの冴えと忍術の威力を見るに中忍以上。ふむ……」
顎に手を当て考え込む仕草を見せる瀬良。その姿を見て指揮官の女武士は希望を見出した。
そうだ。この方は織波家に仕える重臣、瀬良家の当主にして武闘派の急先鋒。自分とは違い英傑の血が濃い彼女ならばあの忍者にも勝てる筈だ。
「申し訳御座いませぬ……!信葉様の御策を賜りながらみすみす敵を逃してしまったのは私の責任で御座います!しかし、瀬良様が来てくださったからにはもう勝利は確実!どうか、あの忍者を倒して下され!」
「ん?あぁ……まぁ……そうしたいのは山々なんだが……」
指揮官の言葉に瀬良は言い淀むように言葉を濁らせる。
その様子を指揮官の女は訝しんだ。瀬良様は我々を助けに来てくれたんじゃないのか?
何もしないのなら何故ここに来たのだろうか。伝令を飛ばしてから彼女がここに来るまでとてつもない早さだったので急いでこの場に来たのは間違いなさそうなのだが……
そう疑問を浮かべ首を傾げる指揮官の女に、瀬良は面倒臭そうにため息を吐くと、静かに口を開いた。
「"うつけ姫"……いや、信葉様がもうあの忍者に向かってるから横槍を入れたら怒られちまうんだろうなぁ……って思ってさぁ」
「……は?」
指揮官の女は間の抜けた声で聞き返した。
その瞬間、彼女達に大きな影がかかる。
空を見ると馬に乗った人物が飛翔するように跳躍していた。
指揮官の女は馬に乗る人物を見て目を大きく見開いた。
まだ少女とも言ってもいい程のあどけなさを残した整った顔立ち。黒く輝く長い髪は風に靡き、まるで羽衣のようにたなびいている。
大きな瞳をキラキラと輝かせ、彼女は楽しげに微笑んでいた。まるで宝物を見つけたかのように、嬉々とした様子で。
「の、信葉さまぁ!?」
それは自軍の大将である織波信葉その人であった―――
来る時は穏やかで綺麗だった川は追い詰められている今見ると、行く手を阻むとても恐ろしい存在に見えた。
「ど、どうすんだ!こんな川ちんたら渡ってたら弓矢の餌食だぞ!」
恐怖に染まりきった女の一人が言った。
事実、川を渡っている時に攻撃されたら一巻の終わりだ。渡河中に矢を射かけられ、ろくに動けないまま川の中に倒れ込む事になる。そうなれば全滅は免れない。
だが、そんな事は白狐も百も承知である。
「大丈夫。落ち着いて!拙者に任せるでござる!」
白狐は焦る事なく、両手を合わせ祈るように目を閉じた。
「何をするつもりなんだ……?」
白狐の意図が読めず、不安がる兵士達。
そんな彼等の前で白狐は詠唱を始めた。
「狐狸流忍術・氷結魂狐!」
「えっ!?」
次の瞬間、白狐が手を合わせた箇所から凄まじい冷気が発せられ、川の水が瞬く間に凍りついた。
「こ、これは……!?」
「おぉ……」
理外の光景に驚く兵士達。それもそうだろう、川の水が一瞬にして凍るなど誰も見た事などないのだから。
「皆の者、これを渡るでござる!」
白狐はそう言って、出来たばかりの氷の上を歩き出した。
それを見て兵士達は恐る恐る凍った川を渡り始める。幸いにも流れたまま凍った凹凸が激しい氷であった為そこまで滑る事もなく、表面が割れる事も無かった。
何人かの兵が無事に氷の上を渡るのを見て堰を切ったように次々と渡り出す
「あ、ありがてぇ!アンタは命の恩人だ!」
そう言いながら兵士は白狐に感謝の意を示す。
「早く渡るでござるよ!敵が来ない内に」
兵士達は氷の川を足早に渡りきると、そのまま一気に山の奥へと走り出す。
あの山さえ超えれば自分達の小領まで帰れるが……果たしてそれが出来るかどうかは分からない。
あの伏兵はこちらの動きを察知し入念に準備されたものだ。そんな事が出来る時点で救援に行こうとしていた小領都は既に敵の手に墜ちたと考えるべきであろう。
なんという迅速で周到な用兵だろうか、小領都を制圧した後に後詰めの敵を警戒し伏兵まで準備していた……
敵の将は白狐が思っていたより遥かに有能で、そして狡猾な人物だ。
「よし、皆渡りきったかな……」
どうやら全員無事に渡ったようだ。そう確認した白狐は安堵の息を漏らす。
「おーい!忍者殿も早く渡ってこーい!」
対岸から手を振り白狐を呼ぶ兵達。だが、白狐にはまだやる事があった。今この川を渡る訳にはいかないのだ。
「拙者はまだやる事があるでござる!皆は早く逃げるでござるよ!もし逃げ切れないなら、山の中の砦に避難するといいでござる!」
「え、おい!戻ったらあんた死んじまうぞ!?」
そう言い残し、止める声も聞かずに白狐は踵を返し来た道を戻っていった。
―――――――――
碧波村の村人達と力丸は敵の猛攻を防ぎつつ後退していたが、次第に数の差に押され始めていた。
無理もない、たった十人前後で何百人もの敵を相手にしているのだから。
「ぐっ……!」
敵兵の剣撃を受け、村長の身体がよろめく。力丸と村人達が慌てて駆け寄るが村長はなんとか立ち上がった。
「大丈夫。まだ戦えます」
村長は長槍を構え直し、再び敵に向き直る。
だが、既に村長の周囲には幾つもの傷が刻まれていた。
敵はじりじりと村長達に近づき包囲の輪を狭めてくる。
このままではジリ貧だ。どうにかして打開せねば……
村長は必死に思考を巡らせるが、敵は待ってくれない。それどころか敵の数が徐々に増えてきている始末だ。
「おい、村長さんよ!騎馬隊まで出てきやがった!」
力丸が叫ぶ。その視線の先には確かに馬に乗った敵兵の姿があった。
まずい、このままでは……!
