15 / 31
15.言わなければ良かった
しおりを挟む
何事もなかったかのように、橘先輩が私の方を向いた。
「ミスはなかったけど、それだけ。個性がまるで感じられませんでした。双子でも、やっぱ違うんだね。昨日聴いた美月ちゃんは、良い演奏してたけど」
淡々と突きつけられた事実に、足がすくむ。
「麗奈おまえ、ふざけんなよ」
太陽先輩が詰め寄ろうとしたのを、瑛斗先輩が止めた。
「……貴重なご意見ありがとうございました、橘部長。本番に向けて、精進します」
感情を押し殺したような低い声で言って、瑛斗先輩は出入口のところまで歩いて行った。ドアを開けて、橘先輩を外へと促す。
「期待しています」
橘先輩は冷たい声でそれだけ言って出て行った。
四人になった部室に、重苦しい空気が流れる。
「……気にするなよ、蒼真、結月」
太陽先輩が、悔しそうな顔をむりやり笑顔にして、絞り出すように言った。
「ああ。大丈夫」
蒼真くんはいつもと変わらない調子で、飄々と答えた。
「……蒼真くんはともかく、私は……私は橘先輩の言う通りでした。みなさんにまで嫌な思いをさせてしまって、ごめんなさい」
私は三人に向かって頭を下げた。
「それは違うよ、結月ちゃん」
瑛斗先輩は優しい声色でそう言ってくれたけど、私は三人の顔が見れなかった。
それから四人で練習をしたけど、全然うまくいかなかった。
太陽先輩と瑛斗先輩の演奏はいつもより乱暴で、私の音はいつも以上に弱くて、蒼真くんだけが淡々といつも通りの音を刻んでいた。
「今日はもう、終わりにしようか」
瑛斗先輩が静かに言って、太陽先輩も渋々同意した。
「お疲れ様でした」
しとしとと雨の降る帰り道、三人と別れて一人になった途端、涙がこみあげてきた。嗚咽がもれないよう口元を抑え、家路を急ぐ。
悔しいよりも、恥ずかしかった。ノーミスで良かった、なんて思ったさっきの自分が許せない。
——ミスはなかったけど、それだけ。個性がまるで感じられませんでした。
橘先輩の言葉が、頭の中でリフレインする。その通りだった。
——美月ちゃんは、良い演奏してたけど。
私じゃなくて、美月だったら、エテルノはもっといいバンドになっただろう。
美月に代わってもらう? そんなの、出来るわけがない。美月には美月の、バンドがあるのに。
エテルノに入りたいです。なんて言わなければ良かった。言ってはいけなかった。私じゃ到底力不足で、こうなることはわかっていたはずなのに。
雨が強まってきて、風も吹いてきた。傘で防ぎきれなかった雨が、服を濡らす。地面で跳ね返った雨によって、ローファーの中もぐしょぐしょだ。
ずぶ濡れになって、風邪でもひけば、明日学校を休めるだろうか。そうすれば、練習にも行かなくてすむ。
違うそうじゃない、ってわかってる。出来ないなら、人一倍練習するしかない。風邪ひいて休んでる暇なんか、ない。わかってる。
でも、私がどんなに頑張ったって、美月にはなれない。それも、わかってる。十数年間かけてわからされた、揺るがない事実だ。
「ミスはなかったけど、それだけ。個性がまるで感じられませんでした。双子でも、やっぱ違うんだね。昨日聴いた美月ちゃんは、良い演奏してたけど」
淡々と突きつけられた事実に、足がすくむ。
「麗奈おまえ、ふざけんなよ」
太陽先輩が詰め寄ろうとしたのを、瑛斗先輩が止めた。
「……貴重なご意見ありがとうございました、橘部長。本番に向けて、精進します」
感情を押し殺したような低い声で言って、瑛斗先輩は出入口のところまで歩いて行った。ドアを開けて、橘先輩を外へと促す。
「期待しています」
橘先輩は冷たい声でそれだけ言って出て行った。
四人になった部室に、重苦しい空気が流れる。
「……気にするなよ、蒼真、結月」
太陽先輩が、悔しそうな顔をむりやり笑顔にして、絞り出すように言った。
「ああ。大丈夫」
蒼真くんはいつもと変わらない調子で、飄々と答えた。
「……蒼真くんはともかく、私は……私は橘先輩の言う通りでした。みなさんにまで嫌な思いをさせてしまって、ごめんなさい」
私は三人に向かって頭を下げた。
「それは違うよ、結月ちゃん」
瑛斗先輩は優しい声色でそう言ってくれたけど、私は三人の顔が見れなかった。
それから四人で練習をしたけど、全然うまくいかなかった。
太陽先輩と瑛斗先輩の演奏はいつもより乱暴で、私の音はいつも以上に弱くて、蒼真くんだけが淡々といつも通りの音を刻んでいた。
「今日はもう、終わりにしようか」
瑛斗先輩が静かに言って、太陽先輩も渋々同意した。
「お疲れ様でした」
しとしとと雨の降る帰り道、三人と別れて一人になった途端、涙がこみあげてきた。嗚咽がもれないよう口元を抑え、家路を急ぐ。
悔しいよりも、恥ずかしかった。ノーミスで良かった、なんて思ったさっきの自分が許せない。
——ミスはなかったけど、それだけ。個性がまるで感じられませんでした。
橘先輩の言葉が、頭の中でリフレインする。その通りだった。
——美月ちゃんは、良い演奏してたけど。
私じゃなくて、美月だったら、エテルノはもっといいバンドになっただろう。
美月に代わってもらう? そんなの、出来るわけがない。美月には美月の、バンドがあるのに。
エテルノに入りたいです。なんて言わなければ良かった。言ってはいけなかった。私じゃ到底力不足で、こうなることはわかっていたはずなのに。
