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18.ああ、この気持ちは——

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 不意のぬくもりに驚いて視線をやると、私の手に、唯斗くんの手が重ねられている。

 ——ええ?

 視線を唯斗くんの顔に移すけれど、彼は何くわぬ顔で映画を観続けている。

 全身の熱が、神経が、急速に右手に集まっていく気がした。ドキドキして、もはや映画どころではない。

 唯斗くんの手はあたたかくて、それから意外とごつごつしている。仔犬みたい、弟みたい、なんて思っていたけれど、一人の男の子なのだということを思い知らされる。

 な、なんで手なんか繋ぐの?

 映画中じゃなかったら、すぐに訊けるのに。いや、訊けるかな? こんなにドキドキしていたら、ここが映画館じゃなくったって、声なんか出ないかも。

 どんどん早くなる心臓。苦しくなる胸。手のひらは緊張でじとっと汗ばんでいる。

 早く、早くこの手を離してほしい。そう思う一方で、ずっと、ずっと離してほしくないと思ってしまう。

 ああ、この気持ちは——

 今まで気づきかけていて、でも気づかないフリをしていたこの気持ちは——

 恋だ。

 弟みたいで可愛いとか、仔犬みたいで可愛いとか、友達として居心地がいいとか、そうやって今まで自分を誤魔化してきたけど、違う。

 私は、唯斗くんのことが好きなんだ。それは、まぎれもなく恋愛感情として。

 でも、唯斗くんには好きな人がいる。

 好きな人には好きな人がいるなんて、この映画みたいだ。確かについさっき「いいなあ、私もこういう恋がしてみたいな」なんて思った。けれど、映画と違って現実では、この恋がハッピーエンドを迎えることはないだろう。

 一人でドキドキして、一人で落ち込んで。

 私がぐるぐると考えを巡らせているうちに、映画は終わってしまった。エンドロールが流れ終わって、一瞬館内が真っ暗になる。そこでスッと、唯斗くんの手が私の手から離れた。それからすぐ、照明がともる。

「ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」

 映画館のお兄さんが入ってきて掃除を始める。まわりのお客さんたちが立ち上がり、わらわらと出口へ向かう。

「行こっか」

 唯斗くんは何事もなかったかのように、立ち上がってそう言った。慌てて荷物を手にして、出口へと向かう。歩きながら何度も、汗ばんだ手のひらをスカートでぬぐった。

「面白かったね」
「……うん」
「最初の出会いのシーンがさ、原作通りで感動したなあ」
「……そうだね」
「すれ違いのところとかは、けっこう映画オリジナルのとこもあったりしてさ」
「……うん」

 笑顔の唯斗くんに話しかけられても、私は上の空な返事しかできない。

 ねえ、なんで手を繋いだの?

 そんな問いが、なんども口をつきかけて、けれどその度にきゅっと唇を結んだ。訊きたいけれど、やめておく。だって、答えはわかりきっているから。

 ただの、練習。

 わかっているけれど、唯斗くんの口からは聞きたくなかった。

 唯斗くんの無邪気さは、大きな魅力だ。けど無邪気って、時に残酷だ。

 こうして私の初恋は、始まったと同時に終わってしまった。音もなく。いや、本当はもっと前から始まっていて、その瞬間に終わっていて。にぶい私が、たまたま気づいたのが今日だった。それだけの話。
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