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23.ふたりきり
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練習に明け暮れた日々は、加速度的に過ぎていった。本番までのカウントダウンが、焦りを掻き立てる。放課後は毎日走るようにして瑛斗先輩の家に集まり、暗くなるまで練習した。休みの日も、もちろん朝から集まった。
曲の完成度は、だんだんと上がってきているように感じる。数をこなして息が合ってきたのもあるけど、お互いのことを少しずつ知っていく過程が、曲にも表れているんじゃないかと思う。
太陽先輩は、楽器を始めたのが遅いことが、コンプレックスなのだという。遅いといっても小学6年生からで、そんなに遅いのだろうかと私は首をかしげた。
「物心ついた時から楽器に触れてます、みたいな奴らとは、やっぱ全然違うんだよ。指は動かないし、耳もそんなに良くないし」
練習終わりに話していた時の、太陽先輩の焦れた表情が印象的だった。そんな太陽先輩と、合わせ鏡みたいな気持ちを抱えていたのが瑛斗先輩で。
「でも、物心ついた時から触れてたら、それが自分の意思なのか、やらされてるのか、わかんなくなるよ。俺の好きは、本当に俺の好きなのかな、環境に思い込まされてるだけじゃないかな、って」
瑛斗先輩は、少し寂しげに笑っていた。
「あんな風に悩んでる時点で、好きだよね」
帰り道、ふたりになったタイミングで、清水くんが静かに言った。
「二人を見てると、俺には気持ちが足りないなって思う」
そんなことないよ。そう伝えたかった。清水くんのドラムスキルを見ればわかる。音楽が好きじゃなければ、あんなテクニックは身につかないはずだ。でも、それを言葉にすれば途端にぺらっぺらになってしまいそうで、言えなかった。
「……がんばろうね」
それだけしか言えなかった。言葉にできなかった分は全部、音に乗せて届けよう。私はぎゅっと拳を握った。
清水くんとも別れ、大通り沿いを歩いて、家にたどり着く。まだ誰も帰っていなかった。そういえば、今日は両親とも遅くなるって言ってたっけ。
手洗いうがいをして、部屋着に着替えたところで、美月が帰ってきた。
「……おかえり」
「……ただいま」
この緊張感を緩和してくれる、お父さんとお母さんがいない。私たちはお互い目を逸らしたまま、たどたどしく言葉を交わした。
「ご飯、食べる?」
なにか言葉を続けなければ、と思って出てきたのがそれだった。もっとなにかあるだろう、って自分に落胆した、けど。
「うん」
美月が頷いてくれたおかげで、なんとか会話の形になる。
「準備するね」
私が言うと、美月がまた頷いた。部屋着に着替えるのだろう、リビングを出ていく。
私は夕飯の準備にとりかかった。と言っても、両親が準備してくれてたものを、ただ温めるだけ。冷凍ごはんと味噌汁とハンバーグ。順々に温めて盛りつけて、食卓に並べたところで、美月が戻ってきた。
「いただきます」
「いただきます」
ダイニングテーブルを挟んで斜めに向かい合った私たちは、ばらばらと手を合わせた。
静かなダイニングに、それぞれが食べるときに立てる微かな音だけが響く。テレビをつけておけばよかった。そう思ったけど、今更つけるのもかえって気まずい。たぶん、美月もそう思っている。ちらりとうかがった表情に、気まずさが滲んでいた。
「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまでした」
ふたりともが急いで食べたせいで、食べ終わるタイミングが合ってしまった。微妙に重なった声が、気まずく部屋に響く。私は食器を片付けようと立ち上がった。
「練習、どう?」
美月が口を開いた。急に話しかけられて驚いた私は、また椅子に座る。
さっきまでとは違う、決心したかのような顔で、美月が私を見つめていた。
曲の完成度は、だんだんと上がってきているように感じる。数をこなして息が合ってきたのもあるけど、お互いのことを少しずつ知っていく過程が、曲にも表れているんじゃないかと思う。
太陽先輩は、楽器を始めたのが遅いことが、コンプレックスなのだという。遅いといっても小学6年生からで、そんなに遅いのだろうかと私は首をかしげた。
「物心ついた時から楽器に触れてます、みたいな奴らとは、やっぱ全然違うんだよ。指は動かないし、耳もそんなに良くないし」
練習終わりに話していた時の、太陽先輩の焦れた表情が印象的だった。そんな太陽先輩と、合わせ鏡みたいな気持ちを抱えていたのが瑛斗先輩で。
「でも、物心ついた時から触れてたら、それが自分の意思なのか、やらされてるのか、わかんなくなるよ。俺の好きは、本当に俺の好きなのかな、環境に思い込まされてるだけじゃないかな、って」
瑛斗先輩は、少し寂しげに笑っていた。
「あんな風に悩んでる時点で、好きだよね」
帰り道、ふたりになったタイミングで、清水くんが静かに言った。
「二人を見てると、俺には気持ちが足りないなって思う」
そんなことないよ。そう伝えたかった。清水くんのドラムスキルを見ればわかる。音楽が好きじゃなければ、あんなテクニックは身につかないはずだ。でも、それを言葉にすれば途端にぺらっぺらになってしまいそうで、言えなかった。
「……がんばろうね」
それだけしか言えなかった。言葉にできなかった分は全部、音に乗せて届けよう。私はぎゅっと拳を握った。
清水くんとも別れ、大通り沿いを歩いて、家にたどり着く。まだ誰も帰っていなかった。そういえば、今日は両親とも遅くなるって言ってたっけ。
手洗いうがいをして、部屋着に着替えたところで、美月が帰ってきた。
「……おかえり」
「……ただいま」
この緊張感を緩和してくれる、お父さんとお母さんがいない。私たちはお互い目を逸らしたまま、たどたどしく言葉を交わした。
「ご飯、食べる?」
なにか言葉を続けなければ、と思って出てきたのがそれだった。もっとなにかあるだろう、って自分に落胆した、けど。
「うん」
美月が頷いてくれたおかげで、なんとか会話の形になる。
「準備するね」
私が言うと、美月がまた頷いた。部屋着に着替えるのだろう、リビングを出ていく。
私は夕飯の準備にとりかかった。と言っても、両親が準備してくれてたものを、ただ温めるだけ。冷凍ごはんと味噌汁とハンバーグ。順々に温めて盛りつけて、食卓に並べたところで、美月が戻ってきた。
「いただきます」
「いただきます」
ダイニングテーブルを挟んで斜めに向かい合った私たちは、ばらばらと手を合わせた。
静かなダイニングに、それぞれが食べるときに立てる微かな音だけが響く。テレビをつけておけばよかった。そう思ったけど、今更つけるのもかえって気まずい。たぶん、美月もそう思っている。ちらりとうかがった表情に、気まずさが滲んでいた。
「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまでした」
ふたりともが急いで食べたせいで、食べ終わるタイミングが合ってしまった。微妙に重なった声が、気まずく部屋に響く。私は食器を片付けようと立ち上がった。
「練習、どう?」
美月が口を開いた。急に話しかけられて驚いた私は、また椅子に座る。
さっきまでとは違う、決心したかのような顔で、美月が私を見つめていた。
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