25 / 34
24.いやだ
しおりを挟む
私が結論を出した、その翌日。
「恭子ちゃん、今日は、一緒に帰れる?」
放課後、教室を出ようとしたところで、唯斗くんに呼び止められた。その声を聞いただけで、体がひゅっと緊張する。反面、声をかけてもらえたことに喜んでしまう自分もいて、情けなく感じる。
「う、うん。少しなら」
私の返事に、唯斗くんは驚いたようなほっとしたような表情を浮かべた。断られることを予想していたのだろう。それでも律儀にこうやって話しかけてくれるその優しさに、胸が締めつけられる。
「やったー、行こ行こ」
それから元気にそう言って、笑顔で歩き出す。ただ一緒に帰る、それだけでこんな顔をしてくれる唯斗くんにこれから告げようとしている言葉を思い浮かべて、心がきゅうと痛くなる。
私たちは、二人並んで学校を出た。雨が降っているから、唯斗くんは自転車ではなく傘を手にしている。
反対方向であるうちまでついて来させて、歩いて帰らせるわけにはいかない。なるべく早くに伝えなければと、私はタイミングを見計らう。唯斗くんは、なんでもない話を笑顔で、身振り手振りをつけて話す。
「それでさ、この動画、蒼太にも送ったんだけど、『ぐー』ってスタンプしか返してくれなくてさ。ひどくない?」
「なんか蒼太くんらしいね」
それはいつも通りの会話のようで、でも今までとは全く違うものだった。
唯斗くんは、明らかに無理をしている。無理してテンションを上げて、どうにか場を盛り上げようと必死だ。私は上の空で、周りに人がいなくなるのをただ待っている。
少し前まではあんなに楽しかった帰り道が、こんなにも辛くなるなんて、あの時は想像もしていなかった。
会話の切れ目で、ちょうど周りに誰もいなくなった。
今だ。
これを逃したら、私はずるずると言えなくなってしまう。そう思って切り出した。
「あのさ、恋愛レッスンの話なんだけど」
改めて言葉にして、おかしくなる。自分の恋愛さえこうやってうまくいかない私が、どうして唯斗くんみたいな人気者の恋愛レッスンをやることになったんだっけ。
そう考えて、これまでのいろんなやりとりが一瞬にして頭の中を駆け巡る。
体育館裏に呼び出されて、私刑だろうかと怯えた始まり。すぐに打ち解けて、楽しくて仕方なかった帰り道。映画館で感じた、その手のぬくもり。
……これ以上思い出したら、決心が鈍ってしまう。そう思って、思考を止める。
今は、思い出を振り返っている場合ではないのだ。
「うん。もしかして、次のステップ?」
唯斗くんはおどけて、テンションを上げてそう訊いてきた。
「ううん。終わりにさせてほしくて」
「いやだ」
笑顔だった唯斗くんが立ち止まり、怒ったような泣きだしそうな顔になった。一歩踏み出したところで私も立ち止まる。くるりと振り返って、唯斗くんと向きあった。
「まだ、恋は成就してなくて、恭子ちゃんには、まだいっぱい教えてもらわないと」
しぼりだすような唯斗くんの言葉は、かすかに震えているようにも感じた。
その、成就するのを見届けるのが辛いのだ。そう言えたらどんなにいいだろう。だけど、言えない。好きな人がいる唯斗くんに、そんなことを言ったって困らせるだけだから。
「唯斗くんは、素敵だから。私が教えられることなんてもうないよ。というか、最初っからなかったの。だからもう、終わり」
わざと明るい調子で言おうとしたけれど、それが本当にできていたかはわからない。
好きな気持ち。悲しい気持ち。いろんな気持ちがごちゃまぜになって、それが溢れ出ないようにするのでいっぱいいっぱいだった。
「いやだ」
唯斗くんの真顔が崩れて、今にも泣き出しそうな表情になる。
私たちの間に、無言の時間が流れた。しとしとと雨の降る音と、それがポツポツと傘を打つ音だけが響く。
「……ごめんね」
最後に一方的にそう言って、私は立ち去った。
唯斗くんが着いてくる気配は、ない。今、彼がどんな表情でそこに立っているのか。あるいはもう、きびすを返して来た道を引き返しているのか。気になる気持ちを必死で抑えて、私はただ前を見て進んだ。
もし振り返って、もし目が合ってしまったら、私の弱い決心なんか一瞬で砕け散って、唯斗くんのもとに戻ってしまいそうだったから。
唯斗くんとの思い出を、唯斗くんへの想いを、断ち切るように一歩一歩足を進める。傘をうつ雨の音だけが、頭の近くでずっと響き続けた。
「恭子ちゃん、今日は、一緒に帰れる?」
放課後、教室を出ようとしたところで、唯斗くんに呼び止められた。その声を聞いただけで、体がひゅっと緊張する。反面、声をかけてもらえたことに喜んでしまう自分もいて、情けなく感じる。
「う、うん。少しなら」
私の返事に、唯斗くんは驚いたようなほっとしたような表情を浮かべた。断られることを予想していたのだろう。それでも律儀にこうやって話しかけてくれるその優しさに、胸が締めつけられる。
「やったー、行こ行こ」
