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07.チクタクチクタク
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勇也は歩きながら、ふと思いつく。そういえば初めにあの場所に辿り着いたのは自分である、と。
その場所を後から来た騎士たちに追い出されたようなものであるが、今更戻ってお前らが出て行けと言うのも可笑しな話だと感じ、諦めて先に進むことにした。
そうして暫く進んでいると、またもや勇也はゴブリンと遭遇する。
今度は四匹もおらず二匹だけだった。
勇也は、また闇討ちしようかと考えるのだが、毎回一匹ずつ上手く狩れるとは思えないこと、運良く相手は二匹だけであることを考え、今のうちに多対一の戦闘経験も積んでおくことにした。
さらに魔力循環も封じ、己の力と技がどこまで通じるか試すことを決めた。
勇也は早速背負っていたゴブリンを地面に捨て、前方からやってきたゴブリン二匹の前に立つ。
やはりゴブリンは逃げる様子を見せなかった。二匹はそれぞれ錆びた剣を構え、臨戦態勢に入る。
その様子を見た勇也は、少し首を傾げた。
明らかにゴブリンと自分では、自分の方が格上のはずである。それなのに、逃げるという選択肢が無いのは、あまり知能が高くないのか。それとも人間を見たら必ず襲うという習性でもあるのか。……まさか、「食用人間」のせいか。
特に最後の可能性が勇也の頭を痛くさせた。
勇也が頭を抱えそうになっている間に、ゴブリンは勇也に襲い掛かる。
勇也の考えていた「知能が高くない」というのもあながち間違いではなく、ゴブリンは連携を取るという発想もなく、バラバラに勇也に突っ込んでいった。
相手は、ボロボロで錆びているとはいえ、剣を持っているのだが、勇也は慌てることなく一匹の腕を掴んで引き寄せながら捻り上げ、後頭部を掴んでもう一匹に対しての盾にした。
もう一匹の方は、まるで仲間のことなど眼中にないように、そのまま勇也に向かって行く。というよりも、仲間ごと勇也を刺し殺すつもりなのである。
勇也は、その盾にしたゴブリンを前に突き出すことによって目くらましとし、マタドールの要領でサイドに避けていた。
そして盾にしたゴブリンを放し、剣で仲間を突き刺したままのゴブリンの背後に回り片腕で首を締め上げながら、頭にもう片方の手を掛ける。
ゴブリンに剣から手を放すという発想はやはりなく、必死に剣を抜こうとしながら、じたばたと暴れた。
ゴキャッ。
その音共にゴブリンは動かなくなる。
またしても勇也がゴブリンの首をへし折り、殺害したのだった。
「くふふ、あははははは!」
(ああ、やっぱりこれは楽しい。これを今まで僕を苛めてきた奴らにやったらどんなに気持ち良いだろう。泣き叫び、命乞いをする相手に対し、無慈悲にそのまま首をへし折ってやるんだ)
勇也は嗤いながら、剣を突き立てられたもう一匹に近づいて行った。
呼吸はかなり浅いが、まだ息がある。
勇也はそのゴブリンの細い首に手を掛け、あまりの気分の良さに思わずまた歌を口ずさんでいた。
それは英語の歌であるが、そのメロディーは誰も知っている有名なものだ。
たまたま勇也が中学生の時に、英語の授業で習った物を覚えていたのである。
「My grandfather's clock was too large for the shelf,
So it stood ninety years on the floor.
It was taller by half than the old man himself, though it weighed not a penny weight more.
It was bought on the morn of the day that he was born, and was always his treasure and pride.
But it stopped short, never to go again when the old man died.
Ninety years without slumbering, tick, tock, tick, tock
His life seconds numbering, tick, tock, tick, tock
It stopped short, never to go again when the old man died」
勇也がその歌を歌い終わる頃には、すでにゴブリンは息をしていなかった。
勇也は事切れたゴブリンを見て嬉しそうに微笑む。
さっきまで最低だった気分が、また高まっていた。
だが同時に、自分の衝動を抑えることに苦労する。
勇也の衝動とは、さっきの部屋に戻って、あの五人を皆殺しにしてやりたいという胸の高鳴りにも似た想いだった。
(あいつらの首を絞めながら、歌を歌ってやりたい。「チクタク」という自分の命の時間が終わって行く音を聞かせてやりたい……!)
しかし実際に行動を起こしてしまえば、それは勇也の破滅へと繋がる。
相手は五人であり、その内の一人である凜華は、勇也よりも実力が高い可能性があるのだ。
勇也もそれを理解し、何とか自分を落ち着かせようとした。
その時、勇也がふと思い浮かべたのは、彼が最近見た何年も前の映画だった。
それは、ある兄弟が悪党に私刑を行うという内容のものだ。
その私刑を行う時に兄弟は祈りを唱えるのだが、勇也はさすがにその文句までは覚えていなかった。
だが、ふと思いついた言葉が、口から流れ出ていた。
「主よ、他が命を糧とすることを許し給え。地上の御霊は川を流れ、主の下へ。主よ、聖なる焔よ、憐れみ給え。父と子と精霊の御名において。アーメン」
そして勇也は十字を切った。
すると、さっきまで昂ぶっていた感情がすっと落ち着いていく。
勇也は神を信じていない。
小学生の内は確かにそういった存在を信じていた。
実際に神に祈ってみたこともある。
どうか苛められないようにしてください。自分を救ってください、と。
しかしその祈りが届くことは無く、勇也を救ったのは結局自分自身だった。
そこで初めて、祈りで救いを得ることは出来ず、一番信頼すべきは己の努力と意思である、という当然のことを知ったのである。
だが勇也は、死んだ者のためなら祈ってやろうと考えた。
死者に必要なものなど何もない。だったら、毒にも薬にもならない祈りを捧げてやろう。それで自分の精神を抑える効果があるならば。そう考えたのである。
勇也は自分が冷静であることを確認し、先に進むことにした。
その前に、念のためゴブリンを新鮮なものに変えておく。
そうして進み始め、暫くするとまた四匹連れのゴブリンと遭遇した。
勇也は、今度は一対四で真っ向から勝負を挑んでみる。
自暴自棄になったわけではなく、自分の限界を測ろうと再び考えたのだ。
結果は勇也の圧倒的な勝利だった。
ゴブリンの力は人間の女子供と大差がない。
とはいえ、相手を殺すつもりで武器を持って襲い掛かってくるのだから、それなりの脅威にはなる。そこら辺の一般的な高校生が、一人で同時に四匹も相手にしてしまえば、一歩間違えば死に至ることだって有り得るだろう。そもそも一対四、しかも素手で立ち向かおうなどとは考えない。
だが勇也は、幸か不幸か戦い慣れしており、多対一の状況も以前であればよくあることであった。
そのため、勇也にとってゴブリン四匹程度は脅威になり得なかったのである。
しかし、それでも勇也が同時に相手できるのは四匹が限界であった。
それ以上を相手にするならば、怪我くらいは覚悟した方が良さそうである。
尤も、それは魔力循環を使わなければの話であり、それを使えば倍の数でも同時に相手できる自信はあった。
だが勇也は、魔力を積極的に使うのは控えたかったのである。
勇也は常に一人であり、魔力切れを起こして、あの貴族風の男の言っていた強制睡眠に陥れば、無防備になってしまうのだ。
ゴブリンのパーティーを倒して悠々と歩く勇也はそこまで考え、自分の身は自分で守らなくてはと思うのだが、それはこの異世界迷宮に来る前から変わらない事である。
勇也にとっては魔物も同級生も大して変わらないのだ。
そう考えるとなぜか急に可笑しくなってきた。
「くふふ、あははははは!」
ひとしきり笑った後、今後について考え始める。
魔力を積極的に使うのは控えるべきであるが、どれくらい使えてどれくらいの時間で回復するのかなどは調べておく必要があった。この先にいる魔物が、素手で倒せる魔物だけとは限らない。
また、精霊魔法も確認しておきたかった。
そんなことを考えつつ進んでいると、勇也はまた広間に出た。
そこで今日は休むことにし、寝る前に精霊魔法を試してみることにする。
またちょうどいい具合に岩の切れ目があったので、その近くにゴブリンを置いておき、勇也自身は中央に立って、早速実験を開始した。
勇也は体の中の魔力を循環させた。
そしてまずは火魔法を試してみる。
「サラマンダー」
途端に勇也の目の前の空中にボッと、火の玉のような赤い炎が灯った。
「お、おぉ」
まさか一発目で成功させると思っていなかった勇也は、思わず感嘆の声を上げてしまう。
試しに手を翳してみるのだが、熱さは感じられない。
そこで思い切って触ってみるが、やはり熱は無く、そして火の玉には触れずことができず通り抜けてしまった。掌を見てみても、異常はない。
勇也は自分の掌を眺めながら、期待に胸を高鳴らせた。
貴族風の男が言っていたような、複数の精霊魔法を使える可能性があるという事なのかもしれない、と思ったのだ。
とりあえず一度火魔法を消すことにする
勇也が試しに「消えろ」と念じてみると、簡単に火の玉は消えた。
勇也は一つ頷き、再び魔力循環を行う。
そして今度は水魔法を試してみた。
「ウンディーネ」
……。
しかし何も起きない。
勇也は水魔法に適性が無かったらしい。
だが肩を落とすにはまだ早かった。
まだ残り二つの属性があるのだ。
「シルフ」
……。
「ノーム」
……。
勇也は今度こそ肩を落とした。
たまたま一番初めに試したサラマンダーが、勇也に適性があっただけなのである。
だがそれは落胆するようなことでもない。
普通適性があるのは一つだけなのだ。何かの間違いで発動しなかった、というようなことよりは、よほどマシである。
勇也は気を取り直し、精霊魔法でどんなことができるのか、何をすればどれくらい量が減るのかを確認してみることにした。
魔力循環を行い先程の火の玉をイメージすると、今度は「サラマンダー」と名前を言わなくてもまたあの火の玉が勇也の目の前に現れた。
そして次に、あの貴族風の男が披露したような火炎放射をイメージする。
すると、勇也がイメージするとほぼ同時に、何もない空間に向かって火の玉から火が噴き出された。
ただ、その火炎放射は勇也の想像以上に火力が弱い。
火の玉から伸びた火は三十センチ程度で細長く、勇也に伝わる熱はほんのり温かいぐらいだ。
これでは、とてもではないが戦力にはならないと考えられた。
勇也は目を瞑り、もっと強力な熱をイメージする。ゴブリンだろうが、同級生だろうが、一気に焼き殺せるような強力な火を。
その途端、勇也の中から急激に魔力が減って行った。量で言うと、全体の五分の一くらいだ。
同時に火の玉が熱を帯びて燃え上がって行く。
さらに火の玉が形を変えた。
まず形になったのは羽だ。
蝶のようにゆらゆら舞うものではなく、自身の体をその場で留めておくことが可能な、せわしなく震える羽だった。
次に二本の触角、そしてニッパーのような大きな顎が現れる。
雀蜂。
それが勇也の目の前に姿を現した。
ただ、普通の雀蜂ではない。ガラス細工のようで、全体が赤くできている。
まるで作り物のようであるが、それはあまりにも精巧で、生きていることがわかるような動きをしていた。そして本物より遥かに意思疎通が可能そうな複眼を、勇也に向けているのだ。
勇也の考えていた強力な炎とはまた少し違うのだが、勇也には目の前の赤い雀蜂が、かなり強力な力を秘めていることがわかった。
とりあえずその力を試そうと考えるのだが、なんとなく火炎放射は撃てないという事が勇也に伝わってくる。
どうやらこの雀蜂と勇也の間には、何かしらの繋がりが生まれているようだった。
では何ができるのか、と勇也は首を捻る。
すぐに思い浮かんだのは、強力そうな顎による咬みつきと針の一撃だった。
繋がりによってわかるというよりは、そのビジュアルから連想したという事もあるのであるが。
だが、それを試すには相手が必要だ。
勇也がまた頭を抱え始めたところで、横穴の一つからギーギーなく声が聞こえてきた。
勇也はその声を聴いて、ニヤリと笑みを浮かべる。
どうやら勇也にとって、ちょうど良いタイミングで実験台になってくれそうなものが現れたようだった。
その場所を後から来た騎士たちに追い出されたようなものであるが、今更戻ってお前らが出て行けと言うのも可笑しな話だと感じ、諦めて先に進むことにした。
そうして暫く進んでいると、またもや勇也はゴブリンと遭遇する。
今度は四匹もおらず二匹だけだった。
勇也は、また闇討ちしようかと考えるのだが、毎回一匹ずつ上手く狩れるとは思えないこと、運良く相手は二匹だけであることを考え、今のうちに多対一の戦闘経験も積んでおくことにした。
