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04.追放
しおりを挟む「その魔力が全身に巡っている状態を『魔力循環』といいますが、ずっとそれを続けていると『魔力欠乏』という症状に陥り、強制睡眠に陥ってしまいます。最悪死に至ることもありますが、不思議なもので肉体は自然と歯止めを効かせてくれるので、よっぽどのことが無ければ死にません」
勇也たちを囲む集団の中には、黒ローブを羽織った魔術師たちがいた。
そして「魔力欠乏」により命を失ったその死体も。
男の言葉を借りるならば、彼らはよっぽどのことをしたのだ。
それこそが勇也たちを異世界より召喚した儀式だと思われた。
「実はその魔力循環が使えるだけで、身体能力の上昇や怪我や体力の回復も見込めます。しかしそれだけではなく、我々の世界には精霊魔法というものが存在し、魔力を精霊に与えることで魔法を行使してくれます。このようにね」
男がそう言うと、彼の両腕に左右それぞれ色の違う蛇が現れた。片方が赤、もう片方は緑、両方ともまるでガラスで出来ているかのような蛇だ。それは何の前触れもなく唐突に現れ、男の腕に巻きついている。
その蛇こそが男の言う精霊だった。
男の腕に巻きついている赤い方の蛇が口から火を噴いてみせる。
「精霊には全部で四種類があり、火を司るサラマンダー、水を司るウンディーネ、風を司るシルフ、土を司るノームが存在します。初めはそれぞれの名前を呼んで魔力を与えてあげれば、いずれかが答えてくれるはずです。
私のように二種類の精霊を操れる人族は少ないのですが、日本人は数種類操れることも時としてあります。我々はそういった現象を『スキル』と呼んでおり、魔法に限らず、人の限界を超えた速さで動けたり、空を飛べたり、はたまた魔物に変身出来たりと、様々なことが可能になります。皆様にもきっとそれが宿っていることでしょう。是非その力を使いこなせるようになって、この先の探索にお役立てください」
貴族風の男がその言葉の最後に合図をし、兵士が一斉に全員にバックパックのような革袋を配り始めた。中にはパンやチーズ、干し肉などの食糧と皮袋に入った飲料水、ナイフなどが入っている。
「それでは私たちはこれにて失礼します。皆様、は無理でしょうが、またお会いできるよう願っております。ああ、それと、あまりにも遅いと我々としても困るので、暫くしたら一階層に人を遣わせます。その者は私よりも乱暴者ですので、くれぐれもお気を付け下さい。それではごきげんよう」
そう言って男は広間から何本か伸びている横穴の一つに、兵士や魔術師を伴って消えて行く。
次々と兵士や魔術師が消えていく中、一人の魔術師が勇也のすぐ横を通り過ぎた。
「……六階層に向かえ」
その魔術師は止まることなく、聞こえるか聞こえないかわからないような声量でそう呟く。
しかしその声は明瞭で、勇也にはっきりと届いた。
勇也は振り返るが、魔術師は何事もなかったようにそのまま出口に向かっていく。そして、そのままいなくなってしまった。
結局今のは何だったのか、勇也がそう疑問に思っている内に全ての兵士や魔術師も消えていた。
あとに残ったのは、勇也たちと、壁に立てかけられた剣、そして床に倒れたまま動ない魔術師だけだ。
勇也たちは無言のまま床に倒れたままの魔術師たちから離れて行き、剣の立てかけられた壁へと向かっていった。
勇也を含め、誰もがもう二度と動かない人間の傍に、いつまでもいたいとは思わなかったのである。
勇也は、早速包帯をバンテージ代わりに拳に巻きつけ、上から手甲を嵌めてみた。
サイズも問題なく、これならある程度本気で殴っても拳を痛めないで済むと判断する。
剣は勇也の分もあるわけだが、勇也は特に使うつもりもなかった。
勇也は試しに、と剣を手に取り、男が洞窟を出ていくときに張った透明な膜みたいなものを斬りつけてみた。
バキっ。
何と、剣が折れてしまった。
その様子を見ていた何人かが肩を落として溜息を吐く。
勇也がそんなことをしていると、一人の男子生徒が生徒たちの前に立った。
「みんな聞いてほしい。ここから脱出するには全員が協力し合うことが大切だと思うんだ」
唐突にそんなことを言い出したのは、勇也たちのクラスで一番器量が良い岡田秀一である。スポーツ万能で長身、女子からはもちろん、男子にも人気がある生徒だった。一言で言うなら、クラスカースト最上層のイケメンである。
秀一の言葉に千佳や花は激しく頷いており、他のクラスの者たちも頷いていた。一部、田中騎士などは訝しむような表情をしているが。
「とりあえず、食料を一か所に集めて管理しないか。みんなで食べる量を管理していった方が、長くもたせられると思うんだ」
確かに一理ある言葉だった。欲望に任せて食べてしまえば、バックパックに少ししか入っていない食料は、あっという間に尽きてしまうだろう。
だが、それには問題があった。一体誰がそれを管理するのかという事であり、勇也はきっとそれが誰であろうと、信用できないという事である。
そう考えたのは勇也だけではなく、凜華を含む騎士たちのグループも似たような考えだったようだ。
騎士たちが秀一に迫る。
「おい、っざけんなよ。何でてめぇに仕切られなきゃなんねぇんだ。俺のもんは俺のもんだろうがっ」
騎士の言っていることも一理あることには違いない。
「ウチもさー、こういう時って信用できる奴と行動した方が良いと思うんだよねー」
凜華の軽いノリ、しかし本気だと思われる言葉に、秀一が怒気を露わにした。
「何言ってるんだ、こういう時は団体行動するのが鉄則じゃないか!」
「えー、やだー」
「なっ……」
凜華の軽いノリで出された拒絶に秀一が絶句する。
「凜華が言うなら決まりだな。おし、行こうぜ」
騎士がそう言うと、彼と一緒にいた四人が頷く。そしてその中で、凜華だけが勇也を振り向いた。
「永倉も一緒に行こ」
「なっ!? 待てよ、凜華! こんな奴連れてくなんて有り得ねぇって」
「はぁ!? なんでよ!?」
勇也はうんざりした面持ちで彼らを見やる。
騎士を初めとしたグループに、勇也が馴染めるという事はまずないだろう。
「信用できる奴と行動した方が良いんじゃないですか? 僕があなたたちを信用できると思いますか? それにそれはそっちも同じみたいですが」
「それは……そうかもしんないけどさ」
「なっ、わかったろ。永倉はこういう奴なんだよ」
騎士が勝ち誇ったように言い、凜華も漸く諦めたようで、騎士たちに引っ張られて行く。
秀一と千佳が、騎士たちの出て行った方向を憤然とした様子で見ていた。
担任教師の花だけは、冷静に、と言うか、どこか冷めた表情で見ていた。怒っているようにも見えるし、呆れているようにも見えなくはない。
勇也にとって信用できないというのは、ここにいるクラスメイト全てにも当て嵌まるのだが、さすがに一人で何が出てくるかわからない異世界のダンジョンをうろつく勇気はなかった。
そう思っていた勇也に、男子生徒数名が近付いて行く。
「おい、お前は出て行かないのか?」
勇也はすっかり取り囲まれてしまっていた。
「おっと、荷物は置いてけよ」
一人が勇也を背後から押さえつけ、さらにもう一人が勇也の手から荷物を奪う。荷物を奪ったのは、今朝勇也にぶつかった糸目の男子生徒、大石諒だ。
勇也は信じられない面持ちだった。
悪ふざけのつもりかもしれないが、勇也を見る彼らの目に映るのは、勇也を同じ人間として見ていないかのような嘲りの色である。
勇也の中でどす黒い感情が渦巻き始めた。