「みんな、私が引きつけます!その隙に皆さんは撤退してください!」
「何を言うんだべさ!オラも戦うだ!」
「そうだよ!私達も一緒に戦うよ!」
村長の言葉に、村人達は口々に反論するが、村長は首を横に振った。
「ダメです。これ以上は危険すぎます。私の事はいいのでどうか皆さんは……!」
村長は覚悟を決めた表情で、迫る敵を睨みつける。その瞳には決意の色が浮かんでいた。
騎兵というのは基本的に位の高い、英傑の血が混じった精鋭だ。騎兵の突撃をまともに喰らえば、たとえ英傑の身体能力を持っていたとしてもひとたまりも無い。
常人である村人達は尚更だ。だが、それでも彼女達は引こうとはしなかった。
「オラ!今更引ける訳ねぇだろうが!それに奴等、一人も逃がす気は無さそうだぜ!?」
騎馬隊が一斉に突撃の構えを取る。最早選択肢はない。迎撃しか無い。
村長は無言で槍を構える。村人達と力丸もそれぞれの武器を構えた。
「突撃せよ!」
敵方の指揮官が号令を下す。それに呼応して敵部隊が雄叫びを上げながら突進してきた。
村長は精神を研ぎ澄ます。迫りくる騎馬隊の勢いは凄まじく、まるで地響きのような音を立てて迫ってくる。
だが、ここで退くわけには行かない。自分が皆を守るのだ。
村長は槍を構え殺気を切っ先に載せ―――
「狐狸流忍術・雷鳴閃!」
その瞬間、少年の声が戦場に鳴り響いた。
次の瞬間、稲光が空から降り注ぎ、轟音が辺りに木霊した。
「な、なんだ!?」
「落雷!?」
突然の出来事に動揺する兵士達。馬は雷鳴の衝撃で暴れ狂い、乗っていた兵士達は落馬していく。
「村長さん!助けにきたよ!」
「白狐くん!」
白狐であった。彼は天より舞い降りた稲妻の如く、疾風迅雷の速度で敵陣に突っ込み、雷撃を放ったのである。
突然現れた忍者に敵軍は混乱の極致にあった。
「忍者までいるのか……!?どうなってるんだコイツ等は!ええい、囲め!囲んで一斉に仕掛けよ!!」
敵指揮官が怒号を飛ばす。それを聞いて我を取り戻した敵兵が白狐を取り囲み、一斉に襲い掛かった。
「狐狸流体術・旋風狐尻尾!」
白狐はその場で回転しながら尻尾を振り回し強烈な圧を放ち、周囲を薙ぎ払う。
白狐を中心に竜巻が巻き起こり、周囲の敵兵は吹き飛ばされた。
「残念でした~!忍者を取り囲んでも意味ないで~す!」
白狐は余裕の笑みを浮かべながら敵兵を挑発すると、再び跳躍し今度は上空へと飛び上がった。
「狐狸流忍法・火遁の術!」
白狐の手のひらから放たれた火炎放射が地上にいる敵兵の行く手を遮るように立ち塞がる。
「うわぁあああ!!?」
「あつっ!あっつい!」
突如発生した火災に慌てふためく敵兵達。中には炎に包まれながらも白狐に飛びかかろうとする猛者もいたが、白狐は華麗にひらりと避け、逆に蹴りを叩き込む。
「村長さん!今のうちに!」
火炎が辺りを包む中、白狐は村長に呼びかけた。
その言葉にハッと我に返った村長は力強く首肯する。
「ありがとうございます白狐くん!皆さん、今のうちに!」
「び、白狐はどうすんだ!?」
「僕は一人で逃げ切れるから大丈夫!」
そう言い残して白狐は駆け出した。
その背中を見送り、村長は村人達を連れて撤退を始める。
「彼なら大丈夫です!むしろ私達がいたら彼の足手まといになります!さぁ早く!」
村長の号令の元、村人達は撤退していく。それを敵兵達は黙って見ている訳もなく、追いかけようとした。
「僕だけを見て……♡なんちゃって!」
その前に立ちはだかる白狐。敵兵は苛立った様子で剣を構え、再び襲いかかってきた。
「おのれ小童め!貴様のせいで我らの計画が台無しではないか!許せん!」
怒り心頭の様子で剣を振る敵兵。だが、白狐はそれを軽々といなすと、カウンターの要領で敵兵の顔に掌底を打ち込んだ。
「ぐぉ……ッ!」
女性の顔面を打撲するのは心苦しいがここは戦場だ。情けをかけていてはこっちがやられる。
極力命は奪わないように立ち回るが、それでも多少の怪我は覚悟してもらおう。
「まだまだいくよ!狐狸流忍術・電光石狐!」