さらに魔力循環も封じ、己の力と技がどこまで通じるか試すことを決めた。
勇也は早速背負っていたゴブリンを地面に捨て、前方からやってきたゴブリン二匹の前に立つ。
やはりゴブリンは逃げる様子を見せなかった。二匹はそれぞれ錆びた剣を構え、臨戦態勢に入る。
その様子を見た勇也は、少し首を傾げた。
明らかにゴブリンと自分では、自分の方が格上のはずである。それなのに、逃げるという選択肢が無いのは、あまり知能が高くないのか。それとも人間を見たら必ず襲うという習性でもあるのか。……まさか、「食用人間」のせいか。
特に最後の可能性が勇也の頭を痛くさせた。
勇也が頭を抱えそうになっている間に、ゴブリンは勇也に襲い掛かる。
勇也の考えていた「知能が高くない」というのもあながち間違いではなく、ゴブリンは連携を取るという発想もなく、バラバラに勇也に突っ込んでいった。
相手は、ボロボロで錆びているとはいえ、剣を持っているのだが、勇也は慌てることなく一匹の腕を掴んで引き寄せながら捻り上げ、後頭部を掴んでもう一匹に対しての盾にした。
もう一匹の方は、まるで仲間のことなど眼中にないように、そのまま勇也に向かって行く。というよりも、仲間ごと勇也を刺し殺すつもりなのである。
勇也は、その盾にしたゴブリンを前に突き出すことによって目くらましとし、マタドールの要領でサイドに避けていた。
そして盾にしたゴブリンを放し、剣で仲間を突き刺したままのゴブリンの背後に回り片腕で首を締め上げながら、頭にもう片方の手を掛ける。
ゴブリンに剣から手を放すという発想はやはりなく、必死に剣を抜こうとしながら、じたばたと暴れた。
ゴキャッ。
その音共にゴブリンは動かなくなる。
またしても勇也がゴブリンの首をへし折り、殺害したのだった。
「くふふ、あははははは!」
(ああ、やっぱりこれは楽しい。これを今まで僕を苛めてきた奴らにやったらどんなに気持ち良いだろう。泣き叫び、命乞いをする相手に対し、無慈悲にそのまま首をへし折ってやるんだ)
勇也は嗤いながら、剣を突き立てられたもう一匹に近づいて行った。
呼吸はかなり浅いが、まだ息がある。
勇也はそのゴブリンの細い首に手を掛け、あまりの気分の良さに思わずまた歌を口ずさんでいた。
それは英語の歌であるが、そのメロディーは誰も知っている有名なものだ。
たまたま勇也が中学生の時に、英語の授業で習った物を覚えていたのである。
「My grandfather's clock was too large for the shelf,
So it stood ninety years on the floor.
It was taller by half than the old man himself, though it weighed not a penny weight more.
It was bought on the morn of the day that he was born, and was always his treasure and pride.
But it stopped short, never to go again when the old man died.
Ninety years without slumbering, tick, tock, tick, tock
His life seconds numbering, tick, tock, tick, tock
It stopped short, never to go again when the old man died」
勇也がその歌を歌い終わる頃には、すでにゴブリンは息をしていなかった。
勇也は事切れたゴブリンを見て嬉しそうに微笑む。
さっきまで最低だった気分が、また高まっていた。
だが同時に、自分の衝動を抑えることに苦労する。
勇也の衝動とは、さっきの部屋に戻って、あの五人を皆殺しにしてやりたいという胸の高鳴りにも似た想いだった。
(あいつらの首を絞めながら、歌を歌ってやりたい。「チクタク」という自分の命の時間が終わって行く音を聞かせてやりたい……!)
しかし実際に行動を起こしてしまえば、それは勇也の破滅へと繋がる。
相手は五人であり、その内の一人である凜華は、勇也よりも実力が高い可能性があるのだ。
勇也もそれを理解し、何とか自分を落ち着かせようとした。
その時、勇也がふと思い浮かべたのは、彼が最近見た何年も前の映画だった。
それは、ある兄弟が悪党に私刑を行うという内容のものだ。
その私刑を行う時に兄弟は祈りを唱えるのだが、勇也はさすがにその文句までは覚えていなかった。
だが、ふと思いついた言葉が、口から流れ出ていた。
「主よ、他が命を糧とすることを許し給え。地上の御霊は川を流れ、主の下へ。主よ、聖なる焔よ、憐れみ給え。父と子と精霊の御名において。アーメン」
そして勇也は十字を切った。
すると、さっきまで昂ぶっていた感情がすっと落ち着いていく。
勇也は神を信じていない。
小学生の内は確かにそういった存在を信じていた。
実際に神に祈ってみたこともある。
どうか苛められないようにしてください。自分を救ってください、と。
しかしその祈りが届くことは無く、勇也を救ったのは結局自分自身だった。
そこで初めて、祈りで救いを得ることは出来ず、一番信頼すべきは己の努力と意思である、という当然のことを知ったのである。
だが勇也は、死んだ者のためなら祈ってやろうと考えた。
死者に必要なものなど何もない。だったら、毒にも薬にもならない祈りを捧げてやろう。それで自分の精神を抑える効果があるならば。そう考えたのである。
勇也は自分が冷静であることを確認し、先に進むことにした。
その前に、念のためゴブリンを新鮮なものに変えておく。
そうして進み始め、暫くするとまた四匹連れのゴブリンと遭遇した。
勇也は、今度は一対四で真っ向から勝負を挑んでみる。
自暴自棄になったわけではなく、自分の限界を測ろうと再び考えたのだ。
結果は勇也の圧倒的な勝利だった。
ゴブリンの力は人間の女子供と大差がない。
とはいえ、相手を殺すつもりで武器を持って襲い掛かってくるのだから、それなりの脅威にはなる。そこら辺の一般的な高校生が、一人で同時に四匹も相手にしてしまえば、一歩間違えば死に至ることだって有り得るだろう。そもそも一対四、しかも素手で立ち向かおうなどとは考えない。
だが勇也は、幸か不幸か戦い慣れしており、多対一の状況も以前であればよくあることであった。
そのため、勇也にとってゴブリン四匹程度は脅威になり得なかったのである。
しかし、それでも勇也が同時に相手できるのは四匹が限界であった。
それ以上を相手にするならば、怪我くらいは覚悟した方が良さそうである。
尤も、それは魔力循環を使わなければの話であり、それを使えば倍の数でも同時に相手できる自信はあった。
だが勇也は、魔力を積極的に使うのは控えたかったのである。
勇也は常に一人であり、魔力切れを起こして、あの貴族風の男の言っていた強制睡眠に陥れば、無防備になってしまうのだ。
ゴブリンのパーティーを倒して悠々と歩く勇也はそこまで考え、自分の身は自分で守らなくてはと思うのだが、それはこの異世界迷宮に来る前から変わらない事である。
勇也にとっては魔物も同級生も大して変わらないのだ。
そう考えるとなぜか急に可笑しくなってきた。
「くふふ、あははははは!」
ひとしきり笑った後、今後について考え始める。
魔力を積極的に使うのは控えるべきであるが、どれくらい使えてどれくらいの時間で回復するのかなどは調べておく必要があった。この先にいる魔物が、素手で倒せる魔物だけとは限らない。
また、精霊魔法も確認しておきたかった。
そんなことを考えつつ進んでいると、勇也はまた広間に出た。
そこで今日は休むことにし、寝る前に精霊魔法を試してみることにする。
またちょうどいい具合に岩の切れ目があったので、その近くにゴブリンを置いておき、勇也自身は中央に立って、早速実験を開始した。
