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27.夢みたいなこと
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「待てない」
唯斗くんはそう言って、顔を上げるとまた一歩、私の方に近づいて来た。それからぐいっと私の手を取って、そのまま自分の方に引っ張る。バランスが崩れた私の体はそのまま前の方に倒れて……唯斗くんの胸の中におさまった。
「これまで、恋愛レッスンとか、練習とか、下見とか、そんな風に言って辛い思いをさせてごめんね。だけど、信じて欲しい。これまでのレッスン、ぼくにとっては全部本番だったんだ。恭子ちゃんのことが好き。大好き。大切にするから、僕と付き合ってください」
唯斗くんの熱に包まれて、耳元で甘い声でささやかれて。そんな夢みたいなことが起きているのが信じられない。信じられないけれど、考え出したら全てが繋がる気がした。
一緒に帰る「練習」だと言う私に、意味ありげに微笑んだり。
私と毎日一緒に帰っていたのに、好きな人との「次のステップ」を要求したり。
デートの目的地が私の好きな映画館と水族館だったり。
そういえば、水族館で唯斗くんが見ていたグッズも、私の好きなイルカのものだった。
そんなあれこれに気付いたら、無意識に目から涙が溢れていた。
「……うん。私も、唯斗くんが、好き」
涙声でそう返事したら、唯斗くんが急にオロオロし始めた。
「え、ちょっと待って、どうして泣くの? どこか痛かった? 大丈夫? ごめんね」
抱きしめていたのを離して、私の顔を覗き込んで慌てる。
その様子は、さっきまでと一転、いつもの仔犬みたいな唯斗くんだった。
それから私たちは、いつかの練習みたいに二人で一緒に歩いて帰った。唯斗くんが押す自転車のカゴに、私のカバンを入れてくれて、歩くスピードはゆっくり私に合わせてくれて。
久しぶりに会った唯斗くんに、田中さんちのリクくんも大はしゃぎ。けれど唯斗くんに「ごめんね、今日は恭子ちゃんとの時間を大切にしたいんだ」なんて言っていなされて、たいそう不服そうだった。
私は私で、そんなことを言われたら嬉しくて恥ずかしくて、顔から火が出るんじゃないかってくらい熱くなってしまったから、しばらく唯斗くんのほうが見られなかった。
「じゃあ、ここで」
「うん、送ってくれてありがとう」
最後はどちらからともなくペースが落ちて、ゆっくりゆっくり歩いたけれど、それでもうちに着いてしまった。くるりと回れ右して、自転車にまたがろうとした唯斗くんが、ふたたび私に向き直って近づいて来た。
「そんな寂しそうな顔しないで。また明日」
唯斗くんはそう言って私の頭にポン、と手をのせた。それから再び、くるりと回れ右して自転車にまたがって、走り去っていく。見なくてもわかるくらい、顔が真っ赤になってしまった私を残して。
シャーっと走っていった唯斗くんは、いつかみたいに止まって、くるりと振り返って手を振って、また前をむいて走り出す。その背中が見えなくなるまで、私はその場で見送った。
いつも通り可愛くて、けれど不意打ちでかっこいい、そんな唯斗くんのせいで、家に帰ってしばらくぼーっとしていた。やっとこの一時間くらいの出来事を飲み込むことができて落ち着いたところで、そうだまず春香に連絡しないと、と気づく。
とりあえず、メッセージを送ってみよう。なんて送ろうか頭をひねったけれど、全然内容がまとまらない。
[今日、夜時間ある? ちょっと話したいことがあるんだけど]
結局、直接話した方がいいだろうと、こんな文言を送った。次の瞬間。
ブブブブッ
スマホが震えて、春香からの着信を告げる。慌てて出ると、電話の向こうから春香の明るい声が聞こえてきた。
「恭子、おめでとう!」
「あ、ありがとう? ……って、え? なにが?」」
反射でお礼を言ったけれど、なんのことかわからず慌てて聞き返した。戸惑う私に、春香はハイテンションで告げた。
「唯斗くんと、付き合うことになったんでしょ。おめでとう」
予想外の言葉に、私はしどろもどろになる。
「そ、そうだけど、え、なんでそれを知っているの?」
唯斗くんが蒼太くんに報告して、それが伝わったのかな。それくらいしか考えられないし……。そう思いながら訊ねたけれど、答えは違っていた。
「なんでもなにも、通学路で熱いハグをかわしたら、そりゃあまたたく間に噂になっちゃうよ」
言われて先ほどの出来事を思い出す。
確かに、あんなところで抱きしめられて、誰にも見られていないはずがなかった。しかも相手は、みんなに人気の安達唯斗なのだ。
あの時はドキドキしすぎて、まわりが見えていなかったけど。
だ、だって、いつも仔犬みたいな唯斗くんが、あんなかっこいい顔をするなんて……。