雨が強まってきて、風も吹いてきた。傘で防ぎきれなかった雨が、服を濡らす。地面で跳ね返った雨によって、ローファーの中もぐしょぐしょだ。
ずぶ濡れになって、風邪でもひけば、明日学校を休めるだろうか。そうすれば、練習にも行かなくてすむ。
違うそうじゃない、ってわかってる。出来ないなら、人一倍練習するしかない。風邪ひいて休んでる暇なんか、ない。わかってる。
でも、私がどんなに頑張ったって、美月にはなれない。それも、わかってる。十数年間かけてわからされた、揺るがない事実だ。
12
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
オタわん〜オタクがわんこ系イケメンの恋愛レッスンをすることになりました〜
石丸明
児童書・童話
豊富な恋愛知識をもち、友人からアネゴと呼ばれる主人公、宮瀬恭子(みやせきょうこ)。けれどその知識は大好きな少女漫画から仕入れたもので、自身の恋愛経験はゼロ。
中二で同じクラスになった、みんなのアイドル的存在である安達唯斗(あだちゆいと)から、好きな人と仲良くなるための「恋愛レッスン」をして欲しいと頼まれ、断りきれず引き受ける。
唯斗はコミュニケーション能力が高く、また気遣いもできるため、恭子に教えられることは特になかった。それでも練習として一緒に下校などするうちに、二人は仲を深めていった。
恭子は、あどけない唯斗のことを「弟みたい」だと感じ、惹かれていくが……。
トウシューズにはキャラメルひとつぶ
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。
小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。
あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。
隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。
莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。
バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。
ミズルチと〈竜骨の化石〉
珠邑ミト
児童書・童話
カイトは家族とバラバラに暮らしている〈音読みの一族〉という〈族《うから》〉の少年。彼の一族は、数多ある〈族〉から魂の〈音〉を「読み」、なんの〈族〉か「読みわける」。彼は飛びぬけて「読め」る少年だ。十歳のある日、その力でイトミミズの姿をしている〈族〉を見つけ保護する。ばあちゃんによると、その子は〈出世ミミズ族〉という〈族《うから》〉で、四年かけてミミズから蛇、竜、人と進化し〈竜の一族〉になるという。カイトはこの子にミズルチと名づけ育てることになり……。
一方、世間では怨墨《えんぼく》と呼ばれる、人の負の感情から生まれる墨の化物が活発化していた。これは人に憑りつき操る。これを浄化する墨狩《すみが》りという存在がある。
ミズルチを保護してから三年半後、ミズルチは竜になり、カイトとミズルチは怨墨に知人が憑りつかれたところに遭遇する。これを墨狩りだったばあちゃんと、担任の湯葉《ゆば》先生が狩るのを見て怨墨を知ることに。
カイトとミズルチのルーツをたどる冒険がはじまる。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
初恋の王子様
中小路かほ
児童書・童話
あたし、朝倉ほのかの好きな人――。
それは、優しくて王子様のような
学校一の人気者、渡優馬くん。
優馬くんは、あたしの初恋の王子様。
そんなとき、あたしの前に現れたのは、
いつもとは雰囲気の違う
無愛想で強引な……優馬くん!?
その正体とは、
優馬くんとは正反対の性格の双子の弟、
燈馬くん。
あたしは優馬くんのことが好きなのに、
なぜか燈馬くんが邪魔をしてくる。
――あたしの小指に結ばれた赤い糸。
それをたどった先にいる運命の人は、
優馬くん?…それとも燈馬くん?
既存の『お前、俺に惚れてんだろ?』をジュニア向けに改稿しました。
ストーリーもコンパクトになり、内容もマイルドになっています。
第2回きずな児童書大賞にて、
奨励賞を受賞しました♡!!
魔法少女は世界を救わない
釈 余白(しやく)
児童書・童話
混沌とした太古の昔、いわゆる神話の時代、人々は突然現れた魔竜と呼ばれる強大な存在を恐れ暮らしてきた。しかし、長い間苦しめられてきた魔竜を討伐するため神官たちは神へ祈り、その力を凝縮するための祭壇とも言える巨大な施設を産み出した。
神の力が満ち溢れる場所から人を超えた力と共に産みおとされた三人の勇者、そして同じ場所で作られた神具と呼ばれる強大な力を秘めた武具を用いて魔竜は倒され世界には平和が訪れた。
それから四千年が経ち人々の記憶もあいまいになっていた頃、世界に再び混乱の影が忍び寄る。時を同じくして一人の少女が神具を手にし、世の混乱に立ち向かおうとしていた。
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる