14 / 33
一章
14.ホテルで一晩過ごした。だけど何もなかった。
しおりを挟む「どうしました? 八雲さん」
俺のあげた声に気付き、三人がベランダに寄ってきた。
「あ、あれを見てくれ」
俺の指差した先には月があった。
「月……でしょうか?」
「あおいよ」
「うむ、青いですね」
俺はさらに別の方角を指差す。
「月が……もう一つありますね」
「あかいよ」
「うむ、赤いな」
そしてさらに別の方角を指差した。
「……月、まだあるんですか」
「おっきいー」
「うむ、月が大きいな」
地球にいるはずなのに、まるで違う星に来てしまったような感覚だ。
少なくともここは、太陽系第三惑星ではない、というより、地球が太陽系第三惑星ではなくなってしまった、という事なのだろう。
しかしそうすると、色々と疑問が浮かぶ。
社畜のお姉さんが言っていた「異世界に地球が召喚された」という事についてだ。
それが本当だというなら、その異世界とやらの地形はどうなってしまったのだ? 建造物とかはないのか? 元いた異世界の住民はどこに行ってしまったのだろう? いや、そもそも、地球が異世界召喚されたというのは一体どういうことなのだろうか?
あまり賢くない俺がこれ以上考えても、何も答えは浮かばなさそうだ。
何と言うか、地に足がついていないような漠然とした不安感はあるが、俺は俺が今できることを精一杯頑張ろう。
とりあえずの目標は、……俺は働かない! うん、これだ。
今はルージュがいるから何とでもなるが、問題はこの後どうなるか、いや、レンがどうするか、である。
それは、明日になってみない事にはわからないが。
今日はもう寝ることになったのだが、そこまでまた一つ問題が起きた。
端的に言うと、ルージュの我が儘だ。もう勘弁してほしい。
ちなみに俺たちは今、レンの家から蝋燭を探し出して部屋を照らしている。
「マスターは私と一緒に寝てください。今までずっとそうだったじゃないですか!」
「どうやってだよ」
「まず私の糸でぐるぐる巻きにします」
「却下」
「そ、そんなぁ……」
「頼むからベッドで寝かせてくれ」
「そうですよ、ルージュさん。折角ベッドがあるんですから、ベッドで寝た方が疲れが取れやすいじゃないですか」
「ということは、奈穂殿はマスターと添い寝をするつもりなのか?」
ルージュがジト目で春川さんを睨むと、春川さんは頬に手を当てて恥ずかしがるように微笑んだ。
「いや、間にレンを挟むからセーフだよ」
そのレンはというと、もうすでにベッドの上で寝ている。
色々あったから、疲れていたのだろう。すぐに眠ってしまった。
俺もさっさと寝たい。
「ふんっ、マスターはまたそうやって、ヤってないからセーフだとか言い張るつもりなんですね」
俺の額にじわっと汗が浮かんだ。
こいつ、まさか三者面談の時の会話まで覚えてやがるのか……?
俺は一度、まだ俺が働いていて嫁と一緒に住んでいた時、朝帰りをしてしまったことがある。
その時一夜を共にしていたのが、他でもない、この春川さんだ。
俺は飲み会で潰れてしまい、というより、ほとんど瀕死だったのだが、そんな状態の俺を春川さんが介抱してくれた。朝まで。ホテルで。
気が付いたら朝で、春川さんと同じベッドに裸で寝ていた俺は大いに焦った。
すぐに何があったのか春川さんに問い質すと、俺が潰れてそれを解放していただけで何もなかったと言われたのだが、安心できるはずもない。お互い全裸で俺は記憶が無く、嫁にも一切連絡を入れていないのだから。
俺は大慌てのまま家に帰り、そのまま嫁にあったことを包み隠さず話し、謝罪した。
その結果、三者面談となってしまったのだ。
今思えば、黙っておけば良かったと思う。
「ルージュさん、私たちは本当に何もなかったんですよ」
そう、あの時も同じことを春川さんは嫁に説明してくれた。
ただ問題があった。
「八雲さんの意識があったらどうなっていたかはわかりませんけどね。お互い裸でしたし。私はそのつもりでしたし」
そうなのだ。
三者面談の時も、今みたいにそんな余計なことを言ってくれたおかげで、嫁は憤怒し、家を出て行ってしまったのである。
「だ、そうですよ、マスター。今回はどうなのでしょうね?」
ルージュの燃えるように赤い瞳が冷たい。あれは完全に俺を信じていない目だ。
「だから、今回はレンがいるって言ってるだろ?」
「もう寝てしまっていて、きっと見られても何をしているのかはわからないレンが、ですね?」
こいつ、ポンコツのくせに急に鋭くなりやがった。
「だいたいホテルで一晩過ごして何もなかったなんて、通じると思っているんですか? 見苦しいだけですよ?」
「まぁ、傍から見たらそうだろうな。だけど、俺のこと信じているなら、話は違うんじゃねえか? だいたい俺が酒飲めないのは事実だしな」
「ひ、開き直りましたね……。ですが、マスター。マスターは何もする気が無くても、奈穂殿もそうだとは限りませんよ」
まぁ、確かにそれはそうだ。
春川さんを見ると、彼女はすっと目を逸らした。
どうしよう。不安になってきた。
「マスターの安全のためにも、やはり私と寝ましょう。使い慣れたタオルケットだってあるので、きっとよく眠れます」
「は? タオルケット?」
ルージュがしまったという顔をする。
よくわからないが、ルージュはきっと俺の家からタオルケットを持ってきてくれたのだろう。
必要かと聞かれると、首を捻らざるを得ないが、別に責められるようなことでもないと思う。
なのになんだろう、ルージュの表情は。てっきり俺に怒られるのが嫌なのかと思ったが、そうではないようで、顔を赤くしてそっぽを向いている。恥ずかしがっているらしい。
「どうしてタオルケットなんか持ってきたんだ?」
「い、いいではないですか。別に」
怪しい。
寝る時に必要だと思った、とか適当に言い訳すればいいものを、なぜ誤魔化そうとする?
「まぁ、いいや。出してみろよ。一緒に寝るか考えるから」
「は、はい」
ルージュは卵のうを引き裂いて木刀や竹刀、そして件のタオルケットを取り出した。
いつも俺が寝る時に使っているタオルケットだ。
これがどうしたというのか。
俺がそれを引っ張ろうとすると、その前にルージュが自分の体に巻きつけてしまった。
「いや、それじゃあ、俺に掛からないよな?」
「うぐ、そうなのですが……」
その時、春川さんが手をパンと叩いた。
表情から察するに、何か思いついたらしい。
「わかりました。ルージュさんのそれ、ブランケット症候群ですよ」
春川さんの説明によると、お気に入りのブランケットやタオルケットを肌身離さず持って安心感を得る状態になることをそう言うそうだ。
そしてその症状は、幼児期に顕著に出るものだという事である。
幼児期に……。
「ルージュ、お前って見た目に反して、実は幼児なの?」
「ち、違います! 精神年齢もちゃんとした大人です!」
ふーん、そうなんだぁ。大人なんだぁ。なるほどねぇ……。
「やっぱりルージュちゃんはパパがいないと眠れないみたいだから、一緒に寝てあげまちゅかねぇ」
「ぷっ、や、八雲さん、あんまりルージュちゃんをからかったら可哀想ですよ」
と言いつつ、春川さんもちょっと乗ってきている。
さて、ルージュはというと……あれ? 蝋燭の火が消えた。
――キチっ。
ん? あれ? 何かに挟まれたぞ。
「確かに私はマスターがいないと眠れないようです。なのでもういっそのこと、私の中で永眠いたしますか? ドロドロに溶けた後で」
あ、これ牙だ。牙にがっちり挟まれちゃってるわ。
「ル、ルージュ? ルージュさん? ルージュ様? あの、俺、すっごい悪いことしたなって思っているんで、放して頂けたりしないでしょうか?」
「で、今日はどちらにお休みで?」
「ハハハ、もちろんお美しい貴女のお傍で寝かせて頂きたいなぁ、なんて」
「しょうがないですね、マスターは。あ、それと、レンには今の話はしないでくださいね。じゃないと自動回復のスキルで、腕が生えてくるか試すことになりますよ?」
「言うわけないじゃないですかぁ!」
「奈穂殿もですよ」
「ん゛ー、ん゛ー」
春川さんはどうやら顔を糸でぐるぐる巻きにされているらしい。
いつの間にやったのだろう。恐るべき早業だ。
その後俺と春川さんは解放され、春川さんはレンと一緒に、俺は卵のうにしまわれ、ルージュの腹、いや、胸の下で眠ることになってしまった。じゃなくて、ルージュの蜘蛛部分の胸の下、だ。……紛らわしい。
意外と寝心地は悪くなかった。
ただ、暑い。
仕方なく一度服を脱ぐことにする。
「ルージュ、一度外に出してくれ」
「承知しました、マスター」
外に出してもらうと、屋上だった。
いつの間に移動したのだろう。まったく気付かなかった。
「お前、寝ないのか?」
「私は夜行性ですので」
「そういえばそうだったな。昼間はどうしようか?」
「ご心配なく。二時間も眠れば十分ですから。あとは普通に活動できるかと思います」
それならば助かる。
ルージュに合わせて陽が沈んでから動き出すのでは、少しの時間しか移動できなくなってしまう。
「あ、あの、マスター」
「なんだ?」
「いえ、その、なぜ脱いでいるので?」
「それはお前の……」
「わ、私の……?」
「……卵のうの中が暑いからだ」
「ア、ソウデスカ」
パン一になった俺は再びルージュの卵のうの中にしまわれ、そこで眠ることになった。
まぁ、うん。寝心地は悪くないし、いいか。
「マスターは結構いい体していますよね」
「病弱だしな。体鍛えとかないと」
「私の体はどうですか? マスターの好みに合うでしょうか?」
「うっさいな、疲れてるんだから寝かせろよ」
「うっ、すいません」
本当に黙っていて欲しい。
でないと、抑えられなくなってしまう。
俺は昂ぶる感情を抑えて、瞼を下ろした。
気持ちは昂ぶっているが、疲れが勝ったようで、すぐにうつらうつらとしてくる。
明日は……大型スーパーにでも……行こう。
俺は最後にそんなことを考えながら眠りについた。
そこで俺を何が待ち受けているかも知らずに。
0
お気に入りに追加
148
あなたにおすすめの小説
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

スキルを得られない特殊体質の少年。祠を直したらユニークスキルもらえた(なんで??)
屯神 焔
ファンタジー
魔法が存在し、魔物が跋扈し、人々が剣を磨き戦う世界、『ミリオン』
この世界では自身の強さ、もしくは弱さを知られる『ステータス』が存在する。
そして、どんな人でも、亜人でも、動物でも、魔物でも、生まれつきスキルを授かる。
それは、平凡か希少か、1つか2つ以上か、そういった差はあれ不変の理だ。
しかし、この物語の主人公、ギル・フィオネットは、スキルを授からなかった。
正確には、どんなスキルも得られない体質だったのだ。
そんな彼は、田舎の小さな村で生まれ暮らしていた。
スキルを得られない体質の彼を、村は温かく迎え・・・はしなかった。
迫害はしなかったが、かといって歓迎もしなかった。
父親は彼の体質を知るや否や雲隠れし、母は長年の無理がたたり病気で亡くなった。
一人残された彼は、安い賃金で雑用をこなし、その日暮らしを続けていた。
そんな彼の唯一の日課は、村のはずれにある古びた小さな祠の掃除である。
毎日毎日、少しずつ、汚れをふき取り、欠けてしまった所を何とか直した。
そんなある日。
『ありがとう。君のおかげで私はここに取り残されずに済んだ。これは、せめてものお礼だ。君の好きなようにしてくれてかまわない。本当に、今までありがとう。』
「・・・・・・え?」
祠に宿っていた、太古の時代を支配していた古代龍が、感謝の言葉と祠とともに消えていった。
「祠が消えた?」
彼は、朝起きたばかりで寝ぼけていたため、最後の「ありがとう」しか聞こえていなかった。
「ま、いっか。」
この日から、彼の生活は一変する。
レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。
玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!?
成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに!
故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。
この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。
持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。
主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。
期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。
その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。
仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!?
美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。
この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

転生しようとしたら魔族に邪魔されて加護が受けられませんでした。おかげで魔力がありません。
ライゼノ
ファンタジー
事故により死んだ俺は女神に転生の話を持ちかけられる。女神の加護により高い身体能力と魔力を得られるはずであったが、魔族の襲撃により加護を受けることなく転生してしまう。転生をした俺は後に気づく。魔力が使えて当たり前の世界で、俺は魔力を全く持たずに生まれてしまったことを。魔法に満ち溢れた世界で、魔力を持たない俺はこの世界で生き残ることはできるのか。どのように他者に負けぬ『強さ』を手に入れるのか。
師弟編の感想頂けると凄く嬉しいです!
最新話は小説家になろうにて公開しております。
https://ncode.syosetu.com/n2519ft/
よろしければこちらも見ていただけると非常に嬉しいです!
応援よろしくお願いします!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編

偽物の侯爵子息は平民落ちのうえに国外追放を言い渡されたので自由に生きる。え?帰ってきてくれ?それは無理というもの
つくも茄子
ファンタジー
サビオ・パッツィーニは、魔術師の家系である名門侯爵家の次男に生まれながら魔力鑑定で『魔力無し』の判定を受けてしまう。魔力がない代わりにずば抜けて優れた頭脳を持つサビオに家族は温かく見守っていた。そんなある日、サビオが侯爵家の人間でない事が判明した。妖精の取り換えっ子だと神官は告げる。本物は家族によく似た天使のような美少年。こうしてサビオは「王家と侯爵家を謀った罪人」として国外追放されてしまった。
隣国でギルド登録したサビオは「黒曜」というギルド名で第二の人生を歩んでいく。

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~
はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。
俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。
ある日の昼休み……高校で事は起こった。
俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。
しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。
……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!

世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる