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18. 上っ面
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寝てなくたって美月と喧嘩したって、学校は普通にあって、放課後には練習がある。エテルノはいつも通り、瑛斗先輩の家に集まった。
「よし。じゃあ今日も気合い入れてやるぞ。エスターテから。まずは一回通すか」
太陽先輩が、鼓舞するように大きな声を出す。
「オッケー」
「はい!」
瑛斗先輩と私が答えて、清水くんも頷いた。
「1、2,123……」
最初の一音に、まずは全てをぶつける。明るく、元気に。美月みたいに——と思いかけて、朝のやりとりを思い出す。余計な気持ちを持ち込まないために、今は美月は忘れよう。
明るく、元気に、強く、力強く。弾いている私は、やっぱり私じゃないみたいだった。ふわふわと浮き上がって私自身を見つめているみたいな気分。だめだ、ちゃんと集中しないと。明るく、元気に。
「ストップ。ストップ」
一番のサビが終わったところで、太陽先輩が声を上げた。清水くんがそれに反応して叩くのをやめ、瑛斗先輩も指を止めて、気づくのが遅れた私の音が、ぱっと宙に放り出された。慌てて演奏を中断する。
今まで、通すと言ったら何があっても最後まで演奏を止めなかった。どれだけズレても、誰かがミスしても、ギターの弦が切れても。本番にだって起こる可能性があるんだからそれも含めての練習だと、太陽先輩は言っていた。なのに、ストップがかかった。
どうしたんだろう。不思議に思って見た太陽先輩の顔は、今まで見たことがないくらいに険しかった。鋭い視線が、まっすぐに私を見つめている。
え、私? ミスは、していない。それだけじゃない。明るく、元気に、弾けていたはずだ。まだまだ及ばないけどそれでも、昨夜聴いた去年のエテルノに、少しは近づけていると思ったのに。
「結月おまえ、何やってるんだ」
ギターを置いた太陽先輩が、ぐいと私のほうに詰め寄ってきた。慌てて瑛斗先輩が、その肩をつかむ。
「私……ですか……」
太陽先輩の剣幕に圧されて、声が出ない。先輩は頭をかきむしりながらため息をついた。
「なんで演奏が、いつもとこんなに違うんだよ」
さっきよりも少しだけ、落ち着いた声だった。
「……去年の映像を見て、練習しました」
何がこんなに怒らせてしまったのか、わからなくてボソボソと喋る。
「は? 聴かなくていいって、俺言ったよな?」
太陽先輩の声が、また大きくなる。瑛斗先輩がそれを制して、私と目線を合わせるように少し屈んで口を開いた。
「橘のせい?」
瑛斗先輩の口調は優しかった。
「……せいという、わけではないんです。もともと、私が足を引っ張ってる自覚はあって。それをはっきり言葉にされて、なんとかしなきゃって思って」
私の言葉に、瑛斗先輩よりも早く、太陽先輩が反応する。
「それで、あれかよ。あんな他人の上っ面だけ真似た音で、なんとかできると思ったのかよ。おまえ舐めてるだろ。音楽のことも、俺らのことも、自分のことも」
帰る。太陽先輩はぼそっと呟き、リュックを引っ掴んで出て行った。
「蒼真」
瑛斗先輩が、清水くんに声をかける。
「俺?」
「頼む」
清水くんは渋々、といった様子で、スマホだけ持って太陽先輩を追いかけて行った。
「とりあえず、座ろうか」
瑛斗先輩に促され、壁際に並んで腰をおろした。膝をかかえて、三角座りになる。
「ごめんね。太陽、言い方が怖くて」
「いえ、私が……私がちゃんと出来ないのが悪いんで。迷惑かけてすみません」
瑛斗先輩は、うーんと唸りながらしばらく何か考えているようだった。
「太陽が考えてることを、俺が伝えるのは違うと思うから、それはまた改めて本人と話してもらうとして」
先輩は前を向いたまま、なんでもないことを話すみたいな軽い口調で話し始めた。
「俺は、結月ちゃんが足を引っ張ってるなんて、思ってないよ。蒼真が悪いわけでもない。太陽が、俺が、悪いわけでもないと思ってる。新しいメンバーで、新しい音を作るには、それなりに時間が必要だから。わかってるのにもどかしいし、焦ることもある。でもね」
前を見ていた太陽先輩が、急にこっちを向いた。包み込むような優しい笑顔に、どきっとする。
「みんな結月ちゃんの音が好きだから。結月ちゃんの音で、俺たちと向き合ってほしい」
優しいけど強い瞳に、私は俯くように頷くことしか出来なかった。
「よし。じゃあ今日も気合い入れてやるぞ。エスターテから。まずは一回通すか」
太陽先輩が、鼓舞するように大きな声を出す。
「オッケー」
「はい!」
瑛斗先輩と私が答えて、清水くんも頷いた。
「1、2,123……」
最初の一音に、まずは全てをぶつける。明るく、元気に。美月みたいに——と思いかけて、朝のやりとりを思い出す。余計な気持ちを持ち込まないために、今は美月は忘れよう。
明るく、元気に、強く、力強く。弾いている私は、やっぱり私じゃないみたいだった。ふわふわと浮き上がって私自身を見つめているみたいな気分。だめだ、ちゃんと集中しないと。明るく、元気に。
「ストップ。ストップ」
一番のサビが終わったところで、太陽先輩が声を上げた。清水くんがそれに反応して叩くのをやめ、瑛斗先輩も指を止めて、気づくのが遅れた私の音が、ぱっと宙に放り出された。慌てて演奏を中断する。
今まで、通すと言ったら何があっても最後まで演奏を止めなかった。どれだけズレても、誰かがミスしても、ギターの弦が切れても。本番にだって起こる可能性があるんだからそれも含めての練習だと、太陽先輩は言っていた。なのに、ストップがかかった。
どうしたんだろう。不思議に思って見た太陽先輩の顔は、今まで見たことがないくらいに険しかった。鋭い視線が、まっすぐに私を見つめている。
え、私? ミスは、していない。それだけじゃない。明るく、元気に、弾けていたはずだ。まだまだ及ばないけどそれでも、昨夜聴いた去年のエテルノに、少しは近づけていると思ったのに。
「結月おまえ、何やってるんだ」
ギターを置いた太陽先輩が、ぐいと私のほうに詰め寄ってきた。慌てて瑛斗先輩が、その肩をつかむ。
「私……ですか……」
太陽先輩の剣幕に圧されて、声が出ない。先輩は頭をかきむしりながらため息をついた。
「なんで演奏が、いつもとこんなに違うんだよ」
さっきよりも少しだけ、落ち着いた声だった。
「……去年の映像を見て、練習しました」
何がこんなに怒らせてしまったのか、わからなくてボソボソと喋る。
「は? 聴かなくていいって、俺言ったよな?」
太陽先輩の声が、また大きくなる。瑛斗先輩がそれを制して、私と目線を合わせるように少し屈んで口を開いた。
「橘のせい?」
瑛斗先輩の口調は優しかった。
「……せいという、わけではないんです。もともと、私が足を引っ張ってる自覚はあって。それをはっきり言葉にされて、なんとかしなきゃって思って」
私の言葉に、瑛斗先輩よりも早く、太陽先輩が反応する。
「それで、あれかよ。あんな他人の上っ面だけ真似た音で、なんとかできると思ったのかよ。おまえ舐めてるだろ。音楽のことも、俺らのことも、自分のことも」
帰る。太陽先輩はぼそっと呟き、リュックを引っ掴んで出て行った。
「蒼真」
瑛斗先輩が、清水くんに声をかける。
「俺?」
「頼む」
清水くんは渋々、といった様子で、スマホだけ持って太陽先輩を追いかけて行った。
「とりあえず、座ろうか」
瑛斗先輩に促され、壁際に並んで腰をおろした。膝をかかえて、三角座りになる。
「ごめんね。太陽、言い方が怖くて」
「いえ、私が……私がちゃんと出来ないのが悪いんで。迷惑かけてすみません」
瑛斗先輩は、うーんと唸りながらしばらく何か考えているようだった。
「太陽が考えてることを、俺が伝えるのは違うと思うから、それはまた改めて本人と話してもらうとして」
先輩は前を向いたまま、なんでもないことを話すみたいな軽い口調で話し始めた。
「俺は、結月ちゃんが足を引っ張ってるなんて、思ってないよ。蒼真が悪いわけでもない。太陽が、俺が、悪いわけでもないと思ってる。新しいメンバーで、新しい音を作るには、それなりに時間が必要だから。わかってるのにもどかしいし、焦ることもある。でもね」
前を見ていた太陽先輩が、急にこっちを向いた。包み込むような優しい笑顔に、どきっとする。
「みんな結月ちゃんの音が好きだから。結月ちゃんの音で、俺たちと向き合ってほしい」
優しいけど強い瞳に、私は俯くように頷くことしか出来なかった。
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