オタわん〜オタクがわんこ系イケメンの恋愛レッスンをすることになりました〜

石丸明

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24.いやだ

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 私が結論を出した、その翌日。

「恭子ちゃん、今日は、一緒に帰れる?」

 放課後、教室を出ようとしたところで、唯斗くんに呼び止められた。その声を聞いただけで、体がひゅっと緊張する。反面、声をかけてもらえたことに喜んでしまう自分もいて、情けなく感じる。

「う、うん。少しなら」

 私の返事に、唯斗くんは驚いたようなほっとしたような表情を浮かべた。断られることを予想していたのだろう。それでも律儀にこうやって話しかけてくれるその優しさに、胸が締めつけられる。

「やったー、行こ行こ」

 それから元気にそう言って、笑顔で歩き出す。ただ一緒に帰る、それだけでこんな顔をしてくれる唯斗くんにこれから告げようとしている言葉を思い浮かべて、心がきゅうと痛くなる。

 私たちは、二人並んで学校を出た。雨が降っているから、唯斗くんは自転車ではなく傘を手にしている。

 反対方向であるうちまでついて来させて、歩いて帰らせるわけにはいかない。なるべく早くに伝えなければと、私はタイミングを見計らう。唯斗くんは、なんでもない話を笑顔で、身振り手振りをつけて話す。

「それでさ、この動画、蒼太にも送ったんだけど、『ぐー』ってスタンプしか返してくれなくてさ。ひどくない?」
「なんか蒼太くんらしいね」

 それはいつも通りの会話のようで、でも今までとは全く違うものだった。

 唯斗くんは、明らかに無理をしている。無理してテンションを上げて、どうにか場を盛り上げようと必死だ。私は上の空で、周りに人がいなくなるのをただ待っている。

 少し前まではあんなに楽しかった帰り道が、こんなにも辛くなるなんて、あの時は想像もしていなかった。

 会話の切れ目で、ちょうど周りに誰もいなくなった。

 今だ。

 これを逃したら、私はずるずると言えなくなってしまう。そう思って切り出した。

「あのさ、恋愛レッスンの話なんだけど」

 改めて言葉にして、おかしくなる。自分の恋愛さえこうやってうまくいかない私が、どうして唯斗くんみたいな人気者の恋愛レッスンをやることになったんだっけ。

 そう考えて、これまでのいろんなやりとりが一瞬にして頭の中を駆け巡る。

 体育館裏に呼び出されて、私刑だろうかと怯えた始まり。すぐに打ち解けて、楽しくて仕方なかった帰り道。映画館で感じた、その手のぬくもり。

 ……これ以上思い出したら、決心が鈍ってしまう。そう思って、思考を止める。

 今は、思い出を振り返っている場合ではないのだ。

「うん。もしかして、次のステップ?」

 唯斗くんはおどけて、テンションを上げてそう訊いてきた。

「ううん。終わりにさせてほしくて」
「いやだ」

 笑顔だった唯斗くんが立ち止まり、怒ったような泣きだしそうな顔になった。一歩踏み出したところで私も立ち止まる。くるりと振り返って、唯斗くんと向きあった。

「まだ、恋は成就してなくて、恭子ちゃんには、まだいっぱい教えてもらわないと」

 しぼりだすような唯斗くんの言葉は、かすかに震えているようにも感じた。

 その、成就するのを見届けるのが辛いのだ。そう言えたらどんなにいいだろう。だけど、言えない。好きな人がいる唯斗くんに、そんなことを言ったって困らせるだけだから。

「唯斗くんは、素敵だから。私が教えられることなんてもうないよ。というか、最初っからなかったの。だからもう、終わり」

 わざと明るい調子で言おうとしたけれど、それが本当にできていたかはわからない。

 好きな気持ち。悲しい気持ち。いろんな気持ちがごちゃまぜになって、それが溢れ出ないようにするのでいっぱいいっぱいだった。

「いやだ」

 唯斗くんの真顔が崩れて、今にも泣き出しそうな表情になる。

 私たちの間に、無言の時間が流れた。しとしとと雨の降る音と、それがポツポツと傘を打つ音だけが響く。

「……ごめんね」

 最後に一方的にそう言って、私は立ち去った。

 唯斗くんが着いてくる気配は、ない。今、彼がどんな表情でそこに立っているのか。あるいはもう、きびすを返して来た道を引き返しているのか。気になる気持ちを必死で抑えて、私はただ前を見て進んだ。

 もし振り返って、もし目が合ってしまったら、私の弱い決心なんか一瞬で砕け散って、唯斗くんのもとに戻ってしまいそうだったから。

 唯斗くんとの思い出を、唯斗くんへの想いを、断ち切るように一歩一歩足を進める。傘をうつ雨の音だけが、頭の近くでずっと響き続けた。
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