勇也は足を広げ、腰を落とす。体から力を抜き、殴る瞬間にだけ力を込めることに意識を集中させる。
それは完全に彼の臨戦態勢だった。
「お前ら、何やってんだ」
勇也が臨戦態勢を取った直後、秀一が声を掛けながら近づいてきた。
「お前ら、こんな時にまでイジメをしているのか」
秀一が呆れて声を上げる。
「でもよ、こいつと協力し合うなんて無理じゃねぇの」
「友達要らないらしいしな」
さらに千佳も近づいてきた。
勇也は慌てて視線を逸らす。こんな時にも拘らず、危うく揺れる胸に注目するところだったのである。
「もういい加減にしてよ。そんなこと言っている場合じゃないでしょ。ごめんね、永倉君も許してあげて」
「いえ、いいです。許せたところで、とてもではないけどここにいる全員を信用することは出来ません。その前に許しませんけど。
僕も出ていくので、荷物を返してくれませんか」
勇也はそう言って、荷物を奪った諒に手を伸ばすが、秀一がその間に入ってきた。秀一は勇也を睨んでいる。
「勝手なことを言うな。
田中たちが出て行ったのはまだ良い。少なくとも、あいつらは一人じゃないからな。だけど、永倉は一人じゃないか。一人で生きていくつもりか?」
勇也は頷く。少なくとも勇也から荷物を奪い、出て行けと言うような奴らといるよりかは数倍マシと考えたのだ。
「無理に決まってる。こういう時こそ助け合いが必要なんだ。なぜわからない。
どうしても出ていくというなら、荷物は置いていけ」
勇也は自分の耳を疑った。
(こいつは何を言ってるんだろう?)
秀一の言う、一人で行動するのが危ないというのは尤もである。
だが勇也は、それでもここにいるよりはマシだと考えたから、仕方なく出て行くのだ。それなのに、そんな彼から荷物まで奪ってしまったら、余計に生存確率は下がってしまう。
「岡田君、何言ってるの? 食料が無かったら、永倉君死んじゃうよ?」
千佳が驚き、不安そうな表情を秀一に向けていた。
「ふんっ、同じだ。それに、どうせすぐに戻ってくる。永倉は甘えているんだ。集団生活では個人の感情よりも全体を優先させなくていけないというのに」
「そんな……」
千佳は揺れる瞳で勇也を見ていたが、やがて何かを決意したように、勇也の瞳を正面から真っ直ぐに見詰めた。
「わかった。それなら私も一緒に行く」
「え?」
千佳の思いもよらぬ言葉に、勇也はつい間の抜けた声を出してしまう。しかしそれも仕方ないだろう。まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったのだ。それにそれは、まるで駆け落ちのようである。
「な、何言ってんだよ、委員長。こんな奴と二人きりになったら何されるかわかったもんじゃないぜ」
すぐに諒が千佳を説得し始めた。
その後に他の生徒たちも続く。
そして、花が千佳に近づいて行き、自分より背の高い千佳の肩に手を置いた。
「そうよ、今野さん。あなたは委員長でしょ。クラスをまとめるのはあなたの役目なんだから」
花にそう言われると、千佳は顔を俯かせた。
「そう……ですね」
(一瞬でも期待した僕が馬鹿だった)
勇也に芽生えた淡い想いは、一瞬にして霧散した。
(もうこれ以上こんな所にはいたくない。一秒でも早くここから去るんだ。)
「……もういい」
勇也は拳を握りしめ、最後にクラスメイト全員を睨み、騎士たちが出て行った道とは違う道に向かって走って行く。
「待って、永倉君!」
勇也の背に千佳の叫び声が聞こえるが、彼は振り返らなかった。
彼の背に届くのは千佳の声だけではなく、彼を嘲笑う声もあるのだ。
そんな場所をもう一度見るわけにも、また戻るなんてことも、勇也には絶対できなかった。
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