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第十幕「銀の英雄」
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しおりを挟む「こんにちは」
地下都市に入って比較的早く見つけたリウネに声をかける。もちろんちゃんと品を持ってきたことも伝えるべく持っていた紙袋を上げて見せた。
お茶と菓子はアンクロード商会で扱っている質の良いものを持参している。イズナも個人的に商いをしているため蓄えはあるとはいえ、肉よりは安いと言っても紅茶も贅沢品。値段が張ることには変わりなく茶菓子だって貴重な物だ。それを三日分となれば貯金が一気になくなるのも仕方ないというもの。
「あぁ、お前か」
リウネは頷くとさっさと歩いて行ってしまう。戸惑って突っ立っていると、リウネは憮然としたまま振り向いて言った。
「着いてこい」
着いたのは小さな家だった。中に入ると必要最低限の家具しかない、とてもこざっぱりとした空間が広がっていた。この空間だけを見れば誰もこの場所が地下都市にあるとは思わないだろう。
紙袋を受け取ったリウネは中を確認して少し目を見張った。
約束の品以外に驚くようなものは入れてないはずだ。
「……随分と質が良い品だな」
イズナが用意したのは小さな缶に入った茶葉と砂糖菓子だ。見ただけでも良いものだとわかる。この年齢でこれだけのものを用意できる人間は限られた。
見たところ着ているものはそう悪くないし身なりも整っている。しかし聖都の令嬢と言うにはあまりに甘さが抜け落ちている。何より身のこなしが一般人のそれではない。
大方、貴族家の使用人というところか。
そこまで考えて、リウネはいらん詮索をしたと気づいた。長くともあと六日で二度と会わなくなるのだから、考えても仕方のない事だ。
紅茶をニ人分淹れた。スッと差し出すとイズナが戸惑いの表情を浮かべる。
「毒味だ。お前が毒を仕込んでいる可能性もあるからな」
「ああ。なるほど」
イズナは最もだと納得して一切の躊躇もなく差し出されたお茶を飲み干した。毒味だと言ったのはリウネの方なのに、どうして驚いた顔をするんだろうと不思議に思う。
「どうしました?」
「……いや、なんでもない」
イズナが飲み干すのを確認してリウネも口を付ける。ふっと紅茶の良い香りが抜けていく。程よい渋みで飲みやすい間違いなく良い茶葉だった。
「気に入って頂けましたか?」
「悪くない」
イズナは思わず笑みを浮かべた。いつだったかリウネが言っていたのだ。悪いことしかないようなこの地獄の中で『悪くない』のは、地獄に身を置き続けたリウネにとっては最高よりも意味のある言葉なのだと。それを語ってくれた時のリウネの柔らかな表情を思い出す。
「……どんな奴だったんだ」
「誰のことです」
「俺とそっくりな奴のことだ」
ひとりの人間に、死して尚ここまで想われる人物とはどんな人物なのか。
単なる好奇心だった。
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