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5.好きな人が誰か、訊いてもいい?
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「アネゴ……じゃなかった、恭子ちゃん、僕は何から始めたらいいでしょうか」
わくわくした顔を向けられて、私は大変なことに気がついた。
距離がめちゃくちゃ近い。
ハンカチで固定された場所にそのまま座ってしまったけれど、それは唯斗くんの真隣で、ゼロ距離で、まさに目と鼻の先。つまりはその綺麗なお顔だったりぱっちりお目々だったりが、もう本当に目の前も目の前にあるということで。
プチパニックを起こしそうな、いやもう起こしている心をなだめるべく、一呼吸おく。
それからなるべく唯斗くんの方を見ないよう斜め前を向いて、私は肝心なことを尋ねた。昨日からずっと抱いていた謎だ。
「その前に唯斗くん。好きな人が誰か、訊いてもいい?」
私の言葉に、今度は唯斗くんのほうが、急にオロオロしはじめた。
「それはその、えっと、恥ずかしいというか、難しいというか、なんというか、ええ……」
「言いたくない?」
「言いたくないってわけじゃないんだけど……今はまだ、ごめんなさい」
唯斗くんは口をもごもごさせて悩んだ後、そう言って頭を下げてきた。
「そっか……わかった」
まさかの回答に戸惑いつつも、私はそれを受け入れることにした。本人が言いたくないのなら仕方がない。
「じゃあ、どんな子か教えてくれる? それをもとに考えてみるから」
私の問いに、今度は即答だった。
「まっすぐで、優しくて、みんなから頼りにされている、可愛い子だよ」
その子のことを思い出しているのだろう。可愛い子だよ、と話すその顔はとても幸せそうだ。
「うちの学校の子?」
「うん」
「仲はいいの?」
「まだ、ほとんど話をしたこともなくて……」
一問一答みたいなことをしながら、その好きな子に関する情報を集めていく。
「なるほど。じゃあまとめると、まっすぐで優しくて、みんなから頼りにされているこの学校の子で、まだほとんど話をしたこともない、と」
私の言葉に、唯斗くんはうんうん頷いた。
みんなから頼りにされている、ということはちょっと姉御肌な感じの人なのかな。そうだとすれば、ザ・弟キャラな唯斗くんとの相性も良さそうだけどな。
唯斗くんからの情報をもとに、私の脳内に好きな人像が形作られていく。
「じゃあさ、告白とかそういうのよりも、まずはたくさん話をしてみるのがいいかもしれないね」
私の好きな少女漫画ではだいたい、初対面での告白は失敗している。で、一回振られて、でも諦めずに話しかけたりイベントがあったりして、徐々に仲良くなって、再び告白して結ばれる。というのが少女漫画の王道だ。
とはいえ。これは漫画での話だ。現実でわざわざ一度失恋する必要はない。いきなり告白するのではなく、先に仲良くなってから告白すれば、唯斗くんのこの見た目とキャラクターだ、きっと上手くいくだろう。
というのが私の考えた作戦。
作戦、というにはあまりにありきたりすぎるかもしれないけれど。しかし唯斗くんは、真面目にふむふむ頷きながら、私の言葉を復唱してくれた。
「なるほど、まずたくさん話をしてみる……たくさん話すって、どうやって?」
困り顔の唯斗くん。どうやってもなにも、こうやってほぼ初対面の私ともちゃんとたくさん話せている唯斗くんなのだ。そんな疑問が生じるとは想定外だった。
「こんな感じで、普通に話したらいいと思うんだけど……」
「でも、話しかけるきっかけとかがわからなくって」
いやいや君、きっかけなんかガン無視で私に話しかけてきたでしょう。
内心そうツッコミをいれる。しかし、すがるような目で見つめられると、なんとか力にならなくてはという気持ちが湧いてくる。
「そうだなあ、まずは一緒に帰ってみるのとか、どうかな」
「なんかあんまり自信がないなあ。うまく喋れるかとか」
「うまく喋ろうとしなくても大丈夫。それよりも、相手のことを知って、唯斗くんって人を知ってもらうのが大事だと思うから。それに、一緒に歩いていたら、景色がどんどん変わっていくから、話題も自然と出てくると思うよ」
私がそう言っても、唯斗くんは不安げな表情を崩さない。
「うーん、やっぱりちょっと不安だなあ……。そうだ、恭子ちゃん、僕と一緒に、帰ってみてくれない?」
急な提案に戸惑う。それはつまり私、練習台? それは流石にひどすぎない?
と思わないでもない。けど、それよりもこの迷える仔犬をどうにかしてあげたい。そんな親心にも似た気持ちが、私の首を縦に振らせた。
「それくらい、別にいいけど」
「本当? やったあ。ありがとう」
不安げな表情から一転、パアッと明るくなる唯斗くん。その変わり身の早さは、さっきまでの不安顔は演技だったのではないか、と思わせるほどだったけれど、それはもう見て見ぬふりをするほかない。
演技だろうとなんだろうと、不安げな顔を見てしまったら助けたくなるし、明るい顔になれば、ああ、了承して良かった、と心から思ってしまうのだ。
甘い。甘いぞ私。
心の中の冷静な私がそうツッコミを入れるけれど、聞いちゃいない。相手はみんなのアイドルなのだ。ただの少女漫画オタクごときの防御力で、太刀打ちできるはずもないのである。
わくわくした顔を向けられて、私は大変なことに気がついた。
距離がめちゃくちゃ近い。
ハンカチで固定された場所にそのまま座ってしまったけれど、それは唯斗くんの真隣で、ゼロ距離で、まさに目と鼻の先。つまりはその綺麗なお顔だったりぱっちりお目々だったりが、もう本当に目の前も目の前にあるということで。
プチパニックを起こしそうな、いやもう起こしている心をなだめるべく、一呼吸おく。
それからなるべく唯斗くんの方を見ないよう斜め前を向いて、私は肝心なことを尋ねた。昨日からずっと抱いていた謎だ。
「その前に唯斗くん。好きな人が誰か、訊いてもいい?」
私の言葉に、今度は唯斗くんのほうが、急にオロオロしはじめた。
「それはその、えっと、恥ずかしいというか、難しいというか、なんというか、ええ……」
「言いたくない?」
「言いたくないってわけじゃないんだけど……今はまだ、ごめんなさい」
唯斗くんは口をもごもごさせて悩んだ後、そう言って頭を下げてきた。
「そっか……わかった」
まさかの回答に戸惑いつつも、私はそれを受け入れることにした。本人が言いたくないのなら仕方がない。
「じゃあ、どんな子か教えてくれる? それをもとに考えてみるから」
私の問いに、今度は即答だった。
「まっすぐで、優しくて、みんなから頼りにされている、可愛い子だよ」
その子のことを思い出しているのだろう。可愛い子だよ、と話すその顔はとても幸せそうだ。
「うちの学校の子?」
「うん」
「仲はいいの?」
「まだ、ほとんど話をしたこともなくて……」
一問一答みたいなことをしながら、その好きな子に関する情報を集めていく。
「なるほど。じゃあまとめると、まっすぐで優しくて、みんなから頼りにされているこの学校の子で、まだほとんど話をしたこともない、と」
私の言葉に、唯斗くんはうんうん頷いた。
みんなから頼りにされている、ということはちょっと姉御肌な感じの人なのかな。そうだとすれば、ザ・弟キャラな唯斗くんとの相性も良さそうだけどな。
唯斗くんからの情報をもとに、私の脳内に好きな人像が形作られていく。
「じゃあさ、告白とかそういうのよりも、まずはたくさん話をしてみるのがいいかもしれないね」
私の好きな少女漫画ではだいたい、初対面での告白は失敗している。で、一回振られて、でも諦めずに話しかけたりイベントがあったりして、徐々に仲良くなって、再び告白して結ばれる。というのが少女漫画の王道だ。
とはいえ。これは漫画での話だ。現実でわざわざ一度失恋する必要はない。いきなり告白するのではなく、先に仲良くなってから告白すれば、唯斗くんのこの見た目とキャラクターだ、きっと上手くいくだろう。
というのが私の考えた作戦。
作戦、というにはあまりにありきたりすぎるかもしれないけれど。しかし唯斗くんは、真面目にふむふむ頷きながら、私の言葉を復唱してくれた。
「なるほど、まずたくさん話をしてみる……たくさん話すって、どうやって?」
困り顔の唯斗くん。どうやってもなにも、こうやってほぼ初対面の私ともちゃんとたくさん話せている唯斗くんなのだ。そんな疑問が生じるとは想定外だった。
「こんな感じで、普通に話したらいいと思うんだけど……」
「でも、話しかけるきっかけとかがわからなくって」
いやいや君、きっかけなんかガン無視で私に話しかけてきたでしょう。
内心そうツッコミをいれる。しかし、すがるような目で見つめられると、なんとか力にならなくてはという気持ちが湧いてくる。
「そうだなあ、まずは一緒に帰ってみるのとか、どうかな」
「なんかあんまり自信がないなあ。うまく喋れるかとか」
「うまく喋ろうとしなくても大丈夫。それよりも、相手のことを知って、唯斗くんって人を知ってもらうのが大事だと思うから。それに、一緒に歩いていたら、景色がどんどん変わっていくから、話題も自然と出てくると思うよ」
私がそう言っても、唯斗くんは不安げな表情を崩さない。
「うーん、やっぱりちょっと不安だなあ……。そうだ、恭子ちゃん、僕と一緒に、帰ってみてくれない?」
急な提案に戸惑う。それはつまり私、練習台? それは流石にひどすぎない?
と思わないでもない。けど、それよりもこの迷える仔犬をどうにかしてあげたい。そんな親心にも似た気持ちが、私の首を縦に振らせた。
「それくらい、別にいいけど」
「本当? やったあ。ありがとう」
不安げな表情から一転、パアッと明るくなる唯斗くん。その変わり身の早さは、さっきまでの不安顔は演技だったのではないか、と思わせるほどだったけれど、それはもう見て見ぬふりをするほかない。
演技だろうとなんだろうと、不安げな顔を見てしまったら助けたくなるし、明るい顔になれば、ああ、了承して良かった、と心から思ってしまうのだ。
甘い。甘いぞ私。
心の中の冷静な私がそうツッコミを入れるけれど、聞いちゃいない。相手はみんなのアイドルなのだ。ただの少女漫画オタクごときの防御力で、太刀打ちできるはずもないのである。
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