19 / 34
18.ああ、この気持ちは——
しおりを挟む
不意のぬくもりに驚いて視線をやると、私の手に、唯斗くんの手が重ねられている。
——ええ?
視線を唯斗くんの顔に移すけれど、彼は何くわぬ顔で映画を観続けている。
全身の熱が、神経が、急速に右手に集まっていく気がした。ドキドキして、もはや映画どころではない。
唯斗くんの手はあたたかくて、それから意外とごつごつしている。仔犬みたい、弟みたい、なんて思っていたけれど、一人の男の子なのだということを思い知らされる。
な、なんで手なんか繋ぐの?
映画中じゃなかったら、すぐに訊けるのに。いや、訊けるかな? こんなにドキドキしていたら、ここが映画館じゃなくったって、声なんか出ないかも。
どんどん早くなる心臓。苦しくなる胸。手のひらは緊張でじとっと汗ばんでいる。
早く、早くこの手を離してほしい。そう思う一方で、ずっと、ずっと離してほしくないと思ってしまう。
ああ、この気持ちは——
今まで気づきかけていて、でも気づかないフリをしていたこの気持ちは——
恋だ。
弟みたいで可愛いとか、仔犬みたいで可愛いとか、友達として居心地がいいとか、そうやって今まで自分を誤魔化してきたけど、違う。
私は、唯斗くんのことが好きなんだ。それは、まぎれもなく恋愛感情として。
でも、唯斗くんには好きな人がいる。
好きな人には好きな人がいるなんて、この映画みたいだ。確かについさっき「いいなあ、私もこういう恋がしてみたいな」なんて思った。けれど、映画と違って現実では、この恋がハッピーエンドを迎えることはないだろう。
一人でドキドキして、一人で落ち込んで。
私がぐるぐると考えを巡らせているうちに、映画は終わってしまった。エンドロールが流れ終わって、一瞬館内が真っ暗になる。そこでスッと、唯斗くんの手が私の手から離れた。それからすぐ、照明がともる。
「ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」
映画館のお兄さんが入ってきて掃除を始める。まわりのお客さんたちが立ち上がり、わらわらと出口へ向かう。
「行こっか」
唯斗くんは何事もなかったかのように、立ち上がってそう言った。慌てて荷物を手にして、出口へと向かう。歩きながら何度も、汗ばんだ手のひらをスカートでぬぐった。
「面白かったね」
「……うん」
「最初の出会いのシーンがさ、原作通りで感動したなあ」
「……そうだね」
「すれ違いのところとかは、けっこう映画オリジナルのとこもあったりしてさ」
「……うん」
笑顔の唯斗くんに話しかけられても、私は上の空な返事しかできない。
ねえ、なんで手を繋いだの?
そんな問いが、なんども口をつきかけて、けれどその度にきゅっと唇を結んだ。訊きたいけれど、やめておく。だって、答えはわかりきっているから。
ただの、練習。
わかっているけれど、唯斗くんの口からは聞きたくなかった。
唯斗くんの無邪気さは、大きな魅力だ。けど無邪気って、時に残酷だ。
こうして私の初恋は、始まったと同時に終わってしまった。音もなく。いや、本当はもっと前から始まっていて、その瞬間に終わっていて。にぶい私が、たまたま気づいたのが今日だった。それだけの話。
——ええ?
視線を唯斗くんの顔に移すけれど、彼は何くわぬ顔で映画を観続けている。
全身の熱が、神経が、急速に右手に集まっていく気がした。ドキドキして、もはや映画どころではない。
唯斗くんの手はあたたかくて、それから意外とごつごつしている。仔犬みたい、弟みたい、なんて思っていたけれど、一人の男の子なのだということを思い知らされる。
な、なんで手なんか繋ぐの?
映画中じゃなかったら、すぐに訊けるのに。いや、訊けるかな? こんなにドキドキしていたら、ここが映画館じゃなくったって、声なんか出ないかも。
どんどん早くなる心臓。苦しくなる胸。手のひらは緊張でじとっと汗ばんでいる。
早く、早くこの手を離してほしい。そう思う一方で、ずっと、ずっと離してほしくないと思ってしまう。
ああ、この気持ちは——
今まで気づきかけていて、でも気づかないフリをしていたこの気持ちは——
恋だ。
弟みたいで可愛いとか、仔犬みたいで可愛いとか、友達として居心地がいいとか、そうやって今まで自分を誤魔化してきたけど、違う。
私は、唯斗くんのことが好きなんだ。それは、まぎれもなく恋愛感情として。
でも、唯斗くんには好きな人がいる。
好きな人には好きな人がいるなんて、この映画みたいだ。確かについさっき「いいなあ、私もこういう恋がしてみたいな」なんて思った。けれど、映画と違って現実では、この恋がハッピーエンドを迎えることはないだろう。
一人でドキドキして、一人で落ち込んで。
私がぐるぐると考えを巡らせているうちに、映画は終わってしまった。エンドロールが流れ終わって、一瞬館内が真っ暗になる。そこでスッと、唯斗くんの手が私の手から離れた。それからすぐ、照明がともる。
「ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」
映画館のお兄さんが入ってきて掃除を始める。まわりのお客さんたちが立ち上がり、わらわらと出口へ向かう。
「行こっか」
唯斗くんは何事もなかったかのように、立ち上がってそう言った。慌てて荷物を手にして、出口へと向かう。歩きながら何度も、汗ばんだ手のひらをスカートでぬぐった。
「面白かったね」
「……うん」
「最初の出会いのシーンがさ、原作通りで感動したなあ」
「……そうだね」
「すれ違いのところとかは、けっこう映画オリジナルのとこもあったりしてさ」
「……うん」
笑顔の唯斗くんに話しかけられても、私は上の空な返事しかできない。
ねえ、なんで手を繋いだの?
そんな問いが、なんども口をつきかけて、けれどその度にきゅっと唇を結んだ。訊きたいけれど、やめておく。だって、答えはわかりきっているから。
ただの、練習。
わかっているけれど、唯斗くんの口からは聞きたくなかった。
唯斗くんの無邪気さは、大きな魅力だ。けど無邪気って、時に残酷だ。
こうして私の初恋は、始まったと同時に終わってしまった。音もなく。いや、本当はもっと前から始まっていて、その瞬間に終わっていて。にぶい私が、たまたま気づいたのが今日だった。それだけの話。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
二十歳の同人女子と十七歳の女装男子
クナリ
恋愛
同人誌でマンガを描いている三織は、二十歳の大学生。
ある日、一人の男子高校生と出会い、危ないところを助けられる。
後日、友人と一緒にある女装コンカフェに行ってみると、そこにはあの男子高校生、壮弥が女装して働いていた。
しかも彼は、三織のマンガのファンだという。
思わぬ出会いをした同人作家と読者だったが、三織を大切にしながら世話を焼いてくれる壮弥に、「女装していても男は男。安全のため、警戒を緩めてはいけません」と忠告されつつも、だんだんと三織は心を惹かれていく。
自己評価の低い三織は、壮弥の迷惑になるからと具体的な行動まではなかなか起こせずにいたが、やがて二人の関係はただの作家と読者のものとは変わっていった。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる