コンプレックス×ノート

石丸明

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20.信じてみたら

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「私は……」

 ピアノを習い始めた時、強い思い入れはなかった。

 小学校低学年の頃だったかな。何か習い事する? って両親に訊かれて、いくつか体験に行ってみて、なんとなくしっくりきたから選んだ。それだけだった。

 始めてみれば、想像以上に難しくて嫌になって、練習をサボる日もあった。それでも新しい曲が弾けるようになると嬉しくて、そこに自分の想いを乗せられるようになると更に楽しくなった。

 だったら、そのままピアノを続けるだけで良かったはずだ。軽音部に、エテルノに入りたいと思ったのは、なんで?

 言葉を探す私を、清水くんは静かに待ってくれている。

「新歓ライブの時、エテルノの演奏を聴いて、キーボードを募集してますって聞いて……こんな素敵な演奏の一員になれたら、どんなに楽しいだろうって思ったの」

 清水くんは、うん、と深く頷いてくれた。

「で、楽しい?」

 清水くんの問いに、私は答えられない。くっ、と唇を噛む。

「じゃあ、楽しんだらいいじゃん」
「でも……」

 橘先輩の言うような個性が、私にはないし。美月みたいに、凄くないし。私はそれを、誰よりもわかっているから……。

「自分が信じられないなら、太陽くんを信じてみたら」
「え……?」
「あの人、音楽に対して誰よりも真剣だから。妥協とか優しさ、同情で、佐倉さんを選んだりしないと思う」

 練習中の、太陽先輩を思い出す。うまくいった時の嬉しそうな顔、つまずいたときの悔しそうな顔、より良い音にしたいと考え込む真剣な顔、そして何より、演奏している時の、全開の笑顔。あんなに楽しそうに演奏する人との音楽を、私は自分から手放してしまって、本当にいいの?

「……練習、行く」
「うん。行こうか」

 清水くんは特に驚くでも喜ぶでもなく、当たり前みたいに立ち上がった。
 教室を出て、二人並んで生徒玄関へ向かう。

「ああは言ったけど、最近はちょっと、楽しいと思ってるよ、音楽。佐倉さんの音、俺も好きだし」

 歩きながら、前を向いたまま、清水くんは淡々と言った。

「私も、清水くんのドラム、好きだよ」

 思いがけず大声になってしまう。

 ふふ、と清水くんが静かに笑った。

「お前ら、遅えよ」

 太陽先輩の声がした。生徒玄関で、瑛斗先輩と共に待ち構えていたのだ。

 急な登場に驚いたけど、私は急いで頭を下げる。

「……あの、ご迷惑をおかけしてすみませんでした!」

 とん、と肩を叩かれて顔を上げると、瑛斗先輩が微笑んでいる。

「練習、来るよね」
「……はい!」

 太陽先輩が、ぐっと拳を突き出してきた。

「本番まで時間ねえから。絶対にいい音にするぞ」

 ぐいーっと更に拳が近づいてくるから、私もおずおずと拳をかかげる。

 とん、と優しく拳が触れ合って、太陽先輩はくるりと踵を返した。

「ほら、早く行くぞ」

 雨はいつの間にか止んでいる。走りだした太陽先輩を、私は急いで追いかけた。
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