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4.男の子に名前を呼ばれるなんてこと

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 さて、恋愛レッスンなんてどうしたものか。午後の英語の授業中も、そのことで頭がいっぱい。

「I was reading book……」

 過去進行形がどうとかいう先生の説明も、右から左へ。
 
 昼休みに聞いた春香の話では、唯斗くんはとっても本気らしい。そういえば、昨日の話し方や表情も、とても一生懸命だった。

 なんとか、成就させてあげたいな。

 けれど、あのアイドル級の容姿と人気の唯斗くんをもってしてもすんなりいかないとなると、相手はかなり手強そうだ。そんな手強い相手に効くような手立てを、恋愛経験ゼロの私が、思いつくことが出来るのだろうか。

 とにかく、これまでに読んだことのある少女漫画のストーリーを思い浮かべて、参考になりそうなところがないか考える。

 しかし、その方法にはある致命的な欠点があることに気づいてしまった。

 よく考えたら、少女漫画の主人公ってだいたいヒロインだ。つまり、ほとんどが女の子で描かれている。で、そのためヒーロー側がどう頑張ったとかって、あまり描かれていない。

 これまで受けた恋愛相談はぜんぶ女の子からだった。だから、少女漫画のヒロインを思い浮かべることによって、こうやって頑張ってみたら? とか伝えることが出来たけれど、今回はその手が使えない。

 どうしたものか、どうしたものか。

 考えているうちに、気づけば放課後になっていた。一目散に部活へと向かう数人のクラスメイトが、バタバタと教室を出ていく。

 そう言えば、恋愛レッスンして欲しいと言ってきた唯斗くんだけれど、今日は全然声をかけてこなかった。それどころか、目も合わなかったな。まあ別に、今日からってお願いされていたわけじゃないのだけれど、ちょっと拍子抜けというか。しかし、なんにもいい案が思いついていないのだから、正直ほっとした気持ちもある。

 そんな複雑な気持ちを抱きながら、さあ帰ろうと荷物をカバンに詰めているところに、唯斗くんがやってきた。

「アネゴ! お疲れ様です!」

 元気な唯斗くんの声に、教室に残っていたクラスメイトたちの視線が集まる。あの二人、仲良かったっけ? そんな疑問を浮かべているのが、ジンジン伝わってくる。

「恋愛相談の件なんですけど」

 かしこまって言う唯斗くんの言葉で、何事かと見ていたクラスメイトたちの視線が、納得の色に変わった。ああ、アネゴに恋愛相談ね。みたいな感じで。次の瞬間もう興味を失ったクラスメイトたち。おのおのが視線を戻して、帰る準備や雑談を再開する。

 いやそれちょっとおかしくない? そこは納得するところじゃないよね? 私、アネゴでも恋のキューピットでもないからね?

 内心ツッコミながらも、恥ずかしさで言葉にならない。まあ、注目がなくなったのは、ありがたいことだし。そう自分に言い聞かせながら、しかし唯斗くんへの訂正は忘れない。

「唯斗くん、その、アネゴはやめて?」
「ええ、アネゴ、かっこいいのにな。じゃあ……恭子ちゃん」

 満開の笑顔で急に名前を呼ばれて、さっきとはまた違った恥ずかしさがこみ上げる。

 男の子に名前を呼ばれるなんてこと、現実世界であるの? 少女漫画の中だけの話だと思っていたよ。

 いや、それは流石に言い過ぎで、そりゃあ下の名前で呼ばれる女の子が現実にもいることは知っている。けれど、まさか自分がその中の一人になる日が来るなんて。しかも、こんな整った顔のキラキラした男の子から。

「普通に宮瀬でいいんだけど……」
「恭子ちゃんじゃ、だめ?」

 なぜか不服そうに尖らされた唇に、それ以上強く言えなくなる私。

「別にダメじゃ……ないけど」
「やった。じゃあ、行こう。恭子ちゃん」

 昨日と同じように、バタバタと荷物をまとめ、ずんずん進んでいく唯斗くんの後を追う。たどり着いたのも、昨日とおなじ体育館裏だった。流石に今日はもう、私刑だろうかなんて怯えない。

「ここで、いい?」

 ちょうどいい高さで段になっている階段のところに、唯斗くんはさっとハンカチを広げ、その隣に座ってこっちを見上げてきた。

「どうぞ」

 両手で自分の隣を指し示すその仕草こそ可愛いけれど、やっていることは大人顔負けではないか。それとも私が知らないだけで、イマドキの男子中学生はみんなこれくらいの気遣いができるものなのか?

 いやまあ、私だって一応イマドキの女子中学生だけれども。

 少なくとも私は、女の子の座るところにハンカチを広げる男子中学生なんて、三次元はもちろん二次元でも見たことがない。

「あ、ありがとう」

 男の子にこんな風に気を使われたのは初めてで、ドキドキしながらその上に座る。自然にこんなことが出来る子に、レッスンすることなんてあるのだろうか。
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