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06 僕の敵は、僕が、僕のために
しおりを挟む「ねぇ、田中、モンスターいない?」
「おう、いなさそ……待て、あの岩の切れ目の近くにあの緑色のがいんぞっ!」
「よっしゃ、俺がぶっ殺してやんよ!」
(よく見えるな。僕にはまだ姿が見えてないのに)
勇也がそう思うのも無理はない。
なぜなら勇也の視力は両方とも2.0あるのだ。
勇也に見えていなくて、騎士に見えているのなら、騎士の視力はそれ以上あることになる。
だが、勇也自身は岩の切れ目に身を潜めているため、どれだけが目が良かろうと見つからない位置にいた。
勇也がそのまま息を潜めていると、横穴から五人の男女が姿を現した。
勇也の予想通り、現れた五人は騎士たち一行であった。
先頭を歩いているのは、自分がゴブリンを倒すと息巻いていた巨躯の男、平井朝陽だ。騎士同様髪を茶に染めているが、その筋骨隆々の体躯と顔から、控えめに言ってゴリラを連想させられるだろう。
その後ろに騎士が続き、さらに長身で痩躯の原田陸が出てくる。
陸も他の二人同様、浅黒い肌の持ち主であったが、どちらかと言うとアスリートのような雰囲気があり、事実彼は陸上部の短距離に所属している。髪の色も明るくない。
男子三人の後に女子二人が続いて出てくる。先に出てきたのは、茶髪の吉村姫愛、そして最後に出てきたのが凜華だった。
勇也はまず五人の魔力を測る。
結果、五人とも大した強さは無く、五人合わせても自分には勝てないと判断した。
さらに、念のため「鑑定」を使ってみる。
まずわかったのは、なぜ騎士がかなり遠くからでもゴブリンを見つけられたか、だ。
騎士の持っているスキルが「遠見」という、その名の通り遠くを見通すことができるようになるスキルだったのである。
勇也もその名前からそう判断し、納得した。
勇也は他の四人も順に見ていくのだが、騎士も朝陽もランクDであり、勇也とそう力の差はない。姫愛に至ってはEだ。
だが、最後に凜華を見た時、勇也は苦虫を噛み潰したような顔をすることになった。
≪名前≫沖田凜華
≪種族≫人族
≪スキル≫『鑑定』:あらゆるものの情報を読み取ることができる。
『獣化』:羆の力を得られる。
≪ランク≫C
勇也は一度凜華に暴力を振られそうになり、反対に腹を殴ってさらに組み伏せて首を絞めた経験がある。
その経験を考えれば、凜華にそこまでの力が無いことは間違いない。
それにも拘らず、彼女だけがランクCだった。
考えられる要因は一つ。『獣化』という名のスキルだ。
羆なんて人間が束になったって敵わない相手である。偶にニュースなどで撃退した人の話が出てくるが、あれは羆が驚いて逃げたのであって、人間が羆に素手で勝てるという事ではない。実際に羆に襲われて素手で殺したという人のニュースはなかった。
それは勇也も同じであり、魔力循環を使ったところで、羆を倒すことは出来ないだろう。
尤も、勇也と彼らが戦闘になると限らなかった。
勇也としても、このまま彼らが大人しく去ってくれるのなら、それで構わなかったのである。
勇也が様子を窺う中、五人がゴブリンに近づいて行く。
「おい、こいつ死んでねぇか?」
「あ、マジだ。死骸って出てくんわ」
「お、凜華はやっぱ頼りになんな」
勇也はそのまま出て行けと願うのだが、その願いは通じなかった。
「ちっ、つまんねぇな。いいや、ぶった切ってやんよ」
勇也は焦る。
腹が減ったら食料にしようと思っていたのだ。
もし切られてしまったら、その後血塗れになりながら運ばなくてはいけなくなってしまうかもしれない。
勇也は諦め、彼らの前に姿を現すことにした。
「あ、すいません。やめてもらえますか。それは僕の獲物なので」
五人がギョッとした表情を、岩の切れ目から突然現れた勇也に向けた。
勇也はすぐに自分だと気付くだろうと考えたのだが、その驚いているような表情はなかなか引っ込められない。
勇也が不思議に思って首を傾げていると、暫くして漸く凜華が勇也に気付いて口を開けた。
「な、永倉?」
凜華は訝しむようにそう尋ねた。
「はぁ、そうですけど」
「どうしたの? 全身真っ赤じゃん」
凜華は心配そうな声でそう言う。
勇也はすっかり失念していたが、今の彼はゴブリンの返り血を浴び、赤く染まっていたのだ。そのせいで五人ともすぐには、勇也だと気付けなかったのである。
「ああ、これはゴブリンの返り血です」
「え、でも……」
凜華の視線が、岩壁に凭れ掛かっているゴブリンの死骸に映った。
「ああ、別の奴です。全部で四匹殺したんで」
「へぇ、一人で四匹やったんだ。永倉結構強いじゃん」
「はぁ……」
勇也は内心「お前の方が強いだろう」と考えるが、口には出さない。
目の前の凜華が、自分より強いという事実が癪に障っていたのである。
「それ、どうすんの?」
そう勇也に訊いたのは陸で、彼の指差す先にはゴブリンがある。
「非常食にしようかと思って」
勇也がその言葉を放った瞬間、全員凍りついたように固まった。
だが、勇也の口から放たれた衝撃はすぐに収まり、代わりに騎士、朝陽、姫愛の三人は爆笑を始めた。
「てめ、そんなもん食うつもりなのかよ。ギャハハハ」
「やべー、腹いてー」
「永倉って、やっぱきっもいわー」
三人はそれぞれ勇也を指差して笑う。
しかし凜華と陸は笑っていない。
陸は無表情で勇也を見ているだけだ。何も考えていないような顔であるが、実際のところ、彼は何も考えていなかった。
凜華だけは、勇也を心配するように見つめている。
「てか、永倉、アンタの荷物は?」
「……盗られました」
幾分ばつの悪そうに勇也は言った。
「ハァ!?」
凜華は驚くのだが、それを聞いた騎士たち三人はさらに爆笑する。
「だっせー」
「マジ有り得ねぇ」
「ウケる」
凜華だけが「アイツらマジ有りねぇわ」と、クラスメートたちに対して怒りを露わにしていた。
「ねぇ、永倉、やっぱりウチらと一緒に行こうよ」
「……」
勇也は一瞬考える。
このグループに入るのは非常に気が引けるが、荷物を失った今、盗られる心配のある物があるとは言えない。
デメリットはせいぜい自分が嫌な思いをするだけで、それさえ我慢すれば食べ物は分けてもらえるだろう。
と、勇也はそこまで考えたのだが、二人の会話に騎士が烈火の如く勢いで割り込んできた。
「待てよ、凜華! お前だって、さっきの戦いで自分の分の飯半分食っちまったじゃないか!」
戦いで食料が減るというのは、どういう意味なのか? 勇也は首を傾げるが、その答えは得られることなく、騎士の話が続いた。
「お前に食料を分けんのはいいけど、こいつにまで分けてやるのはお断りだからな!」
「うっ、で、でもさ……」
「あ、わかりました。僕は一人の方が良いので、どうぞお構いなく」
凜華が食料を分けられないという時点で、すでにこの話は勇也にはデメリットしか残らなくなる。
そう考えた勇也は、即座に凜華の誘いを断った。
それに勇也としては、彼らとの出会いが全く無意味だったとういうわけではなかったのだ。
それは彼らを「鑑定」してみて気付いた、スキルについてであった。
勇也と凜華の持っている「鑑定」であるが、この二人以外持っている人物がいなかったのである。
この鑑定スキル、もしたまたま持っていたのが勇也と凜華だけしかいないのであれば、他の者たちは困ったことになるだろう。
尤も、自分を追い出したクラスメートたちのことを考えれば、勇也にしてみれば知ったことではないが。
とりあえずわかったのは、スキルを二つ以上持っている人間は少ないかもしれないという事だった。この場の六人の中で二つ以上スキルを持っているのは、勇也と凜華の二人だけだ。
その事実は勇也の心に余裕を持たせる。だが同時に、やはり凜華は気を付けるべき相手であると認識するのだった。
大した収穫ではないが、勇也はこれ以上この場に留まる理由もないと考え、離れることにする。
背中を向けた勇也に、騎士の舌打ちが届いた。
「ちっ、何でてめーが断んだよ……」
騎士の言葉は、勇也にしてみれば一体どうしろと言うんだ、という話であるが、騎士は騎士で、勇也が断るのではなく、凜華に諦めて欲しかったのである。
しかし当然勇也は、そんな男心は理解できないし、それは凜華も同じだった。
凜華は、ゴブリンをおんぶして去ろうとする勇也に追い縋り、その腕を掴んだのだった。
「ちょっと待ちなって。ねぇ、本当に死んじゃうよ?」
勇也が凜華に振り返る。
「別に構いませんよ」
勇也の表情は素のままだ。
そこにはどんな感情も垣間見えない。
「えっ……?」
「自分の好きなように生きて、それで死ねるなら」
勇也にとって、この世界はどんなに危険に溢れたものであったとしても、少なくとも自由があった。
いや、少し違う。
この世界にはしがらみが無いのだ。
家族だとか、学校だとか、そういった社会的なものが、この迷宮の中には存在しなかった。代わりに、ここには危険なモンスターがいて、生きるためにはそれを殺さなくてはいけない。そしてそれが、勇也にとってはひどく心地良かったのだ。
(だから、殺し尽くしてやろうじゃないか。僕の敵は、僕が、僕のために。くふふ、あははははは!)
凜華の目には、勇也の狂気を孕んだ瞳が映っていた。
凜華は思わず恐怖を抱き、勇也から手を放し、後ずさった。
勇也はそんな凜華の様子に気付くが、よくわからず首を傾げた。
よくわからないが、とりあえず凜華が怯んでいる隙に先に進むことにする。
「じゃ、そういうことで」
勇也はそれだけ言うと、その場を後にした。
今度は誰とも出会わないことを願って。
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