白狐は目にも留まらぬ速さで動き回り、敵を翻弄する。敵の意識が一瞬逸れる。その隙を見逃さず、白狐は敵兵達の背後に回った。
そして次々に手刀を打ち込み、気絶させていく。
数十人はいたであろう敵の一部隊は、ものの数秒で壊滅状態に陥っていた。
「な、なんという強さだ。もしやアレは中忍か……?」
敵兵は白狐の常識離れした強さに慄き、一歩も動けないでいた。
中忍。それは忍者の指揮官であり、下忍を束ねる者でもある。下忍とは一線を画す存在なのだ。
下忍ですら厄介な強さを持つというのに中忍ともなれば英傑に匹敵する脅威ともなる。
通常こんな小規模の軍に中忍がいるなど有り得ぬ事なのだが、実際にいるのだからしょうがない。
そして敵兵の誰もが理解した。目の前の少年は自分達では到底太刀打ち出来ない相手だと。
だが、このまま引き下がる訳にはいかない。彼女等とて武士の端くれである。戦わずに逃げるなどプライドが許さなかった。
「こうなったら私が……」
騎馬隊を潰され、戦力を失った敵の指揮官が槍を手に取る。雑兵では中忍に勝つ事など不可能。
ならば少しだが英傑の血が混ざる自分が出る他なし。彼女は覚悟を決め、槍を構えた。
だが、それを阻むかのように一人の女が彼女の槍を横から掴んだ。
「っ…?」
指揮官たる自分の武器を掴むとは一体何奴か。そう思い、視線を向けるとそこには彼女がよく見知った顔があった。
「苦戦しているようだな」
蒼い髪を後ろで束ね、ポニーテールにした美女。切れ長の目には鋭い眼光が宿っている。
腰には刀を差し、その身からは凄まじい覇気を放っているその女は、紛れも無く―――
「せ、瀬良様!?」
指揮官の武士が驚いたように声を上げる。その反応に満足げな表情を浮かべると、彼女は不敵に笑った。
「信葉様の策を授かったお前が苦戦してると聞いて耳を疑ったが……成る程、アレが原因か」
瀬良、と呼ばれた女武士はチラリと戦場へ目を向ける。そこには白狐が大人数を相手に孤軍奮闘する姿があり、彼女はそれを見て目を細めた。
「あれは……忍者か。それもあの動きの冴えと忍術の威力を見るに中忍以上。ふむ……」
顎に手を当て考え込む仕草を見せる瀬良。その姿を見て指揮官の女武士は希望を見出した。
そうだ。この方は織波家に仕える重臣、瀬良家の当主にして武闘派の急先鋒。自分とは違い英傑の血が濃い彼女ならばあの忍者にも勝てる筈だ。
「申し訳御座いませぬ……!信葉様の御策を賜りながらみすみす敵を逃してしまったのは私の責任で御座います!しかし、瀬良様が来てくださったからにはもう勝利は確実!どうか、あの忍者を倒して下され!」
「ん?あぁ……まぁ……そうしたいのは山々なんだが……」
指揮官の言葉に瀬良は言い淀むように言葉を濁らせる。
その様子を指揮官の女は訝しんだ。瀬良様は我々を助けに来てくれたんじゃないのか?
何もしないのなら何故ここに来たのだろうか。伝令を飛ばしてから彼女がここに来るまでとてつもない早さだったので急いでこの場に来たのは間違いなさそうなのだが……
そう疑問を浮かべ首を傾げる指揮官の女に、瀬良は面倒臭そうにため息を吐くと、静かに口を開いた。
「"うつけ姫"……いや、信葉様がもうあの忍者に向かってるから横槍を入れたら怒られちまうんだろうなぁ……って思ってさぁ」
「……は?」
指揮官の女は間の抜けた声で聞き返した。
その瞬間、彼女達に大きな影がかかる。
空を見ると馬に乗った人物が飛翔するように跳躍していた。
指揮官の女は馬に乗る人物を見て目を大きく見開いた。
まだ少女とも言ってもいい程のあどけなさを残した整った顔立ち。黒く輝く長い髪は風に靡き、まるで羽衣のようにたなびいている。
大きな瞳をキラキラと輝かせ、彼女は楽しげに微笑んでいた。まるで宝物を見つけたかのように、嬉々とした様子で。
「の、信葉さまぁ!?」
それは自軍の大将である織波信葉その人であった―――
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