思い出すだけで、また心臓がドキドキしてきた。
唯斗くんはそう言って、顔を上げるとまた一歩、私の方に近づいて来た。それからぐいっと私の手を取って、そのまま自分の方に引っ張る。バランスが崩れた私の体はそのまま前の方に倒れて……唯斗くんの胸の中におさまった。
「これまで、恋愛レッスンとか、練習とか、下見とか、そんな風に言って辛い思いをさせてごめんね。だけど、信じて欲しい。これまでのレッスン、ぼくにとっては全部本番だったんだ。恭子ちゃんのことが好き。大好き。大切にするから、僕と付き合ってください」
唯斗くんの熱に包まれて、耳元で甘い声でささやかれて。そんな夢みたいなことが起きているのが信じられない。信じられないけれど、考え出したら全てが繋がる気がした。
一緒に帰る「練習」だと言う私に、意味ありげに微笑んだり。
私と毎日一緒に帰っていたのに、好きな人との「次のステップ」を要求したり。
デートの目的地が私の好きな映画館と水族館だったり。
そういえば、水族館で唯斗くんが見ていたグッズも、私の好きなイルカのものだった。
そんなあれこれに気付いたら、無意識に目から涙が溢れていた。
「……うん。私も、唯斗くんが、好き」
涙声でそう返事したら、唯斗くんが急にオロオロし始めた。
「え、ちょっと待って、どうして泣くの? どこか痛かった? 大丈夫? ごめんね」
抱きしめていたのを離して、私の顔を覗き込んで慌てる。
その様子は、さっきまでと一転、いつもの仔犬みたいな唯斗くんだった。
それから私たちは、いつかの練習みたいに二人で一緒に歩いて帰った。唯斗くんが押す自転車のカゴに、私のカバンを入れてくれて、歩くスピードはゆっくり私に合わせてくれて。
久しぶりに会った唯斗くんに、田中さんちのリクくんも大はしゃぎ。けれど唯斗くんに「ごめんね、今日は恭子ちゃんとの時間を大切にしたいんだ」なんて言っていなされて、たいそう不服そうだった。
私は私で、そんなことを言われたら嬉しくて恥ずかしくて、顔から火が出るんじゃないかってくらい熱くなってしまったから、しばらく唯斗くんのほうが見られなかった。
「じゃあ、ここで」
「うん、送ってくれてありがとう」
最後はどちらからともなくペースが落ちて、ゆっくりゆっくり歩いたけれど、それでもうちに着いてしまった。くるりと回れ右して、自転車にまたがろうとした唯斗くんが、ふたたび私に向き直って近づいて来た。
「そんな寂しそうな顔しないで。また明日」
唯斗くんはそう言って私の頭にポン、と手をのせた。それから再び、くるりと回れ右して自転車にまたがって、走り去っていく。見なくてもわかるくらい、顔が真っ赤になってしまった私を残して。
シャーっと走っていった唯斗くんは、いつかみたいに止まって、くるりと振り返って手を振って、また前をむいて走り出す。その背中が見えなくなるまで、私はその場で見送った。
いつも通り可愛くて、けれど不意打ちでかっこいい、そんな唯斗くんのせいで、家に帰ってしばらくぼーっとしていた。やっとこの一時間くらいの出来事を飲み込むことができて落ち着いたところで、そうだまず春香に連絡しないと、と気づく。
とりあえず、メッセージを送ってみよう。なんて送ろうか頭をひねったけれど、全然内容がまとまらない。
[今日、夜時間ある? ちょっと話したいことがあるんだけど]
結局、直接話した方がいいだろうと、こんな文言を送った。次の瞬間。
ブブブブッ
スマホが震えて、春香からの着信を告げる。慌てて出ると、電話の向こうから春香の明るい声が聞こえてきた。
「恭子、おめでとう!」
「あ、ありがとう? ……って、え? なにが?」」
反射でお礼を言ったけれど、なんのことかわからず慌てて聞き返した。戸惑う私に、春香はハイテンションで告げた。
「唯斗くんと、付き合うことになったんでしょ。おめでとう」
予想外の言葉に、私はしどろもどろになる。
「そ、そうだけど、え、なんでそれを知っているの?」
唯斗くんが蒼太くんに報告して、それが伝わったのかな。それくらいしか考えられないし……。そう思いながら訊ねたけれど、答えは違っていた。
「なんでもなにも、通学路で熱いハグをかわしたら、そりゃあまたたく間に噂になっちゃうよ」
言われて先ほどの出来事を思い出す。
確かに、あんなところで抱きしめられて、誰にも見られていないはずがなかった。しかも相手は、みんなに人気の安達唯斗なのだ。
あの時はドキドキしすぎて、まわりが見えていなかったけど。
だ、だって、いつも仔犬みたいな唯斗くんが、あんなかっこいい顔をするなんて……。
思い出すだけで、また心臓がドキドキしてきた。
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