オタわん〜オタクがわんこ系イケメンの恋愛レッスンをすることになりました〜

石丸明

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30.別れてよ

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「唯斗と付き合い始めたって、本当なの?」

 囲んできた中の、一番端の先輩から訊かれた。

「……はい」

 その迫力に気圧されながらも、なんとか答える。反対の端の先輩が、声を上げた。

「恋愛相談に乗っていると見せかけて、狙っていたんだ」
「……そんなつもりはなかったんです」

 そう言ってみたけれど、それは全く効果がなかった。むしろ逆効果だったみたいで。

「ふうん、じゃあそんなつもりなかったけど唯斗に惚れられたんですって? へえ」

 また別の先輩が、吐き捨てた。殺気だった雰囲気に、私は体が縮こまる。

「私たちの方が、ずっと唯斗を見守ってきたんだけど。こういう悪い虫がつかないように」

 理不尽な怒りに晒されている。そう思う反面、そのやり場のない気持ちに、共感できる部分もあるように感じた。

 唯斗くんが好き。だけど唯斗くんには好きな人がいる。

 この構図は、ついこの間までの私と同じだから。

「唯斗と、別れてよ」

 真ん中の先輩が、ずいっと一歩前に出てそう言った。

 気持ちはわかる。わかるけど、ここはうなずくわけにはいかない。決心した私は、怖くてひゅっと狭くなっている喉の奥から、声を絞りだした。

「……すみません、それは出来ません」
「はあ?」
「舐めてんの?」
「ふざけんなよ」

 先輩達の怒りのボルテージが上がってしまったのを感じる。ずん、と詰め寄ってきた。後ろは壁で、後退りはできない。

 殴られる——。

 そう感じて、反射で目を瞑ったその時。

「せんぱーい! 何してるんですかー?」

 唯斗くんの声がした。驚いて目を開けると、こちらに走ってくる唯斗くんの姿があった。先輩達は慌てた様子で、しどろもどろになる。

「あ、唯斗じゃん、こんなところで、どうしたの」

 先輩の問いには答えず、唯斗くんは質問を繰り返した。

「先輩たちこそ、こんなところでどうしたんですか」

 いつも通りの人懐っこい笑み、のように見えるけれど、微かに雰囲気が違う。

「私たちはちょっと、この子に話を聞こうと思っただけ、っていうか、ね」
「うん、ちょっとお話したいなーって」

 先輩達は焦った様子で口々に言う。その先輩達の間から割って入って、唯斗くんは私の隣までやってきた。

「なんだ、ただのお話だったんですね。こんなところで、こんな風に囲んでいるから、てっきり私刑リンチかなにかかと思いましたよ」

 朗らかにそう言う唯斗くんの目が、まったく笑っていないことに私は気づいた。

私刑リンチなんてそんな、私たちがするはずないじゃん」
「ねー。ハハハハハ」

 わざとらしく笑う先輩達の前で、唯斗くんがぐっと私の肩を抱き寄せた。

「勘違いだったらすみません。だけど——」

 唯斗くんのいつものような甘い声はここまでだった。一旦言葉を切った唯斗くんは、これまで聞いたことのないドスの効いた低い声で続けた。

「恭子に手だしたら、先輩達でもただじゃ済まさないんで」

 唯斗くんの迫力に、先輩達の顔から笑みが消えた。

「も、もちろん。わかってるよ。お幸せにね」
「うんうん。じゃあね」
「バイバイ」

 言いながら先輩達は足早に去っていった。その後ろ姿が見えなくなった瞬間、唯斗くんからぎゅっと抱きしめられた。
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