勇也は体の中の魔力を循環させた。
そしてまずは火魔法を試してみる。
「サラマンダー」
途端に勇也の目の前の空中にボッと、火の玉のような赤い炎が灯った。
「お、おぉ」
まさか一発目で成功させると思っていなかった勇也は、思わず感嘆の声を上げてしまう。
試しに手を翳してみるのだが、熱さは感じられない。
そこで思い切って触ってみるが、やはり熱は無く、そして火の玉には触れずことができず通り抜けてしまった。掌を見てみても、異常はない。
勇也は自分の掌を眺めながら、期待に胸を高鳴らせた。
貴族風の男が言っていたような、複数の精霊魔法を使える可能性があるという事なのかもしれない、と思ったのだ。
とりあえず一度火魔法を消すことにする
勇也が試しに「消えろ」と念じてみると、簡単に火の玉は消えた。
勇也は一つ頷き、再び魔力循環を行う。
そして今度は水魔法を試してみた。
「ウンディーネ」
……。
しかし何も起きない。
勇也は水魔法に適性が無かったらしい。
だが肩を落とすにはまだ早かった。
まだ残り二つの属性があるのだ。
「シルフ」
……。
「ノーム」
……。
勇也は今度こそ肩を落とした。
たまたま一番初めに試したサラマンダーが、勇也に適性があっただけなのである。
だがそれは落胆するようなことでもない。
普通適性があるのは一つだけなのだ。何かの間違いで発動しなかった、というようなことよりは、よほどマシである。
勇也は気を取り直し、精霊魔法でどんなことができるのか、何をすればどれくらい量が減るのかを確認してみることにした。
魔力循環を行い先程の火の玉をイメージすると、今度は「サラマンダー」と名前を言わなくてもまたあの火の玉が勇也の目の前に現れた。
そして次に、あの貴族風の男が披露したような火炎放射をイメージする。
すると、勇也がイメージするとほぼ同時に、何もない空間に向かって火の玉から火が噴き出された。
ただ、その火炎放射は勇也の想像以上に火力が弱い。
火の玉から伸びた火は三十センチ程度で細長く、勇也に伝わる熱はほんのり温かいぐらいだ。
これでは、とてもではないが戦力にはならないと考えられた。
勇也は目を瞑り、もっと強力な熱をイメージする。ゴブリンだろうが、同級生だろうが、一気に焼き殺せるような強力な火を。
その途端、勇也の中から急激に魔力が減って行った。量で言うと、全体の五分の一くらいだ。
同時に火の玉が熱を帯びて燃え上がって行く。
さらに火の玉が形を変えた。
まず形になったのは羽だ。
蝶のようにゆらゆら舞うものではなく、自身の体をその場で留めておくことが可能な、せわしなく震える羽だった。
次に二本の触角、そしてニッパーのような大きな顎が現れる。
雀蜂。
それが勇也の目の前に姿を現した。
ただ、普通の雀蜂ではない。ガラス細工のようで、全体が赤くできている。
まるで作り物のようであるが、それはあまりにも精巧で、生きていることがわかるような動きをしていた。そして本物より遥かに意思疎通が可能そうな複眼を、勇也に向けているのだ。
勇也の考えていた強力な炎とはまた少し違うのだが、勇也には目の前の赤い雀蜂が、かなり強力な力を秘めていることがわかった。
とりあえずその力を試そうと考えるのだが、なんとなく火炎放射は撃てないという事が勇也に伝わってくる。
どうやらこの雀蜂と勇也の間には、何かしらの繋がりが生まれているようだった。
では何ができるのか、と勇也は首を捻る。
すぐに思い浮かんだのは、強力そうな顎による咬みつきと針の一撃だった。
繋がりによってわかるというよりは、そのビジュアルから連想したという事もあるのであるが。
だが、それを試すには相手が必要だ。
勇也がまた頭を抱え始めたところで、横穴の一つからギーギーなく声が聞こえてきた。
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