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16.去年の
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中間チェックから三日が経った。
橘先輩から指摘された「個性」を、私はまだ見つけられないでいる。たった三日くらいで見つけられないのなんて、当たり前だ。橘先輩が言いたかったのは、個性を発揮しなさいってことじゃなくて、個性が無いあなたにエテルノのキーボードは務まりませんって、たぶんそういうことだったんだと思う。
とはいえ、本番は刻一刻と迫ってくる。いまさら辞めるなんて言えない。
バンド練では、夏の盛り上げ曲「エスターテ」の他に数曲、練習を進めている。エスターテ同様ポップな曲調のものにするか、もっとロックな曲にするか、はたまた……。どれもいちおう形にはなっているんだけど、どれも形になっているだけだった。中間チェック以来、なんとなくバンドの雰囲気も重苦しくて、そうすると余計、いい音にならない悪循環だ。
太陽先輩と瑛斗先輩はもともとエテルノで、清水くんがサポートで入った演奏も完成していた。となれば原因は私で、私がなんとかするしかない。なんとかするしかないんだけど、その糸口さえ見つけられないでいる。
「ただいま」
練習が終わって家に帰ると、美月がリビングのソファでタブレットを見ていた。
「おかえりー」
顔を上げて微笑みかけてきた美月に、私はぎこちない笑みを返す。美月の顔を見ると、どうしても橘先輩の言葉を思い出してしまう。——美月ちゃんは、良い演奏してたけど。
もちろん美月が悪いわけじゃないんだけど、今はあまり一緒に居たくない。私は自分の部屋へ行こうとして……美月の方を振り返った。
美月が手にしているタブレットから、聞き覚えのあるイントロが流れてきたのだ。聞き間違えるはずがない、何十回、何百回と練習している、エテルノのエスターテだった。
「美月! それ!」
突然出した私の大声に、美月の体が跳ねた。
「ゆ、結月、どうしたの」
驚きと、少し怯えてさえいるような表情で、美月が私を見つめる。でも、今はそんな美月に気遣う余裕がない。
「それ、なに見てるの?」
タブレットを指さして近づきながら、画面を覗き込む。
「ああ、これ。去年のライブ映像。先輩にもらったの」
「エテルノの?」
「エテルノのっていうか、全体の。いろんなバンドの演奏。結月も見る?」
「見たい。お願い、データ送って」
私の勢いに、美月はあっけにとられた顔をして、うんうん頷いた。
私はすぐさま自分の部屋にこもって、イヤホンをつけて、美月からもらった映像を再生した。
トップバッターは知らない人たちばかりだから、きっと去年の三年生だろう。飛ばして、次も違う。飛ばして、飛ばして……。飛ばしすぎてエテルノらしき演奏の途中が流れたから、ちょっと戻して再生する。
太陽先輩と、瑛斗先輩。ドラムの女の人とキーボードの男の人は、知らない人だった。
「1、2、123……」
馴染みのあるテンポでカウントが入り、これは、と思ったらやっぱりエスターテだった。
前奏の一音目から、四人の演奏がガチッとハマる。勢いがあって、でも深みもあって、とにかく底抜けに楽しい演奏だった。今のエテルノとは違う演奏。明らかに違うのは、やっぱりキーボードだった。明るい音色が曲を支え、引っ張り、輝かせる。圧倒的な陽の雰囲気は、美月の演奏を思い出させた。
——私じゃ、ダメだ。
浮かんできた涙をガシガシと擦って、部屋の片隅にあるキーボードに向かう。
あの映像の人みたいに、そして美月みたいに、明るく元気な演奏をしよう。本物には敵わないけど、とにかく二人をイメージして練習を重ねれば、代わりくらいにはなれるかもしれない。いや、ならないといけない。
橘先輩から指摘された「個性」を、私はまだ見つけられないでいる。たった三日くらいで見つけられないのなんて、当たり前だ。橘先輩が言いたかったのは、個性を発揮しなさいってことじゃなくて、個性が無いあなたにエテルノのキーボードは務まりませんって、たぶんそういうことだったんだと思う。
とはいえ、本番は刻一刻と迫ってくる。いまさら辞めるなんて言えない。
バンド練では、夏の盛り上げ曲「エスターテ」の他に数曲、練習を進めている。エスターテ同様ポップな曲調のものにするか、もっとロックな曲にするか、はたまた……。どれもいちおう形にはなっているんだけど、どれも形になっているだけだった。中間チェック以来、なんとなくバンドの雰囲気も重苦しくて、そうすると余計、いい音にならない悪循環だ。
太陽先輩と瑛斗先輩はもともとエテルノで、清水くんがサポートで入った演奏も完成していた。となれば原因は私で、私がなんとかするしかない。なんとかするしかないんだけど、その糸口さえ見つけられないでいる。
「ただいま」
練習が終わって家に帰ると、美月がリビングのソファでタブレットを見ていた。
「おかえりー」
顔を上げて微笑みかけてきた美月に、私はぎこちない笑みを返す。美月の顔を見ると、どうしても橘先輩の言葉を思い出してしまう。——美月ちゃんは、良い演奏してたけど。
もちろん美月が悪いわけじゃないんだけど、今はあまり一緒に居たくない。私は自分の部屋へ行こうとして……美月の方を振り返った。
美月が手にしているタブレットから、聞き覚えのあるイントロが流れてきたのだ。聞き間違えるはずがない、何十回、何百回と練習している、エテルノのエスターテだった。
「美月! それ!」
突然出した私の大声に、美月の体が跳ねた。
「ゆ、結月、どうしたの」
驚きと、少し怯えてさえいるような表情で、美月が私を見つめる。でも、今はそんな美月に気遣う余裕がない。
「それ、なに見てるの?」
タブレットを指さして近づきながら、画面を覗き込む。
「ああ、これ。去年のライブ映像。先輩にもらったの」
「エテルノの?」
「エテルノのっていうか、全体の。いろんなバンドの演奏。結月も見る?」
「見たい。お願い、データ送って」
私の勢いに、美月はあっけにとられた顔をして、うんうん頷いた。
私はすぐさま自分の部屋にこもって、イヤホンをつけて、美月からもらった映像を再生した。
トップバッターは知らない人たちばかりだから、きっと去年の三年生だろう。飛ばして、次も違う。飛ばして、飛ばして……。飛ばしすぎてエテルノらしき演奏の途中が流れたから、ちょっと戻して再生する。
太陽先輩と、瑛斗先輩。ドラムの女の人とキーボードの男の人は、知らない人だった。
「1、2、123……」
馴染みのあるテンポでカウントが入り、これは、と思ったらやっぱりエスターテだった。
前奏の一音目から、四人の演奏がガチッとハマる。勢いがあって、でも深みもあって、とにかく底抜けに楽しい演奏だった。今のエテルノとは違う演奏。明らかに違うのは、やっぱりキーボードだった。明るい音色が曲を支え、引っ張り、輝かせる。圧倒的な陽の雰囲気は、美月の演奏を思い出させた。
——私じゃ、ダメだ。
浮かんできた涙をガシガシと擦って、部屋の片隅にあるキーボードに向かう。
あの映像の人みたいに、そして美月みたいに、明るく元気な演奏をしよう。本物には敵わないけど、とにかく二人をイメージして練習を重ねれば、代わりくらいにはなれるかもしれない。いや、ならないといけない。
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