それから元気にそう言って、笑顔で歩き出す。ただ一緒に帰る、それだけでこんな顔をしてくれる唯斗くんにこれから告げようとしている言葉を思い浮かべて、心がきゅうと痛くなる。
私たちは、二人並んで学校を出た。雨が降っているから、唯斗くんは自転車ではなく傘を手にしている。
反対方向であるうちまでついて来させて、歩いて帰らせるわけにはいかない。なるべく早くに伝えなければと、私はタイミングを見計らう。唯斗くんは、なんでもない話を笑顔で、身振り手振りをつけて話す。
「それでさ、この動画、蒼太にも送ったんだけど、『ぐー』ってスタンプしか返してくれなくてさ。ひどくない?」
「なんか蒼太くんらしいね」
それはいつも通りの会話のようで、でも今までとは全く違うものだった。
唯斗くんは、明らかに無理をしている。無理してテンションを上げて、どうにか場を盛り上げようと必死だ。私は上の空で、周りに人がいなくなるのをただ待っている。
少し前まではあんなに楽しかった帰り道が、こんなにも辛くなるなんて、あの時は想像もしていなかった。
会話の切れ目で、ちょうど周りに誰もいなくなった。
今だ。
これを逃したら、私はずるずると言えなくなってしまう。そう思って切り出した。
「あのさ、恋愛レッスンの話なんだけど」
改めて言葉にして、おかしくなる。自分の恋愛さえこうやってうまくいかない私が、どうして唯斗くんみたいな人気者の恋愛レッスンをやることになったんだっけ。
そう考えて、これまでのいろんなやりとりが一瞬にして頭の中を駆け巡る。
体育館裏に呼び出されて、私刑だろうかと怯えた始まり。すぐに打ち解けて、楽しくて仕方なかった帰り道。映画館で感じた、その手のぬくもり。
……これ以上思い出したら、決心が鈍ってしまう。そう思って、思考を止める。
今は、思い出を振り返っている場合ではないのだ。
「うん。もしかして、次のステップ?」
唯斗くんはおどけて、テンションを上げてそう訊いてきた。
「ううん。終わりにさせてほしくて」
「いやだ」
笑顔だった唯斗くんが立ち止まり、怒ったような泣きだしそうな顔になった。一歩踏み出したところで私も立ち止まる。くるりと振り返って、唯斗くんと向きあった。
「まだ、恋は成就してなくて、恭子ちゃんには、まだいっぱい教えてもらわないと」
しぼりだすような唯斗くんの言葉は、かすかに震えているようにも感じた。
その、成就するのを見届けるのが辛いのだ。そう言えたらどんなにいいだろう。だけど、言えない。好きな人がいる唯斗くんに、そんなことを言ったって困らせるだけだから。
「唯斗くんは、素敵だから。私が教えられることなんてもうないよ。というか、最初っからなかったの。だからもう、終わり」
わざと明るい調子で言おうとしたけれど、それが本当にできていたかはわからない。
好きな気持ち。悲しい気持ち。いろんな気持ちがごちゃまぜになって、それが溢れ出ないようにするのでいっぱいいっぱいだった。
「いやだ」
唯斗くんの真顔が崩れて、今にも泣き出しそうな表情になる。
私たちの間に、無言の時間が流れた。しとしとと雨の降る音と、それがポツポツと傘を打つ音だけが響く。
「……ごめんね」
最後に一方的にそう言って、私は立ち去った。
唯斗くんが着いてくる気配は、ない。今、彼がどんな表情でそこに立っているのか。あるいはもう、きびすを返して来た道を引き返しているのか。気になる気持ちを必死で抑えて、私はただ前を見て進んだ。
もし振り返って、もし目が合ってしまったら、私の弱い決心なんか一瞬で砕け散って、唯斗くんのもとに戻ってしまいそうだったから。
唯斗くんとの思い出を、唯斗くんへの想いを、断ち切るように一歩一歩足を進める。傘をうつ雨の音だけが、頭の近くでずっと響き続けた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
氷鬼司のあやかし退治
桜桃-サクランボ-
児童書・童話
日々、あやかしに追いかけられてしまう女子中学生、神崎詩織(かんざきしおり)。
氷鬼家の跡取りであり、天才と周りが認めているほどの実力がある男子中学生の氷鬼司(ひょうきつかさ)は、まだ、詩織が小さかった頃、あやかしに追いかけられていた時、顔に狐の面をつけ助けた。
これからは僕が君を守るよと、その時に約束する。
二人は一年くらいで別れることになってしまったが、二人が中学生になり再開。だが、詩織は自身を助けてくれた男の子が司とは知らない。
それでも、司はあやかしに追いかけられ続けている詩織を守る。
そんな時、カラス天狗が現れ、二人は命の危険にさらされてしまった。
狐面を付けた司を見た詩織は、過去の男の子の面影と重なる。
過去の約束は、二人をつなぎ止める素敵な約束。この約束が果たされた時、二人の想いはきっとつながる。
一人ぼっちだった詩織と、他人に興味なく冷たいと言われている司が繰り広げる、和風現代ファンタジーここに開幕!!

佐藤さんの四重奏
makoto(木城まこと)
児童書・童話
佐藤千里は小学5年生の女の子。昔から好きになるものは大抵男子が好きになるもので、女子らしくないといじめられたことを機に、本当の自分をさらけ出せなくなってしまう。そんな中、男子と偽って出会った佐藤陽がとなりのクラスに転校してきて、千里の本当の性別がバレてしまい――?
弦楽器を通じて自分らしさを見つける、小学生たちの物語。
第2回きずな児童書大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます!
猫神学園 ~おちこぼれだって猫神様になれる~
景綱
児童書・童話
「お母さん、どこへ行っちゃったの」
ひとりぼっちになってしまった子猫の心寧(ここね)。
そんなときに出会った黒白猫のムムタ。そして、猫神様の園音。
この出会いがきっかけで猫神様になろうと決意する。
心寧は猫神様になるため、猫神学園に入学することに。
そこで出会った先生と生徒たち。
一年いわし組担任・マネキ先生。
生徒は、サバトラ猫の心寧、黒猫のノワール、サビ猫のミヤビ、ロシアンブルーのムサシ、ブチ猫のマル、ラグドールのルナ、キジトラのコマチ、キジ白のサクラ、サバ白のワサビ、茶白のココの十人。
(猫だから十匹というべきだけどここは、十人ということで)
はたしてダメダメな心寧は猫神様になることができるのか。
(挿絵もあります!!)
左左左右右左左 ~いらないモノ、売ります~
菱沼あゆ
児童書・童話
菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。
『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。
旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』
大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。
ミラー★みらくる!
桜花音
児童書・童話
楠木莉菜、中学一年生。
それはわたしの本来の姿。
わたしは莉菜という存在をずっと見ていた、鏡の中にいる、もう一人のリナ。
わたしは最初から【鏡】の中にいた。
いつから、なんてわからない。
でもそれを嫌だと思った事はない。
だって鏡の向こうの〈あたし〉は楽しそうだったから。
友達と遊ぶのも部活も大好き。
そんな莉菜を見ているのは楽しかった。
でも唯一、莉菜を悩ませたもの。
それは勉強。
そんなに嫌?逃げたくなるくらい?
それならかわってあげられたらいいのに。
その瞬間、わたしと莉菜が入れ替わったの。
【鏡】の中で莉菜を見ていたわたしが、束の間の体験で得るものは……

モブの私が理想語ったら主役級な彼が翌日その通りにイメチェンしてきた話……する?
待鳥園子
児童書・童話
ある日。教室の中で、自分の理想の男の子について語った澪。
けど、その篤実に同じクラスの主役級男子鷹羽日向くんが、自分が希望した理想通りにイメチェンをして来た!
……え? どうして。私の話を聞いていた訳ではなくて、偶然だよね?
何もかも、私の勘違いだよね?
信じられないことに鷹羽くんが私に告白してきたんだけど、私たちはすんなり付き合う……なんてこともなく、なんだか良くわからないことになってきて?!
【第2回きずな児童書大賞】で奨励賞受賞出来ました♡ありがとうございます!

チーム!
えりっく
児童書・童話
魔法が使えないはずの少年が
魔法使いたちの学校に通うことに。
少年の所属するクラスのチームは問題児揃い。
学校では少年は出身地のことでいじめの標的に。
そして少年は魔法使いたちの戦争にも巻き込まれていく。
しかしそこへ謎の少年少女が現れる。
少年の方はかなり強い魔力の持ち主だ。
だけど、魔法が使える者はすべてこの国で管理されているはず。
様々な勢力がぶつかりあい、少年は仲間と共に困難に立ち向かう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる