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22.もう一曲
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結局、美月にちゃんと謝ることができないまま、テスト最終日を迎えた。テスト最終日とはつまり、部活再開の日だ。放課後、エテルノはさっそく瑛斗先輩の家に集まった。
本番までもう日が無い。練習中は美月のことを置いておいて、とにかく集中しないといけない。よし、と心の中で気合を入れる。
「あ、そうだ。もう一曲は、これに決めたから」
練習前、太陽先輩はおもむろに言って、私と清水くんにスコアを渡した。
「まじか」
瑛斗先輩が、清水くんの手にしたスコアを覗き見て声を上げた。彼にすら、事前の打診は無かったようだ。曲を知ったその表情には、驚きと呆れとワクワクが入り混じっている。
なんでそんな表情に? 不思議に思いながら、私も渡されたスコアに視線を落とした。
白い、というのが譜面を見た最初の感想だ。これまで練習したエテルノのどの曲よりも、白い楽譜だった。白いというのはつまり、音数が少ないということ。複雑なリズムや、難しい運指は無さそうだ。テンポも、ゆっくり。けど、イコール簡単な曲、というわけではない。
「今まで練習したどの曲よりも難しい」
太陽先輩の言う通りだ。シンプルな曲というのは、少しのズレも気になるし、盛り上がりをつくるのも大変だ。何より、私たち一人一人の気持ちがどれだけこもっているか、が如実にあらわれる。誤魔化しのきかない難曲だ。本番までもうあまり時間のない中、先輩はなぜこの曲を選んだのだろう。
手元の楽譜から、演奏をイメージする。なんとこの曲は、キーボードのソロから始まるらしい。一人っきりで四小節、しっとりと弾いたところへ、あとの三人が静かに入ってくる。一人で弾いたのと同じフレーズを、今度は四人で。イントロで張り詰めた空気を作り上げたところに、太陽先輩のまっすぐな歌声が響く。劣等感をテーマに紡がれた歌詞が、共感を通り越して胸に突き刺さる——。
「……やりたいです」
気づけば、私はそう口にしていた。今の私に、ぴったりの曲だと思ったから。
「だろ?」
太陽先輩が得意げに微笑む。
「今の俺らに、ぴったりだよね」
瑛斗先輩が頷いた。
「俺ら……?」
首を傾げた私に、太陽先輩が笑って頷く。
「何かしらの劣等感を抱えてるのは、結月だけじゃないってことだよ」
それは全然責める口調ではなかったけれど、言われてハッとする。
どうして私は、私以外の人が抱える感情にこうも鈍感なのだろう。それで美月を傷つけていたと、知ったばかりなのに。
「すみません。私、自分のことばっかりで……」
恥ずかしさで、うなだれた。誰の顔も見れない。
救ってくれたのは、清水くんだった。
「そんなもんでしょ。わかんないよ、他人の劣等感なんか。自分以外のみんなは、なんでも持ってるように見えるから」
淡々とした口調の中に、実感がこもっているように聞こえた。
清水くんでも、そんなふうに思うんだ。……って、だからなんで思わないと思っていたの、私は。
自己嫌悪のループに陥った私の背中を、瑛斗先輩がぽんと叩いた。
「そういうとこも、この曲やりながら考えていこうよ」
いつもより更に明るい調子で言ってくれた瑛斗先輩にも、抱える何かがあるってことか。気づいてしまえば、それは当たり前のことだった。
「よし、練習やるぞ。時間ねえんだから」
パンパン、と手を叩く太陽先輩に急き立てられて、私たちは演奏の位置についた。
本番までもう日が無い。練習中は美月のことを置いておいて、とにかく集中しないといけない。よし、と心の中で気合を入れる。
「あ、そうだ。もう一曲は、これに決めたから」
練習前、太陽先輩はおもむろに言って、私と清水くんにスコアを渡した。
「まじか」
瑛斗先輩が、清水くんの手にしたスコアを覗き見て声を上げた。彼にすら、事前の打診は無かったようだ。曲を知ったその表情には、驚きと呆れとワクワクが入り混じっている。
なんでそんな表情に? 不思議に思いながら、私も渡されたスコアに視線を落とした。
白い、というのが譜面を見た最初の感想だ。これまで練習したエテルノのどの曲よりも、白い楽譜だった。白いというのはつまり、音数が少ないということ。複雑なリズムや、難しい運指は無さそうだ。テンポも、ゆっくり。けど、イコール簡単な曲、というわけではない。
「今まで練習したどの曲よりも難しい」
太陽先輩の言う通りだ。シンプルな曲というのは、少しのズレも気になるし、盛り上がりをつくるのも大変だ。何より、私たち一人一人の気持ちがどれだけこもっているか、が如実にあらわれる。誤魔化しのきかない難曲だ。本番までもうあまり時間のない中、先輩はなぜこの曲を選んだのだろう。
手元の楽譜から、演奏をイメージする。なんとこの曲は、キーボードのソロから始まるらしい。一人っきりで四小節、しっとりと弾いたところへ、あとの三人が静かに入ってくる。一人で弾いたのと同じフレーズを、今度は四人で。イントロで張り詰めた空気を作り上げたところに、太陽先輩のまっすぐな歌声が響く。劣等感をテーマに紡がれた歌詞が、共感を通り越して胸に突き刺さる——。
「……やりたいです」
気づけば、私はそう口にしていた。今の私に、ぴったりの曲だと思ったから。
「だろ?」
太陽先輩が得意げに微笑む。
「今の俺らに、ぴったりだよね」
瑛斗先輩が頷いた。
「俺ら……?」
首を傾げた私に、太陽先輩が笑って頷く。
「何かしらの劣等感を抱えてるのは、結月だけじゃないってことだよ」
それは全然責める口調ではなかったけれど、言われてハッとする。
どうして私は、私以外の人が抱える感情にこうも鈍感なのだろう。それで美月を傷つけていたと、知ったばかりなのに。
「すみません。私、自分のことばっかりで……」
恥ずかしさで、うなだれた。誰の顔も見れない。
救ってくれたのは、清水くんだった。
「そんなもんでしょ。わかんないよ、他人の劣等感なんか。自分以外のみんなは、なんでも持ってるように見えるから」
淡々とした口調の中に、実感がこもっているように聞こえた。
清水くんでも、そんなふうに思うんだ。……って、だからなんで思わないと思っていたの、私は。
自己嫌悪のループに陥った私の背中を、瑛斗先輩がぽんと叩いた。
「そういうとこも、この曲やりながら考えていこうよ」
いつもより更に明るい調子で言ってくれた瑛斗先輩にも、抱える何かがあるってことか。気づいてしまえば、それは当たり前のことだった。
「よし、練習やるぞ。時間ねえんだから」
パンパン、と手を叩く太陽先輩に急き立てられて、私たちは演奏の位置